夫の様子がおかしいです 6
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「…………」
「…………」
ジュリーが満面の笑みで出て行った寝室で、わたしとクロードはお互い無言で向き合っていた。
張り切ったジュリーにより、ベッドは新しいシーツに取り替えられ、花びらまで散らされている。
どう考えても初夜仕様。
頭が痛い。
……って待ってよ。わたし、前世でも経験ないんだけど。
というか、それとなく相手を萎えさせて回れ右して帰っていただきたいのだが、知識がなさすぎてどうしたらいいのかもわからない。
小説では白い結婚って書いてあったはずなのに、どうしてこうなった!
「その、突然すまない」
すまないと思うならそもそも来るなよ、と言い返さなかっただけわたしは偉いと思う。
クロードはおろおろとベッドと、それからベッドの上に座っているわたしの顔を交互に見やりながら、しどろもどろに言い訳してきた。
「よ、よく考えたら、夫婦が別の部屋で休むのは問題だと思ったんだ。いや、もちろん、だからと言って君に無理強いをするつもりはさらさらない! だけど、これからは極力夜は一緒の部屋で過ごそうと思うんだ。ふ、夫婦だからな!」
いや、意味がわかりませんけど。
そもそも最初に拒否したのはそちらでしょうに。
だけどまあ、「無理強いするつもりはない」と言質が取れただけよかったのだろうか。
「……わかりました」
どちらにせよ、嫁ぎ先の家で夫に言われたら、わたしも嫌だとは言えない。
仕方ないとあきらめて、わたしはもぞもぞとベッドにもぐりこんだ。
ベッドサイドに立っていたクロードも、おどおどしながらベッドの端っこに潜り込む。
ここはわたしに与えられた部屋だが、このベッドもなかなかに広いダブルサイズだ。夫婦の寝室のキングサイズ仕様のベッドには劣るが、二人で眠ったところで狭いわけではない。
「そんなに隅の方にいたら落ちますよ」
「あ、ああ」
もぞもぞ、とクロードがベッドの中央に向かって少しばかり移動する。
結婚式の日、わたしを冷たく睥睨して拒絶した夫と同一人物とは思えないほど、今日のクロードは挙動不審だ。
「その、エルヴィール」
「なんですか?」
「少し、話をしないか。眠いなら、無理にとは言わないが……」
「眠くはないのでいいですよ」
隣にクロードがいたら、安心して休めないだろうし、話くらいはかまわない。
だが、話をしようと言ったクロードがいつまでたっても話しはじめないので、わたしは怪訝に思って彼の方に寝返りを打った。
「話さないんですか?」
「あ、いや」
クロードも、わたしにつられてか、くるんとこちらを向く。
「その、話を、しようと思ったのだが……いざとなると、何を話していいかわからないものだな」
それなら、無理に話をしようとしなくてもいいのではないだろうか。
……この人が何を考えているのか、さっぱりだわ。
結婚初日に拒絶したと思えば、突然一緒に過ごそうと言い出す。
話をしようと言ったと思えば、何を話していいかわからないと言う。
クロードが何を考えているのか知りたくて、わたしはじっと彼の顔を見つめた。
灯りを落としてあるので、部屋の中は暗い。
クロードの綺麗な金髪も藍色の瞳も、暗闇の中でははっきりとした色味はわからない。
ただ、端正な顔の人だなと思った。
わたしは「浮気を繰り返してエルヴィールを捨てるクロード・フェルスター」という小説の人物は知っているけれど、目の前のクロード・フェルスターを知っているわけではない。
小説は小説で、ここは現実。
だから今わたしが置かれている状況も違えば、クロードの行動も違う。
離婚を諦めたわけではないけれど、紙に印刷されていたクロードを、そのまま目の前の男に当てはめるのは、間違っているような気がしてきた。
「……旦那様は、わたしの姉が好きなんですよね」
「え? い、いや、その……」
「誤魔化さなくて結構ですよ。嫁いで来た相手がわたしで……父が、騙すようなことをして、申し訳なかったとは思っています」
彼も被害者である。それは事実だ。
「君が謝ることじゃない」
「そうでしょうか。わたしは、プライセル侯爵家の娘ですから。……一応」
娘のような扱いを受けていなくても、政治の道具に利用できる立場であるのは変わらない。
もしわたしが、結婚前に前世の記憶を取り戻していたなら、彼と結婚式を挙げる前に逃げていただろう。
前世の記憶を取り戻したのが結婚式当日だったから、彼はわたしを娶らなくてはならなくなったのだ。
「そうだとしても、君は悪くない。……フランセットのことについても、君が思っているような感情ではないと思うよ。可哀そうだと思った。助けたいとも思った。美しい人だとも思ったけれど、好きなのかと言われればよくわからない」
「好きでもない女性に結婚を申し込んだ、と?」
「ええっと、なんというか……。俺は、この家を継いだ身だ。いずれ誰かと結婚しなければならないし、実際結婚相手を探して、慣れないパーティーに参加していた。そこでフランセットに会った。話を聞いているうちに可哀そうだと思った。相手は侯爵家だ。まあ、借金は抱えていたが我が家で何とかできないレベルのものではない。身分も釣り合うし、誰かと結婚するのなら、その……可哀想な彼女を助けてあげたいなと、思った」
「つまり人助けで結婚しようとしたということですか?」
あきれた。
さすがにそんな理由が返って来るとは思わず、わたしは目をぱちくりさせてしまう。
「す、好きになれそうだとも、思ったんだ。結婚を申し込んでからほとんど接点はなかったが……あのように優しい女性なら、きっと好きになれると」
……優しい、ねえ。
要するに、クロードも姉が騙して金を巻き上げていた男と何ら変わらない。姉の演技に騙されて、同情してしまったのだろう。
ほかの男と違うのは、姉の一時の戯れ相手になったのではなく、真面目に結婚を申し込んできたところか。姉としてはそんなつもりはなかったのだろうから、迷惑だっただろうが。
……お姉様は人を騙すのがうまいから、直情的で純粋な人ほど騙されやすいのよね。
ということは、クロードもそういうタイプの男なのだろう。なんとなく、わかった気がした。
「…………君は、パーティーでは見なかった」
「行ったことがありませんからね」
答えれば、クロードがぎょっと目を見張った。
「一度もか?」
「ええ。一度も」
そもそも参加を許されていなかったし、ドレスもなかったし。
パーティーに行けば、ご飯があるだろうから、お腹がすいていたときは行きたいと思ったこともあったけれど、さすがに使い古したメイド服で貴族のパーティーに参加なんてできない。
……ああ、緊張して眠れないって思ったけど、話をしていると眠くなってくるものね。
わたしが小さくあくびをすると、クロードがそっと初夏の薄手の掛布団をわたしにかけなおしてくれた。
「眠かったな。すまない。休んでくれ」
そう言って、遠慮がちに肩のあたりをぽんぽんされる。
わたしを嫌いなくせに、どうしてそんなことをするのだろう――
なんだかおかしくなったけれど、笑い出すより先に、わたしは夢の中に落ちていった。
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