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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第四章 大聖女の嫉妬
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第32話 深淵より

 しばらく魔力を奪われていた影響か、ルビリアの顔色は悪かったが、それでもローリエの追撃は全て弾き返されてしまう。


『あの女は既にかなりの魔力を消耗している。力で押し切ればいける』


 ヘイルの言う通り、魔法の威力を上げる余裕はまだありそうだが、ローリエは躊躇った。


「でも、そんなことしたら彼女は死んでしまうわ」

『向こうにも殺意があるのだから、構わんだろう』


 確かに、ルビリアは元からローリエを始末するつもりだったようだが、更に『魔族かもしれない』という殺意を正当化する理由を与えてしまった。


 少しでも気を抜けば、彼女は本気でローリエを殺しにくるだろう。


 悩みながらも攻撃を増やそうとしたその時――。


『⌘∮∞↓∬∮⊿→⌘』


 ルビリアが歌のように呪文を唱えると、突然現れた紫の炎がヘイルの首をぐるりと囲む。


『これは……』


 まるで首輪のようだとローリエは思った。


『ガッ!!』

「ヘイル!?」


 炎はそのままヘイルの首を締め、体内に溶けていく。それと同時に、ヘイルの目は紫に光り、彼はあろうことかローリエに牙を剥いた。


「ヘイル!! ヘイル!! どうしてしまったの?!」


 テレパスも途絶えてしまった。ローリエの言葉が全く聞こえていないようだ。

 森にいる他の魔物と同じく、ヘイルは涎を垂らしてローリエに飛びついてくる。


「ふふっ。こんな最上級クラスの魔物にも効くなんて、すごい魔法。どうしてこんなに便利なものを、禁書として眠らせていたのかしら」


 ローリエがヘイルの攻撃を必死に避けている傍らで、ルビリアが呟く。


(ルビリア様がヘイルを操っているんだわ! 町を襲った魔物もやっぱり彼女が?)


 人が強制的に魔物を操る魔法というのは初めて聞いた。使用者への負荷が高い魔法だと思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 ヘイルがルビリアについたことで、形勢は完全に逆転した。


(お父様が魔物を使役しているのは見たことあるけど、私にはヘイルの体内にある《《首輪》》の外し方が分からない)


 操られたヘイルには、理性も知性もないようだ。力任せな単純攻撃が続くので、ある意味良かったのかもしれない。


『ダークバインド』

「っ!!」 


 ヘイルの一撃を跳んで躱したところをルビリアの闇魔法が襲う。

 どうにかバリアを張ったが、その隙にヘイルの前脚をもろにくらった。


 ローリエは吹っ飛ばされ、木の幹に当たって地面に落ちる。


(早く立たなくちゃ……)


 そう思うのに、土まみれの体は動かない。

 無理に動こうと思うと、胸のあたりに激痛が走った。


 魔王の血が流れている分、普通の人より頑丈で再生力が高いとはいえ、それを上回る強い攻撃を受ければ体は簡単に壊れてしまう。


「クレイユ様の手を煩わせるまでもなかったわね」


 ルビリアが詠唱を始めると、彼女の足元に巨大な魔法陣が浮き上がる。


(ああ……まずい……)


 ローリエは今の自分では止められないと直感した。

 今の状態でバリアを張ったとしても、貫通してしまうだろう。


(もういいか……。遅かれ早かれ、きっとこうなる運命だった。最後にクレイユ様と少しでも幸せな時間を過ごせたのだから、心残りはない)


 クレイユとの約束。ヘイルとの別れと父親の面影。モントレイ家での日々。売られそうになったところを救ってくれた勇者様。幸せな朝食の風景。


 全ての記憶が繋がり、走馬灯のように駆けていく。


 死を受け入れ、ぎゅっと目を瞑るローリエだったが、攻撃を受けるよりも先に大地が揺れた。


 あたり一面、地面が隆起し、大量の土が巨大な波となってルビリアを襲う。


「ローリエ!!」


 幻聴だろうか。頭が痛い。

 クレイユの声を聞きながら、ローリエは一瞬意識を手放した。

 


ꕥ‥ꕥ‥ꕥ



 真っ暗な景色にいつかの記憶が映る。


『あやつらに見つかると面倒だ。気をつけるように』


 ローリエはヘイルとともに、木の上から冒険者たちの様子を観察していた。


 人として生を受けながら、人と暮らしたことのないローリエは、森へやって来る冒険者に興味津々だ。


「ねぇ、ヘイル。人は群れを作るものなの?」

『ああ。弱いからな。森にいる魔物もそうだろう。弱いものほど仲間を作る』

「……じゃあ、私も弱いのね。一人になるのは嫌だもの」


 ローリエはぎゅっと胸を押さえて答える。

 ヘイルと離れて一人ぼっちになることを想像したら、悲しくて涙が溢れそうだ。


 魔族は単独行動を好むらしいが、ローリエは誰かと一緒にいたいと思う。


「お父様にとって、私はいらない子だったのね。きっと、中途半端で弱いから」

『そうではない。あの方は、そなたを危険に晒したくなかったのだ』


 ヘイルはそう言って、ふさふさの尻尾でローリエを包んでくれた。


(いいな……。人として生きることができれば、幸せになれるのかな)


 楽しそうに談笑する冒険者たちを見て、ローリエはふと考える。


 けれど、それは違った。


 人の子として、モントレイ伯の屋敷に預けられてからも、邪険に扱われていたではないか。


(どこにも私の居場所はない。私はどこに行っても愛されない……)


 再び視界が真っ暗になる。

 ずぶずぶと冷たい泥沼に落ちていくようだ。


(誰か私の手をとって。ここにいても良いと言って)


 闇に溺れながら、鉛のように重たい手を必死に伸ばす。


「ローリエ」


 今度ははっきりと、自分の名前を呼ぶクレイユの声が聞こえた。

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