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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎・七瀬編
34/36

RE.D PAST(後編)

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「…ふう。君のお母さんには、私から泊まりの許可をお願いした。渋々承諾してくれたよ」

「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、迷惑おかけして」


僕の家のリビング。父さんが受話器を本体に置いて、七瀬さんの方を向いて言った。

七瀬さんが、僕の父さんにぺこりと律儀に謝る。


…まさか本当に、七瀬さんが僕の家に泊まることになったとは。

正直に言うと、僕から彼女に直接お願いしたのは、ダメ元だった。



「ごめんなさい、父さん。彼女の身が危なそうだったから」

「いやいや、私はいい。…それより浩太。お前まさか、『余計な事』に首を突っ込んでいないだろうな?」


余計な事…。やっぱり父さんも、僕らから何かを察しているようだ。

最近、陽介さんとも話をしているし、たぶんそこで不思議に思ったのだろう。


けれど、父さんにわざわざ心配を掛けるわけにもいかない。



「ううん。何でもないし、心配しないで」

「…そうか?ならいいのだが」


僕はぶんぶんと首を振って、話をごまかす。

眉を(ひそ)めていた父さんも、少しだけ納得したみたいだった。




やがて夜になり、僕は自室のカーテンを閉める。

晩御飯もちゃんと食べ終えたし、七瀬さん用の布団も僕の寝床の隣に敷いておいた。これにてひと段落だ。


_____ガチャ。


扉が開き、七瀬さんが戻ってきた。



「あ、七瀬さ……んっ…!?」


その緑色のパジャマ姿を見た直後、思わず心臓がドクリと来る。

お風呂上がりの濡れた髪が、より一層、僕の胸を緊張させてしまった。


「ごめん。神崎くんのやつ借りちゃったけど…よかったかな?」



頬の赤さも、俯く顔の逆上(のぼ)せた肌によく目立つ。

いや、いやいやいや。何で僕、こんなに動揺しているんだ。そのあどけない可愛らしさに、完全に翻弄されている。


「あ、ああ、うん。べ、別にいいんじゃないかな…」


口元が震えながらも、どうにか目を逸らして返事する。



「神崎くん…?だ、大丈夫?」

「すー、はー…すーはー…。う、うん。大丈夫」


深呼吸している僕の顔を覗き込もうとして、心配する七瀬さん。

こんな子と、隣で寝るなんて…いや、ダメだダメだ。完全に変な感情ばかりが溢れ出ている。


「じゃあ、僕も、お風呂行ってくるね」

「え!う、うん。いってらっしゃい」


そう言って彼女の横をすり抜け、早走りでこの部屋を去る。

一瞬見えた七瀬さんの表情も…ちょっぴり恥ずかしそうに見えた。




ピンポーン。


僕がお風呂から上がって青いパジャマに着替えてから、すぐにチャイムが鳴った。

少し警戒心がありながらも、玄関へと向かうと…父さんが、誰かと話している様子が見える。



「…神崎浩太郎。丁度よかった。君に話がある」


陽介さんだ。僕の存在に気づいて、そう話す。

僕に、話が?まだ何か言い忘れていた事があるとでも言うのだろうか。




リビングのダイニングテーブルに移動し、陽介さんと二人きりになる。

「話ってなんですか」と聞くと、どうやらRE.Dの共通点(・・・)について、だそうだ。


「え?RE.Dの共通点…?どういうことですか?」

「それなんだが。私はRE.D最初の犠牲者だった、長野千里に話を聞いたんだ。

…すると新たな事実が分かった。彼女は、死にかける『3日前の朝』に発作(・・)があったそうなんだ」


死にかける…3日前の朝に、発作?


七瀬さんが発作を起こしたのは、確か2日前の夜中のはず。

しかし、今はもう夜中だ。時間的にもうすぐ、明日がやってくる。



……ってことは、まさか………!!


「日付が変わった今日の夜中に、七瀬実花が死ぬ確率は…非常に高い」

「っ…!?」



じゃあ、もうすぐ七瀬さんは…!


