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デッドマンズジェイルの囚人  作者: 魚缶
序章:囚人だけど質問ある?
5/5

ゴキブリ包囲網

「クソぉぉおおおおおッッ!!! あのゴキブリどもがぁぁぁあああああッッ!!!!」


 俺はアルキナを肩に抱えて必死に廊下を走る。

 走りながらチラッと後ろを見ると、クソデカゴキブリが壁や天井を這ってこっちを迫ってきていた。

 しかもメチャクチャ速いし、変な異臭が漂ってくるし、耳にはとんでもない雑音が響く。

 徐々に距離を詰めてきていて、死が近づいてきている感がハンパない。


「起きろ! 起きろよ!! 起きてくれッ!! 起きてくださいッ!! 早くッッ!!!」


 肩に担がれ気絶しているアルキナに必死に声をかけるが反応はない。

 ただ刀を握りしめて気絶したアルキナが揺れるだけだった。

 こいつにこんな大きな弱点があったのは、かなりゲームをやり込んだ俺にとっても初耳だった。


 だってゴキブリって、イカレ解体魔の弱点がゴキブリって。

 もし仮にそんなアイテムが存在しているとしたら、俺は本当に使っていたことだろう。


「ほんっとォーにッ! 早く起きろよォッ!!!」


 俺は先ほど拾ったエルダーMD7を、ゴキブリたちの集団に向けて引き金を引いた。

 だが発砲音は聞こえることなく、反動の一つすらなく。

 即ち弾丸は発射されなかったわけで。


「 ……弾ァッ!! そりゃそうだよな!! 銃弾ぐらい抜いとくよな、普通ッ!!」


 銃は装填されておらず、銃弾は一つも保有していない。

 俺は全力で走りながら銃を懐にしまって、曲がり角を急に曲がって全力で走る。

 ゴキブリはそんな急な方向変換にもいともたやすく対応してきて、俺を追ってきているのはもはや明らか様だった。


 徐々に距離は詰められている、追いつかれるのも時間の問題。

 スラム街の生活で鍛えた足もアルキナを抱えてちゃ意味もないってもんだ。

 マジでとっとと起きてくんねぇかな、この野郎。


「……あー、くそっ……どうする。どうすりゃいい……」


 俺は一体、どうすれば、どうすればいい。

 どうすれば今のこの、クソッタレみたいな状況を打開できる。

 ……普通に考えてみて、一つだけ、だな。


「……上へ行く、ぐらいか。牢屋に戻ったところで、鍵もねぇ。だから出るとしたら上へ行くだけだが……」


 さっきの看守たちの後を追うことはできない。

 どこに行ったのかも全くわからないのだからどうしようもない。

 一つ手があるとしたら、俺の肩の上で気絶している、こいつぐらいか。


 なんて思ってると突然、肩の上でぐったりしていたアルキナが揺れた。

 顔を動かしているようで、俺の足も少し不安定になる。

 だがなんとか踏ん張って少し斜め上の方に視線を向け、アルキナに向かって声をかける。


「……はっ。わ、私は、何を、して……」

「いいとこで起きたな、アルキナ!!」

「……あー、ウィルター? どうなってるか聞いてもいいかしら? 私、目ぇ開けてないから」

「多分っ、お前のォッ!? ──あ、あの野郎!! なんか吐いてきたぞ!!?」

「あー、あー。聞きたくない、一つも聞きたくないわ」


 なんて言うと俺の担いでいた腕の隙間をするりと抜け、刀の柄に手をかけるとゆっくり抜いたかと思った次の瞬間。

 俺の全身を刃が駆け巡る。

 いや、これはどっちかと言うと感覚的なものなのだが、こいつの振るったであろう刃が俺の体を通っていったのだ。


 つまりこいつは、こんな状況にも関わらず、俺をバラバラにしようとしたらしく。

 結果として、切れはしなかったものの、俺は走りながら声を荒げた。


「て、てめっ……!!? なにしてんだァッ!!?」

「チッ……どうなってんのよ、アンタの体!」

「俺が知りてぇよ!? それよりも後ろだろ! 後ろッ!!」


 俺は走りながら後ろから追いかけてくるゴキブリ集団を指差すが、アルキナは知らぬ存ぜぬと言った顔で刀を鞘に収めながら走っていた。

 どうやら奴らはいない、と言うことにしたいらしい。

 アルキナはゆっくりと徐々に速度を緩め、遂には後ろを見ずに立ち止まってしまった。


「後ろ? ──ハッ、なに言ってんのよ。後ろはもう、()()()()よ」


