ブラックホールの生まれ直し 〜気づいたら数万歳だった星の『義務』神殺し〜
連載を考えている作品のプロローグです!
中世異世界ファンタジー×平行宇宙といった感じの舞台で行われる、神殺しのお話です。実際の科学とは異なる法則もあり、魔法魔術アリアリの世界でもありますので、ひとまず楽しんで読んでいただければ幸いです。
面白いと思っていただけたら、反応よろしくお願いします!
感想なども返信させていただきます!
曰く、それは一つの天体である。
全てを飲み込み無へと還す、事象の地平線__あらゆる「ふるまい」の終着点なのだという。
光と青がゆらめく星海に存在する、暗い穴__または黒い球体。
光すら飲み込むため、見えない天体しても知られている。
塵とガスで構成された降着円盤が球体の中心から伸び、宇宙における未開の神秘を感じさせる形を成している。
あらゆる意味を無意味へと変え、外側には無限の期待を垣間見せ、内側に崩壊を孕む。
__壊れた星。
曰く、それはブラックホールと呼ばれている。
そしてそのブラックホールは、「俺」なのだという。
硬さを持たない降着円盤の上にひらりと舞い降り、光の足場を作って立つ少女がそう告げた。
小洒落た純白のドレスに身を包んだ彼女の姿は、まるで宇宙にいるとは思えない立ち振る舞いで、黒髪をわずかになびかせ、微笑んで俺を見上げていた。
俺は彼女に説明を求める。
「わけが、わからない」
「……君に、意思を与えたんだよ。
人間が脳を持って考えるように、一つの虚しい星である君が『思考』ができるようにね」
「__なぜ?」
俺に意思が与えられたのは、ほんの数分前のことだ。
虚無を漂う虚無であった俺の内側に、突然声が響いた。
「起きて」と。水の中から引き上げられたような感覚と共に、出現した「視界」の中に彼女の姿があり、俺は自身の内側で音を響かせ、考えていた。
最低限の知識と、言語を与えられ、円盤に乗った音を声として変換する技能を手に入れていた。
彼女がなぜ俺にそれを施したのか、理解ができない。
彼女はイタズラっぽく微笑んで言った。
「君にはその権利があるからね」
「権利……俺は、無意味を彷徨う崩壊した天体……だったのではないのか?」
「今はそうかもね。だけど遥か昔、君は人間としてとある星に生きていたんだよ。
その様子じゃ、記憶はないみたいだけど」
余計にわけがわからなくなった。
俺は、人間だった?
だがブラックホールは天体だ、人間は天体になれない。
彼女がブラックホールが壊れた星であると俺に教えたのだ。すでに矛盾している。
「人が、天体になるはずがない」
「なるよ。
人間も、星もすべては物質。私の尺度では人も星も同列の存在なの。
そして、その存在がブラックホールに変わる方法も、また同じ__超新星爆発か自己崩壊__そして『存在の反転』」
「反転__?」
少女は話片手にゆっくり歩き始めると、円盤の上を歩くように浮遊し、彼女の通り道には光る足跡だけが残っていた。
どうやら足がつく場所にのみ器用に足場を形成して、この塵とガスが回転する上を歩いているようだ。
彼女に与えられた「知識」の中に、彼女に関する一切の情報はなく、彼女がどんな存在かは見当もつかない。
ただ彼女の発した「反転」という単語に、妙に引っかかるこの「思考」が、彼女が口を開くのを待ち遠しく思っていた。
「君は遠い過去で、とある世界の終わりを防ごうとした人間の一人だった」
「世界の終わり……星の寿命か?」
「もっと悲惨なものだよ、外界から現れた神が、抗いようのない力でその世界の人間を鏖殺しようと目論んだ。
星をまっさらにして自分の聖域を興そうとする神は少なくないけれど、それでも殺しを好む神に目をつけられたのが最大の不幸だった」
少女が語るのは、とある星が陥った悪神による壊滅の危機の話だった。
