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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎・七瀬編
30/36

君色の向日葵(後編)

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「はぁ、はぁ、あー…!疲れたね…」


僕と春香さんで近くのベンチに腰掛け、一息つく。

ふと横を見ると、春香さんが額に汗を流して、幸せそうに夕日の空を眺めている。

髪を結んでいたヘアゴムは外してあり、二つとも右手首につけていた。


春香さんの髪の色が少しだけ、『黄色の向日葵』と自然にマッチしている。

この感じ…。なぜか僕の中でノスタルジックに感じられた。



そんな思いにふけていると、彼女は少し真面目そうな顔で、僕を見つめていたのに気づく。


「私…今だけ、言いたいことがあるんだ」

「え?」

「その、神崎くんといると…、苦しくなる」


ん、もしかして僕が嫌い?…いや、そういう雰囲気では無さそうだ。


「じゃあどうして?」と聞こうとした直前、春香さんは立ち上がった。

僕の目の前に立つと、彼女は両手を引っ張り、座っていた僕を立ち上がらせるよう仕向けた。



そんな時。突然、春香さんは僕とおでこ同士をくっつける。

いきなりの事態に僕は思わず目が泳いでしまうが、その一方で彼女は目を閉じている。


「…うん、やっぱりコレがいい」


何か納得したような言い様だ。僕にはその言葉の意味が分からない。



「やっぱり私、神崎くんと近い距離にいた方が…落ち着けるような気がする」

「えっ…?ちょ、ちょっと待って」

「神崎くんが好き」


彼女から一度離れてベンチに座る…しかし、そうしていた時にはもう遅かった。

え?それって…いやいや。無理だ…無理なんだよ。僕には、七瀬さんしかいない…。


春香さんは驚いている。僕に拒絶されたと思って、ショックを受けているのだろうか。

僕の焦りはピークに込み上げてきた。どうすれば、何を言えばいいのか……



「…あ、ねえ!二人の写真撮っていい?」


その時だった。後ろから、長谷田くんに話しかけられたのは。

今さっき話していたことは、聞かれていない様子だった。



「え?あ…」

「うん、私はいいよ!神崎くんは?」


瞬く間にいつもの雰囲気に戻り、なぜか頭が真っ白になる。

そんな時、寺岡くんがダッシュでやってきて、長谷田くんに話しかける。


「おーい!なーにこそこそ話してんだよ!」

「え?いや別に…今から二人の写真撮りたいなーって」

「はー!?俺たちは仲間外れかよ!?せっかくだし、全員で写ろうぜ!」


寺岡くんは、ひまわりに紛れて遊んでいた皆を呼び寄せる。

その間に春香さんは手首に着けていたヘアゴムを外し、再び髪に結んでいた。



長谷田くんは遠慮気味だったが、結局、みんなで写真を撮ることになった。

黄色に輝く花を背景に、集合して写り込む僕たち。


……あれ?前は春香さんと僕でツーショットのはずだったのに、運命が変わってる…。

こんなに運命が変わるのなら、やはり彼女を救える可能性は…あるのかもしれない。



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翌日の朝。9月25日、自宅。

昨日は、ひまわりに囲まれながらいっぱい遊び、記念写真も撮った。本当に楽しかった…はずなのに。


あと写真を撮る時、私だけ笑えなかった。暗い顔をしていたと思うし、それを確認したいとは思わない。

もしかしたら昨日走り回りすぎて、ヒザをちょっと擦り剥いたからかな。



……いや違う。私は、神崎くんと三島さんが二人で話しかけている所を見たから?


