浮気の証拠が……出てこない‼ 3
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商業ギルド本部は、ここブラントブルグ国の王都の中心街にある。
赤煉瓦の大きな建物で、ちょっと、前世で写真で見た、昔の東京駅のような見た目だ。
商業ギルド本部には国中の商人たちが集まる。
外国から仕入れた商品の関税関連の手続きも商業ギルドが請け負っているため、なかなかの大所帯だ。建物内には、仕入れた商品を保管する倉庫もあるし、銀行も併設している。
この世界では、銀行も商業ギルドが運営しているのだ。ゆえに、倒産の心配もない。
商業ギルド本部の前で馬車を降りると、御者に終わるまで待っていてくれるように頼んで、わたしはジュリーと共にギルドの大きな玄関扉から中に入った。
人の出入りは多いが、建物が大きいので、すし詰め状態になるわけではない。
玄関を入ってすぐのホールには受付と、待合スペースがあった。混雑時は受付をするだけで数時間待ちということもあるらしいが、今は繁忙期ではないため比較的すいているようだ。
数人の行列の最後に並んで、受付の順番を待つ。
順番が回って来たので、商品を卸しに来た旨と、そして、小声で合言葉を伝えた。
「止まった時計の調査をお願いします」
これが、裏商業ギルドに取り次いでほしいという合言葉である。
受付嬢は、にこりと微笑んで、「二ー四」と書かれた木札を渡した。
これは部屋番号だ。
「こちらでお待ちください。担当者が参ります」
最初の「二」は階数を表すので、二階に向かう。階段を上って廊下を少し歩いたところで「二ー四」の部屋を見つけた。それほど広くはないが、内装は清潔感があって好感が持てる。
ややあって、二人の男性が姿を現した。
一人は、わたしが卸しているピアスの担当のようで、三十をいくつか過ぎたくらいの外見の、眼鏡の温厚そうな男性。
もう一人は、ひときわ存在感を放つ、黒髪に糸目の男だった。こちらは二十代半ばくらいに見える。
「ようこそいらっしゃいました。私は商業ギルドの副ギルド長をしております、カイザックと申します。そして、こちらが……」
「ガブリエルです」
……彼が、裏ギルド長ガブリエル。
彼についても小説では挿絵がなかったのではじめて顔を確認した。
「まずは商品の清算をいたしましょう。そのあと私は席を外しますので」
カイザックに促されて、わたしはジュリーに視線をやった。
ジュリーが持って来ていたピアスを箱ごとローテーブルの上に置く。
「数を確認しますね。……そうそう、こちらが、売れ行きのレポートになります。下級貴族の奥様やご令嬢から、平民女性に至るまで、購買層は広いですよ。それぞれデザインも違いますし、これまで売られていたピアスと比べて格段に安価ですので、まとめて購入されていく方も多いですね。売買を委託している商店からは、仕入れ数を増やしてほしいと要望が上がっておりますが……」
「手作りなので、大量生産はできないんです」
「ふむ……。例えば、どこかの工房に生産委託をするとかは考えていないのですか?」
カイザックの言う通り、工房に生産委託をすれば数の面では賄えるだろう。
だが、あまり手広くやりすぎてクロードから文句が入るのは避けたい。
「ゆくゆくは検討するかもしれませんが、この流行が一過性の可能性もありますので、まだ工房への委託は考えておりません」
「一過性、ということはないとは思いますが、そういうことでしたらもうしばらくはこのままでいきましょう。それからモチーフですが、商店から、夏に合わせて涼しそうな色のものが欲しいと要望が入っておりますが、こちらはいかがでしょうか」
「そちらについては問題ありません。夏向けに、青や白、グリーンなどの涼し気な色のものを多めに作るようにしましょう」
「よろしくお願いいたします。では、本日は六十三セットの納品とのことで……銀貨五十枚と銅貨四枚となります」
ピアスは一つ銀貨一枚で買い取りで、そこから販売委託費で二割引かれる。
ジュリーが二十セット作ったので取り分が銀貨十六枚。そこから材料費を二割引くから、銀貨十二枚と銅貨八枚がジュリーの取り分だ。
そして、残りはわたしの取り分なのだが、銀貨十枚だけ手元に置いておくことにして、残りは銀行の口座に入れてもらった。
