1-2.未知なる旅路
1-2.未知なる旅路
長野までの道は自然に溢れていた。山の緑、坂道の木漏れ日、トンネルを抜けると突然広がる青空。セミ達の鳴き声が県境付近からミーンミーンと聞こえだし、季節の変わり目を感じさせる。
クーラーが効いていても、未だ暑い車内。駿が突然妙なことを聞いてきた。
「ところで、今はいいけど長袖の服は持ってきたよな?」
「引っ越しみたいなもんだから持ってきてるよ。」
「愛知じゃ朝でも夜でも暑かったが、向こうじゃ夜になると寒くなるからな。人によってはこの時期なのにまだコタツを出したままの人もいる。」
「おいおい、もう春を越した初夏だぜ?流石にそれは冗談だろ?」
「本当だ。向こうは涼しいどころか夜中天然のクーラーつけっぱなしだから、防寒対策しておかないと風邪引くぞ。」
「これから行くところは山の中にあるから、結構冷えるのよ。山を降りた市街の方なら愛知と変わらないけどね。」
彩までこう言う始末だ。
「もちろん冬はずっと冷えっぱなし。近くにはスキー場もあるからうちの温泉の仕事もそれなりに儲かるってわけだ。」
駿はニヤつきながら言う。
「そういえば具体的に聞いてなかったけど、観光地経営の手伝いってもしかして温泉のこと?」
「それもあるけど、他にもキャンプ場管理や地元の宣伝活動や環境整備とかいろいろあるから忙しくなるぞ。」
「人の対応だけじゃなく、自然環境を守ったり災害時の対応もしなきゃいけないからな。」
田舎はゆっくりできるイメージがあったけど、どうやら仕事の話になるとやることは山積みのようだ。
「湖霧市で休憩するんだし、その時に買いましょう。」
湖霧市は夕霧邸から近い市街だ。大きな湖があり、遊覧船やボート、釣りなどが楽しめる観光スポットにもなっている。天気が良い日は大きな湖には山が反射して写り、絶景となるのだとか。
湖霧の高速道路を降りて、激安ショップのドン・グリホーテで長旅の休憩と買い物をするのだった。そこで駿と彩の知り合いの少し若々しいおじさんと出会った。
「やぁ、駿さんお久しぶり。彩ちゃんもしばらく見ないうちにずいぶんキレイになったね。」
「もう徳松さんったら相変わらず口がうまいんだから。」
彩が少し恥ずかしそうに答える。
「今日は数年ぶりの里帰りなんです。」
そう答えると徳松さんは俺をチラっと見て、彩に訊ねた。
「そうか、今年か……ということはもしかして彼が……」
「はい。」
彩は急に真顔になって答えた。
「そうか大変だろうけど、頑張ってな。」
徳松さんは俺に語りかけてきた。仕事の事と思い、やる気をアピールするように、「はい!」と笑顔で元気いっぱいに答えた。しかし、徳松さんの反応は薄かった。
「それではそろそろ行きますので。」
駿が徳松さんにそう伝え、買い物に向かった。
一体何の話をしてたんだろう?もしかして俺の想像を超えるほど忙しい職場ということなのだろうか……。
彩と駿の顔を少し伺うと先ほどまで車でワイワイしていた顔が強張っていた。
二人のその姿をみて少し不安になり車内移動中、目にした神社や道祖神に『労働基準法が守られた安全な職場でありますように』
と、心のなかで祈った。