次の日
昨日はどうかしていた。
確かに久しぶりの会話は楽しかった。
だが彼の方はどうだろうか、私は会話が楽しくて自分ばかり話していた。今日は彼は来ないだろう。いつも来てなかったのに、来るだろうか。そうは思えない。
そんなことにすら気づかないなんて、昨日のお茶には アルコールを入れられていたのかもしれない。
二日酔いのような頭痛に憂鬱な気分でベットから起きあがった。この憂鬱も歯を磨けば幾分かマシになると思って洗面台に向かった。三つある歯ブラシのうちの一つを取る。これが今の歯ブラシだ。ちなみに外れはどちらもずっと前の歯ブラシだから捨てようとは思っている。でも歳をとると物を捨てるのにすらエネルギーを使うから結局捨てれずにいた。この歯ブラシ達を捨てれる日は来るのだろうか。もしかしたら私が死んだ時にやり残した事はこの歯ブラシを捨てることかもしれない。
公園の木々が笑っている。今日は風が少し強いが、風が吹いていない時もざわめいている。あいつらは昨日の私を思い出して笑っているのを風のせいにしようとしている。
だが昨日の私があまりにも滑稽であったため風が吹いていない時にも笑ってしまったのだろう。
「やめとけばよかった。」ため息混じりに言葉が出てしまう。今日はここに来るのはやめようかとも思ったが、やめたらやめたでやることがないので考えた結果、ここに来ることにした。だが、ここの木は昨日の間抜けな私を見ていたことを考慮しなければならなかった。
今更、逃げても木々の笑い種になる。
そう思い、いつものベンチへ向かうことにした。
ベンチにつくと私はどすんと音を立てて座った。腰が痛いのでそんなに勢いよく座れないはずだが確かにどすんと音がした。
昨日より暑くお茶が昨日の半分の量まで減ったころ、男の子は昨日と同じ赤いリュックを背負って走ってきた。
「こんにちは。おじいさん」
どうやら昨日の私は彼にとっては避けるべき人ではなかったようだ。
「こんにちは。今日もきたんだね」
私はなるべく落ち着いて話すように努めた。
「今日はね、最近描いた絵も持ってきたんだ」
そう言ってスケッチブックを取りだす。私はそれを受け取って、開いてみた。そこには画家の絵があった。昨日の、子供の描いた微笑ましいような絵ではなく小さな画家によって描かれた絵があった。
母に抱かれて眠る赤子。
青空を力強く飛ぶカラス。
大地を埋め尽くす向日葵。
それらの絵が彼に才能があることを示していた。
私が見惚れているとそれに気付いた彼が気をよくして絵の説明を始めた。
「この絵はね小学校の遠足で見たひまわり畑なんだよ」昔を懐かしむような表情をする彼に思わず聞いてみる。
「今は何歳なんだ?」
「えっ、今?今はね12歳で2ヶ月後のの7月6日で13歳だよ」突然の質問に彼は驚いた顔をして答えた。
「中学生なのかい?」
「そうだよ」
これは驚いた。昨日から小学生の男の子だと思っていたが中学生の少年だったなんて、中学生にしては細く小柄な気がするが、まぁ成長期がきてなければこんなもんなのかもしれないと勝手に納得した。
カァカァとカラスが鳴いた。
春の夜の冷たい風は私達に帰れと急かしている。
それは少年もわかっているのだろう。
「また明日も来ますか?」彼がやけに丁寧に聞く。
「私は毎日ここに来るよ。」そう答えると彼は安心した顔をした。
「では、また明日…」
そういえばまだ名前を聞いていない。
「名前はなんて言うんだい?」と聞くと、彼はイタズラっぽく笑いながら答えた。
「知らない人に教えちゃダメだっておばあちゃんが言ってた。」