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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第五章 魔王の力を継ぎし者
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第37話 魔王討伐と約束③

 混乱を助長させる申し出を受け、クレイユの口から出たのは「はぁ……?」という間抜けな言葉だった。


「この時を待っていた」


 男は、クレイユが話についていけていないことに気づかず、満足げに頷いている。


「話が見えません。魔王討伐は勇者の使命ではありますが、敵意のない貴方をどうして殺さなければならないんですか」


 真っ向勝負を挑んだら、命を落とすことになるのはクレイユの方だろう。

 魔王を倒せば世界が平和になると幼い頃から刷り込まれてきたが、本当にそうなのだろうか。


 クレイユは混乱していた。

 相対するこの男に、刃を向けたいとは思えない。


「それに、ローリエも父親に会いたいのでは?」

「娘と言ったが、拾い子だ。そして、私はろくに子育てができず、何度もあの子を殺しかけた。父親失格だよ」

 

 盗賊に襲われ瀕死の妊婦に頼まれ、気まぐれにローリエを拾って生かしたこと。その際に、力の一部が渡ってしまったこと。

 そして、育児に関する数々の失敗を男は語った。


 足首を持って熱湯に漬け、慌てて回復魔法を施したといった壮絶な内容だったが、魔王なりに真面目に取り組んだのだろう。

 赤子に翻弄される姿が想像できてしまい、クレイユは苦笑する。


「それで、フェンリルの元に預けられていたのですね」

「そういうことだ」

「やはり、貴方が滅ぶ必要があるとは思えません。僕の使命を気にしてくださっているのなら、魔王討伐を終えたことにすればいい」


 クレイユは長らく持ったままだったティーカップをソーサーに戻す。


 ローリエの身の上話は、驚きよりも腑に落ちた。 

 初めて森で会った時の微妙な反応や、別れ際の意味ありげな言葉から察するに、彼女は自分が勇者と交わるべき存在ではないと思っていたのだろう。


「勇者はどうやら誤解しているようだ」


 男は無表情のまま話を続ける。

 

「勇者が魔王を討つ真の目的は、器の破壊と再生のためだ。私の体はもう長くは保たない。故に、器を滅ぼす存在を選び、それに十分な力を与えた」


 クレイユが再び「話が見えない」と伝えるも、男は端的にしか話さなさないので、複雑に絡み合った糸を一つ一つほぐすように質問を重ねていく。


「器とは?」

「魔王たる力の核を収めておくための体だ」

「器を滅ぼす存在とは?」

「いつからか、人はそれを勇者と呼ぶようになった。魔族は同族殺しができぬ故、人から選ぶ」

「何故器を滅ぼす必要があるのでしょう?」

「器は放っておいても、劣化し自然に壊れるが、器を失った力は暴走して世界を滅ぼす。恣意的に壊し、新たな器に移す必要がある」

「新たな器とは?」

「魔族か、それに近しい者だ」


 クレイユは改めて周囲を見回すも、闇に包まれた空間から、自分たち以外の誰かが現れる気配はない。


「新たな器というのはどこに?」


 男は濁った紫の目で、クレイユをじっと見つめている。


「人と魔物、世界の調和を保つのが力を受け継ぎし者の役目。しかし、今、その務めを果たせる魔族はいないと考える。ローリエに力を渡すことも考えたが……」


 クレイユは、男が何を言わんとしているかを察した。


「僕に器になれと?」

「前例がないわけではない。私の先代も元は勇者と呼ばれし人の子だった」


 男がクレイユの額をトンッと小突いた。

 その瞬間、脳内に膨大な知識と記憶が流れ込み、目が回って吐きそうになる。 


「力に吞まれなければ、人の体でも二百年は保つだろう。詳しいことは渡した情報を探れば分かる」


 入り込んでくる情報量の多さに、クレイユはしばらくのたうち回った。


 自分は何のために生まれ、生きてきたのだろう――。勇者が何者であるかの真実を知り、自問自答をしたりもした。


 そして、どのくらいの時間が経っただろうか。


 与えられたものが体に馴染んだ頃には全身汗だくで、これから更に魔王の核を受け取ることになると思うとぞっとする。


(でも、ローリエがこの苦しみを味合わなくて済むと思えば、どうってことない)


 魔王はローリエに重荷を背負わせたくないようだが、それはクレイユも同じだ。


 むしろ、魔王の力を受け継げば、自分は勇者の嫁にはなれないと寂しそうに笑う彼女を「問題ない」と言って抱きしめてあげられる気がした。


「他に方法はないのですね」


 受け継がれてきた記憶と知識の海を辿れば、答えは聞かなくともも分かる。

 

「世界を終わらせたくないのならば」


 男は静かに頷いた。


 これが最善だと分かっているのに、それでも躊躇う気持ちは消えてくれない。


「勇者よ、使命を果たす時だ」


 促され、しばらく見つめ合ってから、クレイユはようやく男に向かって頭を下げた。


「……ローリエのお父様、彼女を僕にください。必ず幸せにします」

「ああ。頼んだ。私にとってはほんの一瞬の出来事だが、君たちに会えて良かった」


 クレイユは受け渡された知識を頼りに、核がある胸のあたりを一気に貫いた。


 男は抵抗することなく、ずぶりと剣を受け入れる。


 クレイユは剣を引き抜いて鞘に戻すと、彼の体から漏れ出した、どす黒い粘液を掬って口に含んだ。


 それを皮切りに、魔王の力は新たな器への侵食を始める。


 クレイユが焼けるような痛みに耐える間、かつて魔王だった男の実態は揺らぎ、霧散した。

 気のせいかもしれないが、その時、男は穏やかな表情を浮かべていたように思う。


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