表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎編
4/36

赫い炎(後編)

───────────────────────


やがて下校時間になり、村野に「今日も一緒に帰るか!」と誘われ、2人で雨の中、帰り道の住宅街を歩くことになった。


初めて過去に戻ってきた時と、ほとんど同じ光景だ。

この後、本来なら七瀬さんとバッタリ会うはずなの、だが……。



ふと僕は、村野に提案する。


「……村野。いきなりだけど、今から七瀬さんの家に行かない?」

「うぇ? 七瀬んち? いいけどよ」



いや即答。

予想よりかなり早い反応に、思わず驚いてしまった。3秒も掛からなかったんじゃないか。

こうして僕らは学校帰りに、七瀬さんの家に直行する事となった。


もしかすると彼女の家に何か、「火事の原因」のようなものがあるんじゃないか。

場合によれば、火事が起こることすら防げるかもしれない。




僕らは、七瀬さんの家に着く。二階建ての平均的な住宅だ。

家の外壁には少なくとも傷が目立つ。おそらく、築10年以上は経っていそうだ。

生まれてから七瀬さんは、ずっとこの家に住んでいるのだろうか。



というのは置いといて……僕は家のチャイムを押すと、不機嫌そうな表情の中年男性が、家の玄関から出てきた。


「……どちら様だ」


うっ。声が少し怖い。

この家に居るという事は、もしかしてこの人は、七瀬さんのお父さんなのか…?


「あぁ、あの、神崎です。七瀬さんの同級生の──」

「娘はまだウチには来てないぞ」

「い、いやその、七瀬さんに用はないんです……」


……だめだ、七瀬さんの父親を前に、何故かは分からないが緊張する。

困惑している僕をよそに、村野は恐れず、普段と同じノリで彼に話しかけた。


「あー。じゃあ家ん中で、七瀬を待つことってできます?」

「……私は忙しい。娘と会ったらすぐに帰ってくれ」

「あざす!」


すごい交渉能力だ。条件付きで、七瀬さんの父親に同意してもらった。


誰に対しても友好的なのは、村野の感心できる性格だ。

こいつもやはり、前にこの家に来た事があるのだろうか? この人に対しても、どこか馴れ馴れしいような気もする。




僕たちは玄関、廊下からリビングに案内され、そこに着くと、奥にキッチンが見えた。

……ああ、そうだ。もしかするとコンロの火などが、火事の原因なのかもしれない。


僕は近くにいた七瀬さんのお父さんに、キッチンを調べさせてほしいとお願いした。


「……何の為にだ?」

「その、念の為にです」

「無理だ」


これも即答。そりゃそうか……。

『念の為』というよりかは、もう少し具体的な説明をすればよかったか。


「で、でも僕、キッチンの方がどうしても気になってて、ほら、火事の心配とか」

家事(・・)は主に私がやっている。心配ない」

「あの、そっちの『かじ』じゃないです……」


だめだ、このお父さん、言葉が通じない。

もしかして……七瀬さんの性格は……父親譲りなのか……!?


