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私たちの日常

作者: 白石雫


「楓ちゃん、あたし宇宙に行きたい!」

 桜がまた唐突に意味の分からないことを言いだした。

「良かったじゃん。ちょうどJAXAが宇宙飛行士募集してるよ」

「マジ? ちょっと今からジャクサ行ってくる!」

 それを言うなり桜はドアを勢い良く開けて飛び出して行ってしまった。

「ちょ、ホントに行く――」

「――楓ちゃん、そのジャクサってどこにあるの?」

 出ていったと思った瞬間にまた帰ってきた。本当にあわただしい奴だ。

「JAXAは筑波とか種子島にあるよ」

 隣に座って本を読んでいた椛が本から目を離さないまま桜に教えてあげる。

「つくばにたねがしま? なんかおいしそうだね。それってどこにあるの?」

「ねえあんたホントに高校生? 本当にバカなんだから」

 今の発言はさすがに呆れて物も言えない。

「バカとはなんだ、バカとは! バカっていう方がバカなんだぞ! それに楓ちゃん私より英語できないじゃん」

「それとこれとは関係ないでしょ!」

「わたしよりも数学できないし」

「おい椛、何ぼさっとつぶやいてるんだ? 聞こえてるぞ。それにそれも関係ないでしょ」

 楓がにらむとプイっと椛は顔を逸らす。

「だいたい地名なんて知らなくたって生きていけるもん!」

「『もん』じゃない! 常識ってものがあるでしょ」

「それよりも英語喋れた方が絶対得だもん! なんたって英語はバンコクキョウツウだよ! 椛ちゃんもそう思うよね?」

「数学の方が大事。数学ができたら未来も過去も全部わかるから」

「あーもううるさいなー。というか椛もあんたは悪魔じゃないしなれないでしょ」

 ここは手芸部の部室という名の楓たちのたまり場。顧問の先生も一切来ないから完全に私物化状態になっている。

 英語はペラペラだけど他は全くで、いつもテンションが高くサイドテールにしている髪を振り回している桜。理系教科はできるけど文系教科はからっきしで、おとなしく身長が小さいのを少し気にしている椛。全教科中の上で何かと二人に振り回されている楓。同じクラスの仲良し三人組。手芸部に入っているのは「今休部状態の部活に入れば楽して自分たちの自由にできる部屋が手に入るんじゃない?」という桜の提案がきっかけだ。楓は始めそんなに上手くいかないと思っていたが、現在はこのありさまである。私物の漫画に一年生の時の教科書、持って帰るのが面倒な美術で作った作品など、完全に物置部屋になっている。

「それにしてもさ、なんで突然宇宙なわけ?」

「昨日前澤さんのユーチューブで宇宙から見た地球綺麗だなーって思ったから」

「今更見たんだ。確かにきれいではあったけど」

「あたし一回無重力ってのを体験してみたいんだよね」

「それは私もわかる」

「あとね、あたし無重力でメントスコーラしてみたいんだよね」

「それわたしもやってみたい」

「椛そこ食いつくところじゃない。ってかなんで宇宙まで行ってメントスコーラしなきゃならないんだよ。もっと他に何かあるでしょ」

「じゃあ楓ちゃんは何したいの?」

 一切考えていなかったことが飛んできて楓は少し口ごもってしまう。

「え? んーあー、手を使わずにご飯を食べるとか?」

「椛ちゃんお腹すいたね。今日の晩御飯なんだと思う?」

「無視すんなよ!」

「えー、足でご飯食べたいだなんて変な趣味してるなー楓ちゃんは」

「誰がいつ足で食べるなんて言った! そんなわけないでしょ! 無重力で浮いてるから手を使わなくても食べれるって言いたかったの」

「あたしね、今日はお肉というよりは魚ってっ気分なんだ」

「わたしはハンバーグがいい」

「だから聞けよー!」

 桜の相手をしていたら本当に疲れる。楓は心底そう思った。桜はさっきまでの話はどこへやら、今度は椛と晩御飯について何やら話し合っている。今日の晩御飯はなんだろうか。何かあっさりしたものがいいな。

