力の結論(前編)
カチャッ。
スピナーが止まった。
視界がぼんやりとしていたので、まず時間を置いて、意識をはっきりさせる。
辺りの光景・状況が、少しずつ分かってくる。薄暗い場所である事、その次に屋内である事……そして、自宅の寝室でベッドに横たわっている事に気付いた。
窓際の青いカーテンは閉まっている。すぐに起き上がり、サイドテーブルのデジタル時計を確認する。
──10月28日、朝だ。今日の昼頃に、また村野と七瀬さんが僕の家に上がり込んでくる。
タイムリミットは明日。まだ余裕はある。しかしこんな早い時間に戻ってきても、何かできるだろうか。
……それにしても、何だろう。この時間逆行も、次第に慣れてしまっている。ちょっと不思議だ。
そんな事を考えながらも、僕は暫く、時間を持て余していた。
昼になる。家のチャイムが鳴った。
黙々と座っていたダイニングの椅子から、すぐに立ち上がって玄関へと駆けつける。
「おっ、じゃまっ、しまーす!!」
「か、神崎くん……おはよう」
玄関の扉を開けると、私服姿の村野と七瀬さんがいた。二度目なので、僕は多分、真顔だっただろう。
二人は手を上げて挨拶。にやにやと笑う陽気な村野の隣、上げている手も震えていて、俯きながら、申し訳なさそうに僕を伺う七瀬さん。
──村野はいつもの如く、元気そうだった。
「あんな事」に巻き込まれている素振りなんて、僕は一度も見たこともない。僕の入院初日、村野のアザを見た時。あれが唯一、最初で最後のそれだった。
もしくは、ただ単に僕が……今まで気づけなかった、だけなのか。
「『おいおい、また村野が来た』って思ったろ? 神ざ──」
「ううん。どうぞ中に入って」
僕は腕を退け、玄関に入れる隙間を作る。「え? い、いいのか?」と唖然とする村野と七瀬さん。
……まさか、そこまで驚かれるとは思わなかった。僕の対応が、よほど意外だったのか。
「神崎くん。そ、その、急に私たちが押しかけて迷惑とかじゃ……」
「……んま、いいんじゃねーの? 外寒いから、さっさと中入ろうぜ!」
調子のいい村野はそう言うと、僕の横をすり抜けて玄関の中に入ろうとする。
だが。僕は中に入ろうとする村野を、瞬発的に腕で止めた。──やっぱり、まだ僕の家には入れられない。
「……は!? どーして止めんだよ、気が変わったのか!?」
「いいや。その代わり、質問に答えてほしい」
僕はゆっくり首を振ると、村野はこの事態に驚いている様子だった。
入る寸前で止められ、眉を顰める村野。けれど今聞かなきゃ、僕の気が済まない。
「村野──暴力を受けてる、とかないか」
「は……?」
半ばストレートに言うと、唖然とする村野。その直後に顔を斜め下に向けた。
七瀬さんも驚いている様子だったので、僕の発言で初めて知ったのだろう。
「えっ? 神崎くん、どういう事……?」
「前に聞いたんだよ、先生に。4人組グループに、いじめられるって」
「う、うそ……そうなの、村野くん?」
心配そうに村野を見つめる七瀬さんに対しても、彼は気まずそうに目線を逸らしている。
沈黙の空気。そよ風の音が、鮮明に聞こえてくる。
もはや村野の反応を見れば明らかだ。やっぱり……。
「──ぷっ、あっはははっ!!」
え?
鮮明に聞こえていたそよ風の音を打ち破るかのように、村野は大声で笑う。
「お前、あっはは! はぁー! 俺がそんな、いじめられてる訳ねーじゃん!!」
村野は腹を抱えて、ふざけているかのように笑った。
僕と七瀬さんは、その笑い声に混乱する。
「えっと、あの。村野くん、ほんとに? 嘘とかじゃ──」
「いやいや! 嘘なんかじゃねーよ! あれ、もしかして……変な誤解とかさせちまった!?」
七瀬さんは心配そうにそう言うが、陽気げに村野は、彼女を横目に見てそう返す。そんな風に言う村野は、あまり嘘をついているように見えない。
……何でだ? 先生の言っていた事が間違っていたのか、村野が演技派なだけか……?
