RE.D PAST(前編)
翌日の朝、9日27日。僕は自室で、学校に行く準備をしていた。
すると家のチャイムが鳴る。父さんはトイレにいたので、僕が代わりに出た。
「はぁ、はぁ…ふう。すまないな、こんな所に押しかけて。まだ出かける前でよかったよ」
玄関の扉を開けると、陽介さんがいた。
彼は息切れをしていた。ずいぶんと急いでここに来たのだろう。
「ああ、昨日はありがとうございました。どうかしたんですか?突然…」
「…七瀬実花が危ないかもしれない」
「えっ?」
七瀬さんが危ない?最初そう聞いた時は、何がどういう訳か、さっぱり分からなかった。
「ど、どういう意味ですか?」
「今日、RE.Dの開発者が我々の研究室に押しかけてきた。名前はデイビッド・ジョージ。ニュージーランド人の科学者だ。
彼が私にこう断言してきた。『とある女児に、RE.Dを起動した』…とな」
女児って、それはつまり七瀬さんのこと?
七瀬さんにRE.Dを起動したと言うのなら…彼女の命が危ないってことじゃないか…!?
詳しく話を聞くと、昨日の夜中から七瀬さんの様子がおかしいと、彼女の母親から聞いたそうだ。
それでもしかしてと思った陽介さんが、すぐに僕の元にやってきた…という事らしい。
「ど、どうして僕らの存在が、その人に気づかれたんですか…?」
「もしかすれば、科学施設に入っていった所を目撃されてしまったのかもしれない。済まないな…」
そう言いながら、頭を掻く陽介さん。
七瀬さんの事が気になる、けど…これから学校があるだろうと言われ、今日の夕方に再び合流しようと約束を交わした。
昼休みの小学校。他の生徒が騒がしいけれど、春香さんのいない教室は…やはりどこか淋しい。
そうは言うものの、もちろん決して七瀬さんを責めている訳ではない。あの時の事は、昨日でちゃんと互いに話し合って解決したはず。
「やあ、神崎くん」
優しい声で話しかけてくれたのは、長谷田くんだ。
春香さんのこともあったせいか、少し気を遣っているような様子だった気もする。
「今から話があるんだけど……ちょっといい?」
「え、うん…いいけど」
僕は席から立ち上がり、彼が歩いていく方向に付いていく。
やがて着いたのは……屋上前の階段だ。過去に春香さんと会話した、思い出の場所。
互いに段に腰掛けると、長谷田くんは背中から隠し持っていた手紙を、僕に見せて渡す。
「本当は昨日渡しておくべきだったんだけど、昨日は来てなかったでしょ?この学校に」
渡された手紙は、他でもない。
封筒の真ん中に書かれた、『神崎くんへ』という、丸くて綺麗な字。
その筆跡を見て、あらかじめ春香さんから僕宛てに送られたメッセージだと察した。
「……開けていい?」
「もちろんだよ。そもそも、君に送られた手紙でしょ」
急いで封筒を閉じていた丸の黄色いシールを剥がし、中身をスッと出す。
便箋はさほど大きい方ではなかったものの、そこには文字がずらりと綴られていた。
『神崎くん、いつもありがとう。』
冒頭部分は、感謝の気持ちから始まった。
『私、あの時ずっとお風呂場で言われたこと、夜になると思い出すんだ。
人間にとって死ぬことは、ひつぜんてき……だったっけ?あんまり覚えてないな。』
そういえば、そんな事を言った記憶がある。
前に僕が、春香さんに正直な事を言ってしまったせいで、傷つけてしまった時の事だ。
『けれどそのあと、ちゃんと約束してくれた。神崎くんが、私のことを守ってくれるって…』
…そうは言ったけど、結果的に春香さんの事は守りきれなかった。
約束を破ってしまったことは、ずっと僕の中では唯一の心残りだった。
『でも、あの約束があって、私は十分救われたの。今までずっと神崎くんは、私の側にいてくれたんだな…って』
……!
