君色の向日葵(前編)
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翌朝の24日。私は着替えてランドセルを背負い、玄関へ向かった。
ついでにお母さんに会って、いってきます、って伝えようと思ったんだけど…
お母さんはリビングの椅子で、書類を見て考え込んでいた。
「……なにそれ?」
「ぎゃあっ!?」
後ろから私が覗き込んでいると、不自然に驚いてそれを隠した。
…私の驚き方って、何だかお母さん譲りな気がしてきた。
「何見てたの?」
「い、いやいや!これは仕事の書類!」
この焦りよう…アヤシイ。けれど、確かに仕事の書類だったような気がする。
そういえば。お母さんの仕事って、なんだったっけ…?
「じゃあ行ってくるね、お母さん」
「え…?う、うん。行ってらっしゃい」
そんな風に言っていたお母さんは、何か秘密を隠している感じがした。
チャイムが鳴って休み時間になると、私は退屈になってしまう。
…気晴らしに、学校内の敷地でも散歩しておこうかな。
そう思い立って、てくてくと校舎の近くを歩いていた。
すると、花壇の横からじっとしゃがんでそれを眺めている、女の子が目についた。
「えっと…こんな所で何してるの?」
私も彼女の横に並んでしゃがみ、そう聞いてみると、睨むような顔で見られてしまう。
濃い茶髪のストレートロングヘアで、顔は可愛らしくクールな印象。
裾がフリルの黒い長袖に、青いジーンズという衣服も、その雰囲気が増した。
「…見たらわかるでしょ」
明らかに一人の時間を邪魔されて、不機嫌そうな声で言う女の子。
私は何となく申し訳なくなって、その場を立ち上がって謝った。
「ごっごめんね。何となく話しかけたくなって…あはは…」
「邪魔」
「はい…。」
うう、何も言えなくなってしまった。
その子は花壇に目線を戻し、土から出ていた何かの花の芽を見る。
私から見ればそれは……緑色のタケノコ、って感じだった。
「…その花は?」
思い切って聞くと、彼女は、がなり声のように溜め息をついた。…私は肩がぴくっとなってしまう。
「これは…チューリップの芽だから」
「そ、そうなんだ。なんだか、タケノコみたいな形だね!」
「は?全然違う」
また睨まれてしまう。こ、これ以上怒らせてしまう前に…早急に立ち去った方がいいかも…
恐る恐る一歩ずつ後ずさっていくと、眉間にシワを寄せた彼女がこう言う。
「…チューリップの和名、知らないでしょ」
「え?」
「鬱金香。みんな汚い名前ってバカにするけど、元々ウコンのように埃臭いから名付けられたの」
…ウコンって、あのウコン?
そんなの全く知らなかった。もしかしてこの子、お花が好きなのかな?
「まあ、詳しいことは分かんないけど」
「え、す…すごいね!そんなのも知ってるなんて、お花博士になれるよ!?」
「……大げさだから」
そんな風に冷たく言うけれど、横顔は…まんざらでも無さそうだった。
この子、なんだか中島くんに似てて、愛おしいっ…!!
「ねえ、名前は何?」
「はあ?もしかして私の…?斉藤乙音。6年生」
「そうなんだ!私、七瀬実花。じゃ、じゃあ…乙音ちゃんって呼んでもいい?」
「馴れ馴れしい…。で、でも…よろしく」
「乙音ちゃん」と呼んでから、私にそっぽを向いてしまう。
けれど私は、小学校で初めての友達が出来た気がして、すっごく嬉しかった。
一方で、本当に関わって大丈夫かな…?という不安もあった。
本来、出会うはずもない人と仲良くなってしまったら、何かが変わるんじゃないかって。
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休み時間は小学校の教室で、僕はずっと考えていた。
本来なら、春香さんが交通事故に遭うまで……あと1日。もう明日だ。
それともう一つ、今日はあの子とツーショット写真を撮る日でもある。
実は…長谷田くんは写真好き。あの日、持っていた使い捨てカメラで僕らを撮ってくれたのだ。
それにしても、辺りを見渡しても春香さんはいない。
今日は学校に来ているはずだ。いつもは教室にいるはず、だけど…。
「おいおーい!暇かー?」
すると耳元から、寺岡くんの声が聞こえる。
いつもの声量にビクッとして驚きながら、彼の方を見た。
「て、寺岡、くん…、丁度良かった…春香さんがどこにいるか知らない?」
「ん?おまえ春香のコト、さん付けで呼んでたっけ?」
…首を傾げられてしまう。
「ん、んん…いやまあ、そこはどうでもいいから…」
「あっそーいえば。アイツ、屋上前の階段にいんじゃね?今日ちょっと様子おかしかったからさー」
屋上前の…階段?
