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義母がいびってこないんですけど! 3

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「今日は付き合ってくれて嬉しいわ」


 戦闘モード(内心)で、指定されたサロンに向かったわたしは、コリンナににこやかに出迎えられてさっそく出鼻をくじかれた。

 落ち着いたクリーム色のドレスを纏ったコリンナは、今年四十歳になるとは思えないほど若々しく見える。

 最近、ダイニングに食事が提供されるようになったため、毎日顔は合わせているけれど、挨拶以外で会話をするのは今日がはじめてだ。


 ……いじめられたいけど、こっちが喧嘩腰なのはまずいわよね。


 こちらの態度が悪いから、しつけのために厳しくした、なんて理由をあちらに与えてはならない。ここはにこやかに、感じよく……。


「こちらこそ、ご招待いただいて光栄です、お義母様」

「まあ、招待なんて……、ここはもうあなたの家でしょう?」


 おかしなことを言うものね、ところころと笑って、コリンナが席を勧めてくれた。

 サロンの中には、コリンナの腰巾着である侍女頭モルガーヌの姿もある。

 侍女頭らしいきりりとした表情で物静かにコリンナの近くに控えていた彼女は、わたしをちらりと見て、深々と頭を下げた。


「奥様がこちらにいらっしゃった翌日は、新参のメイドが失礼を働いたようで申し訳ございませんでした。メイド頭に教育を徹底するように申し付けておきましたので、今後、あのような失礼はないと存じますが、何かございましたら教えてくださいませ」


 ……んんん?


 なんか、おかしいぞ。

 メイドが失礼を働いた、というのはおそらくあれだろう。

 わたしがチリンチリンとベルを鳴らしまくって呼びつけたメイドの態度がとっても悪かった件に違いない。

 あの態度が、この邸で働く使用人の総意だと思っていたけれど、モルガーヌの様子では違うのだろうか。


 わたしが内心で戸惑っていると、義母がメイドに指示を出してお茶の準備をさせる。

 サロンのテーブルの上に、瞬く間にお菓子と紅茶が並べられた。

 コリンナが最初にお菓子に軽く口をつけて、「どうぞ」と勧めてくれる。

 お菓子なんて滅多に食べられないから、わたしは遠慮なくいただくことにした。


「そうそう、あなたが届けてくれたピアスですけど、とっても可愛らしかったわ。今度、お友達とのお茶会につけていこうと思うの。とってもいい話題になりそうで嬉しいわ」


 お金持ちの貴族のご婦人が、庶民でも手が出せるチープなピアスを本当に身に着けていくのだろうか。

 貴族なんて見栄と自尊心の塊だ。

 少なくとも、プライセル侯爵家の母と姉は、金をかければかけるほどいいと思っている。


「……あのピアスは、庶民でも手が出せるようにと作りはじめたものです。見本をお送りさせていただきましたが、お義母様が身に着けるには、いささか安物すぎやしませんか?」

「あらそんなことはないわよ。義娘の手作りっていうだけで、とっても価値があるわ」


 ……うーん。今のところ、びっくりするくらいに友好的だな。


 この笑顔は、本心からの笑顔だろうか。それとも作り物だろうか。

 訝しんでいると、コリンナが困ったような顔になる。


「あなたがわたくしを警戒するのも仕方がないわよね。……今日はね、ピアスが嬉しかったのも本当だけど、お詫びをしたくて時間を取ってもらったのよ」

「……お詫び、ですか?」

「ええ」


 コリンナはティーカップを置き、膝の上に両手を重ねた。


「あなたが嫁いできてから今日まで、時間を取らなくてごめんなさいね。それから、最近まで放置していたことについても謝らせてちょうだい。……クロードから、あなたが悪事を働くかもしれないから、しばらく手を出さずに警戒しておくようにと言われていたのよ」

「……あの、そんなことを正直にわたしに伝えていいんですか?」


 悪事を働くかもしれないから警戒していた、なんて普通は馬鹿正直に口にしたりしないだろう。

 コリンナの考えていることが読めなくて、わたしはますます訝しくなる。


「誤魔化しても、相手の信頼は得られないでしょう?」


 ……それはつまり、お義母様は、わたしの信頼を得たいと、そう受け取っていいのだろうか。


 なんで?


