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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎・七瀬編
32/36

この手に託された(後編)

─────────────────────────────────


その後、僕ら四人で、とある科学施設にやって来た。

敷地内はまるで大学のようだ。基本的に許可さえあれば、一般人でも入れるらしい。


施設の中に入り、シンプルで真っ白な廊下を、てくてくと進む。

陽介さんに言われて、僕と七瀬さんも付いていく羽目になったのだけれど…どこへ行くというのだろうか?



「…着いたぞ。ここが、私たちの職場だ」


一つの部屋の前で、彼は立ち止まる。ここは…研究室?

七瀬さんはすかさず、そこの扉をガラッと開けて室内を覗く。すると彼女は、その光景に息を呑んだ。


その部屋には、沢山の広々としたテーブルがあり、顕微鏡や電子部品…あらゆる実験器具がほとんどを占めていた。

研究室にしては広くも狭くもない。けれど十分、仕事に没頭できる場所だ。

奥の窓から差す太陽の光も、どこか目を癒してくれる。



「この感じ…えすえふ、みたい…」


なぜだか七瀬さんは部屋を見て、目を輝かせている。

そこまでワクワクするような場所ではないと思うのだけれど…。


「私たち、普段からここで働いてるの。神崎くん、だったよね。あなたの父親も今ここで働いているわ」

「え…?僕の、父さんがですか?」



隣にいた七瀬さんの母親が頷く。

さっき聞いた話だが、七瀬さんの母親の名前は「純子(じゅんこ)」さん。


白縁の眼鏡に茶髪のポニーテールが特徴的で、見た目がオシャレだ。

もしかして、七瀬さんのヘアスタイルや服が可愛いらしいのは、母親に影響されたからなのだろうか?


それは置いておくとして…僕は七瀬さんを追って部屋に入る。

どんどん奥に進んでいくと、パイプ椅子に座って顕微鏡を覗いている人がいた。その人に少しずつ近づいていく。



「_____ん?えっお前、浩太か!?」

「と、父さん…」


ちらっと僕の存在に気づくと、白衣を着た父さんがガッと顔を上げて、驚いた表情でこちらを見た。

何だか、頭の中が混乱してきた…。どうして父さんが、こんなところにいるんだ?


つまり…僕の父、七瀬さんの母、中島さんの父。この3人は仕事仲間ということか?

それも、科学者仲間だったなんて…なにか引っかかる。



「君、一度こっちへ来てくれないか」


僕は陽介さんに手招きされて、隣の部屋に向かう。

七瀬さんも既にそこにいた。この場所に3人きりで話がしたいそうだ。



部屋に着くと、陽介さんは扉を閉め、外からの音をシャットアウトする。

窓も閉められていて…静かな場所だ。さっきと似たような部屋だが、少し狭く、書類も山ほど保管されている。


「さてと…どうして君たちは、あの中学校に行ったんだ?」


彼は腕を組み、僕らに聞いてきた。



「それは…」

「ガスマスクの人に、頼まれて来ました」


七瀬さんが代わりに質問に答える。するとそれを聞き、目を凝らした。


「…ちょっと待ってくれ。そのガスマスクってもしかして……こんなものだったか?」



すると陽介さんは、机の引き出しに保管されていた、研究用の黒いガスマスクを手に取った。

僕と七瀬さんはそれを見て驚く。…マスクの目の部分も黒い。まさしく、「彼」が顔につけていたものと同じだ。


「やっぱり…!あなたが、ガスマスクの人なんですか?」

「いいや、半分違う。厳密には……私が知らない、未来の私(・・・・)だろうな」


それを聞いた七瀬さんは、ちんぷんかんぷんな顔をしていた。

…僕も不思議に思った。あのとき会った「ガスマスクの人」は、まさか未来の陽介さん?



