第45話 動揺の連続
朝、黙々と食事をするローリエとクレイユを見て、マリアンヌは不思議そうに目を瞬かせた。
「あらやだ、二人してどうしたの? 喧嘩でもした?」
ローリエは動揺して、手にしていたパンを落としそうになる。
クレイユは即座に「いや、何もないよ」と答えたが、どこかぎこちなく、変な空気が流れてしまう。
マリアンヌはそんな状況の中、焼きたてのパイをテーブルに置いて、ふうっと溜め息を漏らした。
「何もないわけないでしょう。さては調子に乗って手を出して、ローリエに嫌――」
「マルケス……それ以上言ったらただじゃおかない」
クレイユは殺気を漂わせてマリアンヌを睨む。
しかしながら、効果はあまりないようで、マリアンヌは「図星ね」と微笑んだ。
(違うんです……!)
ローリエは内心否定するも、マリアンヌは勝手に納得してしまったようで、クレイユからの猛抗議を笑ってあしらっている。
実際、昨晩は『少しずつ進める』という話の通り、キスを重ねるところまでしか進んでいない。
それでも、朝の光の中で思い出すと気恥ずかしくて、ローリエは真っ直ぐクレイユを見ることができずにいた。
クレイユの方はどうだか分からないが、普段よりも落ち着かない様子なので、ローリエと同じように昨晩のことで、何やら思うところがあるのかもしれない。
「ローリエの前で、そういう話は止めてくれないか」
「そうね、私ったら」
マリアンヌは口元に手を当て、ふふふと笑った。
勘違いされたままではクレイユが可哀想だ。
そう思ったローリエは、絞らなくて良い勇気を振り絞る。
「……クレイユ様は、私が嫌がることは決してしません。ただ、昨晩のことを思い出して恥ずかしかっただけです」
自分で言っておきながら、頭から煙が出そうだ。
「ローリエ……」
そっと顔を上げると、クレイユも真っ赤に染めた顔を手で覆っている。
マリアンヌはそんな彼に、なんとも言えない視線を向けて「何だか本当にごめんなさい」と呟いた。
「さて! その話はここまでにして、今日から本格的に城の修繕に入るわ!」
パンッと手を叩き、マリアンヌは明るく元気に話を変える。
「午後には人が来るから、そのつもりでいてちょうだい」
翼竜の襲撃――正確にはマリアンヌの豪快な迎撃により、北の城の西側上部は派手に崩れてしまっていた。
城に常駐する大工が、嘆きながらも一生懸命修繕にあたっていたが、一人での対処には限界があるだろう。
手伝いに来てもらえると聞いて、ローリエは純粋に「良かった」と思った。
ところが、クレイユは自分が暮らす城より、町のことが気になるらしい。
「ここより町の復旧を優先してほしい。順調とは聞いているけど、まだ完璧に終わったわけじゃないよね?」
モントレイ伯に失望していたローリエは、その言葉に感心した。
自分より、町の人々の利を優先する――。
彼ほど素晴らしい領主は、世界中どこを探しても、いないのではないかと思う。
「大丈夫。勇者様のお陰で町の被害は最小限だったもの。それに、皆、貴方のために働きたくて仕方ないのよ」
「分かった。急ぐ必要はないと伝えておいて」
マリアンヌが立ち去ると、クレイユは焼きたてのパイを皿にとり、朝食を続けた。
ローリエも食べかけのパンをちぎって口に運ぶ。
「そういえば、ここのバリアはどうしようか」
独り言のつもりだったのだろう。
クレイユは窓の外を見つめて呟く。
「町のはクレイユ様が張り直されたんですよね?」
「応急処置的にね。得意分野じゃないから、後は教会に任せるつもり」
「私もお役に立てたら良いのですが……」
残念ながらローリエも、防御魔法の類はあまり得意ではない。
戦闘の渦中で攻撃を防ぐための、一時的なバリアなら問題ないが、恒久的なものとなると上手くできる気がしない。
『そのことなら我が請け負おう』
突然、頭の中にテレパスが飛んでくる。
ヘイルだ。
ヘイルは騒動の後、『この勇者はあてにならん』と文句を言って、森から北の城に越してきた。
庭の備蓄小屋が気に入ったらしく、中身を全て出して、そこを寝ぐらにしているはずだが――。
(もしかして、昨晩のアレコレも全て聞かれてた?!)
愕然とするローリエをよそに、一人と一匹は冷静に話を続ける。
「それは助かります」
『巣の範囲を広げれば良いだけだ。大した手間ではない』
「小屋での生活に不自由はありませんか?」
『ああ。それなりに快適だ』
クレイユは、ヘイルとしばらく会話を続けた後、挙動不審なローリエに気づいて首を傾げる。
「どうかした?」
「なんでもないです」
ローリエはぎこちなく微笑んだ。
すると、何やら勘違いしたヘイルからテレパスが飛んでくる。
『勇者に不満があるなら我に言え』
「ヘイル、違うわ」
ここで言うのもなんなので、「夜は耳を塞いでいてほしい」と、後でこっそりお願いしに行こう。
「これで一通りのことは大丈夫かな……」
クレイユは「あ」という声とともに、目を見開く。
「そういえば、大事なことを伝え忘れていた。来月、改めて結婚のお披露目をすることになったんだ」
「それは一体……。パーティーのようなものでしょうか?」
ローリエは国王生誕祭を思い浮かべたが、今回のお披露目は広く、国民に対して行うもので、王城の窓から手を振る形になるらしい。
「僕としては君を見せ物にしたくなかったけれど、周りが煩くて」
クレイユは項垂れたと思ったら、突然ダァァンッと拳でテーブルを叩く。
「それに、このところ巷でローリエ不細工説が出回ってるらしいんだ……! 君はこんなにも美しいのに、誤解されたままなのは我慢ならない!!」
ローリエの前で、これほど感情的になるのは珍しい。
よほど悔しかったのだろうが、ローリエが表に立つことで不細工説とやらは解決するのだろうか。
(むしろ、本当に不細工だったという噂が広まるかも……)
クレイユは盲目的にローリエを美しいと言うが、世間は勇者の嫁に対して、もっと高い理想を抱いていると思う。
「とにかく、手を振る練習を頑張ります」
顔は今更どうにもならないので、当日までに雰囲気だけでも極めたい。