あっ!思い出した。春香さんは他の子と喧嘩した時とかは、心を整理しようとそこで黄昏れるんだっけ。
屋上にはもちろん鍵が掛かっていて、そこが唯一の彼女の居場所だ。
ん、もしかして春香さん、まだ落ち込んでいるのか…?
いやいや…、僕は確かに昨日、彼女が立ち直る姿を見た。もう一つ何か不安なことでもあるのだろうか。
屋上の扉前の階段。寺岡くんと二人でそこに行くと、段差に座る春香さんがいた。
その視線は下を向いていて、上半身を前後に揺らし…どこか退屈で憂鬱そうだった。
「こんな所で何してんだよー!」
僕らが彼女の目の前に立つ。すると寺岡くんがいつもの声量で話しかけた。
春香さんは彼の声に気づくと、我に帰るようにこちらを見る。
「ん、んん。あはは…ごめんね。私、元気でなくて」
「何だよソレっ!俺たちで良かったら相談乗るけど。聞くだけだし、楽だから」
春香さんの満面の笑顔に少しだけホッとしながらも、僕らは彼女の両脇のスペースに座った。
「昨日と一昨日のこと、ごめんね。僕、無神経だった」
「は!?何かあったのかよ!?」
それを初めて聞いた寺岡くん。即座に反応した。
春香さんは一瞬虚しそうな顔になった後、こう言う。
「えへへ、全然気にしてないよ。むしろ本当のことを言ってくれてありがとうね!」
彼女は突然、満面の笑みを浮かべてそう話す。
正直…想定外の反応だった。僕はずっと彼女に正直に言ってから後悔していたのに。
「だ…だから何なんだよ!?昨日かおととい、なんかあったのか!?気になるわ!!」
「んーん。何でもない」
食い気味に気にする寺岡くん。そんな彼に対し、春香さんが首を振る。
「…それより私、考えてたんだ。もし明日死ぬとしたら、何しようかなって」
「え?」
寺岡くんも僕とほぼ同時に「は?」と言う。
そんな…縁起でもないことを。僕は昨日、彼女を救うと約束したはずだ。
「…僕では心細い?」
「ううん。そういう訳じゃない。私ね、それで一つ思いついたの。
誰とでもいいから……最後は一緒に、ひまわりのお花畑が見たいなって」
一瞬その言葉の意味がわからず、僕は眉をひそめた。
ふと寺岡くんの方を見ると、彼も僕と同じような顔をしていた。
向日葵畑?どうしてそれが見たいんだ?
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学校が終わって下校時間になると、正門で乙音ちゃんを見かける。
どうやら私とは違うクラスみたいで、教室では会えなかったのが心残り。
「乙音も、一緒に帰る。一人じゃ心細いでしょ」
彼女も私を見かけると、すかさず寄ってきた。ところで一人称、自分の名前なんだ。
「う、うん。いいけど…。でも途中で寄り道するかも」
「こんな夕方に?」
「そうなんだ。神崎くんの家に寄ろうかなって…あ!友達の、ね?」
友達、というワードにピクッと反応する乙音ちゃん。眉間にシワを寄せた。
「…分かった。ついていく」
「え、本当?いいよ!一緒にいこっ!」
どうやら乙音ちゃんも、私に着いて来てくれるみたい。
まさか今日1日で、こんなに仲良くなれる友達が出来るとは思わなかった。
やがて神崎くんの家に着くと、すぐに玄関前のチャイムを鳴らす。
二人でじっとしていると、玄関の扉から神崎くんが……
「…あれ、君って前に会った…?」
……いや、違う。彼じゃない。そこから出てきたのは、眼鏡をかけた少年だった。
たしか歩道橋で会った、神崎くんのお友達だったっけ…?
