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浮気の証拠が……出てこない‼ 4

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 クロードに浮気の気配がないという、求めていたものの百八十度違う情報を入手したわたしは、肩を落としながらとぼとぼと商業ギルトの玄関から出た。


「お、奥様! 気を取り直して、街でも歩いてみませんか? ほら、ずっと閉じこもってばかりだったから、たまには気晴らしが必要ですよ!」


 ジュリーが健気にも励まそうとしてくれるのに、じーんとくるよ。本当にいい子だわ~。

 確かに、落ち込んだ時は気晴らしが必要だろう。

 今日を逃せばいつ邸の外へ出られるかわからないので、せっかくだし、お買い物でもしようかな。無駄遣いはしたくないけど、必要なものもあるし、たまにはお菓子が食べたいもんね。

 そうと決まれば、待たせていた馬車には一度お帰り願った方がいいだろうか。

 買い物している間も待っていてほしいと言ったら、御者に嫌な顔をされそうだし。


「よし、ジュリー! じゃあ御者に声をかけた後で、街をぶらつくわよ……って、ねえ、ジュリー……、今気づいたんだけど、あそこ、馬車のところに見覚えがあるような人影が立っているようないないような気がするわ。見間違いかしら?」

「見間違いではございません。旦那様ですね」


 ……なんでクロードがここにいるのよ!


 よし、回れ右しよう。

 もしかしたら御者に用事があったのかもしれないと、かなり強引な結論をつけて、わたしは馬車から遠ざかるように踵を返そうとして――失敗した。


「おい」


 だから、「おい」って名前じゃないのよ!

 イラッとしたが、話しかけられて無視するわけにもいくまい。

 諦めてクロードに向き直ると、彼は馬車の前からこちらに向かって、大股で歩いてくるところだった。


「どこに行く」

「……買い物ですけど、何か?」


 これが新婚夫婦の会話って言うのも虚しいわよね。お互い、思いっきり喧嘩腰ってね。ジュリーがおろおろしてるわ。


「なるほど、散財好きとは本当のことだったんだな」


 ……な~んですってぇ⁉


 その言い方にカチンときたわたしは(わたしも大概短気だけど)、じろりとクロードを睨みつける。


「へ~? 散財? 散財ですか~⁉ 下着の一枚も自力でお金を稼いで購入しなければならないわたしが、どうやって散財するのか、ぜひお聞かせいただきたいですわ~⁉ とーっても甲斐性のある旦那様は、新婚の妻に、永遠にウエディングドレス一枚と下着一枚で生活しろと、そうおっしゃりたいのね~⁉」


 腹が立ったので大声で叫んでやったら、クロードがギョッとした。


「来い‼」


 さすがに人通りの多い場所で言うセリフではないとは思ったけど、ちょっとすっきりしたわ~。でも、勝手に人の手を掴まないでくれないかしら?

 人目を気にしたクロードによって、わたしは強引に馬車に連れ込まれた。

 ジュリーも慌ててついてくる。


 馬車の扉がばたんと締まると、クロードがじろりと睨んできた。

 もちろん、わたしも睨み返しますよ。

 ジュリーはわたしの隣で、青くなったり白くなったりしていて可哀想だけど、ここで引けば、必要なものを購入することを「散財」なんて言われ続けることになりますからね。


 ……第一、自分で稼いだお金を使って文句を言われる筋合いはないわよ!


