第43話 勇者、そして魔王の愛
「えーっと、駄目でした?」
「むしろ何故、いいことだと思ったんだ……」
クレイユは呆れなような、怒ったような、神妙な面持ちをしている。
褒められるとも思っていなかったが、こんなふうに否定的な反応をされるとも思っていなかったので、ローリエはきょとんとしてしまった。
「クレイユ様はこの国の英雄であり、王子様です。そんな方が魔王の力を受け継いだとなれば、民は混乱するでしょう?」
そんなことになったら大問題だというつもりで言ったのに、クレイユからはあっさり「その時は僕も死んだことにして、身を隠すことになるかな」という答えが返ってくる。
先ほどから、どうも話に温度差がある。
どうして、なんてことないような顔で「死んだことにする」と言えるのだろう。
「私は、これまで国のために尽くしてきたクレイユ様が、誤解によって非難されるのは心苦しいのです」
「人の固定観念を覆すのは難しいから、説明を尽くしたって理解してもらえないだろう。仕方ないことだよ」
「だから、私が悪者になれば……」
言いかけたところで、突然唇を奪われ、強引に話を遮られる。
クレイユは、先を言わせたくないようだ。
真摯な碧の目に射抜かれて、ローリエは唇が離れた後も言葉を発することができなかった。
「地位も名声もない、化け物と呼ばれる存在になったとしても、君さえ側にいてくれれば僕は他に何もいらない」
クレイユはいつになく真剣で、切実な表情でローリエに訴えかける。
「僕が何者でもなくなったとしても、君は側にいてくれる?」
そんなの、答えは一つだ。
ローリエは反射的に、すぐさま返事をした。
「当たり前です! クレイユ様が望む限り、ずっとお側にいさせてください」
「良かった」
クレイユは頰を緩め、ローリエを抱き寄せると、そのままベッドに倒れ込む。
「わっ」
「ローリエが悪の女王になりたいと言うのなら、その時は僕も一緒だよ」
クレイユはくすりと笑って、ローリエの頭に唇を落とす。
(あれ……。結局、何の話をしていたんだっけ)
丸め込まれたような、狐につままれたような、変な気分だ。
ローリエはしばらくクレイユの腕に抱かれて大人しくしていたが、言われたことの理解が進んでくると、急に落ち着かなくなる。
(もしかして、もしかしなくても、クレイユ様の愛ってかなり重い……?)
ちらっとクレイユの右腕を確認するが、黒い紋様は見当たらない。
ということは、素の状態で言ったのだろう。
「どうかした?」
「いえ、何でも」
どうしようもなくむず痒い。
ローリエは、彼の逞しい胸に顔を埋めた。
「こんなにも私を必要としてくれるのは、クレイユ様くらいです」
誰にも必要とされない人生だった。
だから、クレイユの言葉が嘘ではないと分かっていても、夢ではないかと疑いたくなるし、不安になる。
ずっと、放さないで、側にいて――。
(私だって、クレイユ様がいてくれるのなら、他に何もいらない)
過去も、未来も、何だって差し出そう。
「悔しいことに、僕だけじゃないよ」
行き過ぎた思考を、クレイユの言葉が遮った。
ローリエは「え?」と顔を持ち上げる。
「マリアンヌなんかは僕よりもローリエのことを大切に思ってそうだし、ヘイルだっている。それに、君のお父様も」
マリアンヌは確かにローリエのことを心配してくれているし、ヘイルのこともまだ分かる。
そこにローリエの父――魔王を並列させたのは何故だろう。
「てっきり私は、お父様に厄介払いされたものだと思っていました」
ローリエがそう言うと、クレイユはゆっくり首を横に振った。
「彼は彼なりに、娘のことを深く愛していたと思うよ」
「そう、なのでしょうか」
「短い時間だったけど、会って言葉を交わしたし、記憶を引き継いだから分かる」
クレイユは穏やかな表情で、ローリエの頭を撫でてくれる。
「厄介払いではなく、人として暮らすことが君の幸せだと考えたんだろう。預けたきり、お金さえ届ければ良しとしていたのは、僕には理解できないけど」
人と感性がずれている点については、深いことを考えても仕方ない、とクレイユは付け加える。
ローリエには、お父様と会話した記憶がほとんどない。
たぶん、モントレイ伯の屋敷に連れて行かれる際に、「出かけるぞ」と声をかけられたのが最後だった。
嫌われているとばかり思っていたが、クレイユの言う通り、彼は人とは異なる存在だ。
自らの力を分け与えてローリエを生かし、人のもとへ返す行為そのものが、愛情だったのかもしれない。
そうだったら良い。
クレイユが言うのだから、きっと間違いない。
胸がじわじわ温かくなる。
過去に感じた孤独もすべて、満たされていくようだった。
「お父様はどうやってお金を工面したのでしょう」
「使い魔に魔鉱石を集めさせ、それを人に売っていたらしい」
「魔王が養育費を支払っていたなんて、モントレイ伯が知ったら驚くでしょうね」
「あの男は幸運だよ。君がどんな目に遭っているかを魔王が理解していたなら、爵位剥奪どころの騒ぎでは済まなかっただろう」
いつものようにしばらく談笑して、そのまま眠るものだと思っていたローリエは、気を抜いていた。
目を閉じて、良い気分のまま眠ってしまいたい。そう思ったところで、クレイユはにこりと笑って覆い被さる。
「さて、自分を粗末に扱いがちな君には、お仕置きが必要そうだね」
「えっ……と……?」




