イかれた女
「うん、壊れた……壊れちゃったよ。ちゃんと管理してんのかぁ?」
なんて文句のような言葉を吐き捨ててキョロキョロしてみる。
やっぱ何もねぇ。
ドアが開いてること以外は、これと言って珍しいもんなんて存在しちゃいない。
だから出て行くことなんて簡単にできるだろう。
問題は、その後だ。
「……【デッドマンズジェイル】、デ囚の裏ダンジョンの一つ。うっ、トラウマが……」
そう、俺が今いるここ。
ここはデッドマンズジェイルという形をしたダンジョンだった。
ネームドの犯罪者たちを全員捕まえた後に訪れることで入れる場所。
まぁ大方予想つくだろうが、ボスラッシュってやつ。
塔をくぐり抜け、今まで出てきた犯罪者たちと戦いまくる。
しかもめっちゃ強化されて。
「しかもダンジョン内もクソ広いし……いや、まだ広さはありそうだったけど」
ダンジョンは入れないところが多く制限区域ばかりだった。
つまりそれは俺の見ていないところはまだまだ存在するってことで。
しかもその上、下手すればそんじょそこらのボスよりも強い敵が下層にたくさんいる。
ネームド相手ならば、設定を読み尽くしたからまだなんとかなる……いや、その前に殺されるからならないわ。
モブ敵も名前すら知らないのだからどうにもならない。
しかもダンジョンも完全に把握できているわけないから、今俺は迷ってしまえば明日ぐらいに餓死していることだろう。
ほぼ詰んでる気がするけど、気のせいだろうか。
気のせいってことにしときたい。
「……よし。一旦この考えは捨てよう! 現実逃避だ!!! 今自分にできることを確認する!!」
と言うわけで今いる場所のことを考えるのはやめ、外に出て上へ行く道を探しながら自分の出来そうなことを確認することにした。
確認つっても、何があるか……できることなどコソ泥の真似事ぐらい。
後は警察だったおっちゃんに教えてもらった制圧術……まぁこれも一般人相手にしか効かないんだけどさ。
能力が無いのは生まれ持ってのものなので諦めるとして。
「さて、どうしたものか……考えろ、ウィルター。こちとらこっちで二十一年生きてんだぞ。なんかできることが一つぐらいあるだろ……」
ブツブツ歩いて呟いていると、曲がり角からいくつかの声が聞こえてきた。
ビビった俺は声を出しそうになるのを、口に手を突っ込んで無理やり押さえて、壁に張り付くようにして声に耳を傾ける。
声の正体はこの巨大監獄の看守たちのようで、何処か焦っているよう。
「はぁ、はぁっ、見つけたか!?」
「いや、どこにもいない。階段までの道を壁で埋めてたんだぞ! 本当に下に行ったのを見たのか!?」
「見たさ! その前にだって入り口の看守が何人かバラされてるんだぞ!!」
「……だから能力に制限をかけるべきだとあれほど……!! まぁいい、どうせ外への壁は破れないし、壁を戻した以上ここから出ることはできん。一度戻るぞ、第二百四十一看守塔の《目》を使う」
「そうだな。それが早い」
そして聞こえて、何処かへと走り去って行く音な響く。
それに安心して俺は手を抜いてため息をついた、手が汚いがこの際気にしていられない。
と、そんなことよりもだ。
「……誰か最下層に来たのか? ここ密閉されてたみたいだが……」
なるほど、だからゲームの時にここがダンジョンとしてなかったのか。
あれ、俺出られる? 出られなくね。
「……出られねぇな!」
どうしよう、冷や汗が流れて色々と考え始める。
まぁ待て、まだ慌てるような時間じゃない。
出口がないってだけだ、出る方法がないと言われたわけじゃない。
あ、同じか。
「……いや、待て。普通に考えろ……そうだ、あいつらはどうやってここから出るつもりだ? 出口が密閉されてるってのに、出る方法なんかあんのか?」
もしかして、と思いつつ曲がり角で顔を出して奴らの去った後を見る。
既に姿はもうないし、痕跡すら残っていない。
だがここから先を行ったのだけはわかる。
ちなみに俺はただの凡人なので、それ以外のことはわかるはずもない。
「うーん……取り敢えず歩くしかねぇか」
そんなことを呟いて、長い長い一歩を歩き出す。
直後に何かがズレ落ちた音を聞いて。
一瞬だった。
たった一瞬のうちに、壁だったはずの背面からにゅるっと手が伸びてきて、俺の顔を掴み首へとまとわりつく。
顔を掴まれたことで声すら出せず、俺は壁際へと引きずりこまれた。
耳元で囁くような声を同時に聞いて。
「見ぃ〜つけたぁ♡」
何処かで聞き覚えのある女性……と言うより少女気味の声。
慌てるよりも先に、そっちの方を考えてしまい、そしてすぐさま結論を叩き出した。
聞いた場所は、そうだ、ゲーム内でだ、と。
「ね、アンタでしょ、最下層の囚人っての。ずっと、ずっと、ずぅ〜と。探してたんだからぁっ!」
そうだ、確か、確かこいつは。
銀髪ロングのキチガイ女。
切ることに快感を覚え、解体に性欲を燃やす、ヤベー奴。
名前をアルキナ・エルナフ。
現実にいたとしても絶対に関わりたくないと言い切ることができる。
