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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第五章 魔王の力を継ぎし者
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第39話 救いの手

「ぐっ」

「クレイユ様?」


 クレイユはこめかみあたりを押さえ、呻き声とともに地面に崩れ落ちた。


「すまない……ローリエ、こんな情けない姿を見せて……」


 その言葉を聞いてローリエはほっとする。


「情けなくなんてないです。落ち着いて、深呼吸をしてください」


 クレイユは自我を取り戻したように見えたが、呼吸は荒く、頭が痛むのか、歯を食いしばって耐えているようだった。


 いつまた力に呑まれてしまうか分からない。


 クレイユの苦しむ姿に戸惑うローリエは、いつの間にかファイアーウルフの群れに取り囲まれていることに気づく。


 以前森で見かけた時よりも、体に纏う炎の量が多く、凶悪な顔つきをしているように見えた。


(力が暴走すると、魔物の力が強くなるってヘイルが言ってたっけ)


 ローリエは不慣れながらも、ドーム型のバリアを張る。

 魔獣たちは一斉に襲いかかってくるが、透明な壁にぶつかり、ずるずると落ちていった。


 ひとまずはこれで凌げそうだが、凶暴化した魔物がまた町を襲うようなことがあったら困る。


「クレイユ様、このままでは魔物がまた……」

「分かってる。負の感情を鎮めないと、でも、止まらないんだ」 


 クレイユは頭を抱え、弱りきった声で「消えてしまいたい」と呟いた。

 怒りの感情が、後悔が、罪悪感に変わったのだろう。後退しかけていた紋様が、再びクレイユの顔を侵食していく。


「……っ、うっ……」

「大丈夫、大丈夫です」


 どうして良いか分からないローリエは、痛みに呻くクレイユを抱き締めるようにして支え、励ました。


「……君に酷いことを言った」

「酷いこと?」


 ローリエは瞬きを繰り返す。


 クレイユに酷いことを言われた記憶がないので不思議に思ったが、彼は先ほどの言葉を気にしていたらしい。


「ローリエはものなんかじゃない。君を支えに生きてきたのは事実だけど、それは僕が勝手にしたことだ」

「そのことなら気になさらないでください。少しびっくりしただけです」


 正気でなかったのだから仕方ないと思うローリエだったが、クレイユは震える声で「怖い」と漏らした。


「あれは……たぶん、僕の本心なんだ。心のどこかで、君を縛り付けて放したくないと思ってる。そんなの、怖いだろう?」

「いえ……。むしろ、どうして私のことをそんなに想ってくださるのだろうと、不思議でなりません」


 初恋の人でないと分かったら――。

 正体が知られたら――。


 もう「好きだ」と言ってもらえないのではないかと胸が痛んだ。


(だって、こんなにも私に優しくしてくれた人なんて、他にいないもの……)


 今だって見捨てられることの方が怖い。

 ずっと、放さないで、側にいて、と思ってしまう。


「昔の、ひねくれていた僕に優しくしてくれたこと。君が思う以上にずっと、嬉しかった。あのプロポーズも、幼いながらに本気だったんだよ」


 クレイユはローリエを見上げ、力なく笑う。


(どうしてこの人が、何もかもお終いのような顔をするのだろう)


 ローリエは泣きそうになりながら、クレイユの肩口に顔を埋めた。


「……私。記憶を取り戻した時、クレイユ様が約束をずっと覚えてくれていたと分かって本当に嬉しかったんです」


 誰にも愛されないと思っていたローリエに差し伸べられた、救いの手。


「記憶のない私に寄り添ってくれたことも」


 結婚こそ強引だったが、記憶を取り戻すよう強要することも、妻としての務めを果たすよう強制することもなく、ただ側にいてローリエを護ってくれた。


 好き、という言葉が胸いっぱいに広がり、涙とともに自然と溢れ出てくる。


「僕も好きだ。愛してる」


 二人はしばらく抱き締め合った。


 どれだけ経ったか。ようやく抱擁を解いた時、クレイユの顔を埋め尽くしていた黒い紋様は半分ほどまで引いていた。


 ローリエはクレイユの蒼い目を見つめる。

 クレイユはローリエの目に溜まった涙を指で拭い、それからどちらからともなく唇を重ねた。


 木々のざわめく音が聞こえてくる。

 いつの間にか、森は静寂を取り戻していた。

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