闇賭博と姉の秘密 2
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ルヴォア伯爵邸を訪れたクロードは、出迎えた友人のアルフレッドに、小さな包みを差し出した。
「つ、妻が作ったものなんだが、よかったら奥方に。社交界で流行しているピアスだ」
妻という単語に照れてしまってどもると、アルフレッドが生暖かい視線を向けて来る。
「人がせっせと情報収取している間に、ずいぶんと仲良くなったみたいじゃないか。この分なら調査は必要なかったか?」
軽口をたたきながら、アルフレッドがサロンに通してくれる。
「それからピアスはありがたく頂戴するよ。妻が、最近流行しているけどなかなか手に入らないと悔しがっていたからね。妻のご機嫌取りに君経由で奥方に相談を持ち掛けようか本気で悩んでいたところだったんだが、君たちの関係がどうなっているのかわからなかったから声がかけられなかった。うまく行っているようで結構なことだ」
人が心配していたというのにどういうことだと軽く睨まれて、クロードは言葉に詰まった。なので、うまい具合にはぐらかす。
「う……。それは新作なんだ。レース編みに屑宝石をつけたタイプで、数が揃えば売り出すことになっている」
「ほーぅ? それはさらにいいことを聞いたな。妻も喜ぶだろう。奥方に感謝を伝えてくれ」
サロンのソファに座ると、メイドがお茶を運んで去っていく。
二人きりになると、クロードはそわそわしながらアルフレッドに訊ねた。
「そ、それで、調査の方は……」
「必要なさそうなのに気になるんだな」
「当たり前だ。妻の不名誉な噂の正体を知りたがらない夫なんていない」
「ちょっと前まで真実かどうか知りたいと言っていたくせに、不名誉の噂ときたか。本当に仲良くなったようだな。いったい何があった」
「べ、別に……。ただ、その……、俺はエルヴィールを信じることにしたんだ。彼女から、だいたいこれまでの生活については聞いたが、ひどいものだった。フランセットが言っていたことと全然違うからな! だから余計に、何故あのような噂が広まっているのかが気になる。俺の方でも調べてみたにはみたんだが、あまり詳しいことはわからなかったからな。それどころか、さらに妙な話を聞いて困っていたところだ」
「妙な話だと?」
「あ、ああ……」
アルフレッドにも頼んだが、クロードもクロードでエルヴィールの噂の真相を調べるべく、情報を集めてはいたのだ。
すると、エルヴィールがおかしな店に通っているという情報が得られた。
「ブラック・フォックスって知っているか? 中に入ってみたら、ただの酒屋にしか見えなかったんだが、だからこそ余計にエルヴィールがそのような場所に通っていると言うのが気になる」
「ブラック・フォックスだって⁉」
「あ、ああ……知っているのか?」
「知っているのかってお前……あー、そうだよな。お前は本当にこの手の噂に疎いからな」
アルフレッドががしがしと頭をかく。
「ブラック・フォックスに奥方が出入りしていると言うのが本当なら、これはかなり問題だぞ。ただれた男関係の噂よりさらに厄介だ」
「おい、ただれた男関係ってなんだ!」
「噂だ噂。あー、わかった。最初にこちらの情報を話そう。気になって仕方がないようだしな」
アルフレッドがティーカップに口をつけて、一息つくと、声のトーンを落とす。
「まず、君の奥方の噂だがな、俺が調べた情報から考えるに全部嘘だ。俺の友人の知り合いに、エルヴィール嬢と関係があったと言っているやつがいたが、確認したところ、そいつが関係を持っていたのはエルヴィール嬢ではなくフランセット嬢だ。おそらく他もそうだろう」
「要するに、フランセットの行動がエルヴィールの行動として語られていたということか。何故」「裏で糸を引いているやつがいるんだろう。もしくはフランセット嬢本人か。本人と考える方がこの場合納得がいきそうだな」
「何故そんなことをする?」
