闇賭博と姉の秘密 1
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「んふふ~、最近の奥様と旦那様、いい感じですね!」
夫婦の寝室からわたしの私室に移って、朝食のために服を着替えていると、ジュリーが背中のボタンを留めてくれながらにまにまと笑った。
教会でクロードと二人だけのやり直しの結婚式を挙げて一週間。
ジュリーが生暖かい目でわたしたちを見守っていたのを知っていたので、わたしはうっと言葉に詰まってしまう。
あの日から、わたしはクロードと共に夫婦の寝室を使っていた。
だからといって、わたしたちの間に何かがあるわけではない。ただ一緒に眠るだけなのだが、三日前からクロードはわたしと手を繋いで寝るようになって、なんだか少しずつ距離が縮まっているような気はしている。
「旦那様は以前にも増して奥様を気にするようになりましたし、大奥様も安心そうです。一時は旦那様の失礼な発言のせいでどうなることかと思いましたが、よかったですね~」
「そ、そうね……」
よかったと言えば、よかったのだろう。
当初の予定とは百八十度変わったが、離婚したかったのも、ただ単に幸せに暮らしたかったからであるので、今が不幸でないならわたしとしては問題ない。
闇賭博問題もあるのでまだ不安は残っているが、今のところ、びっくりするくらい平和だった。
「はい、お仕度できました!」
「ありがとうジュリー」
「いえいえ、ありがとうはこちらです奥様。母と妹にも仕事をくださって、本当に、家族一同奥様には感謝しているんですから!」
「それを言うなら、おかげでピアスの納品在庫も増えてこちらとしても助かっているわ」
日に日に商業ギルドから「入荷数を増やしてほしい」という要望が強くなっていたから、ジュリーの家族が作ってくれるおかげで数も増えて大助かりなのだ。
「でも、あんなに売れるとは思わなかったわ。そのうち、レース編みのピアスに小さなクリスタルでもくっつけたちょっとお高めのも作ってみようかしら?」
前世では、レース編みで作ったモチーフに、天然石ビーズなどを合わせたピアスなども作っていた。
高い宝石を入れるつもりはないが、加工後に出た屑宝石などは安く手に入るし、そういうものを使っても可愛いかもしれない。
……かぎ針で編むんじゃなくて、マクラメ編みで宝石を包んだモチーフも可愛いかもね。
だが、屑とはいえ宝石を仕入れるのなら、一度クロードに相談した方がいいかもしれない。
「わあ、新しいモチーフですか! いいですね!」
「安く屑宝石が仕入れられないか、旦那様に相談してみるわ」
昔のクロードと違い、今のクロードはわたしの話も聞いてくれる。きっと相談に乗ってくれるはずだ。
……もとはと言えば、離婚後の資金集めにはじめたことだけど、今となっては手放すのは惜しい商売だものね。
好調だし、ジュリーたちの収入源にもなっている。わたしの収入が不要となっても、彼女たちの収入源としては残しておいてあげたい。
朝食の時間になってフロベールが呼びに来たので、わたしはジュリーを伴って一階のダイニングへ降りた。
すでにクロードの姿があって、わたしのすぐあとに義母コリンナも侍女頭モルガーヌを伴ってやって来る。
席について、いただきますの挨拶をしたところで、食事のときはほとんど話さないコリンナが珍しく口を開いた。
「わたくし思うんだけど、そろそろエルヴィールさんの侍女を決めた方がいいと思うの。わたくしの侍女から選んでもいいけれど、侍女だもの、自分で決めたいわよね? だから新しく雇った方がいいのではないかと思うのだけど、どうかしら?」
「そうですね。社交シーズンがはじまればバタバタするでしょうし、今のうちに侍女を決めておいた方がいいかもしれません。どう思う、エルヴィール?」
「ええっと……」