走り回って転んだ時、花の隙間からチラッと見えた、二人の横顔。

それはまるで、おでことおでこが触れ合っているかのようで……



私はずっと認めたくなかった。けれど…やっぱりこれは「嫉妬」なのかも。

元気で優しい、よく笑う可愛い女の子。私と性格が正反対だし、もしかすれば私なんかより…


そう考えてしまったらキリがない。私なんかよりって、比較してしまえばどうにもならないのに。

神崎くんがどういう選択を選ぶかが重要なはずなんだよ、きっと…




「「………。」」


登校時間になり家を出ると、ばったり乙音ちゃんと遭遇する。

しかし私から話しかけることも、彼女から話しかけることもなく、無言の時が続く。


「…昨日は、楽しかったね」

「………。」


話題を振るも、明らかにこちらを向く様子を見せない。

乙音ちゃん、何だか昨日とは様子がちょっと変だ。私みたいに、表情が暗くなっている。



「あの、乙音ちゃん?どうかしたの?」

「…たく」

「え?」

「乙音が飼ってた犬の名前。ダックスフントの、たく君」


え?乙音ちゃん、犬飼ってたんだ…!?

ちょっと意外だった。もしかして、人と話すのが苦手そうだけど、本当は寂しがり屋なのかな…?


「3年前に病気で死んだけどね。…あの頃は忙しかったし、もっと遊んであげたかった」

「…ぁ、そ、そうなんだ…」

「いや、声のトーン変えなくていいから」


そう言いながら、今日初めて私の事を見てくれた乙音ちゃん。



「本当に突然だったの。病気のことなんて直前まで誰も気づけなかったし、たく君も、あの時はピンピンしてた」

「そうなんだ…。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

「何で謝るの?もし三島さんという人が今日死ぬのなら……私は実花ちゃんに後悔してほしくない」


私に、後悔してほしくない?

思わず立ち止まって彼女と目が合う。



「実花ちゃんは、神崎くんが好き。でも、神崎くんと三島さんにヤキモチを妬いている。そうでしょ?」

「ぇ……!?!?」

「はぁ。一か八かで言ってみたけど…図星なのね」


「どうして分かったの!?」と聞いてみたけれど、「見たら分かるでしょ」とだけ。

花博士だけでなく探偵の才能もあるなんて…、何だか空いた口が塞がらない。




「実花ちゃんに選ぶ権利がある。彼に三島さんを救わせるか、彼を止めるか」

「え…?ど、どうして彼を止めるの?」

「たとえばの話。もし彼が三島さんを交通事故から助けようとして、巻き添い(・・・・)に遭ったら元も子もないじゃん」



巻き添い…?それって、神崎くん一人か、二人同時に死んでしまうってこと?


そんな風に会話していると、あっという間に学校に着いてしまう。

靴箱の部屋で乙音ちゃんと別れ、これからの事をふと考えた。



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一時限目の授業が始まる前、春香さんが自分の席のイスを持って、僕の席の前に持ってくる。

