君色の向日葵(後編)
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「はぁ、はぁ、あー…!疲れたね…」
僕と春香さんで近くのベンチに腰掛け、一息つく。
ふと横を見ると、春香さんが額に汗を流して、幸せそうに夕日の空を眺めている。
髪を結んでいたヘアゴムは外してあり、二つとも右手首につけていた。
春香さんの髪の色が少しだけ、『黄色の向日葵』と自然にマッチしている。
この感じ…。なぜか僕の中でノスタルジックに感じられた。
そんな思いにふけていると、彼女は少し真面目そうな顔で、僕を見つめていたのに気づく。
「私…今だけ、言いたいことがあるんだ」
「え?」
「その、神崎くんといると…、苦しくなる」
ん、もしかして僕が嫌い?…いや、そういう雰囲気では無さそうだ。
「じゃあどうして?」と聞こうとした直前、春香さんは立ち上がった。
僕の目の前に立つと、彼女は両手を引っ張り、座っていた僕を立ち上がらせるよう仕向けた。
そんな時。突然、春香さんは僕とおでこ同士をくっつける。
いきなりの事態に僕は思わず目が泳いでしまうが、その一方で彼女は目を閉じている。
「…うん、やっぱりコレがいい」
何か納得したような言い様だ。僕にはその言葉の意味が分からない。
「やっぱり私、神崎くんと近い距離にいた方が…落ち着けるような気がする」
「えっ…?ちょ、ちょっと待って」
「神崎くんが好き」
彼女から一度離れてベンチに座る…しかし、そうしていた時にはもう遅かった。
え?それって…いやいや。無理だ…無理なんだよ。僕には、七瀬さんしかいない…。
春香さんは驚いている。僕に拒絶されたと思って、ショックを受けているのだろうか。
僕の焦りはピークに込み上げてきた。どうすれば、何を言えばいいのか……
「…あ、ねえ!二人の写真撮っていい?」
その時だった。後ろから、長谷田くんに話しかけられたのは。
今さっき話していたことは、聞かれていない様子だった。
「え?あ…」
「うん、私はいいよ!神崎くんは?」
瞬く間にいつもの雰囲気に戻り、なぜか頭が真っ白になる。
そんな時、寺岡くんがダッシュでやってきて、長谷田くんに話しかける。
「おーい!なーにこそこそ話してんだよ!」
「え?いや別に…今から二人の写真撮りたいなーって」
「はー!?俺たちは仲間外れかよ!?せっかくだし、全員で写ろうぜ!」
寺岡くんは、ひまわりに紛れて遊んでいた皆を呼び寄せる。
その間に春香さんは手首に着けていたヘアゴムを外し、再び髪に結んでいた。
長谷田くんは遠慮気味だったが、結局、みんなで写真を撮ることになった。
黄色に輝く花を背景に、集合して写り込む僕たち。
……あれ?前は春香さんと僕でツーショットのはずだったのに、運命が変わってる…。
こんなに運命が変わるのなら、やはり彼女を救える可能性は…あるのかもしれない。
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翌日の朝。9月25日、自宅。
昨日は、ひまわりに囲まれながらいっぱい遊び、記念写真も撮った。本当に楽しかった…はずなのに。
あと写真を撮る時、私だけ笑えなかった。暗い顔をしていたと思うし、それを確認したいとは思わない。
もしかしたら昨日走り回りすぎて、ヒザをちょっと擦り剥いたからかな。
……いや違う。私は、神崎くんと三島さんが二人で話しかけている所を見たから?
