僕ときみの誕生日(前編)
翌日の早朝。どんよりとした空模様だった。
いつもより早く教室に着いた。まだこの校舎には、ほとんど誰もいない。
「ふぅー」とため息をつき、その鞄を自分の机に下ろす。
…思いのほか、ちょっと早く来すぎちゃったみたい。
おかげで一息、休憩できる時間が増えた気はするけど。
「よっ、七瀬!元気か?」
すると廊下の方から、村野くんの声がして、とっさに振り向く。
うう…彼に絡まれると、休憩どころじゃない。
私は少し引き気味に、距離をとる。
「村野くん…。今日は早いね」
「あ?それはコッチのセリフだよ!俺は部活の朝練だったからさっ」
「…え、そうだったんだ。」
「______そんな事より!!!」
ガタンッ!!
ひっ!?
突然食い気味にこっちを見て、教室の扉を叩く村野くん。
……私はビビって、更にその足を後退させた。
「どーなんだよ神崎とは!…告白したか?付き合えたか?」
…ある程度予測はしてたけど、ほんとに聞かれてしまうとは。
ふと昨日、雨の公園で神崎くんに抱きしめられたことが、猛烈にフラッシュバックする。
イヤイヤ!恥ずかしすぎる。神崎くんとの事は、しばらく考えたくない。
「そ、それは…____」
「どうかしたの?二人とも」
「__……え」
事情を言おうか迷っていた矢先、廊下にいた神崎くんが、話しかけて来た。
え!?村野くんもそうだけど、神崎くん、登校するの早すぎ…!
「よっ、神崎!もしかして、俺たちの話全部聞いてた?」
「あの……『どーなんだよ神崎とは』辺りから聞いてた」
それって…ほとんど全部聞いてんじゃん。
村野くんはそれを聞き、さっきまでの話を誤魔化そうとする。
「あ…そうなのね。んじゃ、この話は無かった事で____」
「いや確かに告白はされたけど……」
えっ!!?
それ言っちゃうの!?神崎くん!?
「はっ!?そうなのか!?おい、やったな七瀬っ!!」
うっ……二人とも、もうやめて……
恥ずかしすぎる感情を抑えながら、床の方を向く。
「でも今は、何も言いたくない」
「………は?どゆこと?」
「最近…、色々あったから。自分の心の整理をつけたいんだ」
ぽかんとする村野くんを向いて、神崎くんはそう話していた。
……心の整理…とは?
それじゃあ神崎くんはいつ、心の整理がつくのかな。
やがて休み時間になり、私は1年生の教室にいた。
さっきと比べると人がかなり増え、この校舎も、いつもみたいに活気がでてきた。
「はぁ?フラれた…!?」
自分の席に座るりんちゃんと、長野ちゃんと私、三人で話していた。
私と長野ちゃんは、彼女の席の左右側に立つ。
「う、うん。でもねその後に、その事に関して謝られて…ハグされました」
「はっハグ…!?」
私の発言に一々驚く長野ちゃんに対し、りんちゃんは突っ込む。
「あの、驚きすぎじゃない?」
「いやっいや!だってヤバいでしょ!
そんなのもう、恋愛感情以外の何ものでもないよ!?」
そう熱く話す長野ちゃんに対し、苦笑いするりんちゃん。
え。恋愛感情!?
神崎くんが私に恋愛感情なんて…あるのかな…?
そんな中、りんちゃんは廊下の外を見て、誰かの存在に気づく。
「あっ……新田くん!」
新田…くん?
りんちゃんは笑顔になって、教室の外の廊下へと駆けつける。
整った黒髪に、黒縁眼鏡をかける、イケメンな男子高校生。
身長は蒼ちゃんより少し高いぐらいで、ざっと165センチぐらい。
一瞬真面目そうな人かと思ったけれど、
その人はニコッと微笑み、りんちゃんと仲良さげに話していて、爽やかな印象を受けた。
あの生徒、私はあまり見かけたことはない。
「新田くん」とか言ってたけど、一体誰なんだろう…?