「あ、そうだそうだ今週末開けといてね」

 晩御飯の話は終わったのか桜はまた唐突に何か言い出した。

「え? なんで?」

「なんでって、みんなでキャンプに行くからに決まってんじゃん!」

「『決まってんじゃん』じゃない! そんなこと今初めて聞いたわ。椛は知ってた?」

「初耳」

「ねえ報連相は基本でしょ?」

「あたしたち、心が通じてるって思ってたのに嘘だったんだね! ひどい!」

「何被害者面してるの? 言わなきゃわかるわけないでしょ。通じてほしいならサトラレにでもなったら?」

「サトラレ? なにそれ?」

「あ、知らないなら何でもない無視して」

「先天性R型脳梁変性症」

「!? 椛知ってるの?」

 すると椛はなにやら自分のカバンの中から何かを取り出して楓に見せてきた。

「ん? ってあんたなんでそんなもの今持ってるのよ!」

「たまたま」

 椛が見せてきたのはサトラレの漫画だった。

「たまたま……そんな都合よく持ってるか普通」

「ちょっと、あたしをのけ者にして二人でイチャイチャしないでよ」

 話題についていけなかった桜がしびれを切らして割って入ってきた。

「あーごめんごめん。で、キャンプだっけ? なんでまた唐突に?」

「思い立ったが吉日って言うでしょ!」

「言うけどそれに私たちを巻き込むな!」

「ぶー、楓ちゃんのケチ。そんなに怒ってばっかりだとしわが増えるよ」

「余計なお世話だ。ってそれを言うなら怒らせるな」

「で、もちろん来てくれるよね?」

 来てくれる前提で話しているのが少し癪だ。

「まあ行くけどさあ」

「わたしも行く」

「さすがあたしのマイベストフレンド! 心の友よ!」

「はあ、全くもう。でも私キャンプに必要なものとか何にも持ってないよ」

「用具については何も気にしないで。当日向こうで借りられるから。あたしたちは食材持っていくだけで大丈夫だよ」

「ふーん」

「でね、あとお金のことなんだけど、なんと全部学校が出してくれまーす!」

「え!? マジ?」

「おー」

 あまりにも予想外なことが桜の口から飛び出したので楓も椛も思わず目を瞬いてしまった。

「実際には今回のキャンプを部の夏合宿ってことにして、今まで一切使ってなかった学校からもらえる部費を全部使っただけなんだけどね」

「あーなるほどね」

 本当にこういうことだけはしっかりしてるのだから。

「もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「「すごーい」」

「ぶー、楓ちゃんも椛ちゃんももっと褒めてよー」

 いちいち褒めてとか言わなければ素直に褒めてもらえるのにもったいない。

「にしてもキャンプに行って何するの?」

「いやーこの前テレビでやってた夏の大三角形見たいなーって思って。あと今の時期なら天の川も見えるかもしれないし」

「また手芸部とは一切関係ないな」

「ほし!?」

 苦笑いする楓の傍らで椛が珍しく目を輝かせて前のめりになって食いついてきた。そうだった、椛は星が大好きだった。

「おうそうだぞー! 行くキャンプ場からは星がめちゃくちゃきれいに見えるらしいぞー!」

 すると椛がなにやら自分のカバンをあさりだしてまた何かを取り出して見せてきた。

「おお! それはわが協会のバイブルではないか!」

 椛が自慢げに見せてくれたものは、小学校の理科で使うような星座早見表だった。

「どこの協会だよ! ってか、椛もなんでそんなのもってるんだよ!」

「まだあるよ」

 そう言って次はカバンの中から双眼鏡と方位磁石を取り出して見せてくれた。

「さっきからなんでそんなピンポイントに物が入ってるんだ。おまえのカバンは四次元ポケットかなんかなのか?」

「秘密」

「なんでそこ意味深なのよ」

「がみがみうるさいなー、楓ちゃんは。これくらい普通でしょ?」

「こんな普通があってたまるかあぁぁぁ!」


 ◇◇◇


「ふぁー、綺麗。そして空気がおいしい」

青い空。一面に広がる草原。今全身で自然を感じているという感じがする。

「何言ってるの。空気に味があるわけないでしょ」

 その感慨をぶち壊すやつが一人、桜。

「夜になったら起こして」

 そう言って木陰に行って寝ようとする椛。

「はあ、わかってたけど、現実になると悲しいよね。ほら陽があるうちにテント立てちゃうよ。椛も寝ない。ちゃんと手伝って」

 このキャンプ場までは桜のお父さんが送ってくれた。明日の朝また迎えに来てもらえることになっている。

 借りたテントは初心者でも簡単に組み立てられる簡易なもの。薪は高かったので自分たちで集めることにした。

「結構簡単だったね」

 テントを組み立てるのは初めてだったが思いの外すぐに出来上がった。

「ねえ、このテントの屋根に飛び乗っていい?」

「絶対にやめなさい。百パーセント壊れるから」

 疲れたから一先ず休憩しようと楓がテントに入ろうとすると、桜が腕を伸ばして邪魔してきた。

「ふふふ、ここを通りたければあたしを倒してみなさい」

 楓が怪訝そうな顔で見つめる中、桜は腕を組んで自信満々にそんなことを言ってくる。

「ほらどうした? そんなんではいつまで経ってもここは通れんぞ」

「ねえ、椛通ってるけどいいの?」

「ええ!?」

 高姿勢で楓を見ていたせいで、下で何事もないようにすっと通って行った椛に気づかなかったようだ。桜が驚いて振り返っている隙をついて楓は桜の頭に軽くチョップをくらわす。