「切ってみたかった! 解体してみたかった!! 世界最悪の犯罪者となった奴の中を見てみたいの!!」
「て、めぇ! 離せ、この野郎ッ!!」
なんとか掴まれた手の、指の隙間から口を出し叫ぶ。
必死に逃げるためにもがき暴れるが、異様なほどまでに掴む手は硬い。
そう言えばこいつ、体の一部がサイボーグだった。
そりゃ逃げれねぇわ。
なんてことを一瞬冷静に考えてると、奴は恍惚とした顔で俺の顔を掴んでいた右手を離すと、何処からか一本のナイフを取り出す。
確か、こいつの能力は……なるほど、それならここにだってこれるはずだ。
納得できたよ、この野郎。
「大丈夫!! 死なないからっ!!!」
「イかれてんのか、てめぇぇええッ!!!?」
あ、イかれてたわ、と思った時にはもう遅い。
首にまとわりついてた左手を体に移行し、動けないようにかなり強い力で固定すると、俺の首にナイフを当てる。
そのまま滑らすようにナイフが動く。
だが通ったナイフは妙なことに、俺の首を切り落とすことはなかった。
あれ、俺死んでない? 生きてる? 生きてるのか。
「……はぇ?」
「……よしッ!!」
間抜けな声を出す後ろのサイコ女に対し、俺は喜びの声を上げる。
そして予想外のことが起きたことで力が弱まった腕から、しゃがんで抜け出すとそのまま蹴って走り出す。
全身全霊、一世一代の大逃亡で、奴の手によって死ぬ前に逃げ切る。
「しかし……! なんで、俺、生きてんだ……!」
奴の能力、それは【切離】と呼ばれるもの。
物に対して刃物で切ることでそれを綺麗に真っ二つに切断すると言う能力。
しかもただそれだけではない、切断面は生きている。
つまり人間を切ったとしても、切られた人間は死ぬことなくそのまま生き続けるのだ。
根っこで繋がってるって奴なんだろう。
しかもその上、切った切断面を他のものにくっつけることが可能で、奴は人間を数万人バラバラにした後、変なオブジェを作り上げるのだ。
曰く『人間って、一人一人切断面が違うのよ。血液の道も、骨の形も、筋肉のなり方も。全部、全部違う。その個性を見ると興奮するから、私は好きなの』だそうで。
まぁ、間違いなくイかれてるだろ? と言えるわけだ。
とにかく、奴の能力も思考も危険極まりない。
が、もしかしたらその能力によって、俺は救われた可能性がある。
奇跡とも言える可能性だが、切れると同時にくっついたと考えるしかない。
「ねぇえええ!! どこッ! 行くのッ!!?」
「ぎゃああああああああああッッ!!!!?」
突然壁を割って出てきた奴に、俺は叫び声を上げてターンバック。
全速力で走り出す。
前世と比べて世界が世界だからか、体力は有り余っている。
おかげさまで逃げるには困らない。
それよりも奴のことだ。
ゲーム内での奴はとある屋敷のイベントで戦闘を行うことになるのだが、これがまた色々とめんどくさかった。
なんせ奴を誘い込む準備からの、弱体化させるための結界、逃さないための壁。
その他諸々、おつかいイベントばかりで素材を集めまくる必要があるのだから。
そんなんこんなで素材を集め、いざ戦闘と言ってみるとこれまた酷い。
まず能力によって主人公か仲間が戦闘不能にさせられる。
しかも戦闘が終わるまで解除されないとか言うとんでもない状態異常、酷い時は体力満タンでも一発アウトと来る。
更にだ、攻撃力は異常に高く、普通の攻撃で同時に二人ダメージを与えてきて、防御が低ければ一発でお陀仏になるおまけ付き。
ただボスにしては異常なまで体力が低いため、一ターン目で全てを叩き込めばなんとかなる、一応救済要素はあったりする。
ゲームは、な。
それを踏まえた上で、こいつだ。
こいつは今、弱体化していないし、能力は全開で使える。
次こそ切られれば俺は死に……はしないけど、バラバラにされるのは間違いない。
「俺は! 絶対に!! 逃げ、ほぎゃァアッ!!?」
走りながら決意を改めて叫ぼうとした瞬間、突然壁を割って出てきた奴の蹴りが俺の顔面に突き刺さる。
脳みそが揺れ、意識が一瞬揺らぐ。
だがなんとかギリギリ意識を保って、状況を確認すべく頭を振って、脳みそを整える。
「やっと、つ〜かまえたぁ♡」
「……終わった」
俺は終わりを確信し、絶望に項垂れる。
そこに奴は心外そうな声で言った。
「痛くしないっての。別に私、痛めつけるような趣味ないしー」
「切るのは」
「好きー♡」
「ほらぁ……もういいよ。ほら、ささっと切れば」
諦めから投げやりになった俺に対し、奴は嬉しそうにナイフを握る。
じゃ、遠慮なく、と聞こえて、床に叩きつけられた金属音が響き渡った。
俺は目を瞑って解体が完了するその時を待つ。
だが同じような場所で、何度も金属音が響き渡る。
どうしたんだろ、と思ってソッと目を開くと奴は焦ったような顔で、何度もナイフを振り下ろしていた。
「……切れないんだけど」
「は?」
「私のナイフが通んないんだけど!?」
「逆ギレされた!?」
謎の逆ギレをされた俺の体はどうやら不思議なことに、切ることができないようだった。