「そこまではわからん。自分に悪い噂が立つのを恐れて妹のせいにした、と考えるのが妥当なところだが、不思議なのはフランセット嬢に弄ばれた男たちがそろいもそろって口をつぐんでいることだ。エルヴィール嬢の噂も否定しなければ、フランセット嬢に捨てられたという話もしない。プライドもあるんだろうが、ここまで全員が全員だんまりを決め込むのはおかしいと思わないか」
「ああ、おかしい」
「だから、何かあるんだろう。言えない何かがな。俺の友人の知り合いも、何を聞いても口を割らなかった。カマをかけてフランセット嬢と関係があったところまでは引き出したがそれ以上は無理だったんだ」
「……エルヴィールが名誉棄損で訴えを起こして、そいつらを法廷に引きずり出しても無理か?」
「お前、そこまでしたら逆にエルヴィール嬢が困らないか? 噂は放っておけば消えるだろうが、法廷まで出ると記憶に残るぞ。まあ、名誉は挽回できるかもしれないが、ひどく目立つだろう。しばらく社交界で嫌な思いをするかもしれん」
言われてみたら確かにそうだ。
下手に法廷で争うと、エルヴィールの名前は別の意味でまた広がる。
しかもそれに実の姉まで関与しているとなると、噂に尾ひれがつくのも止められまい。
姉妹で男を取り合ったなんておかしな噂にでもなれば名誉が傷つくだろう。名誉を挽回するために裁判を起こして名誉が傷つくのは本末転倒だ。
「とりあえずこの件については調査が必要だ。……で、ブラック・フォックスだったな」
「ああ。ただの飲み屋じゃないのか?」
「違う。あそこはな、闇賭博場だ」
「なんだって⁉」
「声が大きい」
しー、とアルフレッドが口に人差し指を立てる。
「社交界ではまあまあ有名だぞ」
「何故取り締まらない」
「取り締まらないんじゃなくて取り締まれないんだ。そこに、さる大臣が出入りしているという噂がある。誰も藪なんてつつきたくないだろう?」
「だが……」
「もちろん、いつまでもこのまま放置とはいかないはずだ。騎士団も取り締まりたくてうずうずしているらしい。だが、まだ時期じゃない。取り締まるなら徹底的にしなければならないだろう。大臣の出入りが本当なら、大臣も逃がすわけにはいかない。証拠集めの最中、だそうだ」
さすがは王宮勤めの友人である。もっと言えば、アルフレッドの父のルヴォア伯爵は法務大臣だ。このあたりの情報に詳しいのは当然と言えば当然か。
「で、話は戻るが、そこに奥方が出入りしているのが本当ならかなりまずい。摘発リストに上がるぞ。お前の妻である以上、奥方が摘発されればお前にもお前の家にも影響が出る」
「エルヴィールはそんなところに出入りなんてしない」
「お前が調べていたんだろうが」
「そうだが、エルヴィールの似顔絵をその近くの店で商売していた娼館の女主人に見せたんが、見たことがないと言っていた。だから違う、と思う」
「娼館ってお前……」
「け、決して中に入ってはいない! 玄関先で訊ねただけだ!」
「まあそうだろうな。だが、奥方に娼館近くをうろついていたのがばれると、問題にならないか? せっかく仲が縮まったのに喧嘩になるぞ」
それは困る。
そこまで考えていなかったクロードは、うぐっと唸った。
「エルヴィールに直接訊ねた方がいいだろうか」
「どこの世界に、闇賭博場に出入りしているのかと訊かれてはいそうですと馬鹿正直に答えるやつがいる」
「そう、だけど……」
「あーもう!」
アルフレッドは、ぐしゃりと前髪をかきあげる。
「それについても、こっちで調べてやる! お前は余計なことをせずに大人しくしておけ。奥方の心が離れていっても知らないぞ!」
「それは困る!」
だが、やっぱり気になるのだ。
エルヴィールが闇賭博場に出入りするとは思えない。
ならばいったい誰が、何の目的で、エルヴィールの不名誉な噂ばかりを広めるのだろう……。
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