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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎・七瀬編
31/36

この手に託された(前編)

まもなく日が沈む病院。神崎くんと、手術室の前のソファに腰掛けていた。

窓の外の曇り空と、薄暗い照明のせいで、ここの室内は少し薄暗い。


…彼は顔を俯かせた状態で、自分の手をぐっと祈るように握っている。私との距離は、いろんな意味で遠かった。


そんな姿を横目に見て、黙々と思う。私のした事は、本当に正しかったのかな。

本当はもしかして、自分の嫉妬心が暴走してしまったせいで、あんな事をしたんじゃないかって。



三島さんの血だらけの頭を、今でも鮮明に思い出す。

軽トラックに轢かれた直後に、ピクリとも動かなくなったあの子のこと…。


「なんで止めたの」

「……えっ」


神崎くんがようやく口を開く。表情は暗くて、あまり見えなかった。



「…なんで僕を止めたのかって聞いてる。あの時、たしかに春香さんを助けられたはずだ」

「そんな、そんな事言わないで。神崎くんが死んだら、あの子だって____」

「止める必要なんてなかった!!!」


表情は分からなかったものの、少しだけ見えた神崎くんの口元は、見たこともないほど歪んでいる。

よっぽどあの時の事がショックだったと、すぐに分かった。



…私は、自分のした事があまり良いとは思えない。けれど同時に、神崎くんが死んだ時の事を考えてしまうと…。


でも、神崎くんは自分の命を犠牲にしてまで、三島さんを助けようとしていた。

つまり彼は、私なんかよりも、あの子の方に好意を抱いていたということかもしれない。



それじゃあ私……ただの邪魔者に過ぎないんだ……。


─────────────────────────────────


翌朝、学校に向かう途中。公園のベンチにポツンと座る、一人の少年を見かけた。

その姿に見覚えがあって、私は一度ここに寄り道した。昨日の事もあったから、学校に行く気力が無かっただけなのかもしれない。


あれは……長谷田くん?確か前に、神崎くんの家で初めて会ったはず。



「こんにちは…?」

「あっあれ!?びっくりした…。今はおはようだよ?」


挨拶を指摘しながらも、彼は焦っている様子だった。

どうやら学校をサボっていた所を見られて、恥ずかしかったみたい。


私は長谷田くんの隣に座り、ランドセルを横に置いた。



「……昨日、春香ちゃんが死んじゃったんだね。」


春香ちゃん…、三島さんのことだ。それを聞き、黙ってこくりと頷く。


「やっぱり?…ふぅ。僕は神崎くんの言った事を信用してなかったって訳じゃないんだけど、まさか本当に死んじゃうなんて思わなかったよ」


長谷田くんは、そう私に話してくれた。

確かに、何もかもが突然で、展開が激しすぎるし…その気持ちもよく分かる気がする。



「あのね。すぐに病院搬送されて、長い時間手術したみたいだけど…脳の損傷が激しすぎて、ダメだったみたい」

「そうなんだ。…ちょっと残念だな」


これは時間が経って冷静になった時、神崎くんが報告してくれたこと。

その前に三島さんの母親と話している所を見かけたし、多分その人から聞いたんだと思う。



「…うらやましい」

「え?」


少し本音がこぼれてしまい、長谷田くんを驚かせてしまった。


「羨ましいよ、三島さんが。だって、5年前の幼馴染だよ…?過去の記憶は最強だもん。私なんかが、勝てる訳がない」

「な、何のはなし?」

「あの子の方が百倍元気いっぱいで優しいし、何よりあの子と神崎くんはっ……!」


そこから先を口走ろうとしたけれど、冷静になってやめた。

あと、長谷田くんが呆気に取られた表情をしているし…。



「…誤解してるんじゃない?」

「……え…?」


元の顔に戻ったと思えば、そう話す長谷田くん。


「僕、こっそり聞いてたんだ。教室で、神崎くんと春香ちゃんが話してたとこ。…神崎くんは、他に好きな人がいるって」

「…え?そ、そんな。本当なのそれ…?」

「うん、確かに聞いたよ。ははっ。我ながら盗み聞きなんて、趣味が悪いけど」


それはつまり、神崎くんは三島さんに好意を持ってない、ってこと…?

笑いながら言う彼の横で、ただぽかんとその場に座っていた。



「もしあの二人同士が、恋愛感情にある…って考えてるのなら、それは誤解だよ。

神崎くんは単純に、友達として春香ちゃんを救おうとしただけなんだって。ね?」

「……そう、なん、だ…」


私は思わず、脱力してしまった。そんな様子を可笑しそうに、ははっと笑う長谷田くん。

今まで勝手に抱いてきた嫉妬心って、一体なんだったんだろう……。



……ん?


今、冷静になって思い出したけど、私…いま何かを忘れているような…?



「_____ぁ」

「……え?」


お、思い出した……!!


今日は、9月26日。それは…ガスマスクの人が言っていた、女子中学生が学校から飛び降りて死んでしまう日。

それに飛び降りる時間帯は、今日の午前中……だったはず。


すっかり三島さんのことに気を取られていた。このままだと、また5年後にやり直さなきゃいけなくなる…!