「な、長野ちゃん、あの人だれか知ってる?」
「ああ、あの人は新田慎一くん。
けっこう表は真面目な性格なんだけど、優しさが…もう…、滲み溢れてて…すっごいよ?」
後半恥ずかしそうに、にやけて語る長野ちゃん。
……たぶん長野ちゃん、彼に好意がある、かもしれない。
直後、長野ちゃんはさっきの話に戻した。
「そんで…、ななちゃんはこれからどうすんの?」
「えっ?…これからって___」
「決まってんじゃん!神崎くんと、どう接していくわけ?」
これから神崎くんと、どう接していくか……?
そんなこと、考えてなかった。
「ええっと…それは、成り行きで…」
「いや成り行きかよっ!!」
私の「成り行き」という言葉を、バン!と机を叩き、ツッコまれてしまう。
その時、顔を一瞬で近づけられ…何も言い返すことができない。
「いい?確かに『成り行き』もアリかもしんないけど、
あーゆー鈍感ボーイにはね、こっちから進まなきゃ何も始まらないから!」
長野ちゃんは真剣な目で、その人差し指を、私の目の前に突きつける。
え…鈍感ボーイって。神崎くんの事、ひどい言い方するなぁ…。
でも、こっちから進むって言われたって…、
これから神崎くんと、どう向き合っていけばいいのかな。
─────────────────────────────────
自分の教室に戻り、ふと席で神崎くんの存在をきょろきょろと探す。
けれど、ここにはいない。今日も彼は、学校図書館にいるかも。
だけどあんまり、そっちに行く勇気は無かった。
……ちょっと、心の整理をつけたい。
そう思い、机の中にあった国語の教科書を、机の上に置く。
授業中にあんまり分からなかった所を、ちゃんと復習しておこうかな。
そして私は、教科書のページを開いた。
_____数分後。
さ、さぶら……わび……
私は、古文のところで鉛筆を止めた。ううっ、これは…ムズカシイ。
どうやら基本的に古文は、私の苦手分野のようで…
鉛筆を持って、震えるこの手。
しばらく経って持つことが辛くなり、その鉛筆を机の上に置く。
そして、教科書のページの上にだらーんと両手を置き、頭を乗せる。
なんだかやる気も湧かず、そのまま顔を俯かせた。
「……七瀬さん?」
はっ、これはもしかして、神崎くんの声。
私は顔を上げると、目の前に彼は立っていた。
え、だらしない所を見られちゃった?は、恥ずかしい。
これまで幾度となく、だらしない所見せてるけど……
「う…こ、こんにちは……」
心がもやもやして、あまり大きな声は出せなかった。
「もしかして、勉強してるの?」
神崎くんは私の教科書を見て、そう問いかける。
たしかに、勉強はしてたけど……
「え?あっ、そうだよ。復習みたいな」
「そうなんだ!もし分からない所があれば、何でも答えてあげるよ」
えっ、答えてくれるの!?
神崎くんがそのまま自分の席に戻ろうとしていたので、私は「あの!」と引き止める。
「…じゃあコレ、分かります…?」
その声に反応して神崎くんは振り向き、こっちを振り向く。
私は、国語の教科書を片手で持ち、指で分からない箇所を指し示す。
「あ、古文……?そっか分かった。じゃあ、ちょっと待っててね」
神崎くんは自分の席にあったイスを、私の席に持ってくる。
そして私の机の前に、イスを置く。そんな様子を、私はじっと見ていた。
そこには、正真正銘、神崎くんがそばにいる。
……ぁ!!恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「えーと、この部分…だったよね。」
神崎くんにそう言われて、私は逸らしていた目を彼に向ける。
………その時、耳がぴくっとして動揺してしまう。
教科書を見ていた神崎くんの顔が、さらに目の前に接近していたのだ。
ちらっと神崎くんは、そのままこっちを向く。
い、イケメンすぎる……!!!
…って、ダメだ…!!集中……!