 わけがわからなくて、わたしの頭の中に「?」が大量発生した。


「わたしが放置しても、最低限あの子が様子を見ていると思ったのよ。でも、あの子も本当に放置していたのね。あなたが怒って訴えるなんて言うのも当然だわ……。それどころか、食事の用意も、身の回りのものもつい最近まで準備しなかったなんて、わたくし、親として恥ずかしいわ。育て方を間違えたのかしら?」


 育て方云々は子供のいないわたしにはわからないが……うぅむ。

 コリンナの本心がどこにあるのかは、まだわたしには判断つかないけれど、これだけはわかる。


 ……いじめを理由に離婚計画を立てようと思ったけど、これも失敗だわ!


 なぜだ、なぜこうもうまくいかない⁉

 わたしは婚家でいじめられる設定のヒロイン「エルヴィール・フェルスター=プライセル」だよね⁉

 クロードの浮気の証拠はつかめないし、コリンナからはごめんなさいをされるし、これはいったいどういうこと?


 何から突っ込んでいいのかわからないけど、ひとまず、先ほどの聞き捨てならない単語から確認することにした。


「あの、悪事を働くって、いったいわたしが何をすると思われていたんでしょう」


 もしかして、男を連れ込むとか、男性の使用人にコナをかけるとか、そんな風に思われていた?

 社交界で男をとっかえひっかえしている悪女なんて噂されているから、不貞を疑われるのは仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないけど、嫁いだ家の邸でどうやってそんな自由ができると?

 不思議に思っていると、コリンナがおっとりと頬に手をあてて、ちらっとモルガーヌを見た。どうやら言いにくいことらしい。

 モルガーヌも困った顔をして、言いにくそうに口を開く。


「ご気分を悪くなさるかもしれませんが、お聞きになりたいですか?」


 いや、すでに「悪事を働く」とか言われた時点で、普通は気分はよくないよね?

 この際何が出ようと一緒だろうと、わたしが頷けば、モルガーヌが眉尻を下げつつ教えてくれる。


「旦那様が……、奥様が、この邸のものを盗んだり、派手に散財なさったりなさるのではないか、と。ですので奥様の行動には目を光らせておくようにとのことでした」

「あの、あのね、エルヴィール。気分を悪くしないで聞いてほしいんだけど……クロードにも、クロードなりの言い分はあるのよ。その、あなたの噂は、散々だから……」

「男をとっかえひっかえとか言うあれですか?」

「し、知っていたのね。ええっと、それだけじゃなくて……、男性に貢がせるとか、プライセル侯爵家を傾けたのはあなたのお金遣いが荒いからだとか、ね」


 わたしは頭痛を覚えてこめかみを押さえた。


 ……なんでここまで事実無根の噂が。まあ、犯人はお姉様でしょうけど。


 自分の悪評をわたしに擦り付け、ついでに悲劇のヒロインになることで自分の社交界での立ち位置を確立させたかったに違いない。

 もっと言えば「妹のせいでドレスが買えないの」とかなんとか言って、男性に貢がせていたのだろうとも思う。

 見た目だけは儚そうな姉は、とってもずる賢いのだから。


 しかしそれをここで言ったところで、どこまで信じてもらえるかは謎だった。

 何故ならクロードは姉に求婚していたし、コリンナも姉が嫁いでくるものと楽しみに待っていたようだから。

 わたしはそっと息を吐き出して、一言だけ返す。


「どれも事実無根ですとだけお伝えしておきます」


 どうせ信じやしないだろうけど、黙っておいて事実と肯定したと取られるのは癪だもんね。


「そ、そうなのね。ごめんなさい。ええっと……わたくしから、クロードにも言っておくわね。いろいろ誤解があっただけだと思うの。いえ、そんな言葉で、嫁いできてからあなたを放置したことが許されるわけではないと思うのだけど……」


 そういうけど、わたしが最初に「訴える」と言ったからかどうなのか、ここでの生活はそれほど悪いものではなかった。

 少なくとも、プライセル侯爵家でこき使われていたときよりかなりましだった。

 だから別に、恨んではいない。

 とっとと離婚したいとは思っているけど。


「お気になさらず。別に構いません。クロード様は、わたしの姉が好きなのでしょうし、無理に夫婦をしてくださらなくて大丈夫です」


 だって、早く別れたいもん。

 頑張って歩み寄ろうとされてもわたしが困る。


 すると、コリンナとモルガーヌがピシッと凍り付いたように表情を硬くした。


「あ、あの……、エルヴィール、怒ってる、わよね……?」


 怒る?

 どうして?


 わたしは不安そうな二人ににっこりと微笑みかけた。


「怒ってなんて、いませんよ」


 この発言を、二人がどうとらえたのかわたしが知るのは――数日後のことだった。




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