それは凄惨な破滅の悲話か、またはどこかの星の英雄譚の序章にも聞こえた。
「世界の終わりを予知した君と五人の仲間がそれを防ごうとしたけれど、神の力は底なしでね。
人間がどれほど魔術を極めようと、能力を高めようと、決して太刀打ちできるものじゃない。
ありったけの戦力で、全員が命を賭けて挑んだけれど、仲間のうち四人は返り討ちで瀕死の重症に追い込まれた。
酷い有様になった仲間の姿を見て、からがら軽傷で逃げ延びた君ともう一人の仲間は、もう打てる手はないと絶望に暮れたけれど。
そこで、仲間が思いついたアイデアから、一つの道をみつけるの__」
「……勝てないなら__覆い尽くしてしまえばいい」
それは、俺の意思で発された音ではなく。少女に与えられた思考の外__無意識から形成された声だった。
少女は自身で告げた言葉の意味を理解していない俺の様子を察したのか、その微笑みをより一層深めた。
「その通り。君は神に勝つのではなく、神を消す手段を考えた。
飲み込んで、蓋をして、消し去ってしまう。
全ての『ふるまい』の終着点、この世で最も無を有したブラックホールを作り出す手段を」
「それが、存在の反転?」
「そうだよ。
己の『本質』を壊して、存在理由を裏返し、ただ目的だけを見据えて変質するの」
「__?」
神を倒せないから、ブラックホールで飲み込んでしまおうとしたところまでは理解が追いついたけれど。
存在の反転。
その説明に至っては、まったく具体的な説明がなくなった。
「全くわからない、どういうことだ」
問うと、少女は手のひらの上に一つの頭ひとつ分ほどの球体を出現させた。球体は無重力に浮かびながらも、少女同様、俺の引力の影響を受けず、彼女の付近に停滞していた。
無から有を具現化させる、まるで神のような技術だ。
「このボールを裏返すにはどうしたらいい?」
「……わからない、不可能なんじゃないか?」
ボールには、端がない。ゆえに当然めくることはできない。
裏側を見るには、穴でもあけて表面を引き剥がすように裏返すほかない。
それが、答えなのだろうか。
「ううん、簡単なことだよ」
少女はボールを手で貫き、そこから抉るようにボールの裏側を引き出してみせる。
その唐突な荒々しい所業に、言葉を失っていると、少女は子供のように笑った。
「これを意思を持った生物が行うのが、反転。
自壊して裏側を知り、指を突っ込んで抉り出して、表裏をひっくり返す。簡単なことでしょう?」
「全く簡単には思えない。大抵の生物は死ぬだろう……
それが、ブラックホールを生む方法だとでも言うのか__?」
流石にここまでリアリティのない発言が立て続けにくると冗談なのか、無知な俺を騙そうと法螺を吹いているのかもしれないと疑い始めてしまう。
問いを続けて投げかけると、少女はいつの間にか笑みが薄れたまっすぐな目を向けて俺を見ていた。
「現に君はそうなった。
たった一人の人間が、虚無の星となって、神を飲み込んだあと、星海にその身を投げ出し、最終的に最小限の犠牲で世界を救った。
君は神を倒した英雄なんだよ」
「__英雄」
俺としては、さっき生まれたばかりな気分であって。
誰か知らない人の話をされているばかりな感覚が抜けず、たとえ俺が英雄だったのだとしても嬉しいとは思えない。
その記憶も、その時の感情も、俺にはなにもない。
無だ。
「それを伝えたところで__なんの意味がある」
「ふふ、人格もブラックホールみたいに虚無ってるんだね、反転の影響かな。
私がここまで来たのは、君の助けがほしいからだよ」
「助け__?」
少女は俺の体(球体)の真下まで歩いてくると、そっと手を出して握手を待つようなポーズをとる。
俺を見上げ、その丸い目を細めて首を傾ける。
「ひとつ取引しない?