僕には、こいつの考えている事が、全く理解できなかった。
「あのさー、もう中入っていい?」
考え込む僕をよそに、村野が玄関の中を指差してそう言う。
質問には応じてくれた。なので、約束を破るわけにはいかない。僕が渋々腕を退けると、村野はすかさず中に入っていく。
──その時、七瀬さんも少し不安そうな表情をしている事に気づいた。
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「ありがとな、神崎! もう俺お腹いっぱいだわ」
「こ、このお礼は、いつかするね」
「ううん。こちらこそありがとう」
その後、また料理を振る舞うことになった事に関しては、言うまでもない。玄関で靴を履き終えた二人と会話する。
……七瀬さんが、過去に戻る前よりも元気が無いように見えるのは、気のせいだろうか?
「じゃ、またな〜っ!」
「あ、また明日……!」
その後、家の外で手を振る二人を、僕は静かに玄関で見送る。
二人はしばらく手を振った後、背中を向けてそれぞれの家に向かっていった。
このまま帰らせてしまって大丈夫だろうか、と頭によぎる。だが引き留めた所でどうする事もできない。
しかし──しばらく僕が玄関で見送っていると、七瀬さんが突如、その場でピタッと立ち止まった。
村野はそれに対し、心配そうに彼女の様子を伺って声を掛けていた。
遠くからだったので、ハッキリとは聞こえなかったが。「どうした、七瀬?」と言っていたのだと思う。
何も言わないまま七瀬さんは、少し経ってから早歩きで僕の前に引き返してくる。
村野は置いて行かれ、遠くから不思議そうに、僕らのことをじっと見つめている。
真剣な表情の七瀬さんは、内緒話をするように、僕に数歩ほど近付いて小声で言った。
「……あのね、神崎くん。私も、一回聞いたことがあって」
「……え?」
「長野ちゃんっていう友達から聞いた話なんだけど。神崎くんの言う通り村野くんは、その……いじめられてるかも、って」
えっ? じゃあやっぱり、本当にあいつは……。
「じゃあなんで、村野は僕らに言ってくれないんだろうか」
「……それぐらい、自分の弱いところを、見せたくないんじゃないかな」
自分の……弱いところ? 僕にはピンと来なかった。
「そういう事情、村野くんにとっては、きっとコンプレックスなんじゃないかなって思う。なんというか……村野くんの心は複雑な気がするんだ。単に私の想像だけど……」
明るく陽気な印象をもつ村野だが……その胸の奥には、一体何があるのだろうか。
もしかして、僕にすら分からない事も──。
「おーい! なーに話してんだよ! さっさと行くぞっ!」
「あっ、うん! ……じゃ、じゃあバイバイ、神崎くん」
待ちくたびれていた様子の村野は、手を口に当てて七瀬さんに叫ぶ。
七瀬さんは村野の方を見て、僕と軽く手を振り合った後、彼のほうへ向かっていった。
──村野に対して、僕ができる事は、命を救う事だけなのだろうか。
そんな物憂げな気分に陥りながらも、元気そうな村野の後ろ姿が見えなくなるまで、ただその場で見送っていた。
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翌日、10月29日。
いつもより早く、学校に来てしまった。今日の昼頃に、村野は死んでしまうはずだ。……その事を考えていると、夜も眠れるはずがない。
眠気覚ましに運動場を散策していると、辺りには人が少ないこの場所。
部活の練習を個人で行なっている生徒も、少なくはない。大きなグラウンドにぽつんといたユニフォーム姿の村野も、その一人だった。
……あれ? 村野も学校に来るの、早いんだな。
早朝の静寂な運動場に、砂をザッと蹴る音がよく響く。
村野はサッカー部だし、一人で朝練でもしているのだろうか。
けれどあいつ、部活はサボってるとか言ってなかったか? ……案外、真面目なのかもしれない。
離れた所で村野の様子をじっと見ていると、彼が思いっきりボールを蹴ったせいで、僕の足元にボールが勢いよく転がってくる。
村野はその場に立ち止まり、こっちの方を見た。……どうやら僕の存在に気付いたようだ。
「……おーい! そのボール、俺にパスしてくれーっ!」
少しにこっと笑顔を見せて、大声で僕にそう指示する。
足元には、サッカーボール。……仕方ない。あんまり自信ないけど、とりあえず思いっきり蹴ってみるか……!
