第34話 魔王の力
クレイユは真正面から、森を消し飛ばさない程度に火球を撃つ。
勇者パーティーの中でも、クレイユに継ぎ魔力量の多いルビリアであれば、余裕で防げる攻撃だ。
案の定バリアを張られ、火球は離散するが、しばらく攻防を繰り返していれば彼女はいずれ疲弊するだろう。
手加減するつもりも、赦すつもりもない。
クレイユは静かに怒りを燃やしていた。
(ああ……、何故かこんなにも頭が冴える)
頭から血を流し、死人のように地面に横たわるローリエを見つけた時にはひどく動揺したが、今はどうルビリアを追い詰めるかだけを考えている。
クレイユがしばらく攻撃を続けていると、バリアが砕け散った。
気を引くための罠だろう、となんとなく思う。
そのすぐ直後、巨大な光の剣が天上から降ってくる。
ルビリアの攻撃魔法の中では、随一の威力を誇る『ディバイン・パニッシュメント』だが、上級クラスの魔物の攻撃に比べたら大したことはない。
クレイユは防御を張るのではなく、同程度の魔法をぶつけて相殺させた。
(逃げられないようにしないと)
一対一で敵わないことなら、ルビリアも分かっているはずだ。
そうなると、奇襲か逃亡を狙うだろう。
足元の影がぐにゃりと歪むのを、クレイユは見逃さなかった。
敢えて気付かぬふりをして、自身の体を上ってきた影が首を絞めたところで、無理やりそれを引き剥がす。
影は逃れようと逆に暴れるが、力の限り握りつぶすと、近くの茂みから「ぎゃっ!!」と悲痛な声が上がった。
クレイユは影を捉えたまま、術者のもとへと歩み寄る。
「なっ、何で!!」
ルビリアは脂汗を浮かべて蹲っていた。
それもそうだろう。彼女の右手首は、普通なら曲がらない方向に曲がっている。
「使い慣れてない闇魔法を使うのは悪手だったね」
ルビリアが闇魔法を使う、という話は一度城に寄った時にマリアンヌから聞いていた。
予め知っていれば、不意をつかれることはない。
闇魔法なら、勇者パーティ内にルビリアよりも優秀な使い手がいたし、何なら彼女よりクレイユの方が上手く扱える分野だろう。
「闇魔法同士干渉できること、捕縛された時に他の魔法が使えなくなること、知らなかったんだ?」
パキリ。踏んだ枝が音を鳴らす。
「ああ。そういえば僕も、君の防御魔法を無効化する方法があるのを忘れてたよ」
ルビリアは、近づいてくるクレイユを青ざめた顔で見上げ、目に涙を浮かべて震えていた。
彼女のしでかしたことを考えたら、可哀想だとは思えない。自業自得だろう。
「クレイユ様……どうしてしまったんですか? やっぱりおかしいですよ。きっと悪いものに操られてるんです!」
泣き笑うようにしてルビリアは叫ぶ。
(おかしい……? 確かに、今の僕はどうかしてるかもしれない)
クレイユの右腕は焼けるような痛みで覆われている。黒い紋様に蝕まれていることは、確かめずとも明らかだ。
自分が、かつてないほど苛立っているのも分かるが、止められない。
「僕からしたら、君だって何かに操られているように思えるけど?」
クレイユは冷たく言い放つ。
「私は正常です!!」
「素の状態で魔物に町を襲わせたのだとしたら、僕は君が恐ろしいよ」
「あれは私が魔物を使役することで、平和になるだろうと思ったんです。失敗しましたけど」
急に言い訳を始めたルビリアに、クレイユはがっかりした。
(まさか、こんな自分本位な子だとは思っていなかった)
彼女に対して恋愛感情を抱いたことは一度もないが、大切な仲間だったのだ。
いっそ、何かに操られていたという結果であってほしいが、彼女の魔力に操られているような気配はない。
「魔物の件は仮にそうだったとして、ローリエを二度も殺そうとしたよね?」
「初めて会った時から変な感じがしていたんです。だから正体を暴こうとして……あの女は魔族ですよ! どうしてクレイユ様が庇うんですか!」
このまま話しても埒があかないので、クレイユは丁寧に説明することにした。
「ルビリア、良いものを見せてあげる。君には耐えられないかもしれないけど」
袖をまくり、真っ黒に染まった右腕を見せる。
「これが何か分かる?」
「ひっ……何それ、汚い。呪詛?」
「そんなところ。魔王討伐の準備は万端だったはずだよね」
クレイユが回りくどい言い方をするので、ルビリアは眉をひそめた。
「何が言いたいんですか?」
「あの日、僕以外のメンバーは皆、魔王と対峙していない。変だと思わなかった?」
「変ってどういう……。まさか」
ルビリアは何かに思い至ったのか、ハッと目を見開き、呆然とクレイユを見上げる。
「だって、貴方、魔王を討ったって言ったじゃない」
彼女は震える声で言う。
「そうだね。確かに魔王は消滅した」
クレイユは強張っていた表情筋を動かし、にこりと笑って話を続けた。
「――僕に力を譲り渡して」