私は、あなたを人間に戻せる。意思や声を与えたように、肉体を与えられるし、人間の生活を送れるようになる。
その代わり、私のお願いを聞いて欲しい。どうかな?」
「__別に、人間になりたいとは思っていない」
少女の交渉に、俺は感想をそのまま伝える。
すると彼女は数秒目を点にして、それから絶叫した。
「え__えええええええええええええ?!」
「な、なんだよ」
「人間に戻りたくないの?! 元の姿なんだよ?! こんな何もない宇宙を彷徨うだけなんて退屈じゃない?!」
「俺にはその記憶がないから、別に……」
「こ、ここまで虚無ってるとは思わなかったぁ__う、う〜ん__」
少女はいままでの様相を保てなくなり、顎に手を当てて足を光の足場に踏み鳴らしながら思案していた。
そして数秒後、「あ」と指を鳴らす。
「あなたが『反転』を起こしたとき、そばにいた一人の仲間のことを教えてあげる」
「俺がブラックホールになるアイデアを出した人、か?」
「その人と君が、兄妹だって話はしてなかったよね」
「きょうだい__?」
「彼女は君の妹だったの、聡明な学者でありながら魔術の素質も持つ、完璧な人間だったよ」
何かが、無の中でざわついた。
思い出せない、それ以前に存在しないはずの記憶が、塵に埋もれた黒の中から、蠢く。
「今も、生きてるのか?」
「いいや、何万年か前に天寿を終えて亡くなったよ」
「何万__」
俺は、それほど長い時間宇宙に浮かんでいたのか。
それは、俺の中に生まれたばかりの常識の中ですら、あまりにも長いと感じる。
「そうか、もう、会えないのか」
「まぁ、その姿のままじゃあ会えないかなぁ」
「……どういうことだ」
胡散臭い声色で言った少女は、乗ってきたなと言わんばかりに口端を上げて言った。
「人間の体になれば、君には『反転』の力。
ブラックホールを生み出す力が転写される。
何万年もブラックホールとして虚無を抱えた君に刻まれた、いわば染み付いた跡のようなものがね」
「その力で、死んでいる人間に会えると?」
少女は頷く。
「自分をブラックホールで飲み込んで、特異点を超えると時空が歪み始める。
そこからは私がナビするから、言った通りに進めば、君の望む時間に行ける。
過去でも未来でもね」
「俺の、妹に会える__?」
「そう、かつての仲間とも再会できるし、
英雄の凱旋ってなったら、そりゃあもうみんなから大層チヤホヤされるだろうね〜」
ブラックホールで時間を遡れるのかは正直半信半疑だが、意思の副作用__感情の高鳴りを感じる。
興味を示しているのだろうか。
なにか、強大な引力に吸い込まれていくように、彼女の言葉が甘く、素晴らしいものであると感じ始める。
理性が、彼女の目的をまだ言っていないことに警戒していながらも。
その警鐘はあまりに小さく、俺を引き戻すに値しないものだった。
「どう? 体を取り戻す気になった?」
「__そうだな、興味が湧いた」
「……ふふ、じゃあ肉体をあげる__といっても、本来の姿に戻るだけだから新鮮味はないけれどね。
じゃあいくよ__」
少女は、俺の体にゆっくりを手を入れた。
引力に作用されない彼女の手は、俺に触れてもスパゲッティ現象が起きて引き裂かれるようなことはなく。
まるで水に浸けるように、体の中で指を広げていた。
「私の手を掴んで」
「__俺には手がないから掴めない」
「掴もうとしていないから掴めない、それだけ__ゆっくり、私の手を掴むの」
集中する。自分の内側を覗くことはできないから、感じる。
与えられた意思で、イメージする。
真っ黒い手を。
宇宙に穴を開けるほどの重力の自壊で出来上がる黒。
その黒で、人を思い描いていく。
少女の手を掴む。
その感覚が訪れた時、気づけばそこは、霧散し始める広大な円盤の上だった。
少女と目線の高さはほぼ等しく、丸かった俺の形は彼女と似ていながら少しゴツゴツとした形に変わっていた。
だが以前として黒は黒。
黒の泥が身体中に塗りたくられたような姿になっている。
手を握る少女は、しばらく目を瞑ったあと、
呼吸を忘れていたかのように大きく息を吸い直しながらその目を見開いた。
