そのヒーローをJと呼ぶ
「げっ...なんだこのプリン。賞味期限、今日までじゃんか。」
このシェアハウスでは俺を含む五人が生活しているのだけど...誰かが食べ忘れてしまったのかな?
でも、俺は優しいんだ。正義のヒーローJと呼ばれている。
「このプリン、俺が食べておいてあげよう。」
「って、もう仕事に行く時間じゃないか。...ん、外から子供の声...?喧嘩をしているみたいだな...。こういう時こそ、正義のヒーローJの出番。さ、変身の時間だっ!」
そう言い、真っ赤なヒーロースーツを身に纏い家を出た。
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「んー...ここの信号、いつも長いんだよなぁ...」
車に乗り、信号待ちをしている最中の呟き。
だがそんな時、なにやら声が聞こえてくる。
「お前が先に椅子引いたんだろ!?」
「は!?違うし!俺やってないし!」
...先刻、家を出る前に聞こえていた子供達の喧嘩か。いつまで同じ話を繰り返しているのだか...。
だが待てよ、ここは正義のヒーローの出番。
俺はそう思い、目一杯にアクセルを踏み込んだ。
右の子がこちらに気が付いたみたいだ。
この一瞬だが、酷く怯えた顔をしているではないか。
そうだな...気付いていない、左の子を轢こう。
ハハ、今更走り出したって遅い。
今から何ができる、2センチ許り脚が動くのみだ。
正義の執行といこうではないか。
鈍い音、耳に馴染みのある音がした。
どうやら左にいた子はしっかり撥ねられた。
でも、どうしてだろうか。右にいた子は、泣きじゃくって顔が顔でないように見える。幼くて可愛らしかった顔が台無しではないか。正に可憐しいと言った感じだ。
む、なんだ?何故周りの大きな人間共は俺のヒーロースーツを掴んでくるのだ...?まさか、俺が悪事を働いたとでも?
人の服を汚す事の方が断然悪事と言えるだろう。
君達にも、正義の心は足りていなかったようだ。
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「こらっ、後輩く~ん?何居眠りしてるのかな~?」
「あっ...すいません先輩...!」
「アハハッ、めっちゃ焦ってんね~、可愛い。今日遅れてきてたもんね~、寝坊かな?ちゃんと寝なきゃ~。」
「あ、あはは...アドバイス助かります...」
いつの間にかパソコンの前で寝てしまった、恥ずかしい...
この人は俺の先輩で、いつもこの様なやり取りをする。会社内で気軽に話せる、唯一と言っていい相手だ。
だがこんな人にでも、秘密にしたいものはある。だって、ヒーロー活動を隠すのって、定番の格好良さだろう?
「そうだ、後輩くん。今日上がった後、みんなで飲み会やるらしいけど~...君も来るかな?」
「是非!是非行かせてください!!」
「おおっ!元気いいね~!そういうトコ、ほんと好きだよ~!じゃ、待ってるね!22時に駅前のね~!」
...こういうのを断らないのも、小さな善というやつだろう。これを積み重ねてこそ、ヒーローとしての自覚を持ち続けられるというものだ。気持ちがいい。
にしても最近の女というのは、「好き」だの「可愛い」だの、軽率に使いすぎではないか...?こっちの気も知らずに...。勘違いして突っ走りそうになる。
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「すっすいません!!少々遅れました!!」
「あっ、後輩く~ん!へへ、こっちこっち~!隣、空けておいたんだよぉ~?おいでっ!」
「ありがとうございます、先輩!」
酔いすぎ。話してる間に一度も目が合っていない。こっからは俺がストッパーにならなきゃな...
