1-3.夕霧邸と大木
湖霧市で買い物を終えた後、夕霧邸がある霧紋山へ向かう。
長野は3,000m峰の数が日本で最も多いそうだ。
県の面積は福島に次いで4位だが200k㎡ぐらいしか違いがないのだとか。
高速道路もそうだが、山道も坂とカーブが多い。
日本は山や川が多いため直線距離で短くても移動に時間がかかるのは、こういう大自然の壁があるからだということがよく感じる。
沈黙の車内で駿が口を開いた。
「なぁ、光太。ドン・グリホーテでなんか変わったことあったか?」
「いや、特にないよ。愛知のドン・グリホーテと同じぐらいでかいなーとかご当地物があるなーと思ったぐらいだよ。」
ドン・グリホーテは国内でも多くのチェーン店が存在する。
「そうじゃなくて……お前から見て徳松さんってどんな人に見える?」
駿は真剣な表情で何かを言たげだったが、なぜか急に徳松さんの話をしだした。
「どんな人って、30代ぐらいの若々しい地元のおじさんっぽく見えたよ。」
駿のこの質問はあまりに不自然だった。
愛知じゃ駿が俺の知らない人を紹介する時、相手の容姿の印象を聞くことなんて全く無かったからだ。
それは女性だろうと、男性だろうと同じだった。
「そうか。そうだよな……彩、これで間違いない。」
「うん……」
俺は会話の糸が全くつかめず、困惑して聞いた。
「なぁ、さっきからどういう会話なんだ?何が言いたいんだ?」
俺の質問を無視して駿はポツリと俺に言った。
「――光太、アレだ。」
駿が右腕をハンドルから離し、指で指した先を見て目を疑った。
洋風のレトロで大きな屋敷が2つ横に並び、そのうちの1軒の屋根を巨大な大木が突き抜けているように見えた。
遠目で見た限りだが大木は人が3,4人入りそうな太さを持ち、美しい屋敷と共にドッシリとそびえ立っていた。
「なんだあれ!?家の後ろ……いや、中に大木があるように見えるぞ!」
愕然とした表情を浮かべた俺が可笑しかったのか固まった表情だった彩が少し笑って言った。
「あの大木が刺さっているのが私達の住む家”夕霧邸”。その隣が職場であり温泉施設の”朝霧邸”よ。」
俺は信じられないように聞き返した。
「刺さっているだって!?家の中にスペースを設けてるんじゃないのか!?」
「実際に家の中に入ればわかるけど、あの大木はそんな穏便に生えているわけじゃなく、屋根を突き破っているわ。」
あれが神社の御神木というなら納得はいくが一般人があんな巨木をなぜ家の中に……。
「中から見たらもっとすごいものがみれるよ。」
「もっとすごいもの?」
俺はつばを飲み込み、世にも珍しいものを見て興味本位で興奮していた。
それ以上にすごいものとは一体どんなものなのか、理解が追いつかず恐怖のような鳥肌が全身に立った。
ブラック企業かと心配していたが、大木への興味で俺はそんな事を忘れ去っていた。
その様子を見て、駿はこう言った。
「詳しいことは着いたら話そう。俺達の家には特別なルール……というか掟みたいなものがあるからな。」
しかし、夕霧家の掟とは一体どんなものだろうか?
のんびりしたかった俺としては、窮屈な生活はしたくないと思った。
特別な掟……それがどんなものであれ、光太はまた別の不安を覚えた。
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