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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎編
6/36

蒼い空を君と(後編)

僕は「大事な話がしたいです」と言うと、厚見先生に「誰もいない体育倉庫で話そうか」と勧められる。


「……済まないが、『忘れ物』を取りに行ってもいいかな」

「何ですか? それは」

「大したものじゃないよ」


廊下の途中、先生にそう言われた。「忘れ物」を取りに職員室へ寄った後、僕らは倉庫の中に入った。

壁の小さな窓から、わずかに太陽の光が射していた。


「神崎君、大事な話って何だい? 私は今、人を待たせてるんだが」

「その『人』って……放火犯、ですよね」

「……何?」


厚見先生は僕を急かすような口調で話している。

おそらく先生の助けがなければ、「放火犯」は七瀬さんの家に侵入できないのだろう。


七瀬さん。一人の生徒の命を奪ったと告白した先生に、僕はあの時……心から幻滅した。

でも今の厚見先生にも、罪悪感や迷いがあるはずだ。だからこそ先生自体を説得すれば、何事も起こらずに解決できるかもしれない。



「お願いです。七瀬さんを、殺さないでください」


僕が真剣に発した言葉を聞いて、先生は全てを理解したのか、しばらくしてため息を吐いた。

その直後、厚見先生は僕に対して、こう返事をした。


「駄目だ」

「……どうしてですか!!」

「このままだと私の気が済まない」



先生はどうしても、復讐を果たしたいらしい。

……でも、こんなの……。


「──こんな事、間違っています! 自分の家族が死んだからって、復讐の為に他人の命を奪うなんて!! 僕は先生から何度も、賢い事を教わりました! なのに、どうしてこんなこと……っ!!!」


僕の中の想いが声になって、感情的に溢れ出す。

だがそれでも、厚見先生には響く事もなく、ぴくりとも動かない。



「──神崎、浩太郎君。きみは確か、両親を亡くしてるはずだろう」

「えっ……??」


突然の質問に、驚きを隠せなかった。


「小学校の頃に母を癌で亡くし、中学の頃には父が交通事故に遭った。家族が死んだ時の苦しさは、私よりも、君がよく分かっているはずだ。そうだろう?」

「……っ、それは」


確かに、あの頃はとても辛かった。

母が天国に行ってから、僕は父にすがって生きてきた。けれど父すら死んでからは、心に漠然と穴が空いて……生きる希望さえ失った気がした。


幼馴染が死んだ頃も、同じような思いだった。



──でも。でも……!!


「だからと言って、そんなので、他人の命を奪っていい理由にはなりません!!!」



それを聞いた厚見先生は再びため息をつき、「失望した」と一言呟いた。


直後に、両手で強く僕を押し倒す。先生が隠し持っていた「忘れ物」──体育倉庫の鍵で、外から閉められた。

厚見先生はすぐさま雨の中、逃げていってしまう……。


……しまった。最初から、ここに僕を閉じ込めるつもりだったんだ……!!



「っ! ……だ、誰かーっ!! 出してください!!」


足音が去ると、僕はすぐさま立ち上がり、一人きりの倉庫内からドアを何度も強く叩きながら大声で助けを呼んだ。

あいにく雨で人は通らない。それに、声もこの倉庫じゃ響きにくいようだ……。




助けを求めてから、もう十数分も経っている気がする。声も僅かに乾いてきている。

このままだとかなりまずい。恐らく先生は、七瀬さんの家にいる頃かもしれない……!