村野の方向に合わせ、ボールを力強く蹴る。
「──ぁ」
しかし渾身の蹴りは掠っただけで、ショボい勢いのまま、ボールは真っ直ぐ右方向に進んでいく。
人の少ないこの場が凍りつく中、それが転がる音だけが、僕の耳に響いた。
「……ボール蹴るの、難しいね」
僕が苦笑いしながら、唯一出てきた言い訳がこれだった。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
「ぶっ……あっはっはっは!! お前意外と運動音痴かよっ!?」
村野は腹を抱えながら大笑いする。とても苦い屈辱を味わった。
笑いたければ笑ってくれ。でもこの事、誰にも言うなよ……っ。
その後、しばらく村野と、一緒にサッカーボールを蹴り合っていた。
いや、ゆっくり蹴れば、どうにか上手くコントロールできる。ゆっくり蹴れば……。
「……村野。ここでボール蹴ってたのって、朝練か?」
「ん、あーそうそう! 最近はさ、ほとんど朝練だよ!」
「えっ、そうなのか」
村野がここまで熱心なのは、かなり珍しい事だ。
……少なくとも勉強も同じように取り組んで欲しいというのが、僕の本音だ。他人の心配はあまりしないけど、こいつが留年しないかは不安である。
「……何で最近になって、そこまで熱心になったんだ?」
「ん? ああ、俺に弟がいることは知ってるだろ? その弟が理由ってのも、あるかもしんねーなー」
「えっ、どういう事だ」
「弟もサッカー部だしさ、なんつーか、負けてらんねーってこと」
村野の弟も、同じサッカーの部活。
「負けてらんねー」って、それは何の勝負なのかは知らないが。ただ、それを話す彼の声の明るさが、熱心に励んでいる想いを強く証明していた。
「じゃあ、アザも朝練で出来たのか?」
「──え? ……あ。そそ! そゆこと」
不意打ちを食らった一瞬の焦りの表情も、僕は見逃さなかった。
やっぱりこいつ……そこまで僕に秘密を隠し通したいのか。正直、あまり良い気分では無かった。
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授業が終わって休み時間になった途端、クラスの教室で自分の席に座っていた。
僕は、村野の方を確認する。村野も自分の席に座り、教科書をしまっている様子だ。
……まだ村野はいる。
けれど、あいつが事件に巻き込まれるまでには、もう時間の猶予もなさそうだ。
深呼吸した後、僕は席を立ち、村野のいる方へと歩く。
しかし同時に、村野の肩を背後から叩いている誰かに僕は気付き、そのまま立ち止まる。
「──よー、村野じゃねーか」
「……!」
その声は、荒々しくも若い男の声だった。
……折原拓海。良からぬ行為を行なっている主犯だ。
後ろには三人の男子生徒。折原含む全員、さっきまでこの教室には居なかった。……おそらく全員、他クラスの奴だろう。
四人の威圧感が半端なく、僕もそのせいで足を止めてしまった。
村野は驚いた表情をして以降、一言も喋る気配もなくただ俯いている。
「あー。今日も調子よくてさ……遊ぶ相手が欲しかったんだよな。早く行かねーか?」
「……はは。俺、今日、ちょっと用事が──」
「俺たち友達だろお前に拒否権なんてないんだよ」
村野は焦った状態で席を立って去ろうとするが、後ろの取り巻きのような男子生徒が、彼の腕をがっしり掴んで止める。
折原は鋭い目付きで、自分の右小指の爪をガリガリと噛んでいた。
村野は、青ざめた顔をしている。
あんなに怖気付いた村野の表情を見るのは──初めてだ。
……今まで村野はあんな奴らから、ずっといじめを受けていたのか……?