その席に彼女が座り、僕たちはお互いに向き合った。


「……昨日のことなんだけどさ」


その話題を振ったのは、意外にも春香さんの方だった。



「ごめんね、あんなこと言っちゃって」

「え…う、ううん。大丈夫」


春香さんは申し訳なさそうに、僕の目をじっと見て言った。

「あんなこと」…僕の事を、好きだと言ってくれたことだろうか。


「…こちらこそ、ごめんなさい。僕…どうしても、他に好きな人がいるんだ」

「………。」



それを聞いた春香さんの顔が、徐々に暗くなる。…もっと丁寧に言うべきだっただろうか。

心配して肩を撫でようと手を伸ばしたその時、彼女はこっちを見て「えへっ」と笑う。


「別に、心配しなくてもいいよっ!私たしかに神崎くんが好きって言ったけど、それは…友達としてだから!」

「えっ、春香さん…?」


様子からして、明らかに強がっているように見えた。

春香さんは本当に辛い時も、笑顔を絶やさない…僕はそのことを知っている。


「…その、もっと別の言い方があったはずなのに。不器用な僕で…ごめんなさい」

「いやいや、いいから!べつに、謝らなくても……」



そう言って彼女は下を見ながらイスを引き、自分の席に素早く戻っていく。

席に戻った春香さんは、バタッと机に突っ伏した状態になってしまう。


……そのまま、声を押し殺して泣いていたようにも見えた。

心配の声をかけるべきかと思ったけど、そんな事が僕に出来るわけが無く、無力なままチャイムが鳴ってしまった。




放課後。少し気が引けたが、僕は正門で春香さんを待った。

あんな事があっても、僕の中には、彼女を救うという心意気は変わっていない。


「……あ。神崎くん」


やがて春香さんと顔を合わせると、彼女は目を見開いてそう呟く。

気まずい空気ではあるけれど…「家まで見送りたい」と頼んだら、黙って頷いてくれた。



僕ら二人でスタスタと歩き始める。帰り道の足取りは、いつかのように重い。

道路のアスファルトを、夕焼けの鮮やかなオレンジが染める。


この雰囲気……高校の時、七瀬さんと一緒に歩いていた時の事を思い出した。



「他に好きな人…って、あの、七瀬ちゃん…のこと?」


そう聞かれ、僕は物思いにふけていた意識を取り戻す。


「…うん、そうだよ」

「えっそうなの…!?やっぱり!何だか二人とも、すごい仲良さげだったもんね。」


前の様子に戻り、いつもの笑顔で僕にそう言った。

さっきまで受け入れ難い…というような感じだったけれども、足取りも少し軽く、今はマシになったみたいだ。



……謝っても謝りきれないような気がする。

僕は七瀬さんが好きだ。春香さんも好きだけど…もちろんこの子だけは特別な感情じゃない。

そんなせいで、彼女を傷つけることになってしまった。



「さっきは私…強がっちゃった」

「…えっ?」

「本当は分かってるかもしれないけど……私は神崎くんに、片想いしてた。

でも、でもね…?神崎くんは、あんまり自分を責めないで。神崎くんと七瀬ちゃん、とってもお似合いだから!」


その言葉に、ただただ驚愕した。まるでこっちの心の中を覗かれたみたいだ。

おかげで不安の種が、僅かばかり消えたような気がする。



「あ…こんにちは」

「えっ、七瀬ちゃん!?びっくりした…ちょうど今話してたところなの!」


その時、乙音さんと七瀬さんら二人にばったり会う。


「あのね、神崎くん。今からでいいから、話…できないかな」

「え、僕に…?い、いいけど」



いきなり唐突な感じがする。そう話す七瀬さんは…少し気まずそうな表情だ。


「それって、ここで話せること?二人っきりにさせた方がいい?」


春香さんが空気を察してそう言ってくれたが、七瀬さんは「大丈夫」と返す。

彼女は姿勢を正し、僕に全身を向ける。今、人前で話せることって…、一体なんだろうか?