「君たちも、その未来から来たのだろう?だとすれば辻褄(つじつま)が合う。…話が長くなるが、それでもいいか?」


僕と七瀬さんは顔を見合わせ、互いに頷く。


「はい、教えてください。僕らには分からないことだらけなんです」

「で、できれば…私でも分かるようにお願いします…。」


陽介さんは、七瀬さんに「まあ、努力はする…」と言った。

すると奥からホワイトボードの黒板を持ってきて、説明を始める。




「……まず本来、今日死ぬはずだった、女子中学生について説明しよう。」

「そうなんです。彼女は一体、何者なんですか?」

「彼女の名前は、『長野千里(ながのちさと)』」

「「……え?」」


な、長野…千里って!?始まり早々からいきなりの事実に、頭が混乱する。


「ま、待ってください!『長野』って名字、まさか…?」

「ん?君たちは心当たりがあるようだな」


たしか僕らが高校の時、同じ名字の「長野穂花(ホノカ)」という一年生の女の子がいたはずだ。

同じ名字?もしかして彼女は、姉妹か何かなのだろうか?


あっ…!そういえばあの子、たしか前にこんな事を話していた。



『……私もね、千里っていうお姉ちゃんがいたんだけど、5年前に死んじゃったんだ、自殺で』


え…?つまり中島さんの初恋相手。それこそが、ホノカさんのお姉さん(・・・・)

少々ややこしいけれど…、こんな所で繋がりがあった、ってことか?


だとすればちょっと気になることがある。

千里さんの妹と中島さんが、同じ高校に入学している。それって…偶然なのか?

もう一つ。僕と七瀬さんと中島さんの親が、元々仕事仲間だったっていうのも、不自然だ。




「……もう一つ、説明しておこう。君たちは、『RE.D』について何か聞いているか?」

「あ、はい。たしか千里さんを死に追いやった、謎の殺人兵器ですよね…?」

「知っていたか。まあいい、君たちにとっても分からないことだらけだろう。私が大まかな仕組みを教えよう」


そう言って彼が油性ペンで黒板に書いたのは、RE.Dがどうやって殺人を行っているかについてだ。



「まず、人間には一人一人、あらゆる死がある。病気や火事、暴力や猛毒、殺人や事故…そういうものが存在している世界だからな。

私は、老衰(ろうすい)死を除く全ての死を、『死の運命』…と呼んでいる」

「「死の、運命…?」」

「そうだ。基本的にそれは絶対(・・)に変えられない。もし足掻いたとしても、犠牲が増えるだけだ」


え…?『死の運命』は、絶対に変えられない?

それなら僕らが、前に村野や蒼さんを、タイムスピナーで「死」から救えたのはどうしてだろうか。


「死の運命は、個人によって在るか無いかは異なる。しかしそれはこの世に生まれた時点で定められ、確実に変えられない」

「……あの。そ、それは『宿命』…ですか?」



七瀬さんは少し不安げに聞くと、陽介さんは渋い顔で頷く。

彼女が何故『宿命』だなんて言ったのか、僕にはあまりよく分からなかった。


「しかしRE.Dを使えば、話は別だ」


すると陽介さんは、さらに黒板に文字を書く。



「RE.Dというのは、その人についた死の運命を、他人に移植する事が可能だ。

例えば死の運命を持っている[A]の人間と、持っていない[B]の人間がいたとする。

RE.Dを使えば、[A]の人間からそれを取り、[B]の人間に移し替えられる」

「へ?え、ええっと…ぉ…」


七瀬さん、黒板を見ながら、思わず声が出るほどに混乱している様子。

確かに、何だかややこしくなってきた。大まかに言えば……


RE.Dは単なる殺人兵器ではなく、人間に定められた『死の運命』を、他人へ移し替えられる。

それで殺されかけた千里さんの死は、本来なら「他人のもの」だった…って事なのか?



「とにかく。今の話は少し難しいだろうし、あまり気にしなくてもいい。重要なのは…RE.Dによって、この世界に多くの影響を与えているということだ。」

「かなりの影響?」

「そうだ。例えば出会うはずのない人間たちが出会ったり、生きていたはずの人間が死んでしまったり…」


それじゃあ僕と七瀬さん、中島さんとホノカさん…この4人は元々、出会うはずもなかったのか?