カイザックとのやり取りが終わると、彼はピアスを持って部屋から出て行く。
カイザックとわたしのやり取りを面白そうに眺めていたガブリエルが、にやにやと笑いながら口を開いた。
「それで奥様、今日はどのようなご用件で? また面白い調査依頼ですか?」
人が真面目に調査依頼をかけているのに、面白がるなんていい度胸をしている。
わたしはじろりとガブリエルを睨んだ。
「商業ギルドの裏ギルドは、人を小ばかにするのが組織の風習なのかしら? さっきのカイザックさんはとっても紳士だったけど、表と裏でずいぶん組織の雰囲気が違うのね」
わたしが言い返したのがよほど意外だったのか、ガブリエルがおや、と目を見張る。
「ずいぶんお花畑な依頼をしてきたから、能天気なお嬢さんかと思ったんだが、カイザックとのやり取りといい、なんか違いそうだな。……おっと、これは失礼、ご婦人。相手を揶揄って遊ぶのはギルドの方針ではなく俺の趣味なんで、悪く思うなら俺だけにしてくださいよ」
ギルドのトップのくせに、ろくでもない趣味を持っているものである。
ついあきれてしまいそうになったが、さっきのセリフはいただけなかった。
「ちょっと、お花畑な依頼って、どういうことよ」
「そりゃそうでしょう。新婚の夫の浮気調査? そんなん頭のおかしい束縛女の考えそうなことじゃないか。わたし以外の~女を~見るのは~許せないのぉ~ってあれだろ?」
「その声真似やめてくれないかしら。気持ちが悪いわ」
「おー、辛辣」
この男、ちょいちょい癇に障るわ。
前世の記憶を取り戻す前のエルヴィールはともかく、今のわたしはあまり気が長くないのよ。
だけど、この男相手に、下手に誤魔化すのは無意味と見た。
隣にいるジュリーの存在が気になったけど、いつまでも秘密にはできないし、すでに「浮気調査」という単語を聞いて目を白黒させている。ジュリーには手紙を渡すようにお願いしただけだから、依頼内容までは知らなかったのだろう。
「あ、あの奥様……旦那様は、新婚早々不貞を働くような方ではないと思います」
ジュリーがおろおろしながらそんなことを言い出した。
……ジュリーが雇い主を信じたいのはわかるけど、あの男は浮気三昧なのよ! だって、小説にそう書いてあったもの!
と、言いたいところだけど言えないから、もうこの際、ジュリーにもわたしの思惑をばらすことにした。
「わたしは別に夫を束縛したいから浮気調査を頼んだわけじゃないわ。夫と別れたいから浮気調査を頼んだのよ、おわかり?」
「新婚だろ?」
「事情があるのよ」
「お、おおお、奥様⁉」
ジュリーが目を白黒させながら、わたしとガブリエルを交互に見ている。
「いい? わたしの置かれている状況を説明するわ。まず、結婚した当日に、夫であるクロードからは『愛するつもりはない』宣言をいただいたの」
「まじか⁉」
ガブリエルは、客に対してすっかり敬語を取っ払ったようだ。
驚いて目をぱちくりさせる彼に、わたしは畳みかけるように今の状況を説明した。
つまり、ジュリーを味方につけなければ身の回りの世話どころか食事すらもらえなかっただろうこと、部屋に閉じ込められていること、お金をもらえないからピアスを作って稼がないと下着すら買えないこと、エトセトラ。
わたしの話を聞いたガブリエルはだんだん難しい顔で黙り込み、ジュリーは見る見るうちに青ざめていた。言葉にされて、わたしが置かれている状況の悲惨さを理解したのだろう。
「……旦那様、ひどいです」
ジュリーの中のクロードの評価ががくんと落ちた気がしたが、わたしは気にしない。離婚する時ジュリーは連れていく気だったので、むしろクロードの評価が下がるのは万々歳だ。
「そりゃあ、ひでぇな。なるほど、別れたいのはわかった」
「わかってくれて嬉しいわ。それで、調査を進めてくれるのかしら?」
小娘の道楽と思って相手にしていなかったのでしょう、と問えば、ガブリエルはぎゅっと眉を寄せる。
「おい、馬鹿にするなよ。ふざけた依頼だろうと、商売である以上きっちり調査はする。その上で報告を上げなかったのは、お前さんの旦那に浮気の形跡がなかったからだ」
「そんなはずはないわ!」
だって、クロードは新婚早々、あちこちに女を作るのよ!