その言葉が、僕の胸に突き刺さる。
『だから、もういいんだよ。神崎くんには、私のいない、未来を見てほしい。』
…うっ。
僕には、こんな気持ちをどう表せばいいのか分からなかった。
切ないような、苦しいような、救われたような…。
色んな感情が頭をよぎって、頭がぼーっとしてしまいそうだ。
そっと文章の途中で、手紙を畳む。
両手でそれを握りしめたい気分だったけれど、あまりそんな気が乗らなかった。
「……神崎くん、無理して読まないでね」
丸い背中に手を置きながら、横から心配の声を掛けてくれる。
僕はこの手紙を、自分のせいで濡らさないように、ただ必死だった。
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夕方、乙音ちゃんと帰り道を下校する。今は中学生も帰っている時間みたい。
すると道端で、どこか見覚えのある二人を見かけた。
「あっ、あれ!?きみってあの時の…!?」
少し馴れ馴れしく声を掛けて寄ってきたのは……他でもない、女子中学生の長野千里さん。
改めて見ると、制服が清潔で可愛く良く似合っていて、ロングヘアの後ろ髪は三つ編みが2本結ばれている。
そして、その隣は………。
「あぁ゛?誰だよコイツら」
こ、高校時代とほぼ変わっていない。
中島蓮木くんだった。頭を掻き、細めた目つきで少し見下ろしている。
髪はボサボサで、着ていた制服も少しだけ整っている。まだ声変わり前みたい…。
高校時代で見たあの雰囲気と似た姿に、思わず懐かしくなってしまった。
「こらっ!なんて失礼な!!」
「イタッ…!お前なんでカバンで叩くんだよ!?」
彼女が両手で持っていた黒い鞄が、その背中をドン、と勢いよく叩く。
私たちを睨んでいた彼の視線も、千里さんの方へと移った。
…そんな会話ができるくらいの仲の良さ。さすが、中島くんの初恋相手って感じがする。
二人ともお似合いな雰囲気に、思わずにやけてしまいそう。
「この子は、私がぼーっとして飛び降りかけてたのを助けてくれたの。…えっと、ところであなた達は誰なの?」
「えっと、私は七瀬実花です。で、この子が斉藤乙音ちゃん」
中島くんが「小学生のガキか?」と反応したので、乙音ちゃんは彼を睨む。
「…何見てんだよ」
「別に。ガキって言われたから、イラッときただけ」
一見ピリピリした2人の会話…なんだか、見事な化学反応を見た気がした。
私の中で勝手に、ふたりとも「同じような性格」って思ってるからかも。
……そんな様子を見ていると、ちょっとふふっと笑ってしまった。
そのあと私は、千里さんらや乙音ちゃんと別れて、目的地に着く。
昨日来た、陽介さんの職場。入り口の前で待っていた彼を見かける。
「待っていたぞ。早く中へ入るといい」
「…大丈夫?体の調子は」
すると隣には神崎くんがいて、心配そうに声を掛けてくれた。
陽介さんから、私が昨日起こった「発作」の話を聞いたんだ、と察する。
「…前よりかは大丈夫。けれどちょっと、頭がぼんやりするかな…」
おでこをぐっと抑える。他にも少し、軽いめまいのような事が起こっているような…
もしかすれば昨日あまり眠れなかったせいかもしれない。いずれにせよ、私も心配になってしまった。
施設の中に入って、陽介さんらと3人で話をする。
昨日来た、静かな方の科学室の部屋。彼は再びホワイトボードの黒板を持ってきた。
「さて、と。一つ、説明し忘れていたことがある」
「ま、まだあるんですか…?」
「あまり難しい話ではないはずだ。…二人とも、これを見てみろ」
両手で持っていた数枚の紙を、黒板に磁石で貼る陽介さん。
「……!」
「これって…」
色々な形や仕組み、数々の案から生み出された、小さな機械の図面。
「真ん中の円盤状にエネルギーを流して、これを触った人間が過去に戻れる…というシステムだ」
そう。これはタイムスピナーの設計図。私たちも、このスピナーに何度救われたことだろう。
「この機械は、まだ製作中だ。完成の目処は…おそらく、あと5年くらいとなっている」
「…5年、ですか」
「かなりの短期間だ。もし無事これを完成できれば、時間逆光が叶い、今世紀最大の発見となるしな」
5年後、タイムスピナーが完成する。
時間逆行の実現に、今世紀最大の発見…。
「あの。そうなっても、この世界のためになるんですか」
「……!!」
私は心の中で思った、素朴な疑問を投げかける。
…あれ?あからさまに驚く、陽介さんの反応。もしかして、おかしなこと言っちゃった?