衝撃の事実を知った後、僕は隣の村野に目線で助けを求めた。

今の僕の心を察するのはかなりの無茶だとは自覚しているのだが、頼む通じてくれ。



「ん? ああ、家事(・・)ね。俺ほとんどオカンに頼んでるし、全くやる気起きねーんだわ」


何を言っているんだこいつ……いやいや、仕方ないな。「キッチンを見させて欲しい」とあからさまに不審なお願いをしているのは自覚している。

色々と疲れていたら、同時に、玄関からドアの鍵が開く音がした。




僕ら3人は玄関に向かうと、そこには制服姿の七瀬さんがいた。


村野が「よっ!」と七瀬さんに挨拶する。

彼女は靴を脱いでいた最中で、僕らの存在に気づいて驚いた様子を見せた。


「あ、あぇ?神崎くんと村野くん……だよね?」

「うん。君のお父さんに、家に入れてもらってたんだけど……」


七瀬さんは靴を脱ぎ終え、靴置き場に収納する。

それと同時に彼女のお父さんが現れ、僕と村野を見てこう言った。


「よし。娘が帰ってきたから、二人とも帰りなさい。もう時間も遅いぞ」

「ちょっとお父さん。それは神崎くんたちに失礼じゃ……」

「元々そういう約束だ」



そういえば。村野が交渉していた時、確か「娘と会ったらすぐ帰ってくれ」……って。


仕方ない。今はもう帰るしかないな。

僕らは玄関のドアの前まで来ると、七瀬さんと、彼女の父親に見送られる。


「七瀬さんの、お父さん。……どうか今日は、七瀬さんから目を離さないでください。お願いします」

「……? 何を言っているのかは知らないが、今から私は仕事に行くんだ」


真剣な表情で言ったのだが、顔を顰められてしまった。なるほど、そうだったのか。

じゃあこの人に言っても仕方がない。こういう事は、七瀬さん本人に言った方がよさそうだ。



「七瀬さん、これは、友達としてのお願いだ。人生は、突然終わる事だってある。でも七瀬さんにとってそれは今日じゃない。今日なんかじゃないんだ。だから、もし何かトラブルに巻き込まれたら、全速力で逃げてほしい。頼む」

「へっ……? う、うん。分かった。いや、ちょっと分かんない所はあるけど……。そうだね。じゃあまた明日ね、神崎くん……!」


僕はその言葉に対し、こくりと頷く。

村野は僕らの話を横から聞いて、首を傾げている様子だった。


その後、僕らはおとなしくこの家から立ち去る。

この忠告でなんとか、七瀬さんの命が救われればいいのだが……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……非常に残念だが、うちのクラスの七瀬実花さんが亡くなったとの連絡が入った」


……自分でも、その言葉に聞き慣れたのが恐ろしいくらいだ。

通算・3回目。学校の教室で、厚見先生に同じ報告をされ、僕はため息を吐く。



うそだ。なんで…助からなかった……?確かに七瀬さんに、しっかりと忠告をしたはずだ。

僕の忠告はまだ足りなくて、七瀬さんに届かなかったのか?

やはりそう簡単に、過去を変えることはできないのか?



それとも他に何か、「真の理由」がある………??



僕は家に帰ってすぐ、机の上を探した。

リビングでは叔母さんが、窓拭き掃除をしていた。


「お帰り!……どうかした?なんだか疲れてるみたいだけど」

「うん、色々あって。でも、もう終わらせなきゃ」


叔母さんが「何かあったの?」と首を傾げているのをよそに、僕は机の上を見る。

よし、スピナーはある。

その前に一回、考えてみよう。火事が起こった原因は、一体なんだろうか。



『そうだね。今日も絶対生きて、また明日も会おう。神崎くん…!』


七瀬さんと、最後に交わしたあの言葉。あの時の彼女の目つきと笑顔は、僕の忠告を本当に受け入れてくれてるような目だった。

それなのに七瀬さんは…今回も火事に巻き込まれてしまった。一体どうしてだろう。


これは推測でしかないが…。もしかすれば、彼女がただ単に逃げ遅れただけか、それとも……。



……七瀬さんが逃げられないよう、誰かに身動きも取れない状態にされたか。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□



──タイムスピナーを使うのは、三度目か。

戻ってきたのは……二度目、七瀬さんの家から離れる前に、「逃げてほしい」と忠告したあの直後。村野と雨の中、僕は住宅街の帰り道を歩いていた。


「……村野。やっぱり今から、七瀬さんの家に戻らないか? ちょっと心配だ」

「えぇー?? めんどっくせーなーぁ。もう俺、家に帰るモードなんだけど」


村野は「一人で行ってこいよー」と、本当にめんどくさそうな表情で言う。

………はぁ。確かに、村野を振り回しても仕方ない。一人で行くしかないな。



僕は七瀬さんの家に着く。


……最初にチャイムを鳴らさなくては。

いや待て。で、でも流石にしつこいだろうか。下手に七瀬さんにストーカー呼ばわりされるのも嫌だな。

それにこんな所で突っ立っているのもまるで不審者だ。こんな所を近隣の住民に見られたら……。



──ガチャ。


ひっ!!