「神崎くんは、本当に三島さんを助けるつもり?」

「う、うん。そうだけど_____」

「……本当に、大丈夫なの?」


え…?想定外の質問に、つい驚いてしまった。

僕の隣にいた春香さんも、彼女の発言に疑問を持つ。


「七瀬ちゃん、どうしてそう思うの?」

「……明らかにリスクがある。分かるでしょ?」



同じく、七瀬さんの隣にいた乙音さんが返事した。

「リスク」…?僕たちはその言葉に、きょとんとしてしまう。


「三島さん。あなたは今日、交通事故で死ぬ。それって、車に轢かれてってことよね?」

「うん……そうだよ、ね?」

「もし神崎くんが、あなたを庇って死んでしまったら…なんて思わないわけ?」


それを聞いた春香さんは「えっ…」と衝撃を受けたように、小声で言う。



「ま、待ってください…そんなの、一度やってみなきゃ分からないじゃないですか」

「でも、完全にその可能性もあるでしょ?」

「じゃあ、この子のことを見殺しにするんですか…!?」


納得がいかなくて、思わず乙音さんに反論する。

僕から威圧感を感じたのか、彼女は焦ってわずかに後退してしまう。


七瀬さんも驚いてこっちを見て、僕の名前を呟く。



「やっぱりわたしじゃ、敵わないよね」

「……えっ?」


七瀬さんは下唇を噛みながらそう言い残して、この場から走り去っていく。

それを見た乙音さんも、黙って彼女を追いかけていった。




「「………。」」


この場には、僕と春香さんしかいない。

彼女はさっき乙音さんに言われた事に、ショックを受けているようだった。



「安心して。僕は死んだりなんかしない。絶対春香さんを_______」

「ごめんなさい」

「え?春香さん…?」

「……それ、死亡フラグだよ。私…神崎くんに死んでほしくないから…」


彼女が下を向いてそう言ったのと同時に、スタスタとこの場を走り去る。

その後ろ姿は、まるでこれまでの思い出が、これから全部無くなっていくようだ。


「ま、待ってっ……________!!」


必死に手を伸ばすも、届くわけがない。僕は手を戻し彼女を追いかけた。



/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/



「………。」


私は、人気の少ない住宅街の道路の隅で立ち止まる。

するとこっちの元に、もう一人の足音が迫ってきた。


「……大丈夫?」


ハッと後ろを振り返ると、そこには乙音ちゃんがいた。

少し息切れしながらも、私のことを心配してくれている目だ。


「私…あんなこと言うなんて。ちょっと、あざとすぎたかな…」

「うん本当に。でもそれが嫉妬ってやつでしょ」



否定しない乙音ちゃんは、やっぱりすごい。

嫉妬という言葉をこの歳で知っている時点で、よっぽどすごいけどね。


「どうするか決めて。今から彼を止めれば、間に合うはずでしょ?」

「……そんなことしたら、嫌われるよ」

「もし彼が事故に巻き込まれたらどうすんの?」

「それは…。」


乙音ちゃんの強い視線を、じっと見て私は黙り込む。



「このままだと、後悔するの実花ちゃんの方だよ。それでもいいの?」

「………。」

「……なんとか言ったらどうなの」


少しずつ段々と、乙音ちゃんの圧が強くなっていく。



……私は……。


「……行かなきゃ」



ここでぐすぐずして、後悔なんてしたくない。

私に何ができるのか分からない。けれど今こんな所でじっとしてるよりは、何か行動する方が100倍マシな気がした。


乙音ちゃんを後にして、私はさっきの場所周辺に戻るために走り出した。

小さな歩幅を、必死に必死に、がむしゃらに伸ばしながら。




「はぁ…はぁ…神崎くん…!」


道中に、彼が一人の姿を見かけた。私との距離は16メートル程。

車の行き交っている道路や交差点があちこちにある。彼も、キョロキョロと三島さんを探している様子だった。


大声で呼び止めようとしたけれど、ここからじゃ、息切れしていた私の声が届くはずもない。

赤信号の道路で向こう側には行けず、16メートルが、もっと遥かに長く感じた。



「…っ、春香さん……っ!!!」


その時。彼が目を見開いて視線を向けた先は、背中を向けている三島さんだった。

彼女が神崎くんの方に振り向く。それと同時に信号が赤から青に、青から赤に変わった。



神崎くんが、あの子の元に足を進める。それは、赤信号の道路を渡ろうとしていたという事だった。

……だめ、絶対だめ……!このままじゃ、神崎くんが……!!


私は渡れるようになった道路を一気に超えて、彼の方へと近寄る。

そして、私は神崎くんの腕を掴み、歩道側に引き離す。それに驚いた彼は、こちらの方を見た。



……同時に。


ドンッ____________




思いの外、それは鈍い音だった。


「!!」



道路の上にいた三島さんが、軽トラックに()ねられる。

彼女は頭を血塗れにして、道路の上に倒れ込んだ。


……その時、確信した。私のした行動は、とんでもない事だったんじゃないかって……。

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