指定された中学校。そこまで走っていけば、今からでも間に合うはず…。



「ご、ごめん!私今から行かなきゃ!!」

「えっ!?ちょっと!ランドセル忘れてるよ!?!?」


慌ててランドセルを置き忘れてしまったけれど、それに構っている場合なんかじゃなかった。




「はぁ、はぁ、はぁ…ぎゃっ!!」


通路をダッシュで走っていると、途中で思いっきり転んでしまう。

間抜けな声が出てしまい、抑えていた膝から血がじんわりと出てきた。歩行者の視線が気になる。


…けれど今だけは、こんな所で痛みを訴えている場合なんかじゃない…!

スカートで赤い膝を隠し、私は目的地まで走り続けた。



見慣れない建物に囲まれながら、ようやく、他とは一際大きい施設を見つける。

やがて正門のようなものが見えてきた。間違いない、あれが例の中学校だと思う。


じんじんと足が痛むけれど、もう少しは走れそう。

もう、迷っている時間なんかない。私は急いで、門の方へと向かった。



「あれ、君はここの学校の生徒かい?登校時間はもう過ぎてるけど…」


だけど目の前に来ると、門を閉めようとしていた警備員に引き止められてしまう。


「え、ええと…ココの生徒、じゃなくて…」

「ん?悪いけど、この学校に生徒じゃない人は入れられないな。君、お名前は?お父さんお母さんは?」


警備員がしゃがんで、私の顔を覗いてくる。しばらくすると、もう一人の警備員も現れた。

うっ、こんな所で時間を無駄にしている場合なんかじゃ無いのに…!



「…あ、あの、私は…!!」

「私のイトコの娘です」


………え?

低い声につられて、真横を見上げる。完全に私の知らない…赤の他人がいた。

でもそれは確かに、5年前に戻る時に何度も聞いた声。


黒いコートは纏っておらず、オシャレな柄の服を着ていた、少しダンディな見た目の中年男性。

その人は、ガスマスクを外していた……間違いない。



「……失礼。私は、この学校の生徒である中島蓮木の……父親です」


その人は警備員に向けて、吊り下げ名刺を見せた。

横から名刺を見ると、「中島陽介(なかじまようすけ)」…と書かれてある。



「あ、ああー!そうでしたか!あー…ですが今はもうすぐ授業時間なので、今は別の部屋で____」


その瞬間、彼は私をちらっと見て、合図のようにぐっと頷く。

…そういえば、ガスマスクの人が一瞬言っていた「救世主」。まさかだけど、もしや自分自身のこと!?



警備員らの視線は、彼の方に集中している。体の小さい私はあまり眼中にないみたい。

今だ!と思い、私は彼らの横をひょいとすり抜け、猛ダッシュで校舎の中に向かった。


「…ん?おい!ちょっと待ちなさい!」


意外と簡単にこの敷地内に侵入できた。…申し訳ないけれど、今は大事な時だから…許して欲しい…。

私自身、足が速いことは自覚している。だから今度こそ、救ってみせなきゃ…!!




校舎の中に入って、探す、探す、探す…。

けれど一々、ここにある教室全部を覗く訳だから、なかなかそれらしき人物は見当たらない。


手がかりは、自殺をしそうな女子中学生……今から飛び降りるかどうかすら分からない。

あっ、そうだ。飛び降りて死んでしまうくらいの距離なら、三階ぐらいにいるのかもしれない。



「……あっ……!!」


そして、ようやく見つける。


窓枠に座って足をこちら側に出していた、明らかに危ない位置にいる女子生徒。

黒髪のロングヘアがよく似合っている女の子。あれが中島くんの初恋相手……。


けれど彼女の顔は、どこか我を失っていた。まるで、誰かにコントロール(・・・・・・)されているような……



バサッ。


「っ…!危ないっ______!!」



カーテンが(なび)いたのと同時に彼女が背中を後ろに倒すと、私は咄嗟に声が出た。

急いであの子の元へ駆け寄り、思いっきり手を伸ばした。


何もかもが、『この手に託されてる』。



けれど、私の小さな手を伸ばすたびに、彼女の手はどんどん遠さがっていった_________




……いやだ。いやだいやだいやだ……!!


ここでチャンスを逃すと、また5年後からやり直すことになる。

もしこの手で掴めなかったら、それでもいい。それでもいい、けど…!



けど私はもう、理不尽な死に方をする人間なんて、見たくない……っ!!!!







__________その瞬間。




確かに私は……もう一つの手の感触を感じた。



私はこの時を逃すまいと両手で、彼女の片手を掴んだ。

こちら側に引き戻す。力が勢い余って床にバタンと倒れ、彼女の体重が乗っかってしまう。

その衝撃で、私が負っていた膝の傷も痛くなった。


……救えたんだ、私。心の底から安堵が溢れ出した。

この子の黒髪ロングが私の口に入り、ペフッって吐き出しながらも。



「…わたし、今まで何してたの……?」


それが最初に聞いた、彼女が透き通るような声で言った言葉だった。

今まで自分が何をしていたのかも分からなく、目が泳いでいる様子で、私の存在にすら気づいていなかった。


…これが、殺人兵器「RE.D」の力?だとすると一体それは、どんな形のモノなんだろう…。



もう一つ。神崎くんは、どうしてここに来なかったのかな?