 バチバチと火花が散りそうなわたしたち二人に巻き込まれるのは可哀そうだったので、わたしはさっき商業ギルドで受け取ったお金から銀貨一枚を取り出してジュリーに持たせる。


「ジュリー、これで近くのカフェでお茶でも飲んできて? お金が余ったら、焼き菓子か何かを適当に買ってきてくれると嬉しいわ。久しぶりにお菓子が食べたいの」

「わ、わかりました!」


 このぎすぎすした雰囲気から逃れられるのが嬉しいのか、ジュリーがこくこくと頷いて急いで馬車の外に飛び出していく。

 二人きりになると、わたしは改めてクロードに向き直った。


「ずいぶん派手に動き回っているようじゃないか」

「派手? 生活のためにお金を稼ぐことが、派手、ですか。では逆に訊きますけど、あなたは、あなたの言うところの地味な生活をして、わたしに部屋で餓死しろと、そう言いたいんですのね」

「何故そうなる」

「何故? その問いが返ってくることが、あきれてものも言えませんわ。あのままわたしを部屋に閉じ込めて、使用人もつけず、食事も運ばず、着替えも用意しない。その状態で、人が何日生きられると? あなたの言う地味な生活をしていたら、わたしは今頃、あの部屋からミイラになって出てきていたのではないかしら?」


 言い返してやると、クロードが若干狼狽えたように視線を彷徨わせた。


「い、いくらなんでもそのような……」

「わたしは事実を言っただけですけど。なんなら調べたらいかが? わたしがあなたに嫁いできてから今日まで、わたしに用意されたものがどれだけあるのか。ジュリーに食事を頼んで毎日使用人の食事を分けてもらわなければ、わたしは食べるものなんてありませんけど。それとも? ダイニングに毎食わたしの食事が用意されていたのかしら? 食事の時間だという案内も、時間になったらダイニングに来るように言われることも、一度たりともありませんでしたけど?」

「…………」


 この小説のヒロインであるエルヴィールは、なんだって三年もこんな仕打ちに耐え続けたのかしらね。

 それが小説のストーリー展開上必要なことだったのかもしれないけど、わたしには耐えられないわ。


「あなたは確かに、わたしに愛さない宣言をしましたけど、使用人の誰かにわたしの世話をするように伝えたのかしら?」

「……それ、は」

「言っておくけど、これでわたしが死んでいたら、フェルスター伯爵家全体でわたしを殺したようなものですわよ。殺人よ、殺人。わたしは殺人鬼に嫁いだ覚えはないのだけど」

「いくらなんでも言いすぎじゃないか」

「わたしが死んでいても、同じ言葉が言えたかしら?」


 クロードは今度こそ完全に黙り込んでしまった。


 ……ふふん、この喧嘩、わたしの勝利ね。


 当然である。

 待っていれば食事や身の回りの世話がされて当たり前の環境で育ったクロードの頭には、放置されることで人が死に至るという方程式は存在していなかったのだろう。

 これだから金持ちのお坊ちゃんは。


「それで? わたしのどこが散財していて、どこが派手に動いているのかしら。さあ、ご説明してくださいな」


 わたしは生きるために一生懸命なのに、それに文句を言われる筋合いはどこにもない。

 腕を組んで、足を高く組んで、きつく睨みつけてやると、クロードは視線を下に落とした。


「その……、それについては、謝る。そのような状況になるなんて、思いもしなかった」

「謝っていただかなくて結構ですわ。その代わり、わたしの邪魔をしないで。あなたはわたしの生活の面倒を見る気はないのでしょう? だったらわたしは、自分でどうにかするだけですわ」

「さすがにそこまでは……」

「じゃあなに?」


 そこまでは、なんだと?

 一か月と一週間、完全に放置していたくせに、どの口が言い訳するというのだ。


 クロードは、ぎゅうっと眉を寄せて、それから大きく息を吐いた。


「すまなかった。改善させる」


 これは意外な答えが返って来た。


 ……改善? 改善って、ちゃんと着替えが提供されるってこと?


 それは棚から牡丹餅的なラッキーだが、いったいどういう心境の変化だろう。

 クロードは、ものすごく言いにくそうな声で、ぼそりと言った。


「俺は、君を愛するつもりはないと言ったが、別に、君を殺そうとしたわけじゃない」


 どうやら、わたしに殺人鬼呼ばわりされたのが、相当ショックだったようである。 





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