「えっ…ええ、と…」
「あ、僕は長谷田です。長谷田貴。ごめんね、驚かしちゃって。今、神崎くんはリビングに……」
すると丁度良いタイミングで、横から神崎くんが現れる。
それと同時に、長谷田と名乗る男の子は、向こう側の部屋に去っていった。
「七瀬さん…!今、友達が家にいて…今日はちょっと騒がしいんだけど、いい?」
「あ、うん!もちろん」
「そっか。えっと……隣の子は?」
すると神崎くんが乙音ちゃんを見て、首を傾げる。
「…ん……んあ……」
「こ、この子は斉藤乙音ちゃん!今日友達になったばかりなんだ」
俯いて、もごもごと話す人見知りな乙音ちゃんに代わり、私が紹介する。
それに対し神崎くんは、「そうなんだ」と頷いて納得してくれた。
私は足取りの重そうな乙音ちゃんの手を、嫌われないようそっと繋ぎ、一緒に中へと入っていく。
神崎くんが、今日はちょっと友達が多くて騒がしいって言ってたから…乙音ちゃん、顔色が悪そう。
「だいじょうぶ、乙音ちゃん?私のために無理しなくても…」
「別に…、気にしないでよ。…全然平気」
乙音ちゃんが会話しながら深呼吸する度、だいぶ様子が良くなった。
もしかして、よほどの人見知り?連れてきたのはちょっと無茶だったかなぁ…。
リビングに来ると、神崎くんと彼の友達4人が、ソファとダイニングチェアに座っていた。
神崎くんが私たちに「座っていいよ」と言うと、この場にいる全員がこちらの方を向いた。
「神崎くんの、お友だち…?」
彼の幼馴染である三島さんの言葉に対し、私はこくこくと頷いて返事をする。
その後、私たちがテーブルの椅子に座ると、辺りはしーんと静まり返った。
「…え、ええ、と…。どうしてこんなに人が?」
思い切って気になっていた事を聞くと、三島さんは咳払いをする。
そして席を立ち上がって突然、この部屋の真ん中に立つ。
緊張感に駆られる中、彼女は皆に打ち明けるようにこう言った。
「私……明日、死んじゃうかもしれない」
「「「えっ!?!?」」」
……神崎くんを除いて、ほとんど全員がその発言に驚く。
え、嘘?もしかして…いつの間にか神崎くん、本人にカミングアウトしちゃった?
「わ…訳わかんね!?俺たちを呼び出して、何だよそれ!?どういうことだよ!?」
「寺岡くん、落ち着いてよ。…イチから説明するから!」
ソファに座っていた…活発そうな少年。
寺岡くんという名前の彼を見て、三島さんは真面目な表情で言った。
「神崎くんが言ってくれたんだ。私は明日、交通事故に遭うって」
「あ、あの…、病気とか、じゃなく…?」
「うん。…いやー、さすがに驚くよね、那月ちゃんも」
え?交通事故で死んじゃうんだ、三島さん。そこは初耳だった。
今発言した、寺岡くんの隣に座っていた少女。横のランドセルに掛けられた「かやの なつき」という名札が目に入った。
そういえば。三島さん、長谷田くん、寺岡くんに那月ちゃん…。
これが、神崎くんの友達全員の名前みたい。私いま初めて知ったかも。
……って、そんなこと、今はどうだっていいよね。
三島さんが説明をする中、隣にいた私の友達の乙音ちゃんが食いついた。
「なんでそんなこと分かんの」
「え…?」
「明日起こる交通事故なんて、誰も予測できる訳ないよね?超能力者だったら別だけど。存在しないじゃん…」
彼女の発言で、誰もが口をつぐむ。ただ寺岡くんに限っては、「超能力は存在する!」と言い張ってる。
過去からやってきた、だなんて多分…乙音ちゃんは信用しない人な気がしてきた。
そういえば、さっきの三島さんの発言にも、彼女は驚いていなかったし。
「い、いゃ…、か…神崎くんは、嘘をつかないもんっ!!」
「はぁ?」
三島さんが両手を握りしめ、怯えながらも鋭い目つきで反論した。
「あのね。僕が意味をわからない事を言っているっていうことは…何より僕自身がよく分かってます。
でもみんな…心の底では信用できなくても、どうか信じて欲しい。じゃないと明日、きっと後悔するかもしれない」
その言葉に、誰もが耳を貸して驚くように口を開いた。
乙音ちゃんも何も言えなそうに、目を逸らして黙り込んでしまう。
「…カッコ良かったけど、ちょっと長すぎてよく分かんなかった」
「うん、そうだよね」
どうやら乙音ちゃんと私以外は、彼の言葉が長すぎてよく分かんなかったみたい。
呆気に取られる私たちをよそに、他のみんなは全員、この変な空気に笑ってしまった。
「だからさっき、おかしな事を言ってたのか!?」
「う、うん。まあそうだね」
寺岡くんが、三島さんにそう聞く。
すると彼女は本題に入るかのように、私たち全員をキョロキョロと見る。
「迷惑になるかもしれないけど…今からみんなで、ひまわり畑に行きたいんだっ…!」
「「え?」」
つい驚きの声が出たのは、私と那月ちゃん。
乙音ちゃんと長谷田くんは反応が薄かったものの、普通に驚いていた。
ひまわり畑……?どうしてそんな所に、今から行きたいんだろう?
もしかして、みんなで思い出の場所を巡りたいとか…?
「けれど私、最近見たことないの。昔は行ったんだけど、どこにある場所なのかも忘れちゃって_____」
「どうして、そこに行きたいの?」
彼女の言葉を遮って、そう聞いたのは乙音ちゃんだった。
「それは…私がいちばん好きな場所だから」
「……そう」
三島さんの様子をじっと見ていた乙音ちゃんは、瞳を閉じて納得する。
その直後に彼女は、何故か突然その場から席を立ち、三島さんの目の前に立つ。
「________じゃあ、案内してあげる」
彼女の小さな口から発せられたその言葉。
私たちは最初、それがどういう意味か分からなかった。
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神崎くんの家を出て、乙音ちゃんに案内される方へと着いていった。
私たちが息切れをする中、彼女はなりふり構わずどんどん先へと進んでいく。
途中は電車に乗って降り、そのまま数分程しばらく歩いていた。
ここがどこなのか分からないものの、足を進めると、とある広い草地に着いた。
「え、うそ…!?」
その光景に、思わずみんなが息を呑む。
辺り一面には、無数のひまわりが咲いていた。
晴れ渡る空から覗く眩しい夕日を、テカテカと輝きながら受け止める、太陽の形をした花。…まるで幻想的。
「すぐ近くにあるひまわり畑は、ここだったから」
「すごい…すごいよ!これ…あっ。そういえば、おなまえ何だっけ?」
「斉藤乙音。苗字で呼ばれるのやだし、名前で呼んで」
驚いていた三島さんが、乙音ちゃんの方を見て名前を聞く。
…さっきまでは自己紹介できなかったのに。このメンバーに慣れてきたのかな?
「こんな場所があったなんて…」
「すげー…!俺、走ってもいいか!?もうガマンできねぇっ!」
目を輝かせる長谷田くんと寺岡くん。
彼は返事を待つ暇もなく、ひまわりの横をかき分けるように全力で走り抜けていった。
「は!?ちょっと…!?花を踏まないでよ!?」
乙音ちゃんはいつもの表情を崩し、焦りながら彼を追いかけていく。
そんな二人の後を追うように、私と長谷田くん、三島さんに神崎くん、茅野さんの順番で走った。
走り回って、たくさん笑う。一面のひまわりに紛れながら。
いきなり現れた私のような女の子にも、みんな仲良く接してくれた。まるで子供の頃の無邪気な青春みたい。
どこかで聞いた、「このまま時間が止まってしまえばいいのに」って言葉。私はそれが、本気で思ってしまった。