不穏を呼ぶ「白い包み」 1
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カルリエ伯爵邸のパーティーから帰ったエルヴィールは、寝支度を整えて夫婦の寝室へ向かった。
ちょうどクロードも来たところのようで、ソファに座って風呂上がりの髪をわしゃわしゃとタオルで拭いているところだった。
わたしはジュリーが髪を乾かしてくれたけれど、クロードは髪が短いからだろうか、いつも自分でやっているらしい。
わたしはそっと彼の背後に回って、彼の手からタオルを取り上げる。
「やりますよ」
「ありがとう」
肩越しに振り返って、クロードが照れたように笑う。こういう些細なやり取りが、なんだか「夫婦」という感じがしてわたしまで照れてしまった。
丁寧にクロードの髪の雫をぬぐっていると、クロードが気持ちよさそうに目を閉じる。
「このまま寝てしまいそうだな」
「お話は明日にしますか?」
「いや、聞くよ。何かあったんだろう?」
その通りなのだが、一体何から話すべきか。
わたしのただの杞憂ならばいいのだけれど、妙に引っかかるのだ。
「わたしの、考えすぎかもしれないんですけど」
「それでも、君の心に影が差したのなら、その理由が知りたいよ」
おいで、とクロードが自分の隣の座面を叩いた。
だいぶ髪も乾いて来たから、後は放置でいいらしい。短いから放っておけばすぐ乾くのだそうだ。うらやましい限りである。
クロードの隣に座ると、彼が水差しからコップに水を入れてわたしの前においてくれた。それほど量は飲んでいないが、パーティーでお酒も口にしたし、酔い覚ましに水をちびちび飲みながらわたしはお手洗いの帰りに見た光景をクロードに説明する。
「逢引きかとも思ったんですけど、パーティーに一緒に来た男性とは違う男性と会場内で逢引きするのは変な感じがしますし、姉が渡していた白い包みも気になるんです。考えすぎでしょうか?」
わたしは、プライセル侯爵家で生活していたときから、姉が外で何をしていたのかはあまりよくしらない。ただパーティーを渡り蝶のように飛び回って、いろいろな男性の心を弄んでいたことは、なんとなくわかっていた。
今日の彼も、姉の毒牙にかかった一人なのだろうか。
だがフランセットは、自分の行いを妹のわたしに擦り付けるような計算高い女である。
そんな彼女が、同じパーティー会場で二人の男性にコナをかけるだろうか。見つかれば騒ぎになりかねないことで、自分の行いを隠したいフランセットにしてみたら危険極まりない行動だろう。
「なるほど、言われてみたら引っかかるには引っかかるな。渡していた白い包みというのも気になる。わざわざあの場所で渡さなければならないほどのものだったのか。そう考えると……あまりいい想像は働かないな」
そう、クロードの言う通りだ。
あの包みを渡したかったのだとしても、あの場所を選ぶ理由がわからなかった。
後日どこかで落ち合うなり何なりして、その時渡せばいいだけのことだ。
「男の顔に見覚えはないんだな?」
「はい。まあ、わたしは社交界に出ていなかったので、たいていの人は知らないんですが」
服装から考えると、招待客である可能性が高かったけれど、パーティー会場内にずっと注意を払っていたが、彼はその後会場には戻ってこなかった。つまりあのまま帰ったと考えられる。
「ダニエルにそれとなくパーティーを中座した人物を訊ねてみよう。会場の出入りについては使用人が把握しているはずだから、調べれば幾人かの名前が上がるはずだ」
なるほど、その手があったか。
社交パーティーの仕組みは詳しくないので、その方法はちっとも頭に浮かばなかった。
「君はもう我が家の人間だ。フランセットがこれ以上君に自分の行いを擦り付けるとは思えないが……、これまでのことを考えると、用心するに越したことはないだろう。彼女の思惑はわからないが、逆に思惑がわからない以上、最大限に警戒しておくべきだ」
クロードは、わたしが以前話したことを信じてくれているのだなと、その目を見ていたらわかる。彼はもう世間の噂ではなくわたし自身を信じてくれているのだ。
そう思うと心が温かくなって、わたしはそっと彼の方に頭を寄せた。
普段なら恥ずかしさが先に立って自分からすり寄ったりはしないのだけれど……お酒の影響か、今日のわたしは、ちょっとだけ大胆な気持ちになっているのかもしれない。
彼が腕を回して、わたしの髪を梳くように頭を撫でてくれる。
クロードの大きくて温かい手が、気持ちいい。
「エルヴィール、前から訊きたかったんだが……、君は、実家と縁を切りたいか?」
「え?」
「プライセル侯爵家での生活は、エルヴィールにとっていい思い出ではないだろう? 君の話を聞く限り、君の家族は家族とも呼べない人間たちだと思う。俺と結婚したとはいえ、今のままでは彼らは君と関わろうと思えば関われる状況だ。でも俺は、彼らが君に接触して、それによって君がまた傷つく姿を見たくないと思う」
クロードの言う通り、わたしはフェルスター伯爵家の人間になったけれど、プライセル侯爵家と完全に縁が切れたわけではない。
お父様たちはわたしに関心がないし、お母様とお姉様はわたしを疎んじていたので自分から接触してくるとは思えないけれど、可能性はゼロではなかった。
「縁が切れるのなら、もちろん切りたいです、けど……クロードはそれでいいんですか?」
だけど、貴族の結婚というのは家と家とのつながりである。
プライセル侯爵家と縁を切れば、結婚し、わたしの実家の借金返済のために援助をしてくれたクロードに何も残らない形にならないだろうか。あんな家でも一応は侯爵家なので、侯爵家と縁続きになったという世間的なメリットはあるのだ。経済的にはデメリットしかないけど。
クロードはわたしの頭を撫でながら笑った。
「いいも悪いも、俺は君が苦しむのは見たくない。それに、結婚したときにあちらの借金は俺が返済したんだ。もう妻の家へ充分すぎることをしたはずだろう? これ以上煩わされるのはまっぴらだ」
……まあ、クロードは最初からプライセル侯爵家に振り回されっぱなしだものね。
援助もそうだが、結婚相手まで約束と違ったのである。彼にしてみたら、プライセル侯爵家への信頼なんて地の底だろう。このまま付き合っていてもいいことはないと判断するのは当然だし、たぶんそれは正しい。
だが、格上の侯爵家との縁切りとなると、並大抵のことではないはずだ。
世間的にもクロードが悪者にされる可能性がある。わたしはそれは嫌だった。
「わたしも、実家に煩わされるのは嫌です。でも、下手を打ってクロードやフェルスター伯爵家が悪く言われるのも嫌です。縁を切るにしても、慎重にした方がいいと思います」
「確かにその通りだ。下手なことをしてまた君におかしな噂が立つのは嫌だからな」
いえ、わたしのことじゃなくて、クロードとかお義母様とかの方が、ね?
すでにおかしな噂が立っているわたしにまた新しい噂が一つ増えるより、クロードたちにおかしな噂が立つ方が問題だろう。
なのにクロードは真剣に「君の評判を回復しつつ縁を切る方法はないものか」なんて言い出している。
「フランセットの動向を探ると同時に、縁を切るいい方法がないかも探ってみよう」
いっそのことフランセットが何か派手に馬鹿をやらかしてくれたら都合がいいのだが、なんて真顔で言うクロードが面白くて、わたしは声を上げて笑ってしまった。
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