私の頭がぼーっとし過ぎたせいで、こんな変な事を言ってしまったのかもしれない。
少し焦りながらも、さっきの発言を撤回してほしいと頼む。
「ハハッ」
「…え?」
すると突如、陽介さんは笑い出した。
「君が言いたいのは、この能力が誰かに悪用されないか、という事か?」
腰に手を置いて、真顔に戻って淡々と話す陽介さん。私はその質問に頷く。
ちょっと意外過ぎて、彼を見上げながら呆気に取られてしまった。
「そうだな…。君たちに、言っておくべき事がある。
私もこれで、過去に戻ったのは何度もある。…君たちと同じように」
彼のその真面目で淡々と話す口調に、私たちは思わず黙り込んでしまう。
陽介さんの過去の話が、今ここで語られることになった。
この部屋の白い机のスツールに座り、私たちは陽介さんと向かい合う。
「まず全ての発端は、今年の5日7日。
一つ探検がてら、とある山奥の森を散歩していた。すると…、一際青く光る石を、見つけたんだ」
「青い石…?それってまさか…!」
神崎くんが過剰に反応した。あ、あおいいし?そういえばそんなの、何処かで見たような…。
「この石自体は小さくてなんの効果もないが、一定の電磁波で刺激すると、わざと溢したコーヒーも元通りになった。
どんな化学においても、この石は未知の元素で構成されていた。
そしてこれが、時間を戻せる唯一の核になるという事に気づいたんだ」
……あっ。
そっか。そういえばこの5年前に遡る前、ガスマスクの陽介さんがスピナーの中身を開いていた。
その時、特殊なドライバーを使って、スピナーの中身から青い石を取り出していたよね?
「そして私は、この石を内密に調査することを決めた。同僚も含めてな。
…君の父親の神崎徹は、タイムマシンの構造について考案してくれたよ。そこで、私がスピナー型が適していると考えた」
神崎くんが陽介さんから視線を浴びると、それにピクッと反応した。
それに乗じて、「私の父親は?」と聞いてみた。
「七瀬純子か。彼女は手先が器用でね、主に設計図を解読してタイムスピナーの制作に励んでくれた。」
設計図……。
そういえば私のお母さん、この前に家で仕事の書類を見てたっけ。
「ここからが本題だ。今年の7月9日あたりに、RE.Dの開発者が、私たちの活動に勘付いて、私に内密に交渉を持ちかけてきた。
『もしタイムスピナーが完成したら、私に引き渡せ』…とな」
「RE.Dの開発者……?」
「ああ、君には言っていなかったな。デイビット・ジョージ。外国人だ」
私は「ふーん…」と納得して小さく頷く。RE.Dを作った人って、外国人だったんだ…。
「彼に何らかの企みがあると察して、私は断った。そしてその考えは間違いではなかった。
まずRE.Dを、何の罪もない女子学生に起動。私の息子の、大切な人を奪った。
そのせいで息子は部屋に引き篭もるようになった。こうなる事が彼の思惑だったんだ」
え?中島くんが…引きこもり!?
確かに高校の時も、暗いオーラが出てたけれど…ちょっと意外だった。
って、そんなこと今はどうでもいいよね…!
つまり私が、女子学生の千里さんを救わなければ、中島くんはずっと心を閉ざしていたってこと?
「しかしまだ序の口だ。2016年、今から3年後にそれが分かったよ」
「それって…」
「_____僕らの両親が、死んだ」
神崎くんが何かを察するように言った。反応からして図星だったみたい。
私たちの両親……そう言われてハッとした。まさか…。
「そうだ。神崎徹と七瀬純子が、同じ時期に死んだ。…もちろん、RE.Dでな」
「「………!」」
うそ…!もしかして私のお母さんが病気で死んだのって、RE.Dの影響?
私はあの頃から、ずっと心に穴が空いていた。正直…あんまり許せない。
「それからすぐにデイビットは、私に最後の交渉だと言って話を持ちかけてきた。
今度は『1億8000万で手を打とう』と言い出してきたよ」
「え!?そんな大金で!?」
「…それでも断ったよ。彼がタイムスピナーを手に入れれば、更に人を殺すんじゃないかと思ってな」
確かに、兵器で人を殺そうとする人間が、時間逆行の力を手に入れたら…
少なくとも、いい事は起こらない気がする。あんまり悪い人の手には置けないよね。
「そして交渉決裂を封切りに、決意したそうだ。RE.Dの力を、最大限に行使することを。」
「え?これまで僕らが感じた以上の力があるんですか…?」
「更に3年後の、2019年3月18日。日本が崩壊した」
……!?