それで、三年後に「真実の愛」とかいうふざけたものに目覚めたとかで、とある子爵令嬢を妊娠させて、わたしに離婚を突きつけるんだから! 小説の予定では!
しかし今の段階でそこまでのことは言えないので、わたしはぎりぎりと奥歯を噛んだ。
……クロードめ、裏ギルドの情報網を持っても引っかからないなんて、どれだけ用意周到に浮気計画を立てているのかしら!
わたしの予想では、ガブリエルに頼めば、浮気現場の一つや二つ取り押さえられると踏んでいたのに、このままでは離婚がどんどん遠くなる。
「とにかく、今のところ何も出てこない。というか、仕事だなんだと忙しくしているようで、あの男、ほどんと邸から出てないぞ」
「……え?」
「えって、なんで同じ屋根の下に住んでいて気づいていないんだよ」
……だって、わたしも部屋に引きこもっているし。
というか、この一か月と一週間、ほとんど邸から出ていないですって?
「それから、言いたかないけど、お前さんの旦那、俺の情報によるとくっそ真面目だぞ。独身のときから女の影がちらついたことはなかったし、なんていうの? こういう言い方は貴族の旦那に失礼かもしれねーけど、あれは自分から進んで女と浮気するっていうより、女に騙されるタイプの男だな。真面目で馬鹿正直で女慣れしていなさすぎる」
そ、そんな馬鹿な!
ショックを受けるわたしの横で、ジュリーがうんうんと頷いていた。
「そうですね。そういえば旦那様、使用人に対しても、女性の使用人には一定の距離を取って接してくださいます。お付き合いしている女性がいるという話は聞いたこともありません!」
……え~……。
ちょっと、小説! 小説の情報どうなってんの⁉
ここって、小説の世界の話でしょう⁉
まさかわたしが初日から小説にあった以外の展開に持ち込んだから、ストーリー改変しちゃったの? あれだけで⁉
「ぶっちゃけ、浮気理由で離婚に持ち込みたいんなら、浮気の証拠が出るのを待つより、こっちからハニートラップを仕掛ける方が効率いいと思うぞ。その手の優秀な子も揃えてるから、必要になったら依頼してもらえばすぐに動ける。ちなみに、金貨三枚から応相談だ。かかった経費は別途請求ってことで」
「お、奥様、いくらなんでもそれは……」
わたしも、さすがにハニートラップはやりすぎかなとは思う。クロードが可哀想なんじゃなくて、わたしが仕掛けたってばれたら、離婚のときにもめそうだからだ。
「で、どうする? まだ浮気調査を進めるか? かかった日数分金がかかるから、何もないまま依頼継続すれば、それだけ金が飛んでくぞ」
……ぐぐぐ、離婚後の資金を貯めておきたいわたしとしては、ムダ金は使いたくない。
わたしは三分くらい悩みに悩んだ後で、がっくりと肩を落とした。
「いったん、依頼を取りやめるわ」
……はあ、これでまた振出しか。いや、そもそも情報が一つも出てこなかったんだから、サイコロすらふっていない状況だったのかも。がっくり。
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