走り回って転んだ時、花の隙間からチラッと見えた、二人の横顔。
それはまるで、おでことおでこが触れ合っているかのようで……
私はずっと認めたくなかった。けれど…やっぱりこれは「嫉妬」なのかも。
元気で優しい、よく笑う可愛い女の子。私と性格が正反対だし、もしかすれば私なんかより…
そう考えてしまったらキリがない。私なんかよりって、比較してしまえばどうにもならないのに。
神崎くんがどういう選択を選ぶかが重要なはずなんだよ、きっと…
「「………。」」
登校時間になり家を出ると、ばったり乙音ちゃんと遭遇する。
しかし私から話しかけることも、彼女から話しかけることもなく、無言の時が続く。
「…昨日は、楽しかったね」
「………。」
話題を振るも、明らかにこちらを向く様子を見せない。
乙音ちゃん、何だか昨日とは様子がちょっと変だ。私みたいに、表情が暗くなっている。
「あの、乙音ちゃん?どうかしたの?」
「…たく」
「え?」
「乙音が飼ってた犬の名前。ダックスフントの、たく君」
え?乙音ちゃん、犬飼ってたんだ…!?
ちょっと意外だった。もしかして、人と話すのが苦手そうだけど、本当は寂しがり屋なのかな…?
「3年前に病気で死んだけどね。…あの頃は忙しかったし、もっと遊んであげたかった」
「…ぁ、そ、そうなんだ…」
「いや、声のトーン変えなくていいから」
そう言いながら、今日初めて私の事を見てくれた乙音ちゃん。
「本当に突然だったの。病気のことなんて直前まで誰も気づけなかったし、たく君も、あの時はピンピンしてた」
「そうなんだ…。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」
「何で謝るの?もし三島さんという人が今日死ぬのなら……私は実花ちゃんに後悔してほしくない」
私に、後悔してほしくない?
思わず立ち止まって彼女と目が合う。
「実花ちゃんは、神崎くんが好き。でも、神崎くんと三島さんにヤキモチを妬いている。そうでしょ?」
「ぇ……!?!?」
「はぁ。一か八かで言ってみたけど…図星なのね」
「どうして分かったの!?」と聞いてみたけれど、「見たら分かるでしょ」とだけ。
花博士だけでなく探偵の才能もあるなんて…、何だか空いた口が塞がらない。
「実花ちゃんに選ぶ権利がある。彼に三島さんを救わせるか、彼を止めるか」
「え…?ど、どうして彼を止めるの?」
「たとえばの話。もし彼が三島さんを交通事故から助けようとして、巻き添いに遭ったら元も子もないじゃん」
巻き添い…?それって、神崎くん一人か、二人同時に死んでしまうってこと?
そんな風に会話していると、あっという間に学校に着いてしまう。
靴箱の部屋で乙音ちゃんと別れ、これからの事をふと考えた。
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一時限目の授業が始まる前、春香さんが自分の席のイスを持って、僕の席の前に持ってくる。
その席に彼女が座り、僕たちはお互いに向き合った。
「……昨日のことなんだけどさ」
その話題を振ったのは、意外にも春香さんの方だった。
「ごめんね、あんなこと言っちゃって」
「え…う、ううん。大丈夫」
春香さんは申し訳なさそうに、僕の目をじっと見て言った。
「あんなこと」…僕の事を、好きだと言ってくれたことだろうか。