疲れ果てても、必死に扉を叩いていた、その時だった。


「……あ、あの……大丈夫ですか?」


扉越しに、知らない女子高生の声が聞こえた。

ようやくだ。やっと人が来てくれた……!! 僕は掠れた声で、その子に助けを求める。



「お、お願いです……あの、ゲホッ! 鍵が掛かって出られなくなってしまって。先生を呼んでもらえませんか…!?」

「え!? わ、分かりました! すぐ呼んできます!」


その後、オレンジの傘を差した冴島先生が、合鍵を持ってきてドアを開けてくれた。

心配そうにこちらを見ている先生と、見知らぬ女子高校生が…扉の外にいた。



「あら!?神崎くん!?どうかしたの、裏門に行ったんじゃなかったっけ!?」

「そのなんというか、かくかくしかじかで……」

「んー、なるほど……って分かるかっ!」


ノリツッコミをぶちまける、少しお調子者な冴島先生。

さっきの声の主の女子高生は…ポニーテールの黒髪に、体操服を着ていて、黄緑色の傘を差していた。


「あのー、先生を呼んできてくれてありがとう」

「いえいえ! ご無事で何よりです!」


礼儀正しい子みたいだ。

僕はそんな彼女にお礼を言った直後、すぐに傘を取り出すと、走って七瀬さんの家に向かった。

──もうすぐ日が沈みそうだ。お願い、頼むから……手遅れになる前に、間に合ってほしい。



七瀬さんの家付近まで来ると、僕は足を止める。

傘の隙間から空を見上げ、カラスの鳴き声を予測した。


カーッ、カーッ



やっぱり……カラスの群れの声。という事は、もう時間はほとんど無い。

手遅れになる前に急がなくては……。



「──もう手遅れだよ、神崎君」


僕は声のした方向を向く。……そこにいたのは、厚見先生だった。

住宅が立ち並ぶ通路の中。ザーザーと静かな雨音が、僕らを包み込んでいる。



「先生。本当はこんな事、したくないんじゃないですか」

「……私はもはや先生ではない。人を殺めたからね。幻滅したかな?」


──確かに。表情一つ変えない厚見先生だが、さっきとは少し話し方が違う。

もう既に、ガソリンを撒いてしまったのだろうか。


「……幻滅は、もうとっくにしましたよ。でも、あなたに七瀬さんを殺させません。今から僕が助けに行きますから」

「そうか。残念だが、それは無謀だ──」

「無謀だって構いません。先生に、何を言われたって構いませんよ。──それでも僕は、七瀬さんを救いに行くだけです! だって、七瀬さんは僕の、僕の……大切な……っ!!大切な人ですから……っっ!!!」



気が付けば、感傷的になってしまっていた僕の言葉を聞いて、目を開いた厚見先生。

その直後、優しげにハハハッと笑い出す。


「そうか、神崎君。君はいつも前を向いているね」

「……それは、どういう意味ですか」

「勉強していた時もそうだよ。2年生になりたてだった君は……勉強に不器用(・・・)だったのを覚えているかい? だが何度も間違えても、君は諦めず、常に繰り返す。……だからこそ正解を導いた。正直羨ましかったよ。私は弱かったからね、ずっと」



そう言って厚見先生は、僕の横をすり抜けて去ろうとする。

僕は先生を引き止めようとするが、先生自ら、僕を振り返った。



「教員して3年程経った今でも痛感する。私が教えた以上に、生徒からたくさんの事を教わったということを。……特に、君にはね。妻を失った苦しみが、君の悲劇を招くなんて想像もできなかった」