「ぐへっ」

「じゃあ、通らせてもらうね」

「ぐぬぬ。この卑怯者!」

 外で桜が悔しがっているが関係ない。楓は先に座って本を読みだしていた椛を抱き枕のように抱きしめる形で座る。

「かえちゃん邪魔」

「いいじゃん、たまには」

 楓と椛の身長差的にこの体勢の収まりが良すぎて、楓は妹ができたみたいと結構気に入っている。

「あー、ズルいあたしも!」

 外でわめいていた桜が楓たちに気づいて飛びついてくる。

「さーちゃん、暑い」

 いくら標高が高くて涼しいとはいえ、さすがに夏に三人でくっついていると暑い。

「桜暑いから離れて」

「楓ちゃんこそ離れてよ!」

「二人とも邪魔」


 テントの中でそうこう騒いでいるうちに空が茜色に染まっていた。

「あ、やばい。薪集めないと。カセットコンロ持ってきてるけど、せっかくキャンプ場に来たんだし焚き火しようよ」

「「おー」」

 少し焦り気味にキャンプ場の隣の林で薪になる枝を三人で探し回った。三十分くらい集めてそれぞれ抱えれるだけ拾ってきた。

「ねえ、楓ちゃんこれ見て」

 楓が借りた焚き火台の上に拾ってきた薪をセットして火をつけようとしていると、桜がニコニコしながら何かを見せてきた。

「何? ってわ!? ちょ、ちょっとこっちに近づけないでよ!」

「にしし」

「『にしし』じゃないわよ! 今すぐ捨ててきなさい! そして手を洗ってきて」

 振り向いてみると桜が楓の目の前にどこからか拾ってきたよくわからないキノコを近づけてきていた。

「え? 何言ってるの? 食べるつもりなのに」

「このバカ! 食べれるわけないでしょ」

 そういった瞬間、椛が体の後ろに何かを隠したのが見えた。

「まさか、椛も?」

 そう楓が訊くと椛は思い切り顔を横に振る。

「全くあんたたちは」

「大丈夫、焼いたら大体のものは食べられるって」

「そんなに焼くっていう調理法は万能じゃないの!」

「ちぇー、せっかくおいしそうだったのに」

 そういうと桜と椛はとぼとぼと林にキノコを返しに行った。油断も隙もあったものじゃない。

 晩御飯のの準備ができたころには完全に太陽はおさらばし、今回の主役の星々が爛々と夜空を照らしていた。他のキャンプ客も焚き火をしているようで火の暖かい色がぽつぽつと揺らいでいるのが見える。

「焚き火で何かを焼いて食べるなんて初めてだけど結構おいしいね」

 せっかくのキャンプということで今日の晩御飯は持ってきたウインナーや野菜を串にさして食べている。炭火焼というわけではないが、それと似た感じの風味がしておいしい。

「あー、塩持ってこればよかったなー」

「あれ? 持ってきてなかったっけ?」

「入れるの忘れてた。残念」

「さーちゃん」

 桜が少し残念がっていると、椛が横から小さなボトルを桜の前に出していた。

「こ、これは塩! おーありがとー、さすが椛ちゃん」

「いやなんで持ってるんだよ」

「因みに椛ちゃん、カレー粉とかって持ってたりする?」

 すると椛は自信ありげにカバンの中らか似たようなボトルを取り出してきた。

「おお! これは本当にカレー粉じゃん。さすが椛ちゃん! ありがと!」

 椛が無言で親指を立てる。その姿はかっこいいのだが。

「いやだからなんで持ってるんだよ」

 あのカバンはとりよせバッグなのか。


 ご飯を食べ終わった後は、一応目的である星を見る時間。さすが山だけあって家から見えない小さな星まで見えて夜空の密度がいつもと全然違う。

「あれが天の川かな?」

 家からではあんまりわからなかったが、こう見ると確かに星空に川が流れているように見える。綺麗。

 今回の主催の桜は「うぉー。すげー。きれー」と言いながら年甲斐もなくはしゃぎまわっている。そしてこの時間を一番楽しみにしていた椛は、方位磁針を首にかけ、星座早見表を片手に双眼鏡と裸眼を交互にしながら、走り回っているわけではないがこちらもはしゃいでいた。目の輝きがいつもと違う。楓はというと特に星に興味があるわけではないので、テントの近くで座りながらただぼーっと星空を眺めている。ふと目に入る二人のはしゃいだ姿は微笑ましい。

「まあ、たまにはこういうのも悪くないな」



こういうノリのいい会話で進んでいくものも好きです。

楽しんでもらえたら幸いです。

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