「…こちらこそ、ごめんなさい。僕…どうしても、他に好きな人がいるんだ」
「………。」
それを聞いた春香さんの顔が、徐々に暗くなる。…もっと丁寧に言うべきだっただろうか。
心配して肩を撫でようと手を伸ばしたその時、彼女はこっちを見て「えへっ」と笑う。
「別に、心配しなくてもいいよっ!私たしかに神崎くんが好きって言ったけど、それは…友達としてだから!」
「えっ、春香さん…?」
様子からして、明らかに強がっているように見えた。
春香さんは本当に辛い時も、笑顔を絶やさない…僕はそのことを知っている。
「…その、もっと別の言い方があったはずなのに。不器用な僕で…ごめんなさい」
「いやいや、いいから!べつに、謝らなくても……」
そう言って彼女は下を見ながらイスを引き、自分の席に素早く戻っていく。
席に戻った春香さんは、バタッと机に突っ伏した状態になってしまう。
……そのまま、声を押し殺して泣いていたようにも見えた。
心配の声をかけるべきかと思ったけど、そんな事が僕に出来るわけが無く、無力なままチャイムが鳴ってしまった。
放課後。少し気が引けたが、僕は正門で春香さんを待った。
あんな事があっても、僕の中には、彼女を救うという心意気は変わっていない。
「……あ。神崎くん」
やがて春香さんと顔を合わせると、彼女は目を見開いてそう呟く。
気まずい空気ではあるけれど…「家まで見送りたい」と頼んだら、黙って頷いてくれた。
僕ら二人でスタスタと歩き始める。帰り道の足取りは、いつかのように重い。
道路のアスファルトを、夕焼けの鮮やかなオレンジが染める。
この雰囲気……高校の時、七瀬さんと一緒に歩いていた時の事を思い出した。
「他に好きな人…って、あの、七瀬ちゃん…のこと?」
そう聞かれ、僕は物思いにふけていた意識を取り戻す。
「…うん、そうだよ」
「えっそうなの…!?やっぱり!何だか二人とも、すごい仲良さげだったもんね。」
前の様子に戻り、いつもの笑顔で僕にそう言った。
さっきまで受け入れ難い…というような感じだったけれども、足取りも少し軽く、今はマシになったみたいだ。
……謝っても謝りきれないような気がする。
僕は七瀬さんが好きだ。春香さんも好きだけど…もちろんこの子だけは特別な感情じゃない。
そんなせいで、彼女を傷つけることになってしまった。
「さっきは私…強がっちゃった」
「…えっ?」
「本当は分かってるかもしれないけど……私は神崎くんに、片想いしてた。
でも、でもね…?神崎くんは、あんまり自分を責めないで。神崎くんと七瀬ちゃん、とってもお似合いだから!」
その言葉に、ただただ驚愕した。まるでこっちの心の中を覗かれたみたいだ。
おかげで不安の種が、僅かばかり消えたような気がする。
「あ…こんにちは」
「えっ、七瀬ちゃん!?びっくりした…ちょうど今話してたところなの!」
その時、乙音さんと七瀬さんら二人にばったり会う。
「あのね、神崎くん。今からでいいから、話…できないかな」
「え、僕に…?い、いいけど」
いきなり唐突な感じがする。そう話す七瀬さんは…少し気まずそうな表情だ。
「それって、ここで話せること?二人っきりにさせた方がいい?」
春香さんが空気を察してそう言ってくれたが、七瀬さんは「大丈夫」と返す。
彼女は姿勢を正し、僕に全身を向ける。今、人前で話せることって…、一体なんだろうか?
