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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
神崎・七瀬編
29/36

君色の向日葵(前編)

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翌朝の24日。私は着替えてランドセルを背負い、玄関へ向かった。

ついでにお母さんに会って、いってきます、って伝えようと思ったんだけど…


お母さんはリビングの椅子で、書類を見て考え込んでいた。


「……なにそれ?」

「ぎゃあっ!?」


後ろから私が覗き込んでいると、不自然に驚いてそれを隠した。

…私の驚き方って、何だかお母さん譲りな気がしてきた。



「何見てたの?」

「い、いやいや!これは仕事の書類!」


この焦りよう…アヤシイ。けれど、確かに仕事の書類だったような気がする。

そういえば。お母さんの仕事って、なんだったっけ…?


「じゃあ行ってくるね、お母さん」

「え…?う、うん。行ってらっしゃい」


そんな風に言っていたお母さんは、何か秘密を隠している感じがした。




チャイムが鳴って休み時間になると、私は退屈になってしまう。

…気晴らしに、学校内の敷地でも散歩しておこうかな。


そう思い立って、てくてくと校舎の近くを歩いていた。

すると、花壇の横からじっとしゃがんでそれを眺めている、女の子が目についた。


「えっと…こんな所で何してるの?」


私も彼女の横に並んでしゃがみ、そう聞いてみると、睨むような顔で見られてしまう。

濃い茶髪のストレートロングヘアで、顔は可愛らしくクールな印象。

裾がフリルの黒い長袖に、青いジーンズという衣服も、その雰囲気が増した。



「…見たらわかるでしょ」


明らかに一人の時間を邪魔されて、不機嫌そうな声で言う女の子。

私は何となく申し訳なくなって、その場を立ち上がって謝った。


「ごっごめんね。何となく話しかけたくなって…あはは…」

「邪魔」

「はい…。」


うう、何も言えなくなってしまった。



その子は花壇に目線を戻し、土から出ていた何かの花の芽を見る。

私から見ればそれは……緑色のタケノコ、って感じだった。


「…その花は?」


思い切って聞くと、彼女は、がなり声のように溜め息をついた。…私は肩がぴくっとなってしまう。



「これは…チューリップの芽だから」

「そ、そうなんだ。なんだか、タケノコみたいな形だね!」

「は?全然違う」


また睨まれてしまう。こ、これ以上怒らせてしまう前に…早急に立ち去った方がいいかも…

恐る恐る一歩ずつ後ずさっていくと、眉間にシワを寄せた彼女がこう言う。


「…チューリップの和名、知らないでしょ」

「え?」

鬱金香(うこんこう)。みんな汚い名前ってバカにするけど、元々ウコンのように埃臭いから名付けられたの」



…ウコンって、あのウコン?

そんなの全く知らなかった。もしかしてこの子、お花が好きなのかな?


「まあ、詳しいことは分かんないけど」

「え、す…すごいね!そんなのも知ってるなんて、お花博士になれるよ!?」

「……大げさだから」


そんな風に冷たく言うけれど、横顔は…まんざらでも無さそうだった。

この子、なんだか中島くんに似てて、愛おしいっ…!!



