デートと懺悔 4
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氷菓子を堪能したあと、クロードに行きたいところがあると言われた。
氷を食べた後で体が冷えているので、外を歩くのもそれほど苦ではない。
むしろ、冷えた体に生暖かい風が気持ちいいくらいだ。
並んで歩いていると、行きかう人がちらちらとこちらに視線を向けて来る。
……クロードを見てるんだろうなぁ。
背が高く、端正なクロードが注目を集めるのは当然だろう。
艶やかな金色の髪に藍色の瞳。
顔立ちは甘く、一見すると優しそうだ。
いや、実際に優しいのだろう。最近の彼は、結婚式の日に見せた冷たい表情をしなくなった。
小説を読んでいたとき、ヒロインに冷たい男が、浮気相手とはいえ何故たくさんの女性を魅了したのだろうかと思ったのだけど、彼を見ていたら頷ける。
根が優しくて真面目で、高身長で顔立ちも整っている。ついでに、二十歳のまだ年若い伯爵様だ。モテないはずがない。
「どこに行くんですか?」
「もう少し先だ」
どんどん商店街から遠ざかっているような気がするけれど、この先に何があるのだろう。
ほとんど出歩いたことのないわたしは王都には詳しくなくて、どこに何があるのかは詳しくは知らない。
ほんの少し不安を覚えていると、クロードが前方を指さした。
「ついたよ」
クロードが示したのは教会だった。
真っ白い壁に、青空のような色をした屋根。アーチ状の玄関扉はシンプルだが、ピカピカに磨かれていて綺麗な艶がある。
それほど大きな教会ではないけれど、可愛らしい教会だなと思った。
クロードとの結婚式は王都の中心地にある大聖堂で行われたけれど、あの大きくて荘厳な建物よりもこちらの教会の方がわたし的にはほっこりして好きだ。
……でも、なんで教会?
寄付でもしに来たのだろうか。
不思議に思いながら、クロードに誘われて教会の玄関をくぐる。
玄関扉から祭壇まで伸びる赤い絨毯の通路を挟むように木製のベンチが左右に並び、奥には前世の聖母マリア像に酷似した石像が立っていた。
教会の中には誰もいなくて、石造の背後の大きなステンドグラスの窓からは、カラフルな光が降り注いでいる。
あまり人が来ない教会なのだろうか。
それとも……人払いがされているのだろうか。
まさかと思ったけれど、日中に教会の中に誰もいないのは少々不自然だ。少なくとも一人や二人、お祈りに来ている人がいてもおかしくないし、神父さんやシスターが掃除やお勤めをしていてもおかしくはない。
手を引かれて、絨毯の上を祭壇に向けて歩く。
まるで結婚式のようだと錯覚してしまったのは、わたしが自意識過剰なせいだろうか。
祭壇前で立ち止まると、クロードがゆっくりと体の向きを変えてわたしに向き直る。
「あの……」
戸惑ったわたしは、悪くないはずだ。
だって、クロードがびっくりするほど真剣な顔をしていたから――
「ここのところ、ずっと考えていた」
わたしの手を、まるで逃がさないと言わんばかりに両手でつかんで、クロードが告解でもはじめるかのような真摯なまなざしで語り出す。
「今更こんな話と思うかもしれないが、聞いてほしい」
そんな真剣な顔で言われたら、わたしは否と言えない。
教会の中は天井が高いからなのか石造りだからなのか、初夏でもひんやりと涼しくて、ちょっとだけ寒い。
だから余計に、クロードに握られている手が熱く感じられた。
「俺はずっと、君はひどい人間だと、そう思っていた」
うん、それは知っている。小説にも書いてあったし、彼がわたしを噂通りの悪女だと認識していたのは、結婚式に向けられたまなざしから充分に感じ取ることができた。
だから逆に、いつどこで、その認識が変わったのかが気になっていた。
だって明らかに、結婚式の時の態度と今の彼の態度は違うから。
「俺は世の中の噂を信じて、そして、フランセットの言葉を信じて、君自身を見ようとはしていなかった」
「それはでも……仕方がないんじゃないですか?」
だって、結婚式当日に、クロードが予定していたのとは違う花嫁……わたしが登場したのだ。