私たちはその嘘みたいな発言に、思わず驚いた。
「ど、どういうことですか…?」
「日本の人口が、約9割崩壊したんだ。あちこちのビルが崩落し、瓦礫が落ちて、数え切れないほどの死亡事故が発生した。それは全て、RE.Dによるものだ」
2019年に、そんな事故が…?
正直、まだあまり信じられなかった。そんなこと、私ですら想像できる訳がない。
そういえば、前に陽介さんがこんな事を言っていたことがある。
『……もしこの世界に、日本の人口の約9割を殺せる兵器があるのなら?』
もし本当にそんな恐ろしいものが存在しているのなら…。
私たちで、止める必要がある。罪も無い人を殺すなんて事、絶対に止めなきゃいけない。
「日本政府も崩壊し、国内や外国のニュースでも一晩中『デッド・ディストピア』として報道された。
しかしRE.Dで死んだ彼にとって誤算だったのは……私とスピナーが無事だったってことだな」
デッド・ディストピア…。そんなの、恐ろしすぎる。
「それからはどうしたんですか?」
「彼がRE.Dで殺した人間を、一人残らず救おうと試みた。そして私はスピナーを強化して、一度目のタイムリープを行った」
陽介さんの顔つきからして、そんな強い思いで過ごしてきた時間がとても長かったんだな、と痛感する。
「はじめに私が助けようとしたのは、RE.D最初の犠牲者である、息子の初恋相手だ」
「長野、千里さん…。」
私の発言に対し、「そうだ」と返事する陽介さん。
「しかし何度救おうとしても、私にはできなかった。中学校の警備員に引き止められ、何より私の足が遅い。絶対間に合わず、彼女は死んでしまう」
その時のことは覚えがある。私が千里さんを救おうとして、走って転んで膝をケガした時だっけ。
思い出した時の彼のため息。何度も何度も試みて、それでもダメだったんだ。
「68回目で、君たちと初めて出会ったんだ。七瀬実花。君は警備員をすり抜けて、彼女を救ってくれた。感謝する」
「「え、68回目……!?」」
「ん?そこで驚くのか。私が感謝の言葉を述べているって時に」
私たちが反応する言葉に、唖然とした陽介さん。
彼のその発言を聞いて、私はぺこりと軽く謝った。
け、けど、68回も過去に戻るなんて…私なら心が折れちゃうよぉ…。
「……そして、今に至るって訳だ。私たちはRE.Dを見つけ次第、無力化しなければいけない。
時は一刻を争うぞ。七瀬実花、君はじきにRE.Dにより死んでしまうかもしれないからな」
私が、じきに死んでしまう。そう聞いた時、心臓がゾクッとした。
本当にRE.Dの影響を受けているのなら、必ずそれを見つけ出して、すぐにでも止めなくちゃ…。
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28日の昼。私は一人で、とあるコンクリート壁の古びたビルの前にいた。
陽介さんに、「あの人」がこのビルに居ると聞かされて、ここにやって来たのだけれど…。
それにしても、この辺りは人気が少ない。
他にも古い建物が立ち並んでいるし、どこか物寂しげな印象がある。
「七瀬さん…待っててくれたんだ」
「あ、うん。ココみたいだね」
神崎くんが私の元に現れた。昨日、ここで待ち合わせしようと約束したから。
ふと目の前のビルの最上階を見上げた。緊張する心臓を、ぐっと右手で押さえ込む。
「大丈夫、七瀬さん。何があっても、僕がいる。きっとどうにかなるよ」
「う、うん…。」
私はごくりと唾を飲み、そのビルの入り口に足を踏み入れる。
神崎くんも私の背中を守るように、後ろから付いて来てくれた。
ピンポーン。
古びたエレベーター音が鳴り、私たちは三階に出る。
無機質で静寂な廊下をコツコツと靴音を鳴らして歩く。
しばらく歩くと、突き当たりの右側に、半透明ガラスの扉があった。
看板などは掛けられておらず、パッと見ではどういう場所か分からない。
「この中に…」
私は再び唾を飲んだ直後、力強くその扉のドアノブを握りしめ、思いっきり押し開けた。
……ここは、会社?
