エピローグ
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クロードに頼まれていた書類を作りながら待つこと二週間。
ついに、闇賭博場と違法薬物の一斉摘発の日がやってきた。
多くの騎士が導入され、ブラック・フォックスと、関係者たちの家に一斉に踏み込み調査が行われることになったのだ。
その中には当然プライセル侯爵家もある。
その日、わたしはカルリエ伯爵家で待機して置くようにと言われていたので、どのような状況だったのかはわからない。
けれども、多くの証拠を揃えていたからか、たくさんの貴族が捕縛されたにもかかわらず、摘発はその日の夕方には終わったらしい。
カルリエ伯爵家にわたしを迎えに来たクロードは、ちょっと疲れた顔をしていたけれど、いたずらっ子のように笑った。
「君に事前に書類を作っておいてもらって助かったよ。フランセットは自分ではなく君がしたことだと言って言い逃れしようとしたからね」
クロードに頼まれていた書類は、フランセットが違法薬物を売り歩いていたと思われるパーティーに参加していたときに、わたしがどこで何をしていたのかをまとめたものだった。
証拠がある日もあればない日もあるが、何年にも遡って細かく記録した書類は、わたしが無実であると証明するために必要だと言われていたのだけど、フランセットをやり込めるのにも使ったらしい。
プライセル侯爵は違法薬物には手を染めていなかったが、闇賭博場に出入りしていたのは事実なので罪に問われるし、フランセットに至っては違法薬物を売買していたことでかなり重たい罪になるだろう。
母であるプライセル侯爵夫人は何にも関与していなかったが、プライセル侯爵家の人間なのでもちろん連座対象だ。
おそらく、プライセル侯爵家は取りつぶしになるだろうとクロードが言った。
彼らが捕縛され、罪が明るみになることで、わたしの不名誉な噂も事実無根として世間に知られることだろう。
わたしがプライセル侯爵家の次女だった事実は消えないが、すでに養子縁組を行っており、カルリエ伯爵家がバックについているため、表立ってわたしを批判しようなどと考える人間はいないのではないかということである。
まあ、表立って言わないだけで、裏で何かを言われることはあるだろうが、そこまで神経質になることもないだろう。だってわたしには、守ってくれる夫がいるのだ。
わたしはもう、エルヴィール・フェルスター=プライセルじゃない。
エルヴィール・フェルスター=カルリエだ。
名前が変わっただけなのに、まるで、新しいわたしに生まれ変わったような気分だった。
フェルスター伯爵家に到着すると、玄関ホールでは義母のコリンナが心配そうな顔で待っていた。
「ああ、お帰りなさい、クロード、エルヴィール。大丈夫だったかしら? 怪我はない?」
「母上、戦争をしに行ったわけではありませんよ」
クロードが苦笑しつつ、二人とも何ともないと言う。
コリンナにしても、わたしがカルリエ伯爵家と養子縁組をしてクロードの妻で居続けることに、何一つ反対しなかった。
前世の記憶を思い出したとき、わたしはなんでエルヴィールに生まれ変わったのだろうかと嘆いたけれど、今ではエルヴィールでよかったと思う。
クロードもコリンナも、フェルスター伯爵家の使用人たちも、みんな暖かくて優しい人だ。
プライセル侯爵家の次女だったわたしは、これから先、わたしの出自で彼らに迷惑をかけてしまうかもしれない。
でも、クロードはそれでもわたしを妻として扱ってくれるから、それならばわたしも、彼らにできる限りのことをしたいと思った。
夕食の支度もできていると言うから、クロードと共にダイニングへ向かう。
今日のことをクロードから教えてもらいながら夕食を取って、わたしはジュリーと自室へ向かった。
ジュリーもやきもきしていたみたいで、「奥様に何事もなくてよかったです!」と喜んでくれる。
わたしはただカルリエ伯爵家で、養母である伯爵夫人とお茶を飲みつつ時間を潰していただけだと言うのに、みんな大袈裟なんだから。
笑いながらお風呂に入って、いつものように夫婦の寝室へ向かった。
わたしより支度の早いクロードは先に部屋にいて、わたしを見てふわりと微笑む。
……ああ、わたし、クロードが好きだわ。
前からなんとなく、彼に惹かれているという自覚はあった。
でも、今日ほどそれを強く感じたことはない。
ソファに座っているクロードの隣に行って、ちょこんと座る。
クロードは、わたしの気持ちが伴うまで、本当の意味で夫婦になるのを待ってくれていた。
ならばこの気持ちは、きちんと口にしなければならないものだ。
言葉で気持ちを伝えようと思うと、どうしても緊張してくる。
わたしは何度か深呼吸をして、クロードの手をそっと握った。
「……あの、旦那様」
「うん? ああ、待って。前から言おうと思っていたんだが、その旦那様というのはやめないか? 使用人も俺のことを旦那様と呼ぶし……君には、名前で呼んでほしい」
名前で呼んでほしいと言われて、余計に緊張する。
「クロード……様?」
「様はいらないよ」
「じゃ、じゃあ……クロード……」
名前を呼んだだけなのに、急激に恥ずかしくなってくるのはどうしてだろうか。
ぶわわっと熱くなった頬を片手で押さえて、わたしはまた深呼吸をした。
「あ、あの、クロード……、わたし、あなたに伝えたいことがあるんです」
改まって言うと、クロードが笑顔を引っ込めて真剣な顔になった。
クロードの手を握っている手が、じんわりと汗ばむ。
……クロードはわたしを妻だと思ってくれているってわかっていても、緊張するわね。
ドキドキと自分の鼓動がうるさい。
わたしは今一度大きく息を吸い込むと、彼の綺麗な藍色の瞳を見つめた。
「わたし……、あなたのことが、好き……みたいです」
好きだと断定すればいいのに、「みたい」なんて余計な言葉をくっつけてしまったのは、恥ずかしくてどうしようもなかったから。
恥ずかしすぎて泣きそうになって来て、わたしがおろおろと視線を彷徨わせると、一拍置いて、クロードがわたしをぎゅうっと抱きしめた。
「もう一度言って」
こんな恥ずかしいセリフを、また言えと⁉
わたしは悲鳴を上げそうになったけれど、彼の腕の中ですーはーすーはーと呼吸を繰り返し、緊張しながら口を開く。
「く、クロードが、好き……です」
今度は余計な「みたい」はつけずに言えた。
やり切った感満載でほっと息を吐き出すと、クロードの腕の力が強くなる。
「エルヴィール」
「は、はい」
「エルヴィール……、俺も、君が好きだ」
耳にかかるクロードの吐息が、びっくりするほど熱かった。
なんだか「予感」を感じて狼狽えていると、顔を上げたクロードがふんわりと笑う。
そして、ゆっくりと顔を近づけてきて――
この日、わたしたちは、夫婦になった。