今まで散々悪女だという噂を聞いていて、フランセット――お姉様からもわたしの悪評を聞いていて、それで突然フランセットではなくわたしがあなたの花嫁ですと現れた女を信用できるはずもない。毛嫌いして当然だ。
小説の中の彼はざまあされる側で、いうなれば悪役ポジションだったけれど、彼にも十分すぎる理由があるのである。
だって、人間だもの。
どんな人だって、あまりに想定外の事態が起こったら、それをすんなり受け入れられるはずもない。むしろ受け入れられた方がびっくりである。
もちろんわたしは自虐趣味じゃないので、じゃあ仕方がないね、いじめてください、なんて思考にはならない。だから離婚して逃げようと思ったし、今でもそれを諦めたわけじゃない。
でも、彼がどんなに腹立たしかったか、絶望したのかは、想像に難くない。
だから別にそんな懺悔をする必要はないよと言いたかったんだけど、クロードはゆっくりと頭を振った。
「仕方ないという言葉で片づけていいものじゃない」
……真面目だなあ。
わたしは彼との離婚を狙っているけれど、こういうところは嫌いじゃない。
小説の中の彼は、傷ついて腹が立って、気に入らない妻への当てつけに浮気でも何でもしていないとやっていられない気分だったのだろうか。真面目な人が本気で切れると、おかしな方向に行くものである。
……でも、じゃあ、今の……現実の彼は?
浮気に走っていないということは、そこまで、今の状況に絶望も失望もしていないのだろうか。
「君がどんな人なのかは、俺にはまだわからない。だが、君が噂に聞くような人だとはどうしても思えないんだ。だから知りたい。君の言葉で、君が何を考え、どんなふうに生きて来たのかを、知りたい。そして、できることなら君ときちんとした信頼関係を築き上げたい。……だめ、だろうか」
……本当、誠実な人なのね。
そして、ちょっと危うい。
ガブリエルが以前言った「女に騙されやすそうなタイプ」と言った言葉を思い出す。
多分その通りだろう。
真面目過ぎて、実直すぎて――だから、騙される。
だけどそんな不器用でどうしようもないクロードが、わたしはやっぱり嫌いじゃない。
クロードが、わたしの手を掴んだままその場に跪く。
そして、わたしの手の甲に自分の額を押しあてた。
「これまで、すまなかった」
わたしの未来がこの先どうなるかは、わからない。
小説の通りになるのではないかという不安が完全に拭えたわけではないけれど、この誠実な人になら、逃げずに向き合ってもいいのではないかと思えた。
結論を出すには、それからでも遅くない。
そしてわたしも思う。
わたしたちの間には、圧倒的に会話が足りていなかったのだと。
「……やり直し、ですね」
「いいのか?」
「そのつもりでここを選んだのでしょう?」
今の話をするだけなら、わざわざ教会に足を運ぶつもりはない。
つまりクロードは、神の前でやり直しを希望してここにわたしを連れてきたのだろう。
クロードが、ゆっくりと立ち上がる。
躊躇いがちにわたしのクリームイエローの帽子を、まるでベールのかわりと言わんばかりにそっと外した。
「俺……私、クロード・フェルスターは、いついかなる時も妻エルヴィール対して誠実で真摯であり続けることを、誓う」
結婚式の時の誓の言葉と少し違うけれど、それも彼らしい。
「わたしも――いついかなるときも夫、クロードに対して、誠実で真摯であることを、ここに誓います」
だからつい、わたしも彼と同じ誓を口にしてしまった。
本当は、愛を誓いあうところなのだけど、わたしたちの間には、まだ愛と呼べるものは存在しない。
でも――相手に誠実で、真摯でいることはできる。
クロードが顔を傾けて、触れるだけの優しいキスを一つくれる。
至近距離で見つめあえば、クロードが徐々に顔を赤く染め上げた。
たぶん、わたしも赤い顔をしているだろう。
――こうしてわたしたちの、わたしたちだけの、やり直しの結婚式が終わった。
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