児童公園
小さな公園で、砂場とブランコと鉄棒と小さなジャングルジムがあり、お花畑が気持ちちょこっとある程度。だけれど木々に囲まれて、ベンチに腰掛ければ木が丁度陰をつくって、休憩には最適である。
ベンチには桃とサヨリが横並びで座っている。あまりお上品な座り方ではなく、少しおっさんのような型崩れしたちょっとだらしない座り方だ。
「やぁ〜・・・子供っていうのは、元気よね」
桃は相変わらず洒落っ気なく黒の変哲もない上下ジャージで、ベンチの背に両腕を置いてだらんと気の抜けた顔で、砂場で小さな少女達が遊んでいるのをぼんやりとみている。
「なぁーに、あんた他人事みたいに。あんたん家の子だって、砂場でみんなと遊んでるじゃない」
背を丸め前屈みになり、両膝の上に両肘で頬杖ついて両掌に顔をすっぽり置きながら、横目でちらりと桃を見やると呆れたような顔で言うサヨリは、いつもの漁師の格好ではなく、ちょっと派手目の赤ジャージである。ちらりと見えるTシャツには猛々しい虎のプリントが見える。
「まぁーそう、だけど。それを言ったら、あなたん家の下の娘だって、遊んでるじゃない?」
「そりゃそうでしょ!あんたんちの娘が、あーそーぼって、うち、尋ねてきたからいつも通りにうちらがついてきた、午後の日曜日ってね・・・何が悲しくて、毎週毎週あんたとこうしてベンチに座ってぼんやり日向ぼっこしなきゃ行けないのよ・・・はぁ」
「そーんな、大きなため息つかなくても、いいじゃない?腐れ縁の幼馴染でしょ、私達?それに、娘同士が偶然にも同級生って、これぞ、the、切っても切れないって古の縁ってやつでしょ?」
「何、たいそうなこと言ってんのよ。単に、あんたが他に友達いないから、私がわざわざ付き合ってあげてんでしょ?」
「そんなこと言ったら、あんただっていっつもそのなんか派手派手のダッサ、ジャージとTシャツでボケっとして家でゴロゴロしてるだけじゃない。ほっといたら、牛になるのを私がわざわざ連れ出して未然に防いでるんじゃないの。本来ならここ、さほど私達の家から遠くないし、子供達だって小学三年生になって、いちいち私達がついていかなくてもいい年になったじゃない?」
「まぁーた、そうやって屁理屈を毎日毎度、耳にタコができるわよ。あー、はいはい、どうせ私も、あんたしか親しい友達いないわよ・・・あぁー言っててなんだか虚しくなるわね、はぁ」
「毎度、日曜にはそんなテンションだけど、そんなため息ばっかりしてると、老けるわよ」
「毎度、ご忠告ありがとう。でもね、いっつもこんな疲れてんのは、あんたの我儘で、毎週木曜になると私の仕事終わりに、釣り行こうとか強制的に連れていかれて、たまの週末の休みもあんたに付き添って・・・私だってゴロゴロ寝てたいのよ。あんたと違って、私の仕事は漁師なの!体力使うの!私がたまの休みに、ゴロゴロしてても牛になんてならないし、むしろあんたの方が運動不足なんだから、それに付き添ってあげてる私に感謝するならまだしも、老けるなんてあんまりだと思わない?」
「でもさぁー・・・そんだけペラペラ喋るほどの元気があれば、いいんじゃなーい?ふふ」
「まぁーた、あんたはそうやって...はぁ...」
「だってあんた、ほっとくと眉間に皺ゴリゴリ寄せて、何を難しく考える必要があるのかってくらいのどーでもいいこと、なんだか悲劇のヒロインみたいに背負い込んで、見た目そんなキツめなのに、真面目すぎるのよ」
「うん...おい!何気にディスるな!」
「そうやって、大声出して言い合えるのも、私だけでしょ?」
「...だから...なんだっていうのよ」
「溜め込むだけじゃ、身体に良くないって話よ」
「あんたのその、したり顔が、気、に、食、わ、な、い!」