動揺を隠せないまま、私は、横にあった自分の鉛筆を取ろうとした。
「「…ぁ」」
しかし…その途端。
同じく鉛筆を取ろうとした神崎くんの手が、私の右手に触れる。
……お互いに恥ずかしくなって、声が出てしまった。
ぁ……ぁ…ぁ……
「っ……!!は、はなし……!!」
「あ、ごっごめんなさい!!」
動揺した状態で、お互いにその手を離す。
私のその右手は、電気で痺れたように震えている。
顔の急接近。暖かい彼の手。
……心臓がばくばくして、今にも破裂しそうだった。
─────────────────────────────────
夕方、学校の帰り。神崎くんと、二人きり。
彼の提案で、途中で公園のベンチに寄り、勉強を教わる事になった。
一緒に教科書を見ていると、ふと神崎くんに話しかけられる。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
私は神崎くんの言葉に対して「ううん」と言って、首を振った。
…神崎くんと一緒に勉強できるなんて、半年前までは夢にも思わなかった。
二年生になりたての頃、一目惚れした神崎くん。
そんな彼と二人きりで勉強…だなんて、まるで夢みたい。
「…あれ!実花ちゃん?」
「えっ…りんちゃんじゃん!」
すると、たまたま通りかかった制服姿のりんちゃんに気づく。
そんな彼女の横には…ちょっぴりだらしない、男子高校生。
「はぁ…めんどくせぇーな…」
鞄を片手で背中に持った中島くんもいた。
二人も、この様子からすれば多分、学校帰りかな。
りんちゃんは私たちを見かけると、こっち側に寄ってきた。
中島くんも頭を掻き、嫌そうに、私たちの元にやって来る。
「何してるの、二人とも?」
「今、国語の勉強してるんだ」
りんちゃんが私たちに問いかけてきて、神崎くんが答えた。
するとりんちゃんは「へぇ〜!」と、興味を示すような仕草を見せた。
一方中島くんは、大きくため息をつく。
「……勉強なんて、何の役にも立たねーだろ」
ひっ、中島くん。勉強してる人の前で、なんてことを。
りんちゃんもそんな彼を見て、ちょっと焦りだした。
「蓮木くん、そんな事ないよ!?将来、就職する時とかは大事だよ?」
「そういう事じゃねーから」
中島くんは呆れたように、りんちゃんから目を逸らした。
「ふう。日が暮れそうだし、もうそろそろ帰ろうか」
「え?う、うん!」
神崎くんは教科書をパタンと閉じる。
「あ、ごめん。私たち、お邪魔だった…?」
「いやいや、たまたまキリのいい所だったから」
蒼ちゃんは申し訳なさそうにしていたものの、神崎くんの発言を聞いてほっとした。
「せっかくなら、みんなで帰る?」と提案する。
神崎くん、りんちゃんはすぐに賛成してくれた。
ちなみに中島くんも、ちょっと遠慮気味に参加する。
四人で住宅街の帰り道を歩く。
りんちゃんが歩きながら空を見上げ、笑顔を浮かべていた。
「いやぁ〜…もう冬だねっ!雪とか降るかなぁ…?」
「こんな地域に降るわけねぇだろ」
「えー!そうかなぁ…」
中島くんの一言に反応する蒼ちゃん。
「そんなの分かんないですよ。沖縄とかでも、雪が降るとか聞くし」
「へー!そうなんだ!」
「……一瞬だけ、ですけどね」
そんな会話をしながら、帰路をゆっくり歩いていた。
やがて神崎くんらとお別れして、一人で家に帰る。
…ふう。あと五分ほどすれば、もうすぐマンション。
気温も低くなってきたし、早く家に……ん?
ポツン。
ザ──ッ…
ひっ!?雨!?
やばいやばいっ!傘持ってない!!
私は鞄を頭に乗せ、びしょ濡れの状態で、急いで家へと向かった。
「おいっ待てよ!!」
すると後ろから誰かに声をかけられ、私は立ち止まってその場を振り返る。
中島くんが、藍色の傘を持ってそこにいた。
─────────────────────────────────
マンションの部屋で、少し制服の濡れた男子高校生が、キッチンの方にいた。
冷蔵庫の目の前で、ひたすらコップのオレンジジュースを飲んでいる。
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク…
勝手に、冷蔵庫のオレンジジュースを飲んでいる。
「……はやく帰ってください」
私は中島くんに、そう説得した。
それに対して、中島くんは私に鋭い目を向けた。
……その直後、衝撃の返事が返ってくる。
「____暫くここに泊めろ」
え?
ええええ──────!?!?
私は、動揺を隠せなかった。
いやいや!!ただでさえ男の人を家に入れるのも初めてなのに、
泊めるとか、ありえない……!!
「む、む、無理です!だいたい、じょ、女子高生の家に上がり込む時点で、頭の中が混乱して…!」
「あ?勘違いすんな、俺はそんな事しねーよ」
いや!そ、そういう意味じゃなくて!