すると厚見先生は、真剣な眼差しで僕にこう言った。


「本当に……済まなかった。どうか私の過ち(・・)を、君が正してほしい」



僕がゆっくり頷くと、厚見先生は背中を向けて遠くに去っていった。

これまで以上に先生に向けられていた真剣な眼差しが、しばらく僕の頭の中に焼きついて離れなかった。

──先生に会うのも、もしかするとこの瞬間が最後なのかもしれない。


───────────────────────


七瀬さんの家に着いた後、僕は前と同じ手順で鉄パイプで窓を割り、家のリビングに侵入する。

……家の床はかなり燃えていた。

一足遅かったせいか、前よりも室内は燃え広がっている。


急がなければ手遅れになってしまうと思い、急ぎ階段で二階へと駆け上がり、七瀬さんのいる部屋を探す。



もう、後戻りはできない。

辺りの炎は前よりも勢いを増していて、額から汗が止まらない。

ハンカチで鼻と口を押さえていても、かなり咳き込んでしまう……。



なんとか部屋に着くと、前と同じように手足と口元を縛られた七瀬さんがいた。

ふと僕は、放火犯のように窓から逃げられると思ったのだが、窓の方に目をやると、既に火が覆っていた。

仕方ない。……彼女を縛っていたタオルを素早く解くと、すぐに彼女を背負って部屋から脱出した。




選択肢は一つ、ここからが勝負だ。覚悟を決めるしかない。


僕は彼女を背中に乗せたまま、必死に階段を降りる。

素早く階段を降りた後は、家の廊下の炎を避けながら走って進んだ。



──ミシ、ミシミシ。


不穏な音。それはリビングの天井からである。

それを見計らって、僕はリビングの室内に入る直前で立ち止まった。



……リビングの天井が、一瞬にして崩れ去った。


ここまでは大丈夫だ。安心はしたが、もし天井の瓦礫が当たっていたら、恐らくひとたまりも無かったと思う。

僕らはまだ無事。けれどリビングからこの家の脱出への道は、瓦礫によって塞がれてしまった。

さて、次はどうするか。


最初に通った入り口は、もう通る事は出来なくなった。だとすれば、玄関から脱出するしかない。

七瀬さんの体を背負いながら、僕は必死にその足を動かして、玄関の方へと走り出した。


「ゔぇ……けほっ、けほっ……」

「……大丈夫だ、七瀬さん。すぐに終わらせるから」


七瀬さんの肺も、この家も、あと数分で持たなくなるだろう。





……頼む、僕の足。動いてくれ、もっと早く……!

足が痛い。痛い。思わず筋肉痛が頭を過ったが、今はそんなことどうだっていい!!



ようやく、玄関の扉が見えてくる。


──ミシミシッ……ミシミシ……ミシッ



2度目にして聞き慣れてしまった、天井が崩れる前兆。

今度は更に、廊下や玄関の上からもその音が聞こえてきた。その音が聞こえる緊迫感に、心臓が激しく鼓動する。……今にも、瓦礫が落ちてきそうだ。


僕は一人の命を背中に負い、ただただ必死に、必死に、足を動かし続ける。

そして玄関のドアノブに、一生懸命、ぐいっと手を伸ばした。


……頼む。頼む……!! 届けっ────!!!!



ガチャッ────


確かなドアノブの感触を、右手のひらに感じた。

同時に、玄関の天井から…無数の瓦礫が、僕らの頭上に襲いかかってきた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ピッ……ピッ……



一定の電子音で、目が覚めた。なんだか体が重い。


意識がはっきりしてくると、白い天井が真っ先に目に入った。

横たわっていたベッドが心地よい。ここは……病室か。早朝の窓の外は、雨が降っていた。


ああ……そうか。確か、僕は七瀬さんを助けようと火事の起こっている家に入り、彼女を背負って脱出しようとした。

だが、上から瓦礫が落っこちてきて、僕らは──




「か、神崎……くんっ?」


……え……?


僕は目を疑い、何度も瞬きをした。どうして七瀬さんが、隣にいるんだ……!?

椅子に座って、心配そうに丸い瞳で見つめていた。……嘘だ。生きているはずがない。僕は七瀬さんを救えなかったはずで、確か七瀬さんは、瓦礫の下敷きになって……。



「大丈夫、浩太郎? はぁ……よかったわ、生きてて」


ふと七瀬さんの横には、安堵の表情をする叔母さんもいた。……どこかで見たことのある光景だ。

けれど確かに違うのは……目の前に、制服姿の七瀬さんがいた事。3度目のタイムリープの時よりも、叔母さんが落ち着いている様子だった事。

──思わず錯覚してしまった。本当に、七瀬さんが生きてる。



「ど、どうして? どうして七瀬さんが……死んだはずじゃ……?」

「あらっ? 浩太郎、長い夢でも見ていたのかしら? あなたが彼女を救ったんでしょうに」



長い夢? いやそれはともかく。

僕が……七瀬さんを、救った?


「……うんっ。神崎くんはもう、すごかったよ!! 火の中をかいくぐって……まるでヒーロー、王子様みたいだった! って、それは言い過ぎかな……?」



思い出した。確か僕らは瓦礫が頭上に当たりかけたが、間一髪で玄関の外に脱出して……七瀬さんはその時、煙を吸ったせいで緊急搬送された。


しかし見る限り、大した事にはならなかったようだ。彼女は昨日意識を失っただけで……命に別状は無さそうであり、今は健康な様子だった。


「じゃあ、お見舞いの品置いとくからね。浩太郎、お幸せに!!」



そう言ってお見舞いの黄色い花を飾って、叔母さんは後ずさるように病室から出て行った。

……「お幸せに」? 妙に不自然な言葉だ。

ああ、「お幸せに」と「お大事に」を言い間違えたのか。叔母さんにとってはよくある言い間違い。僕らを見て言っていたような気もしたが……。




こうして七瀬さんと二人きりになる。


「そ、その、神崎くん……左手、大丈夫?」

「えっ? ……あ」


確かに、七瀬さんが無事なのに、僕だけが何故入院しているのか。その理由は、妙にじわじわ、ずきずきと痛む左腕だ。

あの火事の家から脱出するのに必死すぎて、いつの間にか左腕を火傷させてしまったようだ。

……まあ、七瀬さんを救えなかった時よりは、明らかに軽症だったのは確かだ。


「……私、どうなるかと思ったんだ。あの時インターホン越しに厚見先生が来たと思って、信用して玄関を開けたんだけど……知らない人も家に入ってきて、タオルを口に押さえつけられて、意識失っちゃって……」

