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第46話 お披露目式の一時間前のこと

(……どうしよう、気持ち悪くなってきた)


 広場に集められた民衆の前に立つまで、あと一時間。

 ドレスでぎゅっと締めつけられているのと、緊張のせいで、胃のあたりがムカムカする。


(クレイユ様には休んでいてと言われたけど、これでは休まりそうもない……)


 クレイユは第一王子に呼び出されたらしく、部屋を出てしまっている。

 人払いをしてあるせいで、控室代わりの客間には誰もいない。


 できれば締め付けを緩めてもらいたいと、ローリエは使用人を探しに廊下へ出た。


(あれ?)


 そこで見つけたのは、使用人ではなく、よろめき、壁にもたれる王太子妃の姿だった。


「アーシェ妃殿下、大丈夫ですか?」


 自分より具合の悪そうな人を前にすると、不思議と元気が出るものだ。ローリエはドレスをたくし上げ、赤髪の女性の傍へと早足に歩み寄る。


 王太子妃はびくっと体を震わせたが、相手がローリエだと分かると、強張った顔が緩んだ。


「ええ。問題ないわ」


 彼女はそう言うが、明らかに顔色が悪い。

 医者に診てもらった方が良さそうだ。


「お医者様を呼んできます」

「待って。本当に大丈夫、部屋に戻るところなの。眠気がひどくて、少し気分が優れないだけ」


 それを聞いたローリエは、ほとんど直観的に「もしかして」と思う。


 モントレイ伯の屋敷にいたメイドが、身重で仕事を辞める前に、同じようなことを言っていた。


 魔力の気配を確かめると、王太子妃の強い力が二つにぶれているように感じる。

 確信は持てないが、勘は当たっているかもしれない。


「お部屋までご一緒します」

「一人で戻れるわ」


 王太子妃は一人で歩き出したものの、すぐによろめく。

 ローリエは咄嗟に彼女の体を支えた。


「今日は貴女にとって大事な日だというのに、ごめんなさい」


 少し涙ぐんだような声に、ローリエはぎょっとする。


 彼女は泣いてはいなかった。しかし、国王生誕祭で初めて出会った時に抱いた『強い女性』という印象は、どうやら彼女の一面でしかなかったらしい。


「大人しく待っていても緊張するだけなので、アーシェ妃殿下にお会いできて良かったです」


 ローリエは自然と微笑みかけていた。

 王太子妃は数度瞬きをしてから、微笑み返してくれる。


「貴女、この短期間で随分自信がついたように見える。その姿もとても素敵よ」

「ありがとうございます」


 結婚のお披露目ということもあり、今日のローリエは純白のドレスに身を包んでいる。

 頭にはクレイユが特注で用意してくれたティアラが飾られ、これは完全に、少女の誰もが一度は憧れる花嫁の装いだ。


 胸元からお腹にかけてぎゅっと締め付けられていることを除いたら、今だけは自分がどこかの物語のヒロインになれたようで、気持ちが高まる。


「今度一緒にお茶でもしましょう」


 部屋まで付き添った後、下がろうとするローリエに王太子妃は言った。


「……はい。ぜひ」


 ルビリアの件で、社交辞令程度に受け取るべきと学んだはずなのに、今度こそ、もしかしたらと淡い期待が胸の中で膨らんでいく。


 ローリエはふわふわとした足取りで、来た道を引き返した。

 その途中、薄暗い廊下の曲がり角で、ばたりとクレイユと出くわす。


「ローリエ、どうしてここに?」

「偶然アーシェ妃殿下と出会って、気分がすぐれないようだったので、部屋まで付き添った帰りです」

「それならたぶん、帰り道を間違えてる」

「えっ」


 来た道を引き返しているつもりだったが、王城は広く、入り組んだ造りになっている。いつの間にか、道を間違えていたのだろう。


 辺りをきょろきょろ見回すローリエを見て、クレイユは苦笑している。


「後のことは任せて、クレイユは彼女と部屋に戻るといいよ」


 声がして初めて、ローリエはクレイユの隣に誰かがいることに気づいた。


 黒髪の青年は、慌てて頭を下げたローリエに会釈を返すと、音もなく去っていく。


「今の方は?」

「二番目の兄だよ」


 ローリエはしばし考える。


(……ということは、先日まで行方不明になっていたという、アルベール第二王子殿下!?)


 クレイユに対してへりくだった様子がないので、それなりの立場の人だろうと思ったが、見た目では全く結び付かなかった。


 第一王子やクレイユと同じくらい背は高かったが、髪色も、顔も、雰囲気も驚くほど似ていない。


 驚嘆するローリエの心を読んだクレイユは、くすりと笑う。


「似てないよね。あの人は母親似なんだよ」

「……なんだか、とても元気がなさそうでしたね」


 ちらっと見ただけだが、顔は青白くて生気がなく、気配が薄いことも相まって、まるで幽霊のようだった。


「うーん。いつもあんな感じな気もするけど、戻った途端に第一王子にこき使われて、神経をすり減らしているのかもしれない」


 クレイユは平然と「そのまま逃げちゃえば良かったのに」と呟くが、普通はそう簡単に、生まれ育った地位や環境を捨てられないだろう。


「あの人からしたら、自由にしてる僕が羨ましいだろうね」


 第二王子殿下とは仲が良いのか聞こうとしていたローリエは、その一言で口を噤んだ。


 思っていたよりも、兄弟関係の闇は深そうだ。

 この先、お家騒動に巻き込まれる覚悟をしておいた方が良いのかもしれない。


「行こう。広場はもう、押し合いへし合いで大変なことになってるらしい」

「流石。勇者様は大人気ですね」

「皆が気になっているのは、僕よりも君のことだよ」


 クレイユは美しい碧の目で、ローリエを見つめる。


「緊張する?」

「少し。でも大丈夫です。きっと何があっても、クレイユ様が護ってくれますから」


 ローリエはクレイユの腕に、そっと手をかける。


「もちろん、クレイユ様に何かあった時は私が護ります!」


 その言葉を聞いたクレイユは、声を漏らして笑った。

 

「ありがとう。強くなったね」


 ローリエに自信がつき、強くなったように見えるのだとしたら、それは全てクレイユのおかげだ。


(貴方が私をずっと愛してくれたから。私も――)


 愛し続けると誓おう。

 いつか終わりを迎えるその時まで。

 

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