「はぁっ、はぁ、きっついね。星を人にするのってこんな疲れるんだ!」
「……これが、昔の俺?」
「ううん、違うよ__これが、君の本当の姿」
少女が余った手を俺に向け、指を鳴らす。
すると体中の黒が吹き飛び、体の表面に彼女と同じ肌の色が現れた。
そのまま彼女は「鏡」を具現化し、俺に手渡す。
「反転の影響で色々変わったところはあるけれど、君だって判別できるくらいには形を留めているね」
「__」
鏡の中に映るのは、白髪で、目に赤い瞳孔を宿した男。
視界すらさっき与えられたばかりだというのに、その姿に違和感を覚えていないのは不思議で、どこかむずがゆかった。
これが俺なのだ。受け入れよう。
「数万年ぶりの人間の体はどう?」
「なんだが__軽い」
「あっはは、重力の塊だったもんね、そりゃそう感じちゃうよ」
人の体を手に入れてからすぐ、俺の意思がとあることに興味を示していた。
「……俺に、名前はあったのか?」
「もちろんあったよ。君の名前は『ノーティル』。神殺しの英雄・ノーティルだよ」
ノーティル。
その単語を頭の中で幾度も反芻する。
永い月日が経ても、刻まれた名は忘れられないものなのか、妙にその単語だけはしっくりきた。
いい名前だ。与えてくれた人には感謝したい。
「__君の名前も聞いておいていいか」
「う〜ん……まぁ、君にならいいか。私は『喪失者』だよ」
「喪失者__それが、名前なのか?」
「えへへ、私の名前はね、相手によって聞こえ方が違うの。面白いでしょう?
だから、私と出会う人の分だけ私の名前が存在するんだ」
「そういうことも……あるのか」
喪失者、彼女が自身の名を告げる時の表情が、少し微妙というか、あまり詮索すべきではない雰囲気を醸していたので、俺はそれ以上名前の話題をすることをやめた。
俺は体を貰えたわけだし、彼女の言うことを聞く番だ。
「それで、俺は何をすればいい?」
「意欲的だね、助かるよ。
__じゃあ、ブラックホールは出せる?」
当たり前のように星を出せという彼女の言葉に、俺はそのまま「やってみる」と一言おいて、実行にうつした。
不思議と、自分でもできる気がしたから、そこに突っかかる気にはならなかった。
手を広げ、その上に重力場を生み出す。
見えない手で、絶対に破れない空間という紙をあらゆる方向から引き伸ばすイメージ。
そして空間が歪み、広がりきると勢いよくゴム紐のように紙は内側に縮小する。
収縮した重力が、それに耐えきれない空間にぼっかりと穴を開けて、ボールのようなブラックホールが完成する。
「さすがだね。その中に君が入ってからは、私が言った通りに歩けば辿り着くよ」
「そうか」
なら、もっと大きくした方がいいか。
穴を広げるように、俺はブラックホールを人一人分すっぽり飲み込める大きさに変え、傍に放す。
「聞いておきたいんだが、俺は妹に会えたらお前に協力するんだよな」
「うん、それが体の対価」
「どんなことかは、言えないのか?」
「__そんな子犬みたいな目をされたら、言わない私が悪いみたいじゃん__仕方ないなぁ」
少女は目を逸らし、薄く笑いながら、数秒言葉を選ぶ時間を設けた。
そして、もう一度を俺を見た彼女の顔に笑みはなく。
ただ真剣とも、怒りとも、雄々しさとも違う。
虚無が、そこにあった。
「あなたには、神殺しをしてほしいの」
彼女が俺に取引を持ちかけた理由が、分かった。
事実上、神を倒した実績があるから、彼女は俺に肉体と思考、人間に必要なものを与え戻した。
ようやく、納得のいく釣り合いが取れたと安心したと同時に、俺がこれからしなければならないことの重大さに直面する。
神殺し。
それを叶えてやれるのかどうかは、正直わからない。
ただ伝わったのは、彼女の覚悟だけ。
だから俺は、それに向き合うだけなんじゃないかと自然に思えた。
「__俺にできるかわからないけれど、それでもいいなら」
「__晴れて取引成立、だね」
気づけばずっと握っていた手は、ご機嫌に進み始めた彼女にそのまま引かれ、俺の作ったブラックホールの中に二人で飛び込んでいく。
こうして、神殺しの旅は始まった。
宇宙がひっくり返るほどの、戦いの旅が。