落ち着いていられずに僕は席を立ち、この場を去ろうとする。

しかし、陽介さんに腕をぐっと強く掴まれて止められた。


「…っど、どうして止めるんですか!?」

「どこにいくつもりだ?」

「そ、それは…RE.Dを…」

「そもそもそれが何処にあるのか分からないじゃないか」


ぐっと両手の拳を握って堪える。けれどそれじゃあ、どうすれば…!


もしまた大切な人を失ってしまったら、僕は永遠に立ち直れない気がする。

そんな恐怖と焦りで頭がいっぱいで、冷静な判断が出来ない。



「_____落ち着け」


…はっ。


「感情的になりすぎだ。確かにそうなる気持ちも、大切な人を失った息子を見てきた私にはよく分かる…

だがひとまず、今日の所は堪えろ。彼女から片時も目を離すな。RE.Dの方は…今は私に任せてくれ」


陽介さんは僕に厳しい視線を向け、そっと僕の腕を離す。

確かに、七瀬さんを守るなら、RE.Dよりも彼女自身を優先すべきなはず…。



「……あ!そうだ、もう一つの場所…!」


すっかり忘れていたが、今思い出した。ガスマスクの陽介さんが言っていた、もう一つの場所。



「ん?どうした?」

「あ、あの、この辺りの地図ありますか…!」


すると陽介さんがあたふたしながら、その場を立ち上がって部屋を探した。

棚に置いてあった避難用の地図を思い出し、僕はそれとペンを手に取り、机に置いた。


「あった…!よし、確かこの辺りだったはず…」


僕はガスマスクの陽介さんに指示されていた、とある住所にマークをつける。

未来の陽介さんが教えてくれたこの場所に、RE.Dがあるはず…!



「…まさか、ここにRE.Dがあるのか?この住所は確か廃墟の工業施設が多い。恰好の隠れ(みの)のはずだ。」

「本当にあるかどうかは確証がありませんけれど…ここを調べてみてください」

「ふん…分かったよ。私が徹底的に調べておこう」


横からまじまじとその地図のマークを見ながら、陽介さんは頷く。

そんな話をした後、彼はすぐにそこに向かおうと、玄関に移動した。僕も見送る。



「______神崎浩太郎。私が何としてでもデイビットの尻尾を掴む。だから、あの子のことをよろしく頼むぞ」

「はい。…ありがとうございます」


そう挨拶して、陽介さんは背中を向ける。


「……必ずだ。一緒に世界を救おう」


少し恥ずかしげにそう言いながら、玄関を立ち去っていった。

それは僕にとって、どこか頼もしい背中だった。



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神崎くんの部屋にいた私は、自分の布団の上で体育座りしていた。

頭がぼーっとする。というか、何だか心が落ち着かない。


…もうすぐ、私が死ぬかもしれない…?



神崎くんの様子を見に行こうとした私は、さっきリビングの扉の影で、たまたま聞いてしまった。

今日の夜中、日付が変わった途端に死んでしまうかもしれないって。


それを聞いてから神崎くんがバッと立ち上がり、私の方に向かってこようとしていた。

だからそれ以上の話は聞けず、私はその場から立ち去っていった。



『日付が変わった今日の夜中に、七瀬実花が死ぬ確率は…非常に高い』

『っ…!?』


陽介さんの言葉と、神崎くんの焦った反応。

あれが今でも、頭の中から離れない。じゃあ、私…


そんな風にぼーっと考えていると、部屋に神崎くんが戻ってきた。



「ごめんね、一人にさせちゃって」

「ううん………。」


話しかけられても、ずっと頭がぼんやりとしていて、首すら動かなかった。


「大丈夫、七瀬さん。何かあったら僕が守るから。絶対に」



………正直、その言葉は……届かなかった。まるで、神崎くんの言葉が、私の脳に追いついていない。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。こんなの、私らしくない。

神崎くんの言葉の返事をしようとしても、口が開かない。




「……じゃあ、もうそろそろ電気消すね」


その瞬間、神崎くんが、照明のスイッチをパチンと押した。

真っ暗な中で、私たちは自分の布団の中に入る。



…けれど。信じられないけれど…。私は、誰かに操られているようだった。

五感が思うように動かない気がして、執拗に眠気が襲ってくる。まるで悪夢みたい。



……このまま私、死んじゃうの……?