インターホンの目の前で変にうじうじしていると、七瀬さんの家の扉が開いた。




「何をしているんだ」

「おっお父さん!!」


……びっくりしてしまったが、紛れもなく、七瀬さんのお父さんだ。


家の扉から出てきた彼はスーツ姿で、今から仕事に出かける様子だった。

僕と似たようなビニール傘を差していて、そのキチンと整った姿はただでさえ大人の印象だが、それが更に増している。


とっさに動揺したせいか、「お義父さん!!」みたいに言ってしまったのは……うん、スルーしておくべきだ。絶対に。


「……そこにいると邪魔だ。早くどいてくれ」

「あっ、す、すみません。……あの、誤解しないでください。僕はただ──」

「今日はもう帰った方がいい。夜になると、『不審者』が現れるかもしれん」


不機嫌で冷たそうだが、そう心配されてしまった。

そんな時、この人のスーツの胸に、きらりと光るバッジを見つける。



「──その、胸につけてるそれはなんですか?」


そう言うとお父さんは態度を変えたように、僕に近づいてそのバッジを見せる。

金色に光る、ひまわりの形をしたバッジ。恐らくだが、これは弁護士バッジのようだ。


「これは………私の仕事の証だ」

「そうなんですか。弁護士なんて、すごい。賢いんですね」

「……じゃあ、もうそろそろ行かなくては」


褒められても態度ひとつ変えず、彼は僕を横切って去っていった。

……驚いたな、七瀬さんの父親が弁護士だなんて。



いや、それはひとまず置いといて…これからどうしよう。


それにしても不審者、か。この住宅地の辺りに何か不審な人物がいないか、探すという手もある。

もしかしたら……放火による殺人(・・・・・・・)の可能性も、考えられるからだ。


そう考えた僕は、この家の近所の周囲を探索しようと歩き出した。

万が一放火だった場合、近くに必ず犯人はいる。だから恐らく、手かがりも掴めるはずだ。


───────────────────────


はぁ……七瀬さんの家の周辺をよく探してみたけれど、不審人物はいない。

気付けばもう日が暮れそうだ。一度、七瀬さんの家の前に戻ってみるか。


住宅地のど真ん中で、僕は一度さっきの場所に戻る事にした。



「……何してるんだい?」


その時。声のした方向を振り返ると、厚見先生がいた。

厚見先生は学校にいた時と同じブラウンのジャケットに、黒い傘を差していた。


「あれっ、厚見先生?どうしてこんな所に」

「こっちのセリフだよ。私は……ここから家が近いんでね」


ここから家が近い? もしそれが本当なら、七瀬さんの家とも近いという事に……。



「もうすぐ日が暮れるね。君も早く帰りなさい──神崎君」


そう注意して、先生はすぐに背中を向けて去っていった。……七瀬さんの家とは、真逆の方向に。

厚見先生のその仕草は……どこか、不自然に思えた。




カーッ、カーッ



カラスの群れが、厚見先生と同じ方向に僕の真上を飛んでいく。


そうだ、あのカラス。前に僕らが、村野の家に押しかけた時にも見た。

あの時は村野に案内してもらった家は、もう既に火事で燃えていて……。


……いや、ちょっと待てよ。このままだと……まずいぞ。家の火事は、この時すでに始まっている可能性が高い。

僕は傘を持って走り出した。



七瀬さんの家に着き、インターホンを鳴らす。

僕はその場に立ったまま、向こうからの反応を待つ。


……10秒以上経っても、反応がない。七瀬さんは本当に、家にいるのだろうか……?


「あの……七瀬さん……?」


少し焦りながら、玄関のドアを叩く。一切返事がない。

明らかにおかしい。何か手はないかと思考を巡らせていた、その時。



ドサッ。


裏庭の方から誰かが着地するような音が聞こえた。

今のはもしかして、七瀬さんの? それとも……。


僕は恐る恐る、音がした裏庭の方に向かい、ちらっと家の壁に隠れながら覗いてみる。



「…………ッ」


……あの人は、一体?