そんな風に話していると、あっという間に時間が過ぎていった。



/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/



神崎くんが向こうの部屋に戻り、自分の父親と話をしに行った。

私と陽介さんは二人きりになる。…さっきまでの会話、あんまりよく分からなかったな。


「あ、あの。質問いいですか?」

「ん?なんだ」


陽介さんは黒板を元の位置に戻そうとしながら、返事した。



「さっき、死の運命がどうたらこうたらって言ってましたけど…。

前に、ガスマスクの陽介さんに言われた事があります。『運命は、変えられる。変えられないのは宿命だ』…って」

「ん?未来の私は、そんな事を言っていたのか。」


ずっとそれが気になっていた。

神崎くんの幼馴染が死んだとき、運命と宿命で言えば、一体どっちなんだろう?



「その、だから私…神崎くんを止めたのは、正しかったのかどうなのかって…」


陽介さんは私の言葉に首を傾げる。あっそっか、そういえば彼に何も教えてなかった。

私はこれまでの神崎くんの幼馴染の事について、全てを話した。



「つまり、彼の幼馴染が車に轢かれそうになり、その子を救おうとした彼を、君が止めてしまったってことか?」

「はい…」

「なるほど。それはあながち間違いではなかったな」

「…えっ?」


彼は顎を掻きながら淡々と話す。意外にも即答だったので、唖然としてしまった。


「で、でも、私。神崎くんを心から傷つけちゃったんです」

「彼の幼馴染は、そもそも死んでしまう定め…いわば『宿命』だった。もし君が彼を止めなければ、確実に二人とも死んでいたはずだ」

「そ、そんな……!?」



じゃあ、私がしたことは、本当に間違ってなかった…?


「説明を忘れていたが、基本的にRE.Dが関与していないのが『宿命』で、関与しているのが『運命』と呼ぶ。

幼馴染の死は『宿命』で、女子中学生の長野千里の死は『運命』…ということだ」


つまり、神崎くんの幼馴染である三島さんの死は『宿命』で、命を救うのは不可能だったってこと?

そして千里さん、村野くんや、りんちゃんに見舞われた死が、『運命』?


それを聞いた私は、ついその場を崩れる。安堵したような、少し頭がもやもやしたような。



「とにかく…何にせよ、君が自分を責める必要はあまりない。心配するな」


陽介さんが私に合わせてしゃがみ、頭を撫でて励ましてくれた。


─────────────────────────────────


帰り道。正午の時間に、神崎くんと歩く。学校の授業は終わっちゃったし、今は家に帰るしかない。

私のお母さんは「子供だけじゃ変態につけ回されないか」って、心配そうにしていたけれど…。


「今日は学校サボっちゃったね、僕たち」

「う、うん。そうだね」


案の定、それが話題に出る。

…それにしても、こんな風に二人で帰路を歩くのって今日で何回目だろう。



「______って、こんなのびのびしてる場合なんかじゃないよ!もう一つ、ここに来た目的あったよね?」

「…あれ?そっか。すっかり忘れてた」

「わっ、忘れないでってば!神崎くんってまさか、女子中学生の件も忘れてた訳じゃないよね…!?」


ぽかんとする神崎くん。それを見てちょっと心配になってしまう。

…なんだか、ここに来てのんびりし過ぎなんじゃない…?




やがて人混みの少ない通路に出ると、私は神崎くんを見る。

彼は反対側の横を向いている。まるで向こうの景色を見て、物思いにふけているみたい。


「______あの、神崎くん」


声をかけると、彼はようやくこっちを向いてくれた。



「…ごめんね」

「ん?」

「私…神崎くんを、悲しませるようなことしちゃったから」


私は、頭を少し下げて謝る。ちらっと彼の顔を見ると…意外そうな表情をしていた。


「いや、いいんだよ?僕も分かってる。前は感情的だったから分からなかったけど…

七瀬さんは、僕のことを助けよう(・・・・)としてくれたんだよね?」



それを聞いて、私は呆然とする。

なんだか、神崎くんには私のこと、何でもお見通しなのかって気がしてきた。


……けど、一つ話していないことがある。

言うべきだったとしても、怖くて言えなかったこと。


「違う。理由はもう一つあって…」

「えっ?」

「正直、私……神崎くんと三島さんに…『嫉妬』、してた」



唇を噛み締めて、彼の反応を伺う。

長谷田くんの言っている事が本当なら、神崎くんはあの子のこと、友達として思っているはず、だったのに…私は…


今こんな事言われても、神崎くんにとっては困るよね…。

そんな風に、自分で虚しさと恥ずかしさに浸っていると、彼は予想外の行動に出る。


「……っ!?」


か、体が…ぎゅってなって…!?