そんなの…………嫌っ_______!!!!



眠気を払ってバッと布団から出て起き上がり、部屋から飛び出す。


ごめんなさい、ごめんなさい…。神崎くんに心の中で必死に謝りながら、私は走り出す。

目的地は、ガスマスクの人に指定されたもう一つの場所。ただそれだけだった。




はぁ、はぁ、はぁ…。


必死に走り出して、これまで以上に息切れして着いた場所は…、使われていない、壁の錆びた倉庫。

真っ暗闇の夜。薄暗く不気味なその場所の前にして、私は恐怖で立ち尽くす。



……なんで私、神崎くんを裏切るような真似したんだろう…。


何で私……っ!



こんな場所に女の子一人。怖くて辛くて、涙を流してしまいそうになる。

けれど、もしRE.Dを停止させたら……私は助かるのかもしれない。


その手で涙を必死に拭って、勇気を振り絞り、大きな倉庫の入り口に入っていった。



真っ暗な倉庫の中。物音すら鳴らないこの場所で、片手で壁を伝って移動した。

もう片方の手で、恐怖心に震える胸を押さえ、響く足音を鳴らす。


歩いても歩いても、目的の場所は見当たらない。けれど、諦められなかった。



そして。向こうの壁の隙間から、僅かに光が刺していたことに気がつく。

私はそれを見つけると、早歩きで光の方へと向かう。


壁の隙間に手を入れて引き開けると、重い扉のように開き、中の様子が見えた。

…これは、普通の扉じゃない。隠し扉だったみたい。



豆電球が天井から淡く光る、窓もないこの部屋。

中に入ると、目の前の光景に驚いてしまった。


真ん中の奥に置かれている、六つのモニターがついた大きな機械。

白や黄色、茶色に黒の電線が、部屋の端に大量に置かれているサーバのようなものに繋がっていた。




これが……殺人兵器『RE.D』……?


思わず、唾を飲む。六つのモニターは全て起動していて、難しいプログラムの文字が並んでいた。

サーバからもブーンと音が鳴っている。…え?どうしてこんな時間に起動してるの?