「ねえ、名前は何?」

「はあ?もしかして私の…?斉藤乙音(さいとうおとね)。6年生」

「そうなんだ!私、七瀬実花。じゃ、じゃあ…乙音ちゃんって呼んでもいい?」

「馴れ馴れしい…。で、でも…よろしく」


「乙音ちゃん」と呼んでから、私にそっぽを向いてしまう。

けれど私は、小学校で初めての友達が出来た気がして、すっごく嬉しかった。



一方で、本当に関わって大丈夫かな…?という不安もあった。

本来、出会うはずもない人と仲良くなってしまったら、何かが変わるんじゃないかって。



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休み時間は小学校の教室で、僕はずっと考えていた。

本来なら、春香さんが交通事故に遭うまで……あと1日。もう明日だ。


それともう一つ、今日はあの子とツーショット写真を撮る日でもある。

実は…長谷田くんは写真好き。あの日、持っていた使い捨てカメラで僕らを撮ってくれたのだ。



それにしても、辺りを見渡しても春香さんはいない。

今日は学校に来ているはずだ。いつもは教室にいるはず、だけど…。


「おいおーい!暇かー?」


すると耳元から、寺岡くんの声が聞こえる。

いつもの声量にビクッとして驚きながら、彼の方を見た。


「て、寺岡、くん…、丁度良かった…春香さんがどこにいるか知らない?」

「ん?おまえ春香のコト、さん付けで呼んでたっけ?」


…首を傾げられてしまう。



「ん、んん…いやまあ、そこはどうでもいいから…」

「あっそーいえば。アイツ、屋上前の階段にいんじゃね?今日ちょっと様子おかしかったからさー」


屋上前の…階段?

あっ!思い出した。春香さんは他の子と喧嘩した時とかは、心を整理しようとそこで黄昏れるんだっけ。

屋上にはもちろん鍵が掛かっていて、そこが唯一の彼女の居場所だ。


ん、もしかして春香さん、まだ落ち込んでいるのか…?

いやいや…、僕は確かに昨日、彼女が立ち直る姿を見た。もう一つ何か不安なことでもあるのだろうか。




屋上の扉前の階段。寺岡くんと二人でそこに行くと、段差に座る春香さんがいた。

その視線は下を向いていて、上半身を前後に揺らし…どこか退屈で憂鬱そうだった。


「こんな所で何してんだよー!」


僕らが彼女の目の前に立つ。すると寺岡くんがいつもの声量で話しかけた。

春香さんは彼の声に気づくと、我に帰るようにこちらを見る。


「ん、んん。あはは…ごめんね。私、元気でなくて」

「何だよソレっ!俺たちで良かったら相談乗るけど。聞くだけだし、楽だから」



春香さんの満面の笑顔に少しだけホッとしながらも、僕らは彼女の両脇のスペースに座った。


「昨日と一昨日のこと、ごめんね。僕、無神経だった」

「は!?何かあったのかよ!?」


それを初めて聞いた寺岡くん。即座に反応した。

春香さんは一瞬虚しそうな顔になった後、こう言う。



「えへへ、全然気にしてないよ。むしろ本当のことを言ってくれてありがとうね!」


彼女は突然、満面の笑みを浮かべてそう話す。

正直…想定外の反応だった。僕はずっと彼女に正直に言ってから後悔していたのに。



「だ…だから何なんだよ!?昨日かおととい、なんかあったのか!?気になるわ!!」

「んーん。何でもない」


食い気味に気にする寺岡くん。そんな彼に対し、春香さんが首を振る。


「…それより私、考えてたんだ。もし明日死ぬとしたら、何しようかなって」

「え?」


寺岡くんも僕とほぼ同時に「は?」と言う。

そんな…縁起でもないことを。僕は昨日、彼女を救うと約束したはずだ。



「…僕では心細い?」

「ううん。そういう訳じゃない。私ね、それで一つ思いついたの。

誰とでもいいから……最後は一緒に、ひまわりのお花畑が見たいなって」


一瞬その言葉の意味がわからず、僕は眉をひそめた。

ふと寺岡くんの方を見ると、彼も僕と同じような顔をしていた。


向日葵(ひまわり)畑?どうしてそれが見たいんだ?



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学校が終わって下校時間になると、正門で乙音ちゃんを見かける。

どうやら私とは違うクラスみたいで、教室では会えなかったのが心残り。


「乙音も、一緒に帰る。一人じゃ心細いでしょ」


彼女も私を見かけると、すかさず寄ってきた。ところで一人称、自分の名前なんだ。



「う、うん。いいけど…。でも途中で寄り道するかも」

「こんな夕方に?」

「そうなんだ。神崎くんの家に寄ろうかなって…あ!友達の、ね?」


友達、というワードにピクッと反応する乙音ちゃん。眉間にシワを寄せた。


「…分かった。ついていく」

「え、本当?いいよ!一緒にいこっ!」


どうやら乙音ちゃんも、私に着いて来てくれるみたい。

まさか今日1日で、こんなに仲良くなれる友達が出来るとは思わなかった。




やがて神崎くんの家に着くと、すぐに玄関前のチャイムを鳴らす。

二人でじっとしていると、玄関の扉から神崎くんが……


「…あれ、君って前に会った…?」


……いや、違う。彼じゃない。そこから出てきたのは、眼鏡をかけた少年だった。

たしか歩道橋で会った、神崎くんのお友達だったっけ…?



