夫の様子がおかしいです 4
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「よーぅ、相談ってなんだ、新婚さん」
ルヴォア伯爵家の門をたたいたクロードは、伯爵家長男で友人のアルフレッドに、にやにや笑いで出迎えられた。
クロードと同じ二十歳のアルフレッドは、クロードより一年早く結婚した、いわば「夫」の先輩だ。
アルフレッドの妻は、王族の乳母に抜擢されて現在城に移り住んでいるという。
妻になかなか会えないとぼやいていた愛妻家なら、クロードの悩みを聞いてくれるかもしれないと、こうして押しかけて来たのだ。
「まあ入れよ。サロンでいいだろ?」
アルフレッドに一階のサロンに案内される。
使用人がお茶を運んできて下がると、サロンの中に二人きりになった。
「で? 改まって、相談だって? 結婚して二か月も経ってないのにもう悩んでいるのか?」
「悩んでいるというか……まあ、悩んではいるんだが」
「歯切れが悪いな。いったいどうした」
「なんというか、よくわからなくなってきたんだ。俺は、何かとんでもない間違いを犯してしまったような気がしている……」
「とりあえず話してみろ」
面倒見のいい友人に促されて、クロードはぽつりぽつりと、結婚前から今日にいたるまでの話をする。
最初は頷いて訊いていたアルフレッドも、徐々に表情を険しくして、しまいには、はあ、と大きなため息を吐いた。
「お前、それは、間違えている気がするじゃなくて、めちゃくちゃ間違えているんだよ!」
「やっぱりか……」
「やっぱりか、じゃねーよ。いいか? よく聞け? まず、結婚式当日に予定と違う嫁を押し付けられたことについては、まあ、同情はする。そりゃあお前も怒るだろうし、ふざけるなとも思うだろう。だがな、そのあとからの行動が全部問題だ」
「ああ……」
「第一に、冷静になって考えろ。お前の妻になったエルヴィールちゃんは、加害者なのか? 貴族の結婚は家同士の結婚だ。お前の結婚の申し込みを受けたのは、プライセル侯爵だろう。つまり、花嫁の取り換えも、侯爵の決断だと言っていい。エルヴィールちゃんは、被害者である可能性が高い」
確かに、その通りだ。
「姉の代わりにお前との結婚を押し付けられたエルヴィールちゃんは、さぞ不安だったことだろう。結婚がうまくいくとは、普通は考えない。この先どうなるのだろうかと悩んでいたはずだ。結婚式の日に倒れたのも、そんなストレスが原因だったんじゃないのか?」
「言われてみれば……」
「そんな不安を抱えたエルヴィールちゃんに向かって、お前は初夜に『愛するつもりはない』と宣って部屋を出て行った、と。倒れたエルヴィールちゃんをいたわるでもなく、これからよろしくと歩み寄るわけでもなく、とんでもない失言をして突き放したわけだな」
「…………まあ、そうなる」
「まあ、じゃねーよ」
アルフレッドはがしがしと頭をかいた。
「それによ、お前は社交界の噂だなんだと言うけどさ、そんなもんを信じるより、まず目の前の妻と向き合うべきなんじゃねーの? 社交界で飛び交ってる噂なんて、それこそ五万とあるんだぞ。中には真実もあるだろうが、たいてい相手を陥れたい側が吹聴して回るっているもんだ。エルヴィールちゃんの噂がそうでないと言えるのか?」
「それについては、今、調べさせている」
「今かよ! おせーよ!」
アルフレッドは疲れたようにソファに背中を預けて、天井に向かって息を吐き出した。
「お前は昔から人づきあいが苦手だがな、相手は自分の妻なんだ。まずは自分の目で確かめろ。歩み寄れ。判断するのはそれからだ。……お前が、フランセット嬢に惹かれていたのは知っている。まあ、可愛らしい女性だからな。だがお前が結婚したのはエルヴィールちゃんだ」
「ああ……」
フランセット・プライセルの顔を思い出して、クロードは知らず知らずのうちに大きく息を吐き出した。
フランセットとは、とあるパーティーで知り合った。
妖精のように軽やかに踊る彼女は、話していると、突然瞳を潤わせて、生きているのが苦しいと言い出した。
いったいどうしてそんなに思い詰めているのかと訊ねれば、横暴な妹がいて、いつも暴力を振るわれるのだと言っていた。
妹はプライセル侯爵家のお金を使い果たし、男にだらしなく、フランセットが諫めようとすると怒ってものを投げつけるのだそうだ。
――ご、ごめんなさいね。初対面の方に、このようなお話をして。気にしないで……。
そうして悲しそうに笑う彼女の力になりたいと思った。
だから、求婚した。
そのような横暴な妹の元から、一刻も早くフランセットを助け出してやりたいと思ったからだ。
それはある種の正義感だったかもしれない。
惹かれていたというアルフレッドの言葉は否定しないけれど、どちらかと言えば、助けてやらなくてはという使命感からだっただろう。
しかし、蓋をあければ嫁いで来たのはエルヴィール。
さらに、彼女を見ていると、違和感ばかり湧いてくる。
(本当に、エルヴィールはフランセットが言うような女性なのだろうか)
アルフレッドの言う通り、きちんと彼女自身を見るべきだったのではなかろうか。
――一応、わたしは妻だと認められていたんですね。
歩み寄ろうと、最近人気だというチーズケーキを買いに行った。
そんなもので心を開いてくれるとは思わなかったけれど、あの一言には胸がえぐられる思いだった。
(俺は、そんなにひどかったんだな……)
ただ、放置していただけ、そう思っていた。
その放置がどれほど罪なことなのか、クロードは知らなかったのだ。
知らなかったなんて、言い訳にもならないけれど。
「そんな顔するなら、はじめからバカな発言するなよ。しょうがねえ、俺の方でも少し調べてやる。お前は交友関係が狭いからな、噂の真相を探ろうにも、ツテが少ないだろう」
アルフレッドは社交的で友人も多いが、クロードは自分から人と仲良くなりに行くタイプではないので、あまり友人がいない。
「確か俺の知り合いにプライセル侯爵令嬢に捨てられた男の友人がいたはずだから、まずはそこから当たってみるか」
「助かる」
「その代わり、お前はもっとエルヴィールちゃんに対して、夫らしいことをしろ。いいな?」
(夫らしいこと……)
これはまた、かなりの難問が出されたものだと、クロードは唸った。
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