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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第四章 大聖女の嫉妬
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第30話 記憶か願望か

 乱暴に転移させられたローリエは、魔法陣から地面に放り出された。


「はぁ。ほんと、嫌になるわ」


 同時に転移してきたルビリアは、バサリと髪を払い、地面に蹲るローリエを見下ろす。


「ルビリア様……どうしてこんなこと……」

「貴女のことが気に入らないの。今すぐ消してやりたい。どう? これで満足?」

 

 最早、苛立ちを隠す気もないらしいルビリアは顔を歪めて笑う。


「それなら、町やマリーたちに手を出すのはやめてください!」

「そういうところがムカつくのよ!! 自分では何もできないくせに、いい子ぶって!!」


 ルビリアに横から蹴り飛ばされる。

 

 殴られ、蹴られるくらいのことなら、モントレイ伯の屋敷で何度も経験しているので慣れている。

 今は体の痛みよりも、精神的なショックの方が大きかった。


(仲良くなりたいと言っていたのは、嘘だったのね。冷静に考えれば、大聖女様が私なんかを相手にするわけないと分かるのに)


 友達になれるかもしれないと少しでも思ってしまったあの時のローリエは、やはり浮かれていたのだ。


「貴女、どうせ自分こそが初恋の人だと言って、クレイユ様を騙してるんでしょう?」

「そんなことは……」


 否定しようとして、言葉に詰まる。

 騙しているのではなく、そう思い込まれているわけだが、初恋の人でないということに変わりない。


「やっぱり、違うのね」


 ルビリアは怒りに体を震わせている。

 こういう時は素直に謝るのが一番だと知っていたはずなのに、ローリエはつい口答えをしてしまう。


「確かに……私はクレイユ様の初恋の人ではないと思います。ですが、そのことは何度もお伝えしていて、決して騙しているわけでは――」

「言い訳は無用よ!! 貴女みたいな、何処の馬の骨とも分からない女はクレイユ様に相応しくないの!!」


 ドンッ、と森が震えた。

 クレイユがモントレイ伯の屋敷に雷を落とした時のように、ルビリアが魔法を使ったらしい。

 眩い閃光が走った後、怪鳥がギャアギャアと鳴いて逃げていく。


「貴女がクレイユ様と結婚して子どもを生むなんて、虫唾が走るわ。勇者に相応しいのは大聖女であるこの私。公爵家令嬢でもあるから、間違いないの。やはりクレイユ様は洗脳されているんだわ。早く目を覚ましてもらわないと」


 親指の爪を噛みながら、壊れたようにブツブツと喋り続けるルビリアを前に、ローリエはぞっとした。


 彼女こそ、何か悪いものに取りつかれ、操られているのではないかと思えてくる。


「本当に愛されるべきはこんな貧相な女でなく、私なのよ。それとも、私こそが初恋の人だと名乗った方が手っ取り早いかしら。確か闇魔法には精神干渉できるものもあったはず」


 このままでは、ルビリアは本当に闇魔法を使いかねない。

 今の彼女に話が通じるとは思えないが、ローリエはどうしても伝えたいと思ったことを声を震わせながら言う。

 

「クレイユ様の好きな人を決めるのは、ルビリア様ではなく、クレイユ様自身です。精神干渉魔法を使うのは違うかと……」

「は? クレイユ様が自分の意志で、貴女を選んだって自慢したいわけ?」


 ルビリアは手にしていたロッドで、ローリエの頭を思い切り殴った。


「っ!」


 頭がぐわんぐわん揺れ、額に垂れてきた液体を拭うと、手が赤黒く染まる。

 これには流石のローリエも、死ぬかもしれないと思った。


「もういいわ。貴女なんか魔物の餌になればいい」


 ルビリアの声が遠くから聞こえる。


 揺らぐ視界の先に、見たことのないはずの幼いクレイユの姿が映った。


「クレイユ様……?」

「泣いたってクレイユ様は来ないわよ。今頃大した価値のない町を護って戦ってるわ」


 ローリエはルビリアの言葉を聞き流し、流れ始めた映像に縋る。


 月明かりの下、クレイユは紫の花を差し出して「必ず魔王を倒すから、その時は僕のお嫁さんになって」と照れ臭そうに言った。


 嬉しいけれど、悲しい気持ちがローリエの心を覆う。


 これは過去の記憶だろうか。それとも願望が生み出した都合の良い夢なのだろうか。


「そうなれたら良いな」


 あの時、ローリエはそう答えた。


(だって、私は――) 


 バキバキバキッという大きな音で、ローリエはハッと我に返る。


「何よこれ!」


 ルビリアの足もとを狙うようにして、地面から突如、巨大な氷柱が出現した。


 彼女はそれをよけながら、自身と地面、広範囲にバリアを張って攻撃を防ぐ。


『同じことを繰り返しおって。勇者は一体何をしているのだ』


 真っ暗な森の奥から現れた銀の狼が、ローリエを庇うようにして立つ。

 森で迷子になった時に助けてくれた魔物だとすぐに分かった。


『ローリエ。魔王亡き今、そなたが望めば封印は解けるはずだ』


 頭の中に直接言葉が流れ込んでくる。


 強く殴られたせいでおかしくなってしまったのかと思ったが、狼の魔物はローリエの方を振り返ってもう一度言葉を発する。


『今すぐ逃げても良いが、一発くらいやり返してもらわねば我の気が済まん』


 どうやらこの魔物は、テレパスで人の言葉を話すらしい。


(封印? 魔王? 何のこと……?)


 首を傾げるローリエの脳裏に、ふさふさで温かい、かつての友達の姿が蘇った。

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