「えっ…ええ、と…」

「あ、僕は長谷田です。長谷田貴。ごめんね、驚かしちゃって。今、神崎くんはリビングに……」


すると丁度良いタイミングで、横から神崎くんが現れる。

それと同時に、長谷田と名乗る男の子は、向こう側の部屋に去っていった。


「七瀬さん…!今、友達が家にいて…今日はちょっと騒がしいんだけど、いい?」

「あ、うん!もちろん」

「そっか。えっと……隣の子は?」


すると神崎くんが乙音ちゃんを見て、首を傾げる。



「…ん……んあ……」

「こ、この子は斉藤乙音ちゃん!今日友達になったばかりなんだ」


俯いて、もごもごと話す人見知りな乙音ちゃんに代わり、私が紹介する。

それに対し神崎くんは、「そうなんだ」と頷いて納得してくれた。




私は足取りの重そうな乙音ちゃんの手を、嫌われないようそっと繋ぎ、一緒に中へと入っていく。

神崎くんが、今日はちょっと友達が多くて騒がしいって言ってたから…乙音ちゃん、顔色が悪そう。


「だいじょうぶ、乙音ちゃん?私のために無理しなくても…」

「別に…、気にしないでよ。…全然平気」


乙音ちゃんが会話しながら深呼吸する度、だいぶ様子が良くなった。

もしかして、よほどの人見知り?連れてきたのはちょっと無茶だったかなぁ…。



リビングに来ると、神崎くんと彼の友達4人が、ソファとダイニングチェアに座っていた。

神崎くんが私たちに「座っていいよ」と言うと、この場にいる全員がこちらの方を向いた。


「神崎くんの、お友だち…?」


彼の幼馴染である三島さんの言葉に対し、私はこくこくと頷いて返事をする。

その後、私たちがテーブルの椅子に座ると、辺りはしーんと静まり返った。



「…え、ええ、と…。どうしてこんなに人が?」


思い切って気になっていた事を聞くと、三島さんは咳払いをする。

そして席を立ち上がって突然、この部屋の真ん中に立つ。


緊張感に駆られる中、彼女は皆に打ち明けるようにこう言った。




「私……明日、死んじゃうかもしれない」

「「「えっ!?!?」」」


……神崎くんを除いて、ほとんど全員がその発言に驚く。

え、嘘?もしかして…いつの間にか神崎くん、本人にカミングアウトしちゃった?