やっぱり、なんで僕は今まで気が付かなかったんだ……? これまでもきっと、気付けるチャンスは少しでもあったはずなのに……。
でもこんな時、一人で考え込んでいる場合なんかじゃない。こうなったらと、思い切った僕は……折原の方へと歩く。
彼の隣に来て、村野を掴んでいた折原の手首を、ぐっと強く掴む。
「──こんな事はやめてください」
口元を震わせながら、やっと言えた。後ろの三人組の身長に怯えながらも、僕は折原の睨まれる目を、そっと睨み返す。
……正直、頭の中は恐怖でいっぱいだった。後ろに回していた方の手が震えていたのも、そのせいだ。
「お前、誰? 俺たちの邪魔しないでほしいんだけど」
「神崎、です」
「あそ。別にいいじゃん友達と遊ぶぐらいとか。友達と遊ぶのがダメってあんたキチガイじゃねーの」
強引な言い方だ。折原にその手を振り払われ、四人にさらに睨まれる。村野はただ何も言わず、顔を俯かせた状態だ。
──でも僕は、こんなやり方、全然好きじゃない。
「友達と遊ぶぐらいならいいんです。でもあなたたちの遊ぶって、どういう意味ですか」
「……は? ふざけてんの?」
「いや……何もふざけてません」
折原は村野を無視し、僕の目の前に立った。
三人も折原の後ろで僕を睨む。僕の中で、ぞっと冷たい空気に覆われる。
ここまで人に嫌な目で見られるなんて、思ってもみなかった……。
冷静な表情のまま押し通そうとしているが、額には見えないような汗が滲む。
けれど、ここは僕らの教室。
他の生徒がいる中では、彼らもきっと武力行使は不可能だ。
「──かっ、神崎くんを、いじめないでください!」
そんな事を考えていると、僕らの様子を見ていた七瀬さんが、横から乱入する。
僕と折原の間に立ち、手を広げて庇ってくれて……少しだけ安堵した。正直、今度は七瀬さんが犠牲になるって、不安にはなったけれど。
「……何言ってんの?こいつらが俺たちに、ちょっかいかけてきただけ」
「そんなことっ……!」
「うるせーな! ただ話し合いしてただけだろーが。女は黙ってろ」
……案の定だ。許せない、七瀬さんを単に「女」呼ばわりするだなんて。
七瀬さんも強がっているが、背中からして……怖さと悔しさの感情が見て取れる。
「──ねえ、どうしたの!?」
そんな時、職員室か何処かにいたはずの冴島先生が、やっと教室に現れる。
……気がつけば辺りの生徒たちも、こちらの方を見て騒いでいた。
折原はそんな状況を見て、他の三人を連れてすぐに教室から出ていった。
ようやく周りの様子も、いつも通りに戻った。
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫。あの人たち、ひどすぎるよ」
七瀬さんに心配の声をかけた。……少しこわばっていたが、僕の顔を見て冷静になったようだ。
次に村野を見ると、未だに沈黙したまま、顔を俯かせた状態だ。僕は彼に近づき「大丈夫?」と声をかけるが、返事はない。
「……って……んなよ」
「え……?」
少し経つと、村野はようやく口を開いた。でも明らかに様子がおかしい。
「頼むから、勝手な事すんなよ────!!」
何故かその時、彼は不機嫌に怒りだし、廊下の方を走り去っていった。
学校のマナーを無視する程、取り乱しているように見えた。
「む、村野…!?」
僕は村野を追いかけようとしたが、七瀬さんに左腕を掴まれて止められる。
「っ!?な、なんで止めるの……?」
「ごめん、神崎くん。今の村野くんは、もしかしたら、一人にしてあげたほうが」
そう言われて僕は何も言えず、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
え? 何で? 僕はただ、村野を救おうとしただけだ。なのに何故、あんな風に言われてしまったんだろうか……?
