夫の様子がおかしいです 3
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ずっと扉の前で見つめあっているのも変なので、わたしはクロードに部屋に入るように言った。
本当は入れたくないし気まずいから帰ってほしかったのだけど、彼が立ち去らないのだから仕方がない。
何も言わないが、何か用事があるのかもしれないし。
「ジュリーが出かけたので、お茶は用意できませんよ」
「そんなもの、メイドを呼べばいいじゃないか」
「あ……」
お茶を出さない=用が終わったら早く帰れ、というつもりで言ったのだけど、クロードがベルでメイドを呼びつけてしまった。
お茶とお菓子を持ってくるようにメイドに伝えるクロードに、お菓子まで食べていく気かと唖然としてしまう。
……本当、何しに来たのこの男⁉
クロードは結婚初日に「愛するつもりはない」宣言をした。
すなわち、わたしとコミュニケーションを取るつもりはないということだ。
商業ギルドに行った帰りに待ち伏せていたのはわたしの監視と尋問のためだろうが、今日も何か文句を言いに来たのだろうか。
「あの、いったい何の用ですか?」
「待て、ティーセットが来てから話そう」
どうあっても、お茶とお菓子を食べて帰る予定のようだ。
ため息をつきたくなったがぐっと我慢して待っていると、メイドがワゴンを押してやって来る。
ローテーブルの上にお茶とチーズケーキが用意された。
「その、食べてみてくれ。そのケーキは、王都でも老舗の有名店のものなんだ」
「へー」
気の抜けた返事をしてしまったのは、クロードが王都のケーキ屋事情に詳しいことに驚いたからではない。なんで好きでもない女相手に、そんな雑談みたいな会話を口に載せるのだろうかと思ったからである。
「と、特にそのケーキはすぐに売り切れてしまって、開店と同時に並ばなければ購入できない」
「へー」
「け、今朝も、開店三十分で売り切れたんだ。もう少し遅ければ買えなかっただろう。俺の二人後ろの人物で売り切れだと聞いた」
「へー……うん?」
今、彼はおかしなことを言わなかっただろうか。
……俺の二人後ろって言った?
うんんん?
「……あの、これを買ってきたのは、旦那様ですか」
「そ、そうだが……」
伯爵が、開店前にケーキ屋に並んでチーズケーキを買ってきた?
……え? この人、暇なの?
そして、何故そのケーキをわたしに提供するのだろうか。
並んでまで買ったのだから、それほど食べたかったケーキだろう。わたしに提供される理由がわからない。
「……あのぅ、そんなに食べたいケーキなら、わたしに出していただかなくていいですよ。どうぞ」
わたしがそっとケーキを皿ごとクロードの方に押しやると、何故か彼は慌てだした。
「なんでそうなる!」
「なんでって言われても……食べたかったんでしょう?」
「違う! だから、そのっ! これは、君のために買ってきたんだ!」
……はいー?
ますます意味がわからない。
どうしてクロードが、わたしのために開店前の店に並んでまでケーキを買ってくる必要があったのだろうか。
「とにかく、これは君の分だ!」
ケーキの皿を押し返されてしまった。
まあ、わたしの分だと言われたら、食べるのはやぶさかではないけどね。
「まあ、そういうことなら、いただきます」
多分に解せないが、ケーキに罪はない。
フォークを握り締めると、クロードはほっとしたような顔になってティーカップに口をつけた。
「それで、何の用事ですか?」
「……それを、食べさせようと思っただけだが」
「はい? ケーキを?」
本当に、意味がわからな――あ! このケーキ、美味しい!
いろいろ意味不明すぎて気持ち悪いくらいだが、とりあえずケーキに集中しよう。
このケーキ、チーズが濃厚で、でもくどくなくて、本当に美味しいわ。
「君の髪は……綺麗だな」
もぐもぐとケーキを食べていると、クロードがまた変なことを言い出した。
……目の色がどうとか言ったり髪が綺麗だとか言ったり、頭でも打ったのかしら?
「髪が綺麗かどうかは知りませんが、ここに来てちゃんと洗髪できるようになったので、いくらかマシになったかもしれませんね」
だって、実家だったらお風呂も滅多に使わせてもらえなかったもんね。
それ以前に、使用人のする仕事をわたしがしていたから、お母様やお姉様たちのお風呂のお湯の準備もわたしがしていた。はっきりいって、あんな重労働を自分のためだけにするのは無駄だと思ったし、何より、髪を洗おうにも石鹸をもらえなかったから、せいぜい水かお湯で流す程度のものだったのだ。
でも、ここではジュリーがお風呂の用意をしてくれるし、石鹸も使える。さらには、この部屋に移った時に、リンス代わりのヘアオイルももらえた。おかげで髪の毛がつるつるだ。
「……どういうことだ?」
ここではいい暮らしをさせてもらえている、というつもりで言ったのに、クロードは眉間にしわを寄せてしまった。
「頂いた石鹸、使ったらだめでしたか?」
「そんなことは言っていない!」
じゃあなんだというのだ。
何がしたいのかも、言いたいこともわからなすぎて、正直ちょっと疲れる。
会話が苦痛になって来たのでケーキに集中していると、クロードが困惑した顔で、恐る恐る訊ねてきた。
「……ほかに、いるものはないのか?」
「とくには。欲しいものがあれば自分で買いますし、お気になさらず」
「だ、だが、君は、俺の妻だろう?」
わたしは、チーズケーキの最後のひとかけを口に入れて、首を傾げた。
「一応、わたしは妻だと認められていたんですね」
愛するつもりはないと言ったくせに?
心の底から不思議だったのでそう訊ね返したのだが、クロードは青い顔をして、黙り込んでしまった。
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