「わ…訳わかんね!?俺たちを呼び出して、何だよそれ!?どういうことだよ!?」

「寺岡くん、落ち着いてよ。…イチから説明するから!」


ソファに座っていた…活発そうな少年。

寺岡くんという名前の彼を見て、三島さんは真面目な表情で言った。


「神崎くんが言ってくれたんだ。私は明日、交通事故に遭うって」

「あ、あの…、病気とか、じゃなく…?」

「うん。…いやー、さすがに驚くよね、那月ちゃんも」



え?交通事故で死んじゃうんだ、三島さん。そこは初耳だった。

今発言した、寺岡くんの隣に座っていた少女。横のランドセルに掛けられた「かやの なつき」という名札が目に入った。


そういえば。三島さん、長谷田くん、寺岡くんに那月ちゃん…。

これが、神崎くんの友達全員の名前みたい。私いま初めて知ったかも。



……って、そんなこと、今はどうだっていいよね。

三島さんが説明をする中、隣にいた私の友達の乙音ちゃんが食いついた。


「なんでそんなこと分かんの」

「え…?」

「明日起こる交通事故なんて、誰も予測できる訳ないよね?超能力者(・・・・)だったら別だけど。存在しないじゃん…」


彼女の発言で、誰もが口をつぐむ。ただ寺岡くんに限っては、「超能力は存在する!」と言い張ってる。

過去からやってきた、だなんて多分…乙音ちゃんは信用しない人な気がしてきた。

そういえば、さっきの三島さんの発言にも、彼女は驚いていなかったし。



「い、いゃ…、か…神崎くんは、嘘をつかないもんっ!!」

「はぁ?」


三島さんが両手を握りしめ、怯えながらも鋭い目つきで反論した。



「あのね。僕が意味をわからない事を言っているっていうことは…何より僕自身がよく分かってます。

でもみんな…心の底では信用できなくても、どうか信じて欲しい。じゃないと明日、きっと後悔するかもしれない」


その言葉に、誰もが耳を貸して驚くように口を開いた。

乙音ちゃんも何も言えなそうに、目を逸らして黙り込んでしまう。


「…カッコ良かったけど、ちょっと長すぎてよく分かんなかった」

「うん、そうだよね」



どうやら乙音ちゃんと私以外は、彼の言葉が長すぎてよく分かんなかったみたい。

呆気に取られる私たちをよそに、他のみんなは全員、この変な空気に笑ってしまった。




「だからさっき、おかしな事を言ってたのか!?」

「う、うん。まあそうだね」


寺岡くんが、三島さんにそう聞く。

すると彼女は本題に入るかのように、私たち全員をキョロキョロと見る。


「迷惑になるかもしれないけど…今からみんなで、ひまわり畑に行きたいんだっ…!」

「「え?」」



つい驚きの声が出たのは、私と那月ちゃん。

乙音ちゃんと長谷田くんは反応が薄かったものの、普通に驚いていた。


ひまわり畑……?どうしてそんな所に、今から行きたいんだろう?

もしかして、みんなで思い出の場所を巡りたいとか…?



「けれど私、最近見たことないの。昔は行ったんだけど、どこにある場所なのかも忘れちゃって_____」

「どうして、そこに行きたいの?」


彼女の言葉を遮って、そう聞いたのは乙音ちゃんだった。


「それは…私がいちばん好きな場所だから」

「……そう」


三島さんの様子をじっと見ていた乙音ちゃんは、瞳を閉じて納得する。

その直後に彼女は、何故か突然その場から席を立ち、三島さんの目の前に立つ。



「________じゃあ、案内してあげる」


彼女の小さな口から発せられたその言葉。

私たちは最初、それがどういう意味か分からなかった。


─────────────────────────────────


神崎くんの家を出て、乙音ちゃんに案内される方へと着いていった。

私たちが息切れをする中、彼女はなりふり構わずどんどん先へと進んでいく。


途中は電車に乗って降り、そのまま数分程しばらく歩いていた。

ここがどこなのか分からないものの、足を進めると、とある広い草地に着いた。



「え、うそ…!?」


その光景に、思わずみんなが息を呑む。



辺り一面には、無数のひまわりが咲いていた。

晴れ渡る空から覗く眩しい夕日を、テカテカと輝きながら受け止める、太陽の形をした花。…まるで幻想的。


「すぐ近くにあるひまわり畑は、ここだったから」

「すごい…すごいよ!これ…あっ。そういえば、おなまえ何だっけ?」

「斉藤乙音。苗字で呼ばれるのやだし、名前で呼んで」


驚いていた三島さんが、乙音ちゃんの方を見て名前を聞く。

…さっきまでは自己紹介できなかったのに。このメンバーに慣れてきたのかな?



「こんな場所があったなんて…」

「すげー…!俺、走ってもいいか!?もうガマンできねぇっ!」


目を輝かせる長谷田くんと寺岡くん。

彼は返事を待つ暇もなく、ひまわりの横をかき分けるように全力で走り抜けていった。


「は!?ちょっと…!?花を踏まないでよ!?」


乙音ちゃんはいつもの表情を崩し、焦りながら彼を追いかけていく。

そんな二人の後を追うように、私と長谷田くん、三島さんに神崎くん、茅野さんの順番で走った。



走り回って、たくさん笑う。一面のひまわりに紛れながら。

いきなり現れた私のような女の子にも、みんな仲良く接してくれた。まるで子供の頃の無邪気な青春みたい。


どこかで聞いた、「このまま時間が止まってしまえばいいのに」って言葉。私はそれが、本気で思ってしまった。



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