「ほら、うちに帰りなよっ!お父さんお母さんが心配してるかもよ!?」
「……家出した」
「……え?」
「家出した、だからココに泊めてくれ」
もしかして中島くん、家庭内で何らかの事情があるのかな?
よく分かんないけど…、彼の目を見る限り、とても真剣そうに見えた。
「……うう。でも先ず…お父さんに許可を取らなきゃ」
「あっそう」
それを聞いた中島くんは、再びオレンジジュースを飲みだした。
「…んで、話したいことあんだけど」
えっ…この期に及んで、今度はなに…?
中島くんはジュースを飲み終え、キッチンのカウンターに置く。
「ど、どうしたの」
「……お前の家、放火されただろ」
「えっ?あ、うん。そうだね」
あれ、私の家の話かな…?
「村野の野郎も、いじめが発覚して大怪我を負った」
「あれ、そうだったね。」
「……不自然だろ」
「…えっ?」
確かに。いくらなんでもこの短期間に、色々事件がありすぎ。
…そういえば!神崎くんも、広瀬さんに命を狙われてた事あったよね。
「あ……!前に神崎くんも、殺されかけてた事があったよ?」
「はぁ!?…それいくらなんでも無理があるだろ!!」
え…?じゃあどうして、こんな短時間に、同じ市内で、
同じ学校の生徒が、バラバラな事件に巻き込まれるんだろう。
「………。」
「…犯罪の裏サイトとかで、知り合った…のかな」
そう考えると、ちょっと恐ろしい。
私たちは知らない間に、命を狙われてるのかもしれない。
「…明らかに、俺たちを狙ってるな。」
「えっ?」
確かに…。狙われてるのは、村野くんとか神崎くんとか…
私自身や、同じ学校の友達が狙われていることが多い。
すると中島くんが目の前にやって来て、そこで立ち止まる。
頭一個分ほど背が高くて、見上げると、私の方を見つめていた。
「……妙に胸が騒ぐ。また、次の事件が起こるかもな」
そう言って、中島くんは首を掻き、私の横側を通り過ぎていった。
「次の事件」。もし次に、狙われるとしたら…
やがて夜になり、雨が止む。
リビングで中島くんと夕食を食べた後、私の部屋に移動した。
「…俺はさ、布団敷いてリビングで寝るわけ?」
「うん、そうだよ」
「しょうがねーな……
てかこんなトコ、お前の好きな奴にでも見られたら修羅場だよな」
え?
「……中島くん…神崎くんと私とのコト、知ってるの!?」
「あのな、村野と居れば、嫌でも情報が漏れてくんだよ」
えぇー…村野くんが情報源だったんだ…。
村野くん、どうしてこんなに口が軽いのかなぁ?
「…大丈夫かよ。俺とお前がカップルだとか誤解されたら、お前と神崎も終わりだろーが」
う、そうか…
特に、村野くんや長野ちゃんに知られたりしたら、暴れ出すよ…?
「で、でも、中島くんとはそんな気ないからね!!」
「は?そういう問題じゃねー…そもそも俺、好きな子いるし」
「え!?」
中島くん、好きな子いるの!?
こ、これってもしかして、大スクープ…!?
「そんな驚くことかよ…」
「す、好きな子って、誰!?」
「……厳密には、好きな子がいた」
「…いた?」
過去形?
中島くんは、これまでの事を淡々と語る。
「元々中学の頃から好きだった、初恋の奴。
いつも、元気で優しいような、俺とは正反対のタイプだった。
でもな…その後、すぐにそいつは死んだ」
「え、死んだ……?」
「学校で飛び降り自殺だ」
中島くんは私から目を逸らし、頭を掻く。
「…けど明らかに不自然で納得がいかなかった。そのさっきまでは、普通に笑顔で俺に話しかけてきたのに」
中島くんは、そう私に打ち明けてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おはよう!実花ちゃん!」
「…あ、りんちゃん」
再び雨が降る中、傘を差し、中島くんと学校へと向かう直前。
家の近くで水色の傘を差していた、りんちゃんとばったり会う。
さらーっとした長い黒髪が少し湿ってて、妖艶な印象を受けた。
「あぁ゛?なんでお前ここに…」
「あっ蓮木くん!いつもみたいに合流場所に来てたのに