急に侍女と言われても、わたしとしてはちょっと困る。
何せ前世では一般人だったし、エルヴィールになってからも、実家で侍女なんてつけられなかった。何故なら自分が使用人のような扱いをされていたからだ。
わたしはちらりと背後のジュリーを見る。
「わたしは、ジュリーがいたらそれでいいんですけど」
「それならジュリーをメイドから侍女に上げてもいいだろうが、ジュリーは貴族じゃない。貴族出身の侍女を一人くらい雇った方が安心じゃないか?」
マナーなどの問題もあるので、パーティーに伴うのなら貴族出身の侍女の方がいいらしい。とはいえ、わたしに妙な噂があるのは事実だし、そんなわたしに快く仕えてくれる貴族出身の侍女がいるかどうかは……正直わからないし不安だ。
「……おいおいではいけませんか? 当面は、ジュリー一人にお願いしたいです」
これは我儘になるだろうか。
申し訳ない気持ちで告げると、クロードは笑顔で首を横に振ってくれた。
「君がそのほうが落ち着くなら構わないよ。それならジュリーを侍女に上げよう。メイドと侍女では仕事の範囲も変わるから、ジュリーは手が空いたときにモルガーヌから侍女の心得について学ぶように。いいかい?」
「はい、かしこまりました!」
ジュリーが笑顔で頷いた。
ジュリーも嫌ではないみたいなので一安心である。
いつも静かな食卓なのだが、侍女の話が出たのでお喋りしやすそうな雰囲気だ。このまま屑宝石について相談してしまおうと、わたしはナイフとフォークを置いてクロードに視線を向けた。
「あの、わたしからも一ついいですか? 今わたしが作っているピアスのことなんですが、できれば、屑宝石を仕入れてピアスに使いたいんです。いいでしょうか?」
「それはもちろん構わないよ。店の紹介がいるなら、宝石加工場にいくつか知り合いがいるから紹介しよう」
「ありがとうございます!」
すんなり許可がもらえてホッと胸をなでおろしていると、コリンナが興味深そうに瞳を輝かせた。
「まあ、ということは、新しいデザインを作るのね!」
「はい、宝石を入れて、もう少し貴族向けのデザインのものを。お義母様のおかげで貴族のご婦人やご令嬢も購入してくださっていると聞きましたので」
「客層によって価格帯を変えるのは悪くないね。でもそれなら、屑宝石にこだわる必要はないんじゃないか?」
「高い宝石を使ったピアスなら、既にありますから。それに、あまりお金持ちじゃない人も、頑張れば手が届きそうなくらいの価格帯がいいんです」
中には、自分のご褒美にちょっと背伸びをして高いアクセサリーを買う人もいるだろう。
わたしも前世では自分の誕生日に、ちょっとだけ高いネックレスとかを買ったりしてもらったものだ。
特別な日のちょっとした贅沢をしたいのは、貴賤問わず……もっと言えば、世界が違っても、共通だと思う。
「なるほどね。面白い考え方だけど、いいと思うよ」
「ええ。安価だから、数がたくさん揃えられて素敵だとわたくしのお友達も言っていたわ。見本ができたら、またいただいてもいいかしら?」
「もちろんです」
「うふふ、販売される前に身に着けてお友達に自慢するわ」
コリンナはとってもいい広告塔になってくれそうだ。
楽しそうなコリンナに、いったいどうして、小説のエルヴィールとコリンナはうまくいかなかったのだろうかと不思議になる。
やはり、物語と現実の違いだろうか。
それとも最初にすれ違って、勘違いしたまま三年が経過してしまったのだろうか。
悪人だと思われていたのなら、最初からぞんざいな扱いをされても仕方がないので、小説ではお互いを知り合う機会を得られなかったのだろう。
普段会話の少ない食卓は、今日は最初から話をはじめたからだろうか、最後まで他愛ない会話をしたまま終わる。
最後に、クロードが優しく目を細めて「にぎやかに食事をするのもいいものだな」と笑ったのが印象的だった。





