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救国の勇者様

「号外! ごうがーい!」


 いつもと変わらぬ、命じられたことに従う日々。しかしその日、使いっぱしりに出たレムカの町の様子はいつもと異なっていた。


 足元にひらひらと落ちてきた紙を拾ったローリエは、大きく強調された見出しの一文をなんとなく読み上げる。


「勇者パーティー、魔王討伐……」


 どうやら勇者ご一行が、北の荒れ地に根城を置く魔王を、ついに討伐したらしい。

 号外新聞を手にした者は皆、そこに描かれた美男美女のイラストを食い入るように見つめていた。


「はぁ……クレイユ様、本当にかっこいいわよね」

「私、少し前にお見かけしたの! きっと北の荒れ地に向かう途中だったのね。本物はこれよりももっと素敵で輝いていたわ」


 至る所から女性たちの黄色い歓声が聞こえてくる。


 勇者パーティーの中でも一番人気はこの国の第三王子であり、勇者の証を持って生まれた天才魔法剣士、クレイユ=オルトキアのようだ。


「確かに素敵な人ね」


 まるで自分に優しく微笑みかけてくれているような人物画を見て、ローリエは呟く。 


 彼の蕩けるように優しい目が、自分だけを映してくれたなら。

 形の整った彼の唇が、自分の名前を呼んで愛を囁いてくれたのなら――。


 ローリエの、石ころのように固まった心がじわりと温まる。


「そこ、どいて。貧乏人がぼさっと立ってんじゃないよ!」

「すみません」


 荷車を引く行商人にどやされ、ローリエは我に返った。


 短気な姉が突然、梨を食べたいと言い始め、そのためだけに町へ出たのだ。

 早く買って帰らなければ、また酷い癇癪かんしゃくを起こしてローリエにあたるだろう。


(貧乏人、か……)

 

 ボロ布を纏った自身の姿をまじまじと見つめたローリエは、自嘲気味に笑うと、勇者ご一行の描かれた記事を手放した。


(勇者様なんて、私には一生縁のないお方。夢を見ても虚しいだけ)


 幼い頃、養女としてモントレイ辺境伯に預けられたローリエは、使用人同然の扱いを受けて暮らしている。


 けれども、それは仕方ないのだ。


 ローリエの実父が、毎月払うと約束した養育費を支払わなかったにもかかわらず、これまで育ててもらった恩がある。その恩を返さなければならない。


 目当ての物を買ったローリエは、お祭り騒ぎの町を後にして、いつもの日々が待つ辺境伯の屋敷へと戻るのだった。



ꕥ‥∵‥ꕥ ‥∵‥ꕥ



 王城への凱旋報告を終えたクレイユは、そのまま倒れて寝込んでしまった。


 今までの疲れが出たのだろうと医者は言ったが、魔王と対峙したクレイユだけは、そうではないと分かっている。


 右手の甲にあったはずの勇者の紋を起点に、黒い紋様が体を蝕むように広がり、引き裂かれるような痛みとともに全身が熱を持つ。

 こうなることは覚悟していたが、まだしばらく動けそうにもない。


「クレイユ、あなた……」

「ああ、これか? 大したことないよ。そのうち馴染むさ」


 部屋を訪れたパーティーメンバーの一人、世話焼きのマリアンヌは、薄暗い部屋の中、ベッドに腰掛けるクレイユの姿を見てぎょっと目を見開いた。


「それよりも、早くあの子を迎えに行かないと……」

「なーにバカなこと言ってるの! ちゃんと寝て早く治しなさい。ボロボロの勇者に迎えにこられても困るわ」


 マリアンヌは野太い声でそう言うと、持ってきた水と食事をテーブルに置く。


「……確かにそうか」


 クレイユは大人しく従い、ベッドに背中を預けて目を閉じた。


 ぐるぐると世界が回るような目眩に襲われる中で、淡く記憶に残る少女の微笑みだけがクレイユを癒す。


 ――ローリエ。必ず迎えに行くから、もう少しだけ待っていて。

完結まで定期的に更新する予定です。

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