コンクリート状の壁と、いくつも置かれた鉄のようなデスク。安っぽい窓から光が差す。
しかしダンボールだらけで何処にも人はおらず、このビル同様に寂しげな印象だった。
「……無駄足、だったかな」
「ひとまず、この辺を漁ってから帰ろう。もしかしたら何か手がかりが_______」
神崎くんがそう話していた、その時。
「おっと。何か用ですか?」
「ひっ!?」
「ぁ…。」
背中から少し片言な日本語が聞こえ、バッと後ろを振り返る。
そこにいたのは、金髪の外国人……デイビット・ジョージだった。
し、身長が高い。今の私たちの身長よりも、二倍以上はありそう。
見た目は三十代ぐらいで、灰色のスーツを着る体は、細身な体型に見えた。
「え、ええと、こんにちは…」
その身長に圧倒され、ついつい敬語で話しかけてしまう。
「こんにちは。私の会社にようこそ」
「会社なんですか?ここは」
「そうですよ。まだ設立したばかり。社員はいません」
神崎くんの言葉にも、上手で少し片言な日本語で返事する。
なんだか少し、話し方からして温厚なイメージそうだけど…いや、騙されているのかも…。
この人こそ、私たちを死の渦に巻き込んだ張本人…。そう考えるだけで、胸がぞわぞわする。
しばらくして、デスクの間を進み、隣の部屋に案内された。
そこは社長室らしく、向こう側に大きなデスク、その前はソファとコーヒーテーブルが置かれていた。
私たちはソファに座り、デイビットと向かい合わせになる。彼はこちらをじっと見て、両手を握った。
真面目な表情をして、私たちと向き合う。…私は少し、額から汗が出た。
「で、何か用ですか?」
デイビットにそう言われ、横にいた神崎くんと互いに目を合わせる。
そして決意した私は、単刀直入に彼にこう言った。
「……これ以上、殺人兵器を使わないでください」
「…ハイ?」
とぼけるような顔で、彼は首を傾げた。
その後、握っていた両手を離し、食い気味だった上半身を後ろに下げる。
「……何ですかソレは?殺人兵器?何かしらのパロディですか?」
この感じ。やっぱり話を誤魔化されているような気がする。
「惚けないでください。僕らはRE.Dによって危険な目に遭ったんです。お願いです」
「RE.D、ですか。…ハハハッ」
それを聞き、彼は突如笑い出す。するとソファに背中をもたれて、足を組んだ。
まるで「RE.D」というワードを聞いてから、妙に様子が豹変したように見える。
「そんなお願い、私があっさり受け入れると思ったのですか?」
「っ…」
不気味に微笑みながら、開き直るようにデイビットは言う。
神崎くんと、じっと互いを睨むように見つめる。彼はデイビットの表情に、少しだけ焦っている様子だった。
「おととい、アナタ達は研究施設を出入りしていた。タイムスピナーの制作者に会うために。違います?」
やっぱり…。一昨日、私は電柱の影に隠れている金髪の人を見かけた。
デイビットは、私たちのことをずっと監視していたんだ。
「…ですが分かりましたよ。私はあなた達を殺すのは、止めます」
その言葉を聞き、思わず目を見開く。彼はにっこりと笑っていた。
さっきの目つきとは打って変わっていた。どうして突然、意見がガラッと変わったんだろう…?
結局その日は大人しく帰り、その途中で神崎くんと話す。
「本当にあの人の言葉、信用できる?」
彼にそう聞かれて、私は首を振った。やっぱりデイビットには、絶対に裏があるはず。
神崎くんを目の敵にしていたような印象だったし、私たちの要求を、あんな簡単に飲む人間だとは思えない…。
「……あのさ。」
「え?」
「今日、僕の家に泊まらない?」
______へっ!?
「どっ、ど、どうして!?」
「あ、ごめん。一人だと不安かな…と思って。僕も正直、不安になるし」
その言葉に、久々の焦りが止まらない。
か、神崎くんの家に、お泊まり…、そう考えるだけで動揺しまくりな自分。
けれど正直、自分の体調が不安なところもある。
今日になって心拍数も妙に上がってきたし、頭がぼーっとしてしまう。
眠るときに、神崎くんが隣にいてくれれば安心できるかも…。
「…じゃあ、お願いできる?」
「もちろん。父さんも優しいだろうし、多分きっと許してくれるよ」
「あ、ありがとっ」
彼の笑顔を見て思わず私も、はにかむように笑ってしまった。
ああ、こんな風に自然に笑ったの、久しぶりな気がする。
そんな夕暮れの帰り道。少しずつ空を覆う灰色の雲に、私たちは気が付かなかった。