前編
天使とは――
神の使いであって、そもそもほとんどがムキムキの男で、上位天使になるとなんか変なマスコットみたいな化物の見た目をしている。
なぜ天使が可愛いもののイメージとして使われているのか、本当に可愛いのであれば天使なんて言葉を使うのが変だ。
流れとしてはきっと心の中の天使と悪魔のような――
否! 否! 否!
ここで第一回小説家になろう宗教会議を始めたいわけではない。
平田木乃香が、まあ色々あって親友の明見彼方を天使のようだと思っているという話。
「彼方さんって、何食べて育ったんですか?」
「え? 木乃香ちゃんと同じだよ? ご飯だよ?」
「あー、私、朝はパン派だから違うんですかね」
「ち、違うって何が? 私も朝はパンだけど……」
「なるほど……」
突拍子もない質問をして思案顔に耽る木乃香は、こう考えている。
なぜ食べるものが同じなのにこうも違う育ち方をしてしまったのか。
別に木乃香は自分の生き方を悪く思っているわけではない。
夢捨て人とでも言うのか、周りのために生きるようになって、かつ省エネ主義でそれほど苦労はしないし、今のやり方の方が性に合っているとすら思っている。
しかし、明見彼方の姿を見ていると、凄く癒される。可愛いと思う。
同じ生き物と思えない。
じゃあ天使なのかと思うと、天使が上述のようにオッサンなので、天使よりも可愛いが、今回は便宜上天使と呼ぶことにする。
と言ったような無駄なことを考えながら、明見彼方のことを考えているのだ。
木乃香には姉がいて、彼方には弟がいる。
その家庭環境の違いが一番の差異かと思ったが、なんともかんとも。
ただ、なんでそんなに可愛いんですか? なんて直接聞けるわけもなく。
「……そういえば彼方さん、お昼はお弁当ですね。お母さんに作ってもらっているんですか?」
「ん? んっとね、基本的には自分で作ってるよ。テストの時とか、頑張ってる時はお母さんに作ってもらってる」
「はぁ~偉いですね。本当に……、私も作ってみようかな」
「そうかなっ、じゃあ私オススメの作り方とか教えてあげるよ! 冷凍食品とかも結構あるけど、えへへ」
あー、可愛い。
そう思いながら、木乃香は自分をごまかすように昼食として購買のパンをもふっと食べるのであった。
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しかし弁当を作るために早起きして、木乃香は気付く。
そもそも、そもそも!
そもそも母の助けになるべくお弁当を作る彼方と、彼方さんに少し憧れてお弁当を作る自分とでは動機が違いすぎる。
それでは同じことをやっても、まるで違う。意味がない。
と思いながら、木乃香は雑にお弁当を作って母親を助けるのであった。
「それが木乃香ちゃんのお弁当? うわー、いいね!」
「えへ、ありがとうございます。なんか全体的ダメっぽいですけど。このおひたしはしょっぱいですし、卵もだいぶ焦げちゃってますけど」
「最初は誰でもそうだよ……。じゃ半分こしよ!」
「え、悪いですよ。こんな私の作ったやつ……」
「私、木乃香ちゃんの料理食べてみたいしさ。もーらいっ!」
「あっ……」
普通に見れば失敗した、という玉子焼きを嬉しそうな顔で奪って、彼方は笑いながら言うのだ。
「ふふ、木乃香ちゃんのお弁当の最初の一口もらっちゃった」
「ああ……」
(あー、可愛い)
「ご、ごめん。嫌だった?」
「いえいえいえ全然全然!! っていうか焦げていましたよね? 大丈夫ですか、そんなの食べて」
「でも木乃香ちゃんも食べるつもりだったんでしょ? じゃあ大丈夫だよ。これ、私のハンバーグあげるね」
空いたスペースに入り込む小さなハンバーグに、申し訳なさから木乃香が彼方を見ると、彼方の方が困ったような顔で笑っていた。
「ごめんね、これ、冷凍食品なんだけど……あはは」
明らかにメインディッシュになるおかずに、それなのに申し訳なさそうな彼方を見て、木乃香はますます胸が締め付けられる。
(天使……彼方さんより尊い存在が人間の世界にいるとは思えない……)
「明日はもっと美味しい安全な玉子焼き作りますね。必ずや」
「じゃあ期待しちゃおう。私もいっぱい頑張っちゃうね!」
微笑む彼方の、おかず交換に、木乃香はただただ翻弄されるばかりであった。
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実際に明見彼方は友達が多い。そのほとんどを木乃香は知らない。
かたや木乃香の友達はいない。木乃香を慕っている人間はいるが、木乃香はそいつらを友達だと思いたくない。変人を集めてしまうのだ。
そんな自分に、彼方が友達になろうと声をかけてくれたのは、まさに彼方が天使だから、天から遣わされた自分を救う存在だからなのかもしれないとすら思い始めてくる始末。
この恵まれていない学園生活で、何故明見彼方がよくしてくれるのか、それが木乃香にはわからない。
「彼方さんって、なんで私に声をかけてくれたんですか?」
「え? それって……初めて会った時のこと?」
「はい。私、自分で言うのもあれですけど、かなりソッケなかったですよね。友達作る気もなかったんで、二、三回は無視したかと思いますケド」
木乃香は友達とか人間関係というものをよく思っていないため、入学当日の友達を作る期間に凄く嫌なやつを演じていた。
そのために友達と言える人は今は彼方しかいないし、自分と仲良くなろうとする三人少々を面倒臭いやつとしか思っていない。
初日に、しつこく、仲良くなろうとしてくれたのが彼方だけであった。
何故仲良くしたいのか、と質問を受けた彼方はうーんと首をひねって考えてから、力なく笑う。
「ごめんね、なんだけど……、最初に無視されたからムキになっちゃって」
「ムキに。はい」
「だから、何が何でも仲良くなろう、って思って」
「はい」
「……だよ?」
「だよ」
「それだけだよ?」
「……でしたか。へぇー」
「……ごめん、嫌いになった?」
「え、なんでです?」
「……なんか、私が嫌な気持ちで木乃香ちゃんと友達になったみたいで」
「いえいえ、全然そんなこと」
「でもヤだよね…」
「いえ全く! 嫌だって思ったことありません! むしろいつも助かってます、彼方さんのおかげで」
「ほ、本当? だったらよかったけど……」
「もちろん本当ですよ。むしろ私の方が彼方さんに何か返せているか不安で……」
「そ、そんなこと! 私も木乃香ちゃんと友達で良かったよ。木乃香ちゃん、すっごく優しいし、気遣ってくれるし……運動もできて、かっこいいしね……」
「いやほんと、私なんて全然……」
互いに謙遜と譲り合いで話を続けて数分、互いに顔を合わせてクスクスと笑いを重ねる。
「意外と、お互いに遠慮してたんですね」
「うん、そうだね。でも、そんな風にしてくれている木乃香ちゃんだから、私、もっと嬉しいって思ったよ」
か弱い彼方の表情は、木乃香からすればまるで泣く瞬間のような、はかない表情に見えて、それがますます愛おしく、守りたくなる姿であった。
(いや……可愛いが過ぎる。可愛いというか……、あまりに……良すぎる)
都合が良い女性、なんて言ってしまうと聞こえは悪いが、それでも木乃香にとってそう言い切れるほどの存在だった。
あまりに、素敵だった。
自分にとってこれ以上ない人だった。
この人を逃したくない。
この人よりいい人はいない。
最高の人。
(天使……?)
木乃香にとって、彼方はもう天使だった。