「そういうことだったのか」


どうりで僕が忠告しても、意味がないわけだ。


「でね? ……あのね………そ、そのっ」

「ん……?」

「私、あの時、神崎くんが助けに来てくれた事、ほんとに嬉しかったんだ。あんな炎の中じゃ、誰も、助けに来てくれないと思ってたから……」


その言葉に僕は、驚いてしまった。

過去に戻れるスピナーなんて、明らかに訳の分からないモノである。でもそれを使って、4度目で七瀬さんを救う事ができた。



「だからね、神崎くん。本当にありがとう……!!」


そう言って七瀬さんは、ぽろぽろと涙を流す。

こんなこと思うと失礼かもしれないが、その笑顔は、普通の少女みたいにあどけなく、愛らしい。



誰とも仲良くなりたくなかったはずなのに。友達なんて、村野だけでも十分だったはずなのに。

僕が求めていたのは「平穏」だけだったはずなのに、今、思ってしまった。


……ああ。七瀬さんと出会えて、救えて良かった。

思わず僕も微笑んで、心からそう思ってしまった。



「それと、あのっ……私、私神崎くんの事が………す、す──」


……え? ちょっと待て。デジャヴ現象か?

イヤイヤ、流石にそれではない。今回もそれではないとは思うが、100分の1で予想が当たれば、それでは心の準備が……。



「よっ!! 二人とも! 元気か?」

「──む、村野くんっ!?!?」


村野の登場。僕らは飛び上がるほど驚いた。

七瀬さんは手で大粒の涙を拭いて、顔を真っ赤にして俯いている。そんな彼女をよそに制服姿の村野は、僕に話しかけてきた。


………タイミングが良かったのか悪かったのか、自分にも分からなかったが。


「お前、七瀬を救ったヒーローなんだって? すげぇよな! 七瀬も、神崎には感謝したか??」

「あ……七瀬さんはそっとしてあげて、村野」

「えぇ〜何だよ? とにかく、神崎・イズ・ゴッド、感謝な! あとすぐ戻ってこいよ、神崎っ! 俺たち学校で待ってるからさ」



何を言ってるのか分からない村野に、呆れ返っていたその時。


ふと窓の外に目をやれば、降っていた雨は、やがて少しずつ止んでいった。

そしてその空は少しずつ、晴れていった。


「あれっ、なんだかすごい晴れたね、外」

「……あっ。本当だ……」



その時、ようやく願いが叶ったと思った。

七瀬さんと一緒に見られた、蒼い空。今の僕の想いを表すかのように、とても晴々としていた。


いつかこの空も見れなくなってしまうかもしれない。けれど、

それまでは……いや、できれば「君と」一緒に、幸せでありたいものだ。




「七瀬さん、もう帰っていったよ」

「んーそだな。あいつ、学校なのに張り切りやがって〜。別にあんな場所、サボるためにあるもんだろ?」

「……村野も急ぎなよ。また遅刻するから」

「はいはーい」


七瀬さんは先に学校に行ったってのに、まだ村野は残っているのか。

僕は呆れて息を吐く。僕の病室は、学校をサボるための場所なんかじゃない……。


そういえば叔母さんの言う通り、今までのことは全部「長い夢」だったのだろうか。

タイムスピナーの事も、時間逆行も。だとすれば説明はつく、はずだけど……あまりにリアル過ぎた気はする。




……ん?


「あのさ、村野……その左肘についてるアザ、何?」

「ん? ああ、すまん! サッカーで転んじゃってさー。ははっ! バカみてーだよな」


サッカーで、転んだ。

袖から覗き込んだ左肘のアザを、笑い話みたいにそう話す村野。



──だがその日から、僕はその些細な村野のアザが、少し気になりだしていた。

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