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第41話 罪と罰

 誰もが憧れる、優しく美しい勇者――。クレイユ=オルトキアに相応しいのは、自分しかいない。


 突然現れた『初恋の人』だとかいう女は目障りだが、殺してしまえば済む話だ。

 彼を手に入れさえすれば、誰もが羨む完璧な存在になれる。


 そのはずだった。


(ここは……?)


 ルビリアの視界の先にはぼんやりと、見慣れぬ天井が広がっている。どうやら今まで意識を失っていたらしい。


(私、森でクレイユ様にやられて、それで――。そうだ、クレイユ様が魔王に乗っ取られたこと、早く陛下に伝えないと!!)


 森での出来事を思い出したルビリアは飛び起きようとするが、まるで寝台に縫い付けられたように体が重い。

 

 思うように身動きがとれず手間取るうちに、誰かが部屋を出て廊下を走る音がした。


「え?」


 どうにか上体を起こしたルビリアは、自身の乾き、弛んだ腕を見て思わず声を漏らす。

 その声もいつもと違って低く乾いており、呆然としながら顔を触ると、腕と同じく弛んで皺が寄っているのが分かる。


「どうして? どういうことよ?」


 ルビリアは慌てて鏡を見に行こうとしてシーツに絡まり、寝台からずり落ちた。

 剝き出しになった脚もやはり、老婆のように乾いてシワシワだ。


 パニックになり、治癒魔法を使おうとすると、これまで感じたことのないような胸の痛みに襲われる。

 冷や汗がドバドバ出て、このまま魔法を使えば死ぬと分かった。


「目覚めたか……」


 ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をするルビリアのもとに、壮年の男が近づいてくる。

 マルトゥール公爵。ルビリアの父親だ。


 ということは、ここは公爵家が所有する屋敷内の一室なのだろう。


「お父様? これは一体?」


 ルビリアが尋ねると、父親は後ろに控えるメイドに目くばせをした。


 メイドはどこか怯えた様子で、ルビリアに鏡を手渡す。

 そこに映っていたのは、自分ではなく皺くちゃの老婆だった。


「何よこれ!! 一体誰なの!?」


 ルビリアは絶叫する。


 見知らぬ誰かと入れ替わってしまったのかと思った。しかし、父親は淡々と言う。


「禁術を使った代償で、体が老化したそうだ」

「嘘よ! こんなの! こんなのっ! 私じゃないわ!!」


 投げ捨てた手鏡が、床に当たって砕け散る。


 父親はメイドに下がるよう命じると、動じることなく話を続けた。


「魔物を操り、レムカの町を襲わせたそうだな。挙げ句の果てに、かつての仲間を裏切り、第三王子妃を殺めようとするとは……万死に値する」


 父親の冷めた目が、「お前には失望した」と訴えかけてくる。


「違うわ!! 全部あの男のせいよ!! 皆、クレイユ様の皮を被った悪しきものに騙されているの!!」


 ルビリアは、クレイユが魔王に乗っ取られ、魔族の女を妃として従えていると力説した。


「魔物に町を襲わせたのも、私ではなく魔族の女よ! 私は企みに気づいて止めようとして、罪をなすりつけられただけ」


 そうだ。そういうことにすれば良い。相手はどうせ人類の敵なのだと、ルビリアは自身の嘘を正当化する。


「大聖女の名で従属魔法の書を貸し出した記録が残っている。手続きをした者にも裏をとったうえ、魔物の死骸からお前の魔力痕が出ている」

「それも全て陰謀だわ。嵌められたのよ」


 世間では冷徹公爵と呼ばれている男だが、この時ばかりは流石に娘に味方してくれるだろうと思った。


 ところが、そんな期待も虚しく、父親は深い溜め息をつく。


「いいか、ルビリア。我々公爵家は、王家の人間に忠実でなければならない。仮にお前の妄言が正しかったとしてもだ」

「そんな……。お父様は魔王がこの国を牛耳っても良いと言うのですか!?」


 父親は質問には答えなかった。


 何を馬鹿なことを言っているんだという顔で、ルビリアを見下ろしている。


「世間には、大聖女は町の防衛のために力を使いすぎたせいで、命を落としたと説明するつもりだ。陛下、ならびに第三王子殿下の恩情に感謝するんだな」


 父親は「名誉ある死だ。私も鼻が高いよ」と、皮肉混じりに付け加えた。


「死んだことにされるなんて。そんなの、あまりに酷いわ! それにこの体も……これからどうやって生きていけばいいの!?」

「お前をここから出すつもりはない。マルトゥール家の恥だ。もし真実が知れたら、爵位を剥奪されてもおかしくないからな」

「そんな……」


 ルビリアは凍りつく。父親は本気だ。

 これまで積み上げてきたものが、一気に崩れ落ちる音がする。


「長い間、大聖女としてよくやってくれた。短い余生はゆっくり過ごすと良い」

「お父様、待ってください!!」


 泣き叫ぶルビリアを置いて、父親は部屋を出ていってしまう。

 無情にも扉は閉まり、錠をかける音がした。


「嫌よ!! いやぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫んだところで届かない。

 そして、「いつか復讐してやる」と恨みを募らせたところで、最早ルビリアにはそんな力は残されていないのだった。

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