「漸く来たか!待ちくたびれていたぞ。ほれ、こっちの君の先輩ちゃんも、もうこんなに酔っちゃってね!」
「ちょっと~、どこ触ってるんですか~!普通にセクハラですよ、セ・ク・ハ・ラ!どうするんですか、私が本当は全然酔ってなかったら~?」
「うへへ、無い無い!だってこんなに力が抜けちゃってるもの。僕が支えてあげないとね...!」
「ウグルゥォェエエェエエッ」
「あのー...先輩?いつまで吐いてるんです?」
この人、半酔いと半キモが融合して嘔吐してる...!幸い吐く前に理由をつけて二人で抜け出せたは良いものの、これはどうしたものか...。
「...というか、本当にガン酔いではなかったんですね...。先輩って馬鹿な振りしてるだけでしょう?」
「あっはは...まぁ、ウチにも稼がなきゃいけない理由とかあるからね。これくらい我慢して...あの人に気に入られなくちゃいけないの...。」
「先輩は...これで幸せなんですか?」
「幸せ...幸せって、ずっとそうである必要はなくない?苦労してる瞬間が幸せな訳ないし。私は、死ぬ一年前まで苦労していたって、残りの一年間が幸せならそれでいいんだよ。細かな積み重ねより、でかいのをドンッ!とね!」
でかいのをドンッ...か。俺は、今まで正義だけを貫いて生きていく上で、いついかなる時も怠る訳にはいかないと思っていた。だけど、もしかしたら、それはそれは大きな正義を成し遂げ続けられれば、細かなものなど必要ないのかもしれない...。
「先輩は今、何を望んでいますか?」
「望むねぇ...うーん、望みがあるとするなら...まあ、あの人が居なかったらちょっとは楽なのかもね!なーんて!アハハッ...!」
俺はさっき決意したんだ。でかいのを、ドンッと。
さぁ...変身の時間だ。
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「ねえ、なんで殺したの?」
ビルの屋上で一人佇む先輩は、思ったよりも直球に疑問を口にした。それもそうだろうか。
「なんでって、貴方が望んだからです。望みを叶えるというのは、正義そのものですから。このヒーローJにかかれば、ちょちょいのちょいなんです。」
「...そのJって、なんでそう呼ばれてるの?」
「さあ、俺にはわかりません。今まで救ってきた人達が、✕でそのことを拡散して、会話の中で俺の事をそう呼んでるみたいで。」
「あの人が殺されて、私が何もかも許容する代わりに援助して貰ってた家族が、死んじゃうかもなの。」
「それはお気の毒に。ですが、そんなのは自己責任でしょう。貴方が望んでこうなった。人のせいにする気ではないでしょうね?」
「君は、正義と死についてどう考えてるの?」
「正義とは、死を以てある人の幸せや、笑顔を生むことです。死とは、その材料に過ぎないのです。」
「その格好、似合ってないね。」
「え、結構気に入ってたんですけどね...それより、何故笑顔じゃ無いんです?俺は貴方の望みを叶えた、笑顔になるために。それなのになんでです?」
「あはは...そのJが、貴方の自己満足って意味だったからじゃないかな...ほら、ローマ字綴りだとJが最初に来るでしょう?✕の人間って、意外と頭回るのね。...本当に、今までありがとう。最悪の人生だったよ、さよなら。」
そう言い、先輩は身を投げた。
ビルの屋上、その手摺を掴んで会話していたのだから、容易ではあった。だが、あまりに呆気ない。
後味を噛み締めている間に、肉塊が何か硬い物体と混じり合うような衝撃音が、ビルの下から響いた。
覗き込んでみると、悲鳴を上げ離れていく街の者や、落ちてきたビルの屋上を眺める者などが居た。
変身してしまっているから、また✕で晒されてしまうだろうか?
でも、俺はただ一人の人間を救っただけだ。死を以て楽痛から解き放たれたのだから。
ああ、また賞賛の音が聞こえてくる。
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「あのー...すいません、陣内さんですか?」
「あ、はい。そうですが、何か?」
「...貴方に逮捕状が届いています。昨晩夜、貴方の向かいの家の方から通報がありまして。窓から、✕上で話題になっている、正義のヒーローJを名乗るもののヒーロースーツが見える、という旨のものが。」
「あー...はは、なるほど...お巡りさん、でも貴方、実物を見た訳ではないのでしょう?」
「ええ、まあ...でも一先ず、署で話を。乗って。」
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なんでパトカーなんか人の目に入りにくいもので連行するのだろうか。もっと神輿の一番上に飾るくらいではないと、怪しいことされまくりじゃないのか?
無事変身できたし、逃げ切れたし。好都合だったと言うべきか。にしても、人を無理矢理車に押し込んで、連れて行くとか。悪行極まりない人達だったなぁ、ほんと。
また返り血がヒーロースーツに...でも、この深紅は正義の証なんだ。今日はどれくらい濃く染まるだろうか。
俺は今日も、変わらず正義を執行し続ける。
自己満足だろうが、俺は望みに応えるだけだ。
だって俺は、全ての願いを叶えるヒーローだ。
全く小説書いたことないのですが、如何だったでしょうか。
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