その時。


スッと糸ノコギリが私の首元に見えて、体が凍りつく。

そして反射で気が付いた。背後には、金髪の彼が居たということを。



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僕は夜中に目が覚め、七瀬さんの布団を見た。

…いない、いない、いない。部屋の辺りをキョロキョロ見渡しても、七瀬さんが居なかった。


すぐに家中を探し回り、僕はふと気付いた。

まさか七瀬さんも、もしかしてRE.Dを…!?そう思ったその時には、懐中電灯を持って家を飛び出していた。



寝過ぎてしまったせいだ。なんでこんな時に限って、僕は何も出来ないんだろうか。

日付は変わっている。もし間に合わなければ_____


……いいや、大丈夫。きっと間に合うはずだ。



僕は真夜中を走っていく。ただひたすら、今ならまだ間に合うと胸の中で思いながらも…。




やがて大きな倉庫に着くと、懐中電灯の電源を付け、急いで中に入っていく。

七瀬さんが来たような道を辿るように、辺りをキョロキョロと照らしながら進んだ。


すると、大きく開きっぱなしの扉を見つけた。ぱっと見は隠し扉のようなもので、壁と全く同じコンクリート状だ。

中からも淡く光が差しているし、きっとこの中に何かがあるはず……


僕はその部屋の中に足を踏み入れようとした。



「________アナタも来たようですね」


途端に背後から声がして、すぐさまバッと振り返る。

デイビットが七瀬さんを人質のように肩を掴み、首元に糸ノコギリを近づけていた。



「…な、七瀬さんっ!?!?」

「ご、ごめんなさ……っ…!」


明らかに恐怖に怯えている七瀬さんに、彼はその刃を近づける。

そこからはスーッと、赤い血が僅かに首を辿って落ちた。


「しぶといですね?そんな事をしても、彼女の死は免れない」

「七瀬さんを、離してください!!」

「…そんな言葉、通用しませんよ。RE.D回避は絶対不可能(・・・・・)ですから。足掻いてもすぐ死にます」


何度「離してください」と願っても、彼の耳に届くわけがない。

こんな時、どうすれば、どうすれば…!その状況に、気が動転してしまう。




「……神崎くん」

「えっ……??」

「もういいよ。全部…私が勝手にここに来たせいだから。こんな私、救いようがない」

「いや…いやいや、そんなこと……っ!」


彼女の怯えた涙に、思わず必死に首を振り、もらい泣きしてしまう。

縁起でもない。むしろ、僕の方が救いようがないはずだ。七瀬さんから目を離さないって誓ったはずなのに、果たせなかった。


「ハハハッ。この茶番は、胸糞が悪い。あんまり見ていられませんね」

「______デイビットさん。最後に言わせてください」

「……はい?」


すると、七瀬さんは真上にいたデイビットの方を見上げて、こう言い放つ。



「こんなの、自分でやってて、どうなんですか」

「………。」

「大量に人を殺す殺人兵器なんて作って、自分のことが虚しくならないんですか…?」


デイビットはそれを聞いて、表情筋がピクリと動いた。


「……虚しい?ハハハッ。単なる殺人兵器マシンではありませんよ。」

「それって…」

「アナタ達日本人が死んでいくと同時に、この国以外の人間は生き続けるのです。

日本を犠牲にして、世界が救われる。それはまさしく『救済』ではありませんか。」


そんな時、陽介さんがRE.Dの機能に関して言っていた事を思い出した。

『RE.Dを使えば、人から人へ死の運命(・・・・)を移し替えられる…』


デイビットはRE.Dを使い、外国人から日本人まで、「死の運命」を移し替えていたのだろうか?



すると彼は立て続けに、早口で喋りだす。


「この10年間、日本を壊す為に研究を続けて来ました。

この10年間、世界を救う為に研究を続けて来ました。

アナタ達子供に、それの何が分かるんでしょうか??」


その威圧するようなデイビットの視線に、怯まず睨み返す七瀬さん。

なんだかまるで、七瀬さんの心の中で、パチリと何かが切れたようだ。




「______やっぱり、そんなの…」

「ハイ?」

「そんなのを10年間研究しても、意味なんてないじゃないですか!?ただ悲しむ人の数が、数が増えるだけで…!!」


すると、七瀬さんは口をつぐんだ。自分の今の状況を自覚して我に返ったみたいだ。

デイビットは不気味なほど無表情ではあったものの、その手は震えていた。




「………解りましたよ」


するとデイビットは諦めたように突然、糸ノコギリと七瀬さんを離し、バッと彼女の背中を僕の方向に叩く。

糸ノコギリがカランと床に落ちる音。七瀬さんも驚いた表情で、ゆっくり僕の方へ来る。



「か、神崎……くん」

「七瀬さん……?大丈夫…!?」


その時、七瀬さんと何度目かのハグを体感した。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ…!」



七瀬さんは大粒の涙を流してそう言う。さっき勝手に家を飛び出したことを謝っているのだろうか。

僕も急展開すぎて何が起こったか分からなかったが、七瀬さんの体の温もりだけが、確かにあった。


ふと七瀬さんと同時に、デイビットの方を向く。彼は頭を抑え、下を向いていた。




その一瞬……。


彼は突如、床にあった長い鉄パイプを手に取り、こちら側に走って来た。

そのパイプの先が僕の頭に直撃し、勢いよく背後のコンクリート壁まで吹っ飛ぶ。



……今、何が起こったんだ?訳も分からず、意識は朦朧(もうろう)としている。

強烈に痛い頭を押さえると、自分の頭部からは、真っ赤な血が滝のように出ていた。

目の前を見ようとしても、赤い、赤い、赤い。視界も見えないまま、意識が薄れていく。






………。



その一瞬、まだ幼い七瀬さんの声が、僕の心に痛むように刺さった気がした。

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