「まぁまぁ、そんな睨まないで。感謝してるのよ、私だって。うちの娘もあんたんちの娘には懐いてるけど、引っ込み思案でなかなか友達できないみたいでさぁ〜。なにかあると、あんたんちの娘が助けてくれるって、いつも嬉しそうに教えてくれるのよ。実際...だから、助かってんのよ」
「・・・な、何よ・・・急に」
「んーーん・・・いや、なんか急に言いたくなったっていうかさぁ。最近じゃ、やれ戦争だぁ、汚染だぁ、どこかの誰かがどこかの誰かに命を奪われて、なんて・・・なんだろう、コロナ前もあったけど、よりそういうのが目立つというか、目に止まるというか。嫌だなぁって思いつつも、何かできるわけでもないじゃない?だから・・・無力だなって思うとちょっと気持ちが沈むっていうかさ。それでも、娘が元気でいてくれるだけで、救われるっていうかさ・・・そー思うと、ざっくり言えば、娘がいつも楽しそうなのは、あんたの娘が仲良くしてくれるから、そう思うわけよ。だからさ、いつ何が起こるかなんてわからないじゃない?そう思うとなんか・・・言える時に言わないと、急に地震とか津波のせいで今生の別れも・・・あるかもしれないじゃない?...私達は幸い、誰一人として欠けることなく、またこうやって会えてるけどさ」
「・・・そうね・・・でもあんた、そう言うことが過去あったとしてもよ、今、私達、ちゃんと地に足をつけて毎日毎日騒がしいけど、そこそこ充実して生きてる?...結局、それでいいんじゃないってね?」
「そう、それがありがたいって話よ」
「・・・なんなのよ・・・本当に、根性の別れでもあるまいし」
「・・・じ、実は・・・」
「な、なんなのよ・・・」
「ブハァ!!・・・そんな焦った顔しなくても、どこかに消えるわけじゃあるまいし、どこも身体悪くもないし・・・ちょっと、旦那のところに娘が顔を忘れないうちに行ってこようかなって、思ったのよ」
「・・・なんなんのよ、いつになく真剣で、あんな意味深なこと言って!心配して損したわ!で...何...それにしても急ね。なんか...あったの?」
「え?...いやさぁ...テレビでコロナ何波とかさぁ、戦争とか、地震や土砂崩れとかの被害に遭ってるニュース見てたら...まぁ多少なりとも不安はよぎるでしょ。だからかな...急に顔が見たくなっちゃってさ...なんていうか...あんたんち行くと、必ず旦那が出てくるでしょ。なんかやたらニコニコして、サヨちゃんね待っててねなんて呼びに行く姿とか、中でガヤガヤ楽しげな活気ある声聞くとさぁ...やっぱり、電話毎日してても、会いたいなぁって気持ちにさせるわけ。だから、何かあったわけじゃなくて、単純に会いたくなっただけよ」
「...ふーん...あんたにも人並みの感情があったのね」
「ちょっと!!」
桃はいつも余裕しゃくしゃくだが、この時ばかりは急にすくっと立ち上がって腕を組み、仁王立ちでサヨリを見下ろして軽く睨んでいる。
「まぁまぁ...あはは、おかし!いつもと逆ね」
「......あ、うん...ごめん」
はっとして、思い当たったのか桃は苦笑して小さくため息をついた後にベンチに座り直す。
「一期一会。行動しなきゃ、それさえも始まらない。いいんじゃない、行ってきなよ。病気になったっておじいちおばがよく行くけど、ちょっとだるいみたいなのが多いでしょ。話したいだけも多いじゃん。それに、本当に病気ならどうせ隣町の大きな病院あるんだから、そっちいけばいいことだし。なんも心配しないで、一週間でも二週間でものんびりしてくればいいのよ」
「ふっ...あんたも、たまにはいいこと言うわね」
「はぁ!!!」
「わぁ〜、サヨ坊が怒ったぁ〜」
桃は笑いながらそう言うと立ち上がり、子供達の方へと走っていく。
サヨリは追いかけようかと迷ったが、はっと乗せられてたまるかと思い直す。バカバカしいとため息をついて、ベンチの背もたれに背中を預けて空を見上げた。
今日も晴天、元気に生きてるな
そう思う。
サヨリは、ニッっと満面の笑みで笑った。
終