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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第一章 売れ残りの花嫁
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第7話 新しいお家

 国王から結婚の許しをもらったクレイユは、ローリエを抱えて再び転移魔法を使った。


 彼自身が、予め魔法陣を描いておいた場所にしか飛べないらしいが、それにしても便利な魔法だ。


「ここが今日から僕たちが住むお城だよ。お城というより、少し立派なお屋敷といった感じだけど」


 そう言って、クレイユは簡単に城内を案内してくれる。

 確かに、お城と呼ぶには小さいのかもしれないが、モントレイ伯の屋敷と同じくらい広かった。


 ここは王家が所有する古いお城で、魔物が巣喰う北の荒地との境目――つまり、場所としてはモントレイ伯領内に位置する。

 長く使われていなかったが、勇者パーティーの拠点として修繕したのだという。


 ローリエは最上階の広い踊り場にある、大きな窓から見える景色に目を奪われた。

 城を囲む森と、その先に大きな防御壁に囲まれた、レムカの町が一望できる。


 窓枠に手をかけて外の空気に触れると、ようやく息が吸えるような心地がした。


「気に入った?」


 ぼんやりしていたローリエは、クレイユの声で我に返って振り返る。


「はい。素晴らしい眺めだな、と見惚れてしまいました」

「僕もここから見る景色が好きなんだ。そうだ、ここに机と椅子を置こうか。朝焼けを見ながらとる朝食は最高だと思わない?」

「それは……さぞ素敵でしょうね」


 ローリエは想像を膨らませる。


 柔らかな日差しの中、鳥のさえずりを聞きながら食べる朝食――。


 こんがり焼いて、たっぷりバターを塗ったパンを食べたい。

 寒い日には温かいスープか、ミルクがあったら最高だ。


 そして、目の前に座る旦那様と、他愛のないことを話して笑い合う。


 ローリエは、微笑みかけてくれるクレイユを脳裏に描いて、慌てて妄想を打ち消した。


 だって、完璧で美しい勇者様が、ローリエと同じテーブルで食事をとるなんてこと、あり得ない。結婚など、尚更あり得ない。


 国民がこのことを知れば、嘆き悲しみ、ローリエの存在を呪うだろう。


「あの……クレイユ様、結婚というのは……」

「ああ、驚いたよね。騙すような形になってしまってごめん。でも、僕は本気なんだ」


 クレイユは、もじもじと言葉を紡ぐローリエの手を取り、甲に口づける。


「必ず好きにさせてみせるから」


 喉の奥から「ひゅっ」と変な音が出た。

 駄目だ。話せば話すほど、どれだけ本気なのかを説かれる気がする。


 頭の中は混乱を極めているというのに、彼の甘い言葉に心が疼く。


「ちょぉーーーっと、クレイユ!!」


 大きな声が聞こえたと思ったら、クレイユ目掛けて巨体が槍のように飛んできた。

 命中すればクレイユは吹き飛んだだろうが、彼はなんてことない顔をしてサッと避ける。


「あなたって本当に乙女心が分からない男ね」


 飛び蹴りをした人物は華麗な着地を決めると、仁王立ちして溜め息をつく。

 見た目は色っぽい大人の女性だが、野太い声は明らかに男性のものだった。

 

「彼女はマリアンヌ。パーティーメンバーの一人で、今は住み込みで働いてもらってる」


 面食らっているローリエに、クレイユは『彼女』と紹介する。


「ということは、勇者パーティーの方ですか?」


 以前見た、号外新聞に描かれていたイラストでは、勇者パーティーは男三人、女二人の構成だった。


 ウェーブがかった巻貝のような独特な髪型と、彫りの深いはっきりとした目鼻立ちからして、恐らく大剣使いの女性だ。


「そうよー、よろしくね。クレイユは乙女心なんてさっぱり分からないだろうから、何か困ったことがあったら私に言ってちょうだい」

「怒らせたかったら、マルケスと本名で呼ぶといい」

「クレイユ、あとで一発殴らせてもらうわね」


 きっとこの二人は仲が良いのだろう。

 冗談めかしたやりとりに、ローリエは思わず微笑む。


 その時、マリアンヌと目が合った。

 笑ったことを怒られるのかと思いきや、彼女は自身の頰に手を当て、ローリエを労るように言う。


「あなた、モントレイ伯のもとでこれまで大変な目に遭ってきたんですって? 初恋拗らせクソダサ勇者は無視して、ここでは貴女の好きなことをして暮らせば良いのよ」

「ありがとうございます。でも――」


 クソダサ勇者? と首を傾げながらも、ローリエは素直に返事をする。


「私……何が好きかも分からないんです」


 一瞬の静寂の後、しゅんと俯いたローリエに聞こえたのは興奮に満ちた叫び声だった。


「か……かんんんんわいいいいいい!! 何この子、可愛すぎるわ!! この世の全ての男から私が護ってあげるからね!!」

「おい、止めろ。ローリエは僕の妻なんだから、護るのは僕の役目だ」


 二人は何故か、ローリエを巡って言い合いを始める。


「自分でろくに身の回りのことをこなせない、かっこ悪いところを見せて、さっさと離婚されてしまえば良いのよ」

「何だと? お前は手刀で野菜を切るところを見せて、どん引かれればいい」

「私は自分に正直に生きてるの。猫被りのあなたとは違うわ」

「僕は皆の理想を崩さないよう努めているだけだ」


 どんどんヒートアップしていく二人に狼狽えたローリエは、勇気を振り絞って口を挟んだ。


「あ……あの! 私はやはり、クレイユ様に釣り合うとは思えませんし、初恋の人でもないと思います」

「いや、君は間違いなく――」

「けれど、既に婚姻が成立してしまっているよなら、本物が現れるまで身代わりを務めます」


 落ち着きを取り戻したマリアンヌは、「あの子のペースに合わせてあげなさい」とクレイユを諭す。


 クレイユは納得していない様子だったが、最後には諦めたように笑い、「分かった。それでいいよ」と折れたのだった。


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