デートと懺悔 3
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馬車を降りると、クロードはわたしの手を握ったまま歩き出した。
手のひらから伝わってくる体温に、ふと、ジュリーの「見とれていますよ」という発言を思い出してしまって落ち着かなくなる。
……クロードがわたしに見とれるはずないじゃない。
今日のデートだってあれだ、きっとわたしがよほど退屈していると思われたのだ。
だからクロードにとっては妻の退屈を紛らわせるための義務のようなもので――あれ、でも、そうなるとわたしに気を使ってくれたってことにならない? クロードが?
クロードの行動は不可解すぎて、わたしに理解するのは難しい。
だが、優しく繋がれた手と、歩幅を合わせて歩いてくれる気づかいに、丁重に扱われているのだなというのはわかった。理由はやっぱり、わからなかったけれど。
「あの店だよ」
少し歩いた先に目当ての氷菓子の店を見つけて、クロードが繋いでいない方の手で指示して教えてくれる。
黒檀で作られた看板に白い文字で「ル・ヴォン」と書かれている。見るからに高級そうな店だ。
クロードによると、カフェなのに完全に予約制の店で、王族もお忍びで来ることがあるらしい。
カラン、と涼し気なドアベルを鳴らして店内に入ると、四十歳ほどの外見の品のいい紳士が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、フェルスター伯爵様、奥方様」
「急に予約を入れてすまなかったね」
「いいえ、フェルスター伯爵様には流通の面でお世話になっておりますので、このくらいはたやすいことでございます」
さすがはお金持ち。王都の高級氷菓子店とも懇意にしているらしい。
店内は完全個室で、わたしたちは二階の席に案内された。
この世界の氷菓子というのは、氷の塊に砂糖やシロップをかけて食べるものが一般的だが、このお店では氷を細かく砕いて練乳をかけて、たくさんのフルーツをトッピングして出してくれるらしい。前世で言うところの、目の粗いかき氷みたいなものだ。
そのかき氷が、金貨一枚というとんでもない金額なのだから、製氷技術のない世界の氷の価格とは恐ろしいものである。
氷と一緒に、冷たいアイスティーが運ばれてくる。
「溶けないうちにどうぞお召し上がりください」
店主だろう紳士がにこりと微笑んで、部屋から出て行く。
個室の中に二人きりにされると、わたしはちらりとクロードを見上げた。
「あの……いただきます」
金貨一枚の氷菓子である。
前世のアイスクリームの品質には遠く及ばないものの、金額を聞けばやっぱり気が引ける。
「足りなければお代わりしてもいいから、好きなだけ食べるといい」
それなのに、この高い氷菓子をお代わりしてもいいなんて言われたら、戸惑うしかない。
スプーン一杯でいったいおいくらかしら、なんて貧乏くさいことを考えながら、わたしはそーっと氷をすくった。
細かくカットされたイチゴと一緒に口に入れると、練乳の甘さとイチゴの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。とっても美味しくてひんやりして気持ちいい。
わたしが食べはじめると、クロードも自分の氷菓子を口に入れる。
「暑い日の氷はやっぱりいいね」
「冷たくて気持ちいいです」
こんな贅沢はなかなかできるものではない。というか、今日が最初で最後かもしれなかった。
……しっかり味わって食べないともったいないわ。
とはいえ、氷は口の中に入れた途端に溶けていくから、時間をかけて堪能するのが難しい。
ならばせめて集中して食べようと無言で氷を口に入れていると、ふっとクロードが笑う気配がした。
「そんなに真剣な顔をして氷を食べる人ははじめて見た」
「う……」
「いいんだよ、お代わりして」
「さすがにそんな贅沢はできません」
だって、金貨一枚だよ?
金貨一枚を稼ぐのがどれだけ大変だと思ってるの?
「贅沢、か……」
「どうかしました?」
「いや……、なんでもないよ」
わたし、何か変なことを言っただろうか?
「エルヴィールは氷菓子を食べるのははじめて?」
「ええ、そうです」
前世を除けば、ですけど。
だからこそ、味わって食べるんですよ。
わたしが頷けば、クロードは少し黙りこんで、それからふわりと笑った。
「また、いつでも連れてきてあげるよ。まだ夏ははじまったばかりだからね」
その笑顔があまりにも優しくて――彼とわたしの関係性が、小説に描かれていたそれとはまるっきり変わったのだと、そう認めざるを得ない時期に来ているのかもしれないと、漠然と思った。
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