 俺はなに言ってんのこいつ、と思ってアルキナのことを見た瞬間、突然辺りが大きく揺れた。

 遠くから響いてくる地震の音、それに加えて迫ってくるゴキブリの足音。

 このまま俺はアルキナを置いて走り抜こうとして──そこで彼女の真後ろの天井が一気に割れた。

 いや、割れたと言うより、()()()()()、と言うべきか。


「んなぁッ……!?」

「あー、さいっ、こうッ!! やっぱりこの建物、切りがいがあるわっ!」

「……そ、そうか。よかったな……」


 俺も足を止めて、興奮しているアルキナをよそに瓦礫の山を見る。

 断面は綺麗にツルツルと切れていて、彼女の技量と能力の強さがよくわかる。


 しかしまぁ、あの集団から逃れられたことはよかったのは間違いないだろう。

 安心からため息をつき、疲れた体を癒そうと床に座ろうとした。

 だがアルキナは瓦礫の山を見ながら、少し後ずさりして驚いたような顔をしたのを見て、俺も立ったまま瓦礫の方を見つめる。


「……マジ?」

「ど、どうした。アルキナ」


 だがアルキナから言葉は帰って来ず。

 それどころか、突然走り出してしまった。

 俺はその走り出した背中を見て、困惑して酷く嫌な予感が頭をよぎる。


「ま、ま、まさ、か……まさか、じゃ、ねぇよな……?」


 そうっと、後ろを見た俺は、何かを考える前にもう、走り出していた。

 だってそうだろ、今にも溢れ出しそうなくらい、ゴキブリたちが次々と隙間から顔を出しているのだから。

 こんなん、逃げたくなんのは当たり前だろ。


 結果としてそれは正解だったわけだが。

 俺が走り出した次の瞬間、一つの瓦礫にヒビが入った。

 瓦礫のヒビは次から次へと増えて行き、そして一気に割れゴキブリが這い出てきた。

 急いで走ってアルキナの隣に並んで、彼女に向かって叫んだ。


「アルキナ!! 言えよ! 言ってくれよ!?」

「あのぐらい察しなさいよ」

「無茶苦茶だな! テメェ!!」

「……そんなことよりも、よ。アレでダメならもう、逃げるっきゃないわね」

「そりゃそうだろうよ!! ……で、逃げ出す策でもあんのか?」

「上行くわ。第九百九十九層、最下層の一つ上へ」


【デッドマンズジェイル】、千層と言う数で構成される巨大監獄。

 一層ごとの広さは大体国一つらしく、地上と見間違うかのような景色が存在するとか。

 これから行く、と言った九百九十九層はゲーム内の裏ダンジョンとしては、最後の部分に位置する。

 まぁ、ここよりは多少マシな場所だ。


「どうやって出るつもりなんだよ!」

「切るわ」

「は?」

「壁を切るのよ。ここと上を繋ぐ通路に建てられた壁を。こっち来るときもそうしたのよ?」

「……あっ、そう」


 取り敢えずもう、今は、なにも言わないことを決めた。

 命が助かるのであれば、もうそれでいいや、と。


 なんてこと考えていると少し先に階段が見え始めた。

 暗くて少し見えづらいが、上には壁のようなものがあるのは確かだ。


「行けるかッ!!?」

「ええ!! こいつらが上に出たら、上は大騒ぎよ!!」

「そりゃいい! ゴキブリどもを擦りつけてやらァッ!!」


 必死に上に向かって走って行く。

 後ろからはカサカサカサカサと、ゴキブリの巨大な足音が迫ってくる。

 対して階段上の壁は、目前まで迫ってきていた。


 そして壁にたどり着く寸前、アルキナは刀に手をかけて、すっと、ゆっくり引いた。

 かと思った次の瞬間、目前の壁は真っ二つに割れて、俺たちは第九百九十九層へと這い出た。

 突き刺さる大量の視線、だがその視線は俺たちの後ろからついてくるゴキブリへと移る。

 だからこそ気づいた時にはもう、阿鼻叫喚の大地獄だった。


 いくら大罪を犯したような犯罪者であっても、あのサイズのゴキブリは流石にダメらしい。

 隣を見てると、当たり前だろうな、としか言えない。


「よし! ゴキブリが分散した! 逃げるぞ!!!」

「わかってるわよ!!」


 大きく広がる監獄と言う名の街に向かって、ゴキブリたちを背に俺たちは走って行く。

 これから始まる、さらなる地獄を知る術すらもなく。


 俺の、俺たちの脱獄へ向けた長い長い日々が今、始まったのだった。

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