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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第四章 大聖女の嫉妬
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第25話 街の噂

「号外! ごうがーい!!」


 少年は新聞を配りながら、跳ねるようにして石畳を駆けていく。

 国王生誕祭から二日後のこと。遅れて情報が伝わったらしいレムカの町は、魔王討伐の知らせが届いた時と同じくらい活気に満ち溢れていた。


 買い出しを終えたマリアンヌとともに、馬車に乗り込もうとしたローリエは、足元に落ちてきた紙を拾って眺める。


 そこには国王生誕祭での出来事とともに、未目麗しい男性が、儚げな美人に口づける姿が描かれていた。


(もしかして、これって私とクレイユ様?)


 添えられた文章の内容からしてそうなのだろうが、ローリエは本物よりずっと美人に描かれている。


(大衆の面前でキスなんてしてないのに……)


「ねぇ、ちょっと!」


 赤面して固まっていたローリエは、自分が声をかけられたのかと思い、びくり肩を跳ね上げた。


「これ見た? 勇者様がご結婚されたって!!」


 驚いて振り向くと、ローリエよりも若い町娘が友人に新聞を突き付けている。


「いやぁぁ、見せないで! 私はまだ現実を受け入れられない!!」

「ショックだけどさ、一途な純愛だって! もう祝福するしかないじゃん」


 憧れの勇者様の結婚とあって、若い女性たちは嘆いているようだ。

 辺りを見回すと、他にも新聞を破いている者や、虚な顔をしている者がいて、ローリエは何とも言えない気持ちになる。


 一方、町の人の多くは悪政から解放されたことを喜んでいるらしい。


「ついにモントレイ伯が追放されたぞ!」

「投獄だって、ざまぁみろ。散々苦しめられたが、クレイユ様が辺境伯領を治めてくれるならもう安心だ」

「北への通行税が撤廃されるって。これで魔物討伐に出やすくなるな」

「よっしゃ。流石勇者様、俺たちのことよく分かってる!」


 通りに店を出す商人や、通りすがりの冒険者たちは皆、新聞を読んで喜びの声を漏らしていた。


「すごい騒ぎになってますね」

「やっぱりクレイユを置いてきて正解ね。来てたら今頃もみくちゃにされてたわよ」


 マリアンヌは買ったばかりの食材を馬車に積みながら言う。


 ローリエが「マリアンヌの買い出しについていきたい」と申し出た時。クレイユは自分もついていくと言って馬車に乗り込んだが、マリアンヌの力技で降ろされたのだった。


(勇者様だもの。馬車に乗らずとも来れただろうけど、マリーを信頼しているんだわ)


 そして、ローリエの意思も汲んでくれる。優しい人だ。


 ひと通りの買い物を済ませて城に戻ると、クレイユは玄関前で出迎えてくれた。


 彼は嬉しそうに微笑み、馬車を降りるローリエの手をとって、そのままふわりと抱き寄せる。


「ローリエ、お帰り。どうだった?」

「買い出しの役には立てませんでしたが、欲しいものは買えました」


 町に出たついでに、裁縫用の糸や布を見に行かせてもらったのだ。

 メイドのハンナに頼めば用意してもらえただろうが、自分の目で見て選ぶのはとても楽しかった。


「僕も行きたかったな」

「私も……クレイユ様とまた出掛けたいです。でも、目立つのはちょっと……」

「それなら変装して行こう」

 

 クレイユはローリエの腰をがっちり抱いて、離してくれそうにない。

 このまま口づけされそうだと焦っているところに、マリアンヌが感嘆の声を上げた。


「あらぁ、珍しいっ! 地龍ちりゅうじゃないの!」


 何のことかと視線を泳がせると、庭に茶色の山ができていた。

 よく見ると、それは大きな魔物が横たわる姿で、ローリエは思わず「きゃっ!」と叫んで、クレイユに抱きついてしまう。


「大丈夫。もう動かないよ。僕としてはこのままくっついていてもらえたら嬉しいけど」


 ローリエはハッとして、クレイユから離れる。ついでに、魔物を見に行くふりをして距離を置く。


「クレイユ様が倒したんですか?」


 地龍と呼ばれるだけあって、見た目は絵本に描かれるドラゴンとよく似ていた。

 しかし、翼はなく、皮がゴツゴツして体が重そうだ。


「そう。人前に出てくることは滅多にないハイクラスの魔物なんだけど、暴走して冒険者たちを襲っていたから危険だと思って狩った」


 クレイユはさらっと言うが、きっと勇者でなければ倒せないような強い魔物なのだろう。


「じゃあ今晩はドラゴンステーキね! たくさんハーブを買ってきてちょうど良かった〜」


 流石は勇者パーティーメンバーだ。マリアンヌは嬉々として、解体道具を取りに行った。


「……」


 ローリエは、魔物の亡骸を見つめるクレイユが神妙な顔をしていることに気づく。


「クレイユ様? どこかお怪我でもされましたか?」

「いや、何でもない。少し考えごとをしていただけ」


 クレイユはにこりと微笑む。

 それから特に変わった様子はなかったので、ローリエはこの時抱いた違和感を忘れてしまった。

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