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救国の勇者様は売れ残り花嫁を溺愛する  作者: 藤乃 早雪
第三章 断罪パーティー
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第22話 追放と歓迎

 爵位剥奪宣言の後、しばらく静まり返っていた会場から、ポツポツと話し声が聞こえてくる。


「先ほど、モントレイ伯の娘がクレイユ様のパートナーに、ワインを浴びせているのを見たわ」

「養育費をくすねて養女を下働きさせていたなんて最低ね」

「あの男、やたら羽振りがいいから何かやってるだろうとは思っていたよ」

「爵位剥奪は妥当だろう」


 先ほどのワイン事件と相まって、モントレイ伯に軽蔑の視線が向けられる。

 モントレイ伯は体をぶるぶる震わせた後、汗と唾を撒き散らして、みっともなく叫んだ。


「全て言いがかりだ!! 第一、証拠はあるのか!?」


 ローリエを連れて演台を降りようとしたクレイユは、余裕たっぷりに言う。


「ありますよ。貴方の元従者を見つけて話を聞きに行ったら、丁寧に手土産まで持たせてくれました」


 クレイユが目くばせすると、壁際に控えていた従者が証拠らしき紙の束を持ってきた。


「デニスの奴め……。アイツを脅したな……」

「平和的解決と言ってください」


 悔しそうに唇を噛むモントレイ伯を、クレイユは爽やかな笑顔で追い詰める。


「お望みならこの場で、全てを明かしましょう。恥をかくのは貴方だと思いますけど」


 一か月前、王都でレインベルク王子と出会った時に、クレイユが「恥をかくのは誰でしょうね」と言っていたことを思い出す。

 恐らくあの時から、兄に内緒で計画していたことなのだろう。


 証拠があると聞いて諦めたのか、すっかり大人しくなったモントレイ伯だったが、代わりに夫人と娘が騒ぎ始めた。


「貴方、これは一体どういうことよ!? 養育費を受け取っていたって本当なの? 私は何も聞いてないわ!」

「まさか、そんな、爵位剥奪って嘘よね……? これからどうやって生きていくのよ!」


 女二人の甲高い声が、宴の会場にこだまする。


 屋敷にいた時、ああして二人に詰め寄られたことのあるローリエは、耳を塞ぎたい気持ちになった。

 それはモントレイ伯も同じだったようで、彼は珍しく夫人と娘に怒鳴り返す。


「うるさい、黙れ!! やれドレスだ、やれ美容だといって、お前たちが浪費するからこんなことになったんだ!!」

「何よそれ、私たちのせいにするなんて最低よ!」

「お父様だって、やたら高価な美術品を買い集めていたじゃない!」


 簡単に言い負かせられる二人ではない。夫人と娘は更に大きな声で喚き散らした。


 居合わせた人々は、みっともない家族喧嘩に冷ややかな視線を浴びせているが、当の本人たちはそれに気づいていないようだ。


「当然だ。誰が稼いだ金だと思っている!!」

「稼いだお金といっても、悪いことをしてたんでしょう?」

「お酒を飲んでぐーたら寝て、豚みたいだったじゃない。お金がなかったら貴方となんて結婚しなかったわ!」

「なんだと!? 貰い手がないというから結婚してやったのに!!」


 恥ずかしくて見ていられない。ローリエは、耳どころか目も塞いでしまいたいと思った。


「家族喧嘩をするならよそでやってくれませんか? おめでたい日が台無しです」


 見かねたクレイユがすっと手を挙げると、衛兵たちが動いて彼らを外につまみ出そうとする。


「汚い手で触らないで!!」


 衛兵の手を跳ね除けた義姉のセリナは、ローリエをきつく睨みつける。

 そして、金切り声で叫んだ。


「赦さない!! 貴女なんかいなければ、こんなことにはならなかったのに!! 一生恨んでやるわ!!」


 髪は崩れ、化粧はどろどろに溶けて、セリナの見た目は化け物のようだった。


 些細なことで癇癪を起こす義姉のことを、これまでずっと恐れてきたが、今は不思議と怖くない。

 何故そんなことができたのか分からないが、ローリエはぴしゃりとセリナに言い返した。


「お言葉ですがお義姉様、横領や不当な契約というのは、私がいなくても起きていたと思います」

「何よ! 良い子ぶって!! 私たちと暮らしていた以上、貴女も同罪なのよ!! 裏切者の悪女め!!」


 クレイユが小さな声で「行こう」と声をかけてくれたが、ローリエは今にも衛兵に引き摺り出されそうな義姉を真っ直ぐ見て、力強く宣言する。


「領主が国や領民を騙して甘い蜜を吸っていたなど、到底赦せることではありません。娘である私たちも罰を受ける必要があるというのなら、私もお義姉様と同じように受けましょう」


 その言葉を聞いて、クレイユは慌てたようだった。

 今回の処罰は当主の爵位剥奪のみであり、妻子を罪に問うつもりはないと、早口に補足する。


 しかし、ローリエはクレイユに庇ってもらいたかったわけではない。


 知らなかったうえに、何一つ恩恵を受けることはなかったとはいえ、義姉が言うように、ローリエもつい先日までモントレイの人間だったのだ。


 人々が罰を求めるのなら、受け入れ、罪を贖いたい。ローリエの意思は固かった。


「ローリエ様は辛い思いをされてきただろうに、同じよう罪を受けるだなんて、ご立派ね」


 貫禄のある貴婦人が呟いた。

 先ほど挨拶をしたうちの一人で、確か公爵夫人だ。


 彼女の一言を皮切りにして、会場はたちまち同意の声で溢れかえる。


「悪女という言葉はむしろセリナ様にぴったりだと思うわ。社交の場でいじめられた子を何人も見てきたもの」

「今の旦那も横恋慕だったのでしょう? 金をちらつかせて男爵令嬢から奪ったと聞いたわ」


 ローリエは知らなかったが、義姉は屋敷の外でも散々な振る舞いをしていたらしい。

 ついには大人しそうな令嬢まで声を上げた。


「そうよ。彼女、あれから心を病んでしまって……大切な友人だったのに。ずっと赦せないと思ってた。衛兵さん、さっさと連れていってください!」


 しぶとく衛兵に対抗していたセリナだが、最後は三人がかりで押さえつけられ、そして乱暴に引き摺られて「どうしてこうなるの!? どうしてよ!!」と叫びながら退場していった。


 ローリエは小さく溜め息をつく。


(終わった……。でも、それは私もね。きっと、クレイユ様の妻に相応しくないと思われるでしょう)


 モントレイ家の人間が退場し、聴衆の関心は救国の勇者――クレイユに戻る。

 

「辺境伯領を治められるとは、クレイユ様は実質後継争いから下りたようなものだな。次期国王はレインベルク王子で決まりか」

「いくら相手がクレイユ様でも、私は辺境伯領で暮らしたくないわ……」

「私も。王都から離れるなんて考えられない」


 あちこちで、そうした会話がなされた後、自然と拍手が巻き起こる。


 それは、ローリエの予想に反して、二人の結婚が認められた瞬間だった。


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