「神崎くんは、本当に三島さんを助けるつもり?」
「う、うん。そうだけど_____」
「……本当に、大丈夫なの?」
え…?想定外の質問に、つい驚いてしまった。
僕の隣にいた春香さんも、彼女の発言に疑問を持つ。
「七瀬ちゃん、どうしてそう思うの?」
「……明らかにリスクがある。分かるでしょ?」
同じく、七瀬さんの隣にいた乙音さんが返事した。
「リスク」…?僕たちはその言葉に、きょとんとしてしまう。
「三島さん。あなたは今日、交通事故で死ぬ。それって、車に轢かれてってことよね?」
「うん……そうだよ、ね?」
「もし神崎くんが、あなたを庇って死んでしまったら…なんて思わないわけ?」
それを聞いた春香さんは「えっ…」と衝撃を受けたように、小声で言う。
「ま、待ってください…そんなの、一度やってみなきゃ分からないじゃないですか」
「でも、完全にその可能性もあるでしょ?」
「じゃあ、この子のことを見殺しにするんですか…!?」
納得がいかなくて、思わず乙音さんに反論する。
僕から威圧感を感じたのか、彼女は焦ってわずかに後退してしまう。
七瀬さんも驚いてこっちを見て、僕の名前を呟く。
「やっぱりわたしじゃ、敵わないよね」
「……えっ?」
七瀬さんは下唇を噛みながらそう言い残して、この場から走り去っていく。
それを見た乙音さんも、黙って彼女を追いかけていった。
「「………。」」
この場には、僕と春香さんしかいない。
彼女はさっき乙音さんに言われた事に、ショックを受けているようだった。
「安心して。僕は死んだりなんかしない。絶対春香さんを_______」
「ごめんなさい」
「え?春香さん…?」
「……それ、死亡フラグだよ。私…神崎くんに死んでほしくないから…」
彼女が下を向いてそう言ったのと同時に、スタスタとこの場を走り去る。
その後ろ姿は、まるでこれまでの思い出が、これから全部無くなっていくようだ。
「ま、待ってっ……________!!」
必死に手を伸ばすも、届くわけがない。僕は手を戻し彼女を追いかけた。
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「………。」
私は、人気の少ない住宅街の道路の隅で立ち止まる。
するとこっちの元に、もう一人の足音が迫ってきた。
「……大丈夫?」
ハッと後ろを振り返ると、そこには乙音ちゃんがいた。
少し息切れしながらも、私のことを心配してくれている目だ。
「私…あんなこと言うなんて。ちょっと、あざとすぎたかな…」
「うん本当に。でもそれが嫉妬ってやつでしょ」
否定しない乙音ちゃんは、やっぱりすごい。
嫉妬という言葉をこの歳で知っている時点で、よっぽどすごいけどね。
「どうするか決めて。今から彼を止めれば、間に合うはずでしょ?」
「……そんなことしたら、嫌われるよ」
「もし彼が事故に巻き込まれたらどうすんの?」
「それは…。」
乙音ちゃんの強い視線を、じっと見て私は黙り込む。
「このままだと、後悔するの実花ちゃんの方だよ。それでもいいの?」
「………。」
「……なんとか言ったらどうなの」
少しずつ段々と、乙音ちゃんの圧が強くなっていく。
……私は……。
「……行かなきゃ」
ここでぐすぐずして、後悔なんてしたくない。
私に何ができるのか分からない。けれど今こんな所でじっとしてるよりは、何か行動する方が100倍マシな気がした。
乙音ちゃんを後にして、私はさっきの場所周辺に戻るために走り出した。
小さな歩幅を、必死に必死に、がむしゃらに伸ばしながら。
「はぁ…はぁ…神崎くん…!」
道中に、彼が一人の姿を見かけた。私との距離は16メートル程。
車の行き交っている道路や交差点があちこちにある。彼も、キョロキョロと三島さんを探している様子だった。
大声で呼び止めようとしたけれど、ここからじゃ、息切れしていた私の声が届くはずもない。
赤信号の道路で向こう側には行けず、16メートルが、もっと遥かに長く感じた。
「…っ、春香さん……っ!!!」
その時。彼が目を見開いて視線を向けた先は、背中を向けている三島さんだった。
彼女が神崎くんの方に振り向く。それと同時に信号が赤から青に、青から赤に変わった。
神崎くんが、あの子の元に足を進める。それは、赤信号の道路を渡ろうとしていたという事だった。
……だめ、絶対だめ……!このままじゃ、神崎くんが……!!
私は渡れるようになった道路を一気に超えて、彼の方へと近寄る。
そして、私は神崎くんの腕を掴み、歩道側に引き離す。それに驚いた彼は、こちらの方を見た。
……同時に。
ドンッ____________
思いの外、それは鈍い音だった。
「!!」
道路の上にいた三島さんが、軽トラックに撥ねられる。
彼女は頭を血塗れにして、道路の上に倒れ込んだ。
……その時、確信した。私のした行動は、とんでもない事だったんじゃないかって……。