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第42話 溜め息が出るほどの名案

 眠い。けれど、まだ眠りにつきたくない。


 ローリエはふかふかのベッドの中で、一人睡魔と戦っている。


 日はとっくの昔に暮れ、使用人たちも皆、寝静まっている頃だろう。


(クレイユ様、遅いな……今日はもう帰ってこないのかもしれない)


 ルビリアの襲撃から三日が過ぎ、ローリエが暮らす北の城は、建物の一部が破壊されたままなことを除けば平穏を取り戻していた。


 日中、復興支援に出ているマリアンヌによると、あと数週間すればレムカの町も元に戻るという。


 クレイユが魔物を殲滅したお陰で犠牲者はゼロ。

 町では以前にも増して、勇者信仰が高まっているらしい。


 当のクレイユは、王都でやることがあると言って、毎日転移魔法で出かけている。

 昨日も、一昨日も、このくらいの時間には戻ってきていたが、今日は何の音沙汰もないので心配だ。


(魔王の力を受け継いでいること。国王陛下には伝えてあったみたいだけど、これから先、大丈夫なのかな)


 勇者が魔王の力を受け継いだと知れたら、国中大変な騒ぎになるだろう。


 人間にとって魔王は絶対的な悪だ。魔王と縁のあるローリエですら知らなかった真実を、人々が簡単に受け入れるとは思えない。


 勇者の皮を被った魔王を殺せ、という話にきっとなる。


(そんなの、あんまりだわ……)


 十数年前、森で初めてクレイユと出会った時――。


 普通なら大人の庇護下にあるような歳なのに、クレイユは震えながらも「平気だよ。だって僕は勇者なんだから」と言って笑っていた。


 すごい、と思った。


 自分と違い、強い人なのだろうと憧れたが、ある時「勇者になんて生まれなければ良かった」と弱音を吐く姿を見て、ローリエは気づく。


 クレイユは強いのではなく、強くあらねばならなかった。

 生まれてからずっと、魔王討伐のために人生を捧げ、奪われてきたのだ。


 そうしてついに使命を果たした。――その後に、待ち受けているのが『死を望む声』だとしたら、悲しくてやりきれない。


(そうだ。もしそんなことになってしまったら、私が悪者になれば良いんだ!)


 魔王の娘だと名乗り出れば、ルビリアがローリエのことを『クレイユを唆す魔族』だと思ったように、人々はローリエを諸悪の根源だと思い込むだろう。


 あまりの名案に目が覚めた。


 がばっと起き上がったところに丁度、ノックの音がする。

 ローリエは枕元のランプを手にとり、扉に向かって駆け寄った。


「クレイユ様……! お帰りなさい。私、いいことを思いついたんです」

「ローリエ、落ち着いて」


 一瞬目が合った後、クレイユは気まずそうに視線を逸らす。


 前のめりなローリエに驚いたのかと思ったが、ネグリジェの胸元にあるリボンが解けて肌が露出していることに気づく。


「私ったら、すみません。お見苦しいものをお見せしました……」

「いや、試されてるのかと思ったよ」


 ランプに照らされるクレイユの頰は、ほんのり上気しているように見えた。


「このままお休みになられますか?」


 ローリエは慌てて衣服を整えながら尋ねる。


 王城で就寝準備を済ませてきたらしく、クレイユは簡素なシャツ一枚しか着ていない。

 こういう時は転移魔法で戻り次第、そのまま床につくのが常だ。


「うん。遅くなってごめんね。戻りが遅い時は先に寝てればいいのに」


 額に唇が落とされる。

 いつの間にか定番になった挨拶だが、ローリエは未だ慣れずにソワソワしてしまう。


 いつか自分から、お帰りのキスをしたいと思いつつ、まだしばらくは実行できそうにない。


「今日は何かトラブルでもありました?」


 甘ったるい空気に耐えきれなくなったローリエは話を逸らす。


「ああ。ルビリアのことで、色々とね。彼女、目を覚ましたようだよ」

「結局、ルビリア様はどうなるのでしょう?」

「それについてはしばらく揉めていたんだけど、マルトゥール公爵の意向もあって、彼女は防御壁に力を使い果たして命を落としたということにする」

「……そう、ですか」


 クレイユはローリエの手をとり、ベッドまでエスコートしてくれる。


 ベッドの縁に二人並んで座ると、クレイユは表情の暗いローリエを励ますように、声のトーンを上げた。


「本当に命を奪うわけではない。心を入れ替え、別人として生きていくこともできるから、悪くない判断だと思う」


 多くの人々を危険に晒し、あまつさえ王族に攻撃しようとした罪は、本来であれば死をもって贖うことになる。


 しかしながら、これまでの大聖女としての功績と、禁術によって老いてしまったことを踏まえて、今回の処遇が決められたそうだ。


「今日になって兄がそれに気づいて、また一悶着あったんだ」

「それは大変でしたね」

「とことん話し合ってきたし、真ん中の兄が戻ってきたみたいだから、これでもう、しばらくは絡まれずに済むかな」


 クレイユが気怠げに首を回すと、ボキボキと疲れた音が鳴る。


 マッサージをしてあげようかと考えているうちに、彼は先ほどの話を思い出したらしい。

 

「そういえば、いいことって何?」

「そうでした!」


 危うく忘れるところだった。ローリエは真剣な表情でクレイユに告げる。


「もし、クレイユ様が魔王の力を受け継いだことを世間に知られてしまったら、私のせいにしてください」

「……」


 ローリエは本気だった。それを聞いたクレイユが、どう思うかなどお構いなしに話を続ける。


「私の見た目はこの通り魔族っぽいですし、それらしい魔法も使えるので、きっと皆信じると思います」

「ローリエ……それのどこがいいことなんだ?」


 クレイユはこめかみに手を当て、深い溜め息をついた。

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