「…ごめんなさい。何となく、こうしたくなって」


い、いま私、神崎くんに抱きしめられてる…?

彼の身体は小さいけれど暖かく、ホッとする。やっぱり神崎くんの包容力はすごい…。

まるで「あの頃」みたいだって思ったけれど…何だかいつも以上に、手の力が強い気がする。



「______うっ、ううう……」


え…?



もしかして、神崎くん……泣いてる!?!?


「あ…あれ…?何で、泣いてるんだろ…、僕…七瀬さんのこと、傷つけちゃったからかな…?」

「か、神崎くんが、私を傷つけた…?いやいや、違うよ!?私が神崎くんをっ…!」


必死に首を振ると、彼の頭がこつんと叩き合ってしまう。

けれど、そんな悲しそうな幼い声を聞いてしまうと…私まで、涙が溢れ出してしまう。

なんで私たち、こんなに涙脆くなったんだろう。体と同時に…心も幼くなったのかな。



「…僕が、僕が七瀬さんを、誤解させちゃったんだ」


神崎くんの声。それが私の心にちくちく刺さって、何故だか切なくなる。

そして膝同士もくっつき合って、私の膝の傷も、チクチク刺さるように痛む………



「い…痛ぁ!!」

「___え!?!?」


私は咄嗟に、バッ!と神崎くんの体を、両手で押しのける。

突然大声を出してしまったせいで、彼を驚かせてしまった。


「ぁ…ごめんなさい…」

「……ぷっ、あはは…!」



こんな状況なのになぜか、神崎くんは私を見て、楽しそうに笑う。

う、ちょっと恥ずかしい…。そういえば膝の傷、応急処置してなかったっけ…。


神崎くんがそんな風に笑う中、真横の電柱に、誰かが隠れているような気がした。

金髪の男性っぽい髪で、身長は大人くらいの誰かが……


─────────────────────────────────


やがて夜になり、家にいた私は、お風呂から上がって水玉ピンク色のパジャマに着替える。

もうそろそろ寝ようかなと、リビングにいた両親にそう話す。


「……そうか。おやすみ、実花」

「あら、もう寝るのね。私の職場だけど、恥ずかしいからもう来ないでね?」


両親に「おやすみ」と挨拶して、自分の部屋に移動し、明かりを消して布団の中に入る。

ああ…。やっぱり毛布から懐かしい匂いがするし、何より、ふか…ふか…。



今日は本当によかった。神崎くんとも、仲直りできたから…。

さっきの神崎くんの様子を思い出して、ちょっとだけにやけてしまう。


『……ぷっ、あはは…!』


あんな神崎くんの楽しそうで温かい笑い声、初めて聞いた。

恥ずかしかったけど…やっぱり大好き。ああいう彼を見るのが、私の中で唯一の幸せで______





バクン。


「………っ_____!?!?」




突然、心臓が飛び出しそうな激しい痛みに、思わず目を開ける。


自分の胸を押さえると、その鼓動は、確実に遅くなっていた。

え!?な、なにが起こってるの……!?そう思う度に、深い恐怖と大量の汗が滲み出る。




「……た……す…け…っ______!!」


視界は真っ暗でぼんやりとしている。声を出そうとしても出ないし、そもそも息をする事すらままならない。

それでも私は、はぁ、はぁ…と息をしようと、必死に試みる。






…………。



しばらくして直ぐに、体調が治った。

汗も消え、心臓も良くなり、まるでさっきまでのことが全部嘘みたいで……。



「い、今のって、一体……?」


胸を押さえた状態で、私はそう呟く。

それ以降、今日は目をぱちりと開いたまま、ずっと一睡もできなかった。

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