表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第四章 大聖女の嫉妬
30/49

第28話 ブチ切れマリー

 森から引き上げてきた冒険者のうち、軽傷の者はギルドに身を寄せ、手当を受けていた。


 日に焼けた肌に、鍛え上げられた筋肉質な体。豪快で、勇者にも物怖じしないレムカのギルドマスター、ジョウとは長い付き合いだ。


 彼は森の異変について、冒険者たちに事情聴取をしていたようだが、クレイユに気づくと握手を求めてやって来る。


「森での件、助かったよ」

「誰も命を落とさなかったことが不幸中の幸いです」


 普段、相手から距離を詰められることが少ないクレイユは、戸惑いながらもジョウの分厚い手を握る。


 ふと、ローリエもこんな風に戸惑っていたのではないかと思って、申し訳ない気持ちになった。


「取り急ぎ、北へ出る門は閉鎖し、外にいる者は引き上げるよう狼煙を上げた」


 流石は、北の荒地から最寄りのギルド。対応が早い。


「ありがとうございます。僕が赴く必要はなかったかもしれないですね」

「いや。寄ってくれて良かったよ。荒地は一体どうなってるんだ? 魔王が生きてた頃だって、こんなことはなかったぞ」


 ジョウは大袈裟に肩をすくめる。

 やはり、彼も異常を感じているようだ。


「それが僕にもよく分からなくて。調査する必要があると思っています。中央協会からは何か報告が上がっていませんか?」

「いや、特には。教会の奴らは何だかんだ秘密主義だからな」


 ルビリアは仕事の一環で魔物の調査をすると言っていたが、あれはどうなったのだろうか。


(ルビリアが来たら、聞いてみるか……)


 クレイユと同じく転移魔法を使える彼女は、すぐにやって来るだろう。――その気さえあれば。


「今後について、少し話をさせてください」

「ああ、上の部屋を使おう」


 ジョウとともに、二階に上がった直後のことだった。


「……っ!」


 右腕に突然痛みが走るとともに、全身に魔力の気配がぶわりと流れ込む。


「どうした?」

「魔物が近づいている」


 探知系の魔法は使えないクレイユだが、右腕の黒い紋様が疼くので分かる。


 ジョウは慌てた様子で応接間の窓を開けた。


「くそっ、翼竜の群れか。大聖女様の防御魔法が破られたってことか? 中、上級まで交ざってやがる。まずいぞ」


 ワイバーンとも呼ばれる小型のドラゴンたちは、肉眼で捉えられるところまで迫っていた。


 それも、北の荒地に生息する全てのワイバーンが集結したのではないかという、おびただしい数だ。


 ルビリアの防御魔法を力技で突破したのか、群れは町を取り囲む防御壁を越え、急降下を始めている。


「町に残ってる戦えそうなパーティーは?」

「上級パーティーはほとんど出払っている。まだ戻ってきてないだろう」


 ローリエの顔が脳裏に浮かんだ。


 町が襲撃されたということは、その手前にある城も少なからず被害に遭っているだろう。


 彼女は無事だろうか。

 今すぐ帰って、確かめたい。


 誰よりも、何よりも、ローリエが大事だ。

 二度と手放さないと、幸せにすると誓った。


 けれど――。


 クレイユは唇を噛み締め、窓枠に足をかける。


「まだ動けそうな冒険者たちに、町の人を屋内に避難させるよう伝えて」

「クレイユ、いくらお前でもあの数は無茶だ!」

「魔族に比べたら大した敵じゃない。問題は犠牲者を出さずに倒し切れるかどうかだ」

 

 町の人々を見捨てるわけにはいかない。

 一秒でも早く制圧して、一秒でも早くローリエのもとへ駆けつけよう。


「大丈夫。僕が護るよ」


 クレイユは自分に言い聞かせるように呟いて、剣を手に、魔法の詠唱をしながら窓の外へと飛び出した。



ꕥ‥∵‥ꕥ ‥∵‥ꕥ



 上空からギャア、ギャアと不気味な鳴き声が聞こえてくる。


(どうしよう……怖い……)


 庭で昼食をとっている最中、ローリエたちは魔物たちの群れに襲われたのだ。


 下手に歩いては危ないと言われ、ローリエはテーブルの下に身を潜めている。


「こおおおぉぉん、のおおおぉぉぉ!!!!」


 野太い叫び声とともに、地面が震える。

 机の下からでは全容は見えないが、どうやらマリアンヌに殴られた翼竜が、地面に転がった音らしい。


「可愛い子ちゃんとの優雅なランチタイムを邪魔しよって、ふざけるんじゃないわよぉぉぉぉ!!!!」


 再び、ドカーンという音が辺りに響く。


(マリーが、ブチ切れてる……!!)


 怖い。怖すぎる。


 魔物に襲撃されている状況よりも、怒りを爆発させたマリアンヌの方が怖かった。


「マリアンヌ様、バトルアックスを持ってきました」

「あら、ありがとう。やっぱりこれがなくちゃ。素手では戦いづらいわ」


 駆けつけた大工が、ローリエよりも重そうな巨大な斧をマリアンヌに渡す。

 彼女はそれを片手でひょいと持ち上げ、麺棒でも扱うかのように頭の上でくるくる回した。


 人間業とは思えぬ光景に、ローリエは目を擦りたくなる。


「さぁ、さっさと片付けましょう!」


 マリアンヌはそう言って、地面を蹴り上げる。

 しばらくすると、真っ二つになった魔獣が地面に降ってきた。


「お前ら、庭をめちゃくちゃにしやがって!!!! 許さん!! 絶対に許さん!!」

「洗濯物もパァよ! 最悪だわ!」


 魔獣に怒りを向けているのはマリアンヌだけではない。

 集まってきた庭師のお兄さんと、若いメイドも各々魔法で攻撃を始めた。


(すごい……使用人の皆さんも、戦えるなんて!)


 ローリエが驚いていると、テーブルの脇に立つハンナに声をかけられる。


「ローリエ様、テーブルには防御魔法をかけているのでご心配なさらず。いざとなれば私も戦います」

「あ、ありがとうございます! 皆さん、お強いんですね」

「足手纏いにならぬよう、最低限戦えるようにしています」


 ここで働く使用人が特殊なだけだが、ローリエは「王族に仕えるためには、戦闘力も必要なのね!」と思い込む。


「ふんっ!!」


 ドーン、ガラガラと、これまた大きな音がして、直後に大工の悲鳴が響き渡る。


「マリアンヌ様ぁぁぁ!! 城を破壊するのはおやめください!!!!」

「あらやだ、やりすぎちゃった。でもこれで片付いたわね」


 服がビリビリに破れ、化粧の崩れたマリアンヌが、机の下ににゅっと顔を出す。


「もう怖くないわよ、お姫様」

「は、はい……」


 ローリエは思わずびくりとしてしまったが、全ては襲ってきた翼竜たちのせいだ。


 マリアンヌの手を取って机から這い出すと、南の空に閃光が見えた。


「あれは……クレイユの魔法ね。魔物の大部分は町に向かって行ったようだけど、一体何が起きているのかしら」

「そんな……」


 ローリエは呆然と町の方角を見つめる。

 町を護るため、今頃クレイユは一人で戦ってあるのだろうか。


 クレイユと町の人たちのことが心配で、胸がぎゅっと苦しくなる。


「あら。どの面下げて来たのかしら」


 誰に向かって話しかけているのだろう、と思うローリエだったが、マリアンヌの視線の先にはいつの間にか、白い装束に身を包んだ可憐な女性が立っていた。


(ルビリア様……どうしてここに?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