まさか私と同じく、この時のことを忘れていたのかな。いやいや、神崎くんに関してそれはあり得ないかも…



/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/



指定された中学校に着いたら、既に門が閉まっていた。


「う、うそだろ…どうしよう…。」


僕はその場で狼狽(うろた)えるしかない。

何故なら今日、この5年前に来た目的の一つを果たすためにここに来たはずだったのに…



完全に、その目的のことを忘れていた…。

友達に日付を教えてもらってから、ようやく気づくことが出来たんだけれど…。

…自分でも忘れないように気をつけていたはずなのに、何故だろう。


ところで一つ、思うことがある。どうして僕らは、見知らぬ女子中学生を救わなければいけないのか。

七瀬さんから聞いたけど、その子は中島さんの初恋相手…だと言っていた。


もちろん見捨てる訳じゃない。けれどもし彼女を救ったとして、根本的な所は何か変わるのだろうか?



「…一足遅かったようだな、愚かな小僧め」


後ろを振り返る。そこには、見知らぬ姿の中年の男。

しかし首に掛けていた名札には、「中島陽介」……と書かれている。


え、まさかこの声…もしかしてガスマスクの人!?それに、中島さんの保護者!?

……とにかく。陽介さんの言う『一足遅かった』って…どういう意味だ?



「えっと…な、なんですか」

「君たちは、この中学校の女子生徒を助けようとしていた。そうじゃないのか?」


ん?この人は、これからこの場所で女子中学生が死ぬ事を知っていたのか…?

そんな時、ふとガスマスクの人が言っていたことを思い出す。



『あの、僕らは中学校の中に入れるんですか?』

『……心配ない。しばらく正門の方で待っていれば、救世主(・・・)が現れる』


たしかこの場所に、「救世主」がやって来ると言っていた。

もしその正体が彼だと言うのなら…信用できると思う。




僕は彼を見て、少し考える。そしてその質問に黙って頷いた。


「助からなかったんですか…?女子生徒は」

「……見てみろ」

「え…?」



陽介さんが指さした先には、正門の先にある校舎の入り口。

そこから、見慣れた女の子が、警備員一人に無理やり腕を掴まれて出てきた。


「な…七瀬さん…!?」

「おそらく事なきを得たのだろう。本来(・・)なら、もっと大ごとになっていたからな」


七瀬さんがちらっと僕の存在に気づくと、「助けて〜…」と言わんばかりの表情で、こちらを見つめていた。

彼の言う事が本当なら、七瀬さんが代わりに女子生徒を救ってきてくれたのか…?



「しばらく彼女は、不法侵入の事情聴取を受けることになるだろうな。

この辺りでもう少し待っていよう。…その後、私からも君たちに話がある。」


その人は硬い表情で、僕を見ながら言った。




数分後。学校の警備室からとぼとぼと出てくる、疲れ果てていた七瀬さんが姿を現す。

おそらくこの長い間、色々と説教を受けたのだろう。今にも泣き出しそうなオーラが出ている。


「…だ、大丈夫?七瀬さん」


彼女が門を出るのを見計らって、僕はすぐに駆けつけて心配の声をかけた。

七瀬さんは一瞬僕を見て驚いた表情をしたものの、少し安堵している様子だった。



「か、神崎くん、来てくれたんだ。ありがとう…。お母さんに電話したみたいだし、もうすぐ来るかもって。」

「そ、そうなんだ…」

「安心して、神崎くん。女子中学生は救ったし、もう大丈夫なはず……」


そんな話をしていると、後ろからじっと見ていた警備員が「もうすぐ来るぞ」、と僕らに言う。



「……ちょっと実花っ!?なんでこんな所にいる訳!?!?」

「ひっ!!ごめんなさい!?」


七瀬さんの近くに走り寄り、あからさまに驚いて怒鳴る女の人。

…この様子だと、どうやら七瀬さんのお母さんのようだ。


「わざわざ仕事抜けてこっちに来たのよ!?中学校に不法侵入したなんて電話きたから…!心配したじゃない!」



多少怒っている様子の母親だったのだが、僕の存在に気づくと、何も言わず目を見開く。


「あ、えーと…あなたは…?」


そう聞かれたので、「神崎浩太郎です」と返事する。

するとその人は更に驚きだした。僕の苗字を聞いてから、驚いたような気もしたが…?



「ようやく出てきたか。……ん?」


僕らは長い時間ここで待っていたので、近くの自販機にジュースを買いに行っていた中島陽介さんが戻ってくる。


七瀬さんの母親と、彼はしばらく、互いに見つめ合った。



「______え?あ、あなたは…どうしてここに…?」

「…それは、こちらのセリフだ。仕事をほっぽり出して、何故この場にいる?」

「いやいや!あなたもですよ!」


僕と七瀬さんは二人が話している状況を、ただ呆然と見る。

「仕事」って何だ…?まるでお互いに、顔見知りのように話していた。


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