七瀬さんが暗い顔をしていたのも、あまり意味が分からなかった。僕は、「村野の気に障る」ような事をしてしまった……??
「……神崎くん、七瀬さん。もしよければ、私に何があったか説明してくれない?」
いつの間に横にいた冴島先生にそう訊かれる。
僕らは先生に、これまでの事情を説明した。
説明を終えた後、冴島先生はうーんと考えるような素振りを見せた。
「いじめ……薄々気付いていたけれど、あの四人組は確かにおかしいのよね。けどまさか、そこまで酷いとは思わなかった」
先生は額に手を当てて、僕と七瀬さんに対してそう話した。
横にいた七瀬さんは、冴島先生に疑問を抱く。
「先生は気付いていたんですか?」
「ごめんなさい。それに関しては本当に初耳なの。だけど、あの四人は全員問題児だって噂だけは聞いたことがある。特に、あの折原くんって子は」
どうやら折原には、何らかの事情があるらしい。それに関しては、詳しいことは聞けなかった。
「何にせよ、教師として見過ごせない問題だし、今から上の先生に報告してくる。だから安心して……!」
「そうですか……あ、ありがとうございます」
「いえいえ! その、本当にごめんなさい。私たちもこの事に気付くべきだったから」
僕はお礼を言うと、冴島先生は優しい表情で、教室を出ていった。
……先生ですら気が付かなかった。村野はそこまで、この件を隠し通したかったのか……?
村野の様子を確かめにいった方がよさそうだ。
そう思っていた矢先、蒼さんが先生と入れ違いでやってきた。
「あっ、実花ちゃんと……神崎くん!」
「りんちゃん! どうしてこの教室に?」
「うん、勉強も終わったし、退屈だったから。実花ちゃんと会いたくなっちゃって!」
その会話を、僕は二人の横で聞いていた。
直後。笑顔とは一変して、蒼さんは不安げな表情になる。
「……あのね、さっき村野くんとすれ違ったんだけど、明らかに様子がおかしかったんだ。たしか生徒四人に絡まれてて……」
生徒四人……って事はもしかして、折原達?
あいつらは、まだ諦めてない……?
──まさか。
この時まで、明らかに油断していた。すぐに二人を置いて、理科室へと向かう。
「あ、待って神崎くん!? 廊下走っちゃ……!?」
蒼さんに一言注意されながらも、僕は振り向かず、少し歩幅を緩めながら、それでも間に合うようにと走り出した。
「──お、おい、ちょっとあれやばすぎるだろ……!」
「いやいや! 先公にバレたらガチでやばいやつ! あの野郎、いい加減すぎるだろ……!」
そして、廊下の途中。
男子生徒三人が逃げるように僕の横を通り過ぎ、二人がそう話しているのを聞いた。
その途端、僕の中ではもう、半分諦めがついていたのかもしれない。
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教室の自分の席に戻ると、七瀬さんが俯いて僕に謝罪した。
「ごめんなさい。私が……神崎くんを止めたから」
……理科室で目撃した状況は、最初の状況とほとんど、いいや。「全く」一緒だった。
折原は髪の毛をぐしゃぐしゃに荒らしながら、村野の死体を見て、不気味に笑っている光景。
その直後、七瀬さんも後から僕に付いてきたため、状況を目撃してショックを受けてしまった。
村野を追いかけようとした僕を、止めてしまった自分を責めてしまっているのだろう。
「──いいや、七瀬さんは、何も悪くない」
でも違う。それは違う。悪いのは僕だ。
おそらく、僕が先生と話している合間に……村野から目を放してしまったから。
元々そう簡単に、過去を変えられるとは思っていない。
少しずつ試行錯誤を繰り返せば、きっと。きっと、「物事の構造」が見えてくるはずなんだ。
放課後、家に帰った僕は、すぐにポストの中に入っていたスピナーを回した。