フードで顔が見えないが、黒いコートで身を包んだ人が裏庭の真ん中あたりで、痛そうに脚を押さえていた。

ちょうどその人の頭上にある、二階の窓は開いたままだ。あそこから飛び降りたのか?


思ったより、体格がかなりがっちりしている…。少なくとも七瀬さんではない。

いやまさか、不法侵入……??


そんな風にもたもたしていると、痛めていた脚ですぐさま向こう側へ走り去ってしまった。



同時に気が付いた。家の方から、パチパチと燃えるような音がする。

………僕は恐る恐る、七瀬さんの家の窓を覗いた。




窓越しの室内には、既に手に負えないほどの炎が燃え広がっていた。


ここで事実がはっきりしてくる。今の人は……放火犯に違いない。

リビングを見ると七瀬さんはいないが、おそらく別の部屋に……!!


急いで窓を開けようとするが……やっぱり、鍵がかかっている。



消防隊員を呼んだ方がいいかもしれない。

そんな考えが頭をよぎったが、この火の状況で今呼んだとしても、すでに手遅れだ。


でも……こんな所で、七瀬さんを死なせたくない。

僕はとっさの判断で、裏庭に落ちていた鉄パイプを見つけ、それを窓ガラスに躊躇なく振り下ろす。


パリーン! と音を立てて、窓ガラスが割れる。

明らかにこれも不法侵入かもしれないが……七瀬さんの命を救い出すためだ。



僕は靴を履いたままリビングに入り、かろうじて安全で火の燃えていない足場を渡り走った。

鼻と口をハンカチで押さえながら、一つ一つ部屋をくまなく探す。


一階に七瀬さんはいない。という事は、二階にいるはず……。


そこで今度は階段を登って二階に上がる。

……汗が出てきて暑い。瞬く間に炎も、二階まで上り初めている。





「──な、七瀬さんっ……!!!」


二階に上がり、廊下を渡って直ぐそこの部屋に、七瀬さんはいた。

彼女は、白いタオルで手足と口元をきつく縛られていて、身動きが取れない状況だった。まさか、タオルで身動きも取れなくなっていたとは思わなかった。

窓も開いている。……ってことは、この部屋から不審者は飛び降りたのか。



「っ……!!!」


すると、七瀬さんの目線が僕に向いた。意識の薄い状態で声を上げようと試みている。

まだ意識がある……なら、こんな所でもたもたしている場合なんかじゃない。すぐに助けなければ。


僕は彼女の元へ向かい、まず一回ハンカチをズボンのポケットに仕舞い、息を止める。

次にその両手で、七瀬さんを縛っているタオルを解こうと試みる。


うそだ……、こんな時に限って、かなりキツく縛られていて解けない。

どうにか冷静に引っ張ると、なんとか解けたものの、時間をかなり失ってしまった。

七瀬さんの手足を縛っていたタオルを利用し、それを口元に巻いた後、僕は七瀬さんを背負って走る。



このままだと、今にも家が火事で崩落しそうだ。

燃え盛る火の中、急いで階段を降りて一階に戻り、リビングへと向かう。


「ゔぇ……けほっ、けほっ……」


七瀬さんも咳はしてるし、まだ意識はあるようだ。急げばきっと、間に合うはず。

だが家を焼くその炎。時間が経つたびに燃え盛る音は、勢いを増してゆく。

僕の肩に湿った感覚がした。七瀬さんの涙で濡れたのだろう…。こんな所で、死なせるわけにはいかない。


そんな中、リビングに戻ってきた。

急げ急げ、動け、僕の足……絶対に、絶対に間に合うはずだ……!


……もうすぐ、もうすぐだ、七瀬さん。




だが。


──ミシ、ミシミシ。


不穏な音。それは、リビングの天井からだ。

僕が上を向いたのと同時に、天井の瓦礫が襲い掛かってきた。



……そんな。嫌だ嫌だ、嫌だ。頼む、駄目だこんな所で。

僕は七瀬さんを……絶対に死なせるわけにはいかない。死なせたくなんかない……!


「あの子」と同じ目に遭わせたくなんか、ない……っ……!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