大切な親友(後編)
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やがてしばらくして、村野くんの家に着く。
村野くんの部屋に入ると、机には長野ちゃん、村野くん、奥原さんが座っていた。
部屋の中に入った直後は、顔を俯かせて、その場にただ立ち尽くしていた。
すると長野ちゃんは、心配そうに話しかけてくる。
「……大丈夫?ななちゃん」
「おいおい…!大丈夫かよ!?おまえ、泣き虫だな__」
「ちょっとあんたは黙ってなさいっ!」
長野ちゃんは、隣にいた村野くんの肩を手で叩き、
村野くんは「いてっ!」と反応した直後に、その肩を摩った。
……泣き虫。
確かに。私、こんな、仕方のないことで泣いてる。
「そうだよ…。村野くんの言うとおり、私は泣き虫なんだ…」
「…は?おい七瀬っ、何があった?」
不思議げに私を見る、三人。
このままずっとこの感情を抑えてても、しょうがないよね。
私は、りんちゃんと喧嘩したことを伝えた。
みんなはそれを聞いて、少しだけ納得した表情を見せた。
新田くんが今日、りんちゃんを殺すとかは、みんなの前では恥ずかしくて言えない。
「私、りんちゃんに酷いこと言っちゃって」
「さっき言ってた、『私と仕事、どっちが大事』的な?」
「うん。…ちょっと違うけど」
長野ちゃんが、そんな風に言う。
確かに…そんな発言、困っちゃうのも無理はないよね。
すると意外にも、私の話に、奥原さんが反応した。
「なんで喧嘩したのかは知らないですし、偉そうなことは言えないんですけど…、
私に言わせてみれば…そういう時は、素直に謝った方がいいですよ」
うっ、唐突な直球のド正論が来て、少しだけショックを受けた。
長野ちゃんも真剣な表情で、私に対して口を開く。
「そーゆーことならきっと、許してくれると思う。
…私、知ってる。蒼ちゃんにとって、きっとななちゃんは大切な親友だよ?」
『大切な親友』……?
……そ、そうだよね。こんな事で、へこたれちゃいられない。
あっ…それに、今もりんちゃんは命の危険に晒されてる。
モタモタしていると、またすぐに…!!
「私、今から行ってきます…!」
「は…?」
困惑した村野くんと、みんなを後にして、私は家の外に走り出した。
私は、新田くんの家の前に着く。
ふとガレージのシャッターを確認すると、まだ閉まっていた。
時間通りなら、りんちゃんはきっとこの中に……
…自分の額から、冷や汗が滲み出ている。
正直、頭の中は恐怖でいっぱい。でもこのままじゃ…、りんちゃんは手遅れになる。
私は扉の前に来て、インターホンを鳴らす。
ピンポーン。
『……はい』
インターホンから一人の男性の声がする。
これは…間違いない、新田くんの声だ。
「あ、あの…りんちゃんは……」
『……2~3分』
…えっ?
『2~3分、待ってて』
そう言われ、インターホンの音声を切られる。
に、2~3分?
そんなに時間がかかるの…?
やっぱり、りんちゃんに直接電話した方が良かったのかな…。
しばらくそう不安がっていると、すぐに、玄関の扉が少し開いた。
「…何か御用かな」
それはもちろん、新田くんだった。
扉の中から顔を出して、こちらを向いている。
冷静……というよりかは、どこか不機嫌そうな表情に見えた。
「あれっ?凛ちゃんのお友達か」
「うっ…ここ、すごい家……ですね」
前の、新田くんの豹変っぷりを思い出すと、変に動揺してしまう。
なので一旦、彼から目を逸らして、この家の外観を見渡す。
「まあね。ここ、父さんに買ってもらった家なんだ」
「……そうなんですね」
「要件は何かな?」
そんな風に言う新田くんは、ちょっとばかり急かしていた。
……そろそろ、本題に入らないと。
「あの、りんちゃんはどこですか…?」
「あーごめんね、ここにはもういないんだ」
ここには、もう?
「中に入らせてください…!」
「え?残念だけど僕のプライバシーを見てもらっちゃ困る____」
「お邪魔します!!」
「は…?」
私は扉をこじ開けて、何とかこの家の中へと入った。
唖然とした新田くんを置いて、私はあらゆる場所を探した。
玄関から、廊下へ、いろんな部屋を見て回る。
「おい……!?!?土足で中に入るな……!!」
新田くん、怒ってる様子だ。
私が靴を履いたままなのを怒ってるように聞こえるけど……
……この家に、隠し通したい「何か」があるかもしれない。
しばらく扉を開けて探していると、ふと私は、あるものを目撃する。
「りっ、りんちゃんっ……!?」
それは、暗い部屋の天井に掛けられた手錠で、監禁されていたりんちゃんだった。
まだお腹から血は流れていない。けど、こちらを見てくる様子はなかった。
もしかしたら、意識がないのかも。
しかし、この部屋の内装に、思わず青ざめてしまう。
部屋には、壁と床には隙間がないくらい、写真が貼られていた。
……それもぜんぶ、りんちゃんの、街中の盗撮写真。
「……みか、ちゃ……」
「っ…!?だっ、大丈夫!?」
私は、りんちゃんの元へと駆けつける。
僅かばかりだけど、意識はあるみたい。
「実花ちゃん…、あぶな……!」
ゴンッ!!
右側の頭部に、叩かれたような痛みが走る。
突然の衝撃に耐えきれず、私は足を崩す。
なんとか意識はあったので、頭を押さえながら背後の方を見上げる。
新田くんが、豹変した目つきで鉄バットを持っていた。
「……っぁ…!」
「…どうして、ここに来たのかな。人のプライバシーを、勝手に侵害するだなんて」
すると、足を崩していた私に、その鉄バットを振り上げた。
……私は咄嗟に、危ないと思い、顔を伏せた。
「痛い…いた゛いっ……!!!」
自分の体に、何度も痛みが走る。
新田くんに鉄バットで、私は何度も体を殴られ続けていた。
「……お願い、やっ…やめて……!」
必死に声を出そうとするりんちゃんに、新田くんはその手を止める。
すると新田くんは、震えていた彼女の輪郭を、そっと手で触る。
自分の足を動かそうと、必死にもがく。
けれど…身体中が痛すぎて、立つことすらままならない。
私はそこで、りんちゃんの状況を見ることしかできなかった。
「僕たちは、4ヶ月間と7日の間、ずっと愛し合ってきたよね。
僕を否定する理由なんて、ないじゃないか。それなのに…」
すると新田くんは、机に置かれてあった、あるものを手にした後、りんちゃんを見る。
「______もうそろそろ、終わらせよう」
赤い血飛沫が、私の頬や部屋中に飛ぶ。
新田くんは身動きも取れないりんちゃんを、包丁で突き刺していた。
彼女のお腹からは、赤い血液がどんどん流れ出てくる。
手錠で繋がれていた彼女を見て、全身に血を浴びた新田くんは、恐ろしい程に笑っていた。
……逃げなくちゃ。
こんな醜い状況を、少しでも変えなければ。
すると、笑い終えた新田くんは、私を見下ろして睨む。殺意の目だ。
赤い水滴がぽたぽたと落ちる、その包丁を持ったまま、私の方に向かってくる。
「面倒なことは、あまりしたくないけど……_____」
そう言って新田くんは、倒れていた私に、包丁を近づける。
……嫌…だっ…!!!こんな所で……!!
私は溜めていた力で、思い切って、新田くんの包丁を狙って蹴る。
新田くんは突然の事態に驚いて、そのまま包丁を落とし、後ずさる。
私はその隙に、急いでその場から逃げ出した。
逃げ出す途中で、肩を掴まれそうになったけど、なんとか掠っただけだった。
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「はぁ…、はぁ…!ここまで来れば…」
人気の少ない住宅街の道路に逃げ込む。
…いやいや。侮っちゃだめだ。
けれど、こんな場所まで来れば、流石に血を浴びた服装では来れないでしょ。
私は頬についた僅かな血を、指で拭く。
少しだけ血のついた、自分の指を見て、ふと目を閉じてため息をついた。
どうして、りんちゃんがこんな目に遭わなくちゃならなかったのかな……
「………。」
ガスマスクの人が、再び忽然と目の前に現れる。
そして、右手に持った「タイムスピナー」を、私に差し出す。
「……あの、これっていつ終わるんですか?」
「お前が、彼女の命を救うまでだ」
「…そ、そうですか」
即答で、そんな風に答えられる。
その考えでいくと、絶対にりんちゃんを救わなきゃ、無限ループなのかな…。
私はそのスピナーを受け取ると、
ガスマスクの人は、すぐにここから立ち去っていった。
そうだ、5月15日……!
確かりんちゃんと新田くんが、知り合った日だ。
この日付に戻れば、救えるかもしれない……!!
私は迷わず、持っていたスピナーに時間指定を…
…あれ?スピナーのどこを見ても、時間指定をするようなものは無い。
もしかしてコレ、時間指定できないの……!?
それなら、回す直感でいくしかない。
「……後ろ」
「えっ?」
その声のする、背後の方へ振り返る。
ベージュ色のコートを着た新田くんが、目の前にいた。
「っ!!?」
私はスピナーを持ったまま、すぐに後ずさって転ぶ。
彼の右手には、錆びている別の包丁を持っていた。顔に浴びた返り血も、綺麗に洗われている。
「…僕らの愛を邪魔するやつは、とっとと消えろ……ッ!!!」
そう言って新田くんは、その包丁を振り上げる。
まずい……急げっ…!!
私は咄嗟にスピナーを、いつもより力強く回した。
キュル____________
急激な体の衝撃と共に、目の前の景色が、だんだん薄れてゆく。
スピナーが回っている間の全身の振動は、いつもより勢いが増していた。
これなら……!!
ジャ────────ッ…………………ギ……ギギギ……
……え?
妙に、耳に障るノイズのような音に困惑する。
ガチャ───ッ!!!
ひっ!?!?
いきなりの状況に驚きすぎて、私は思わずその場に倒れ込んだ。
ぼやけて見えないけど、ここは……白い部屋。
そこでは、低い男の声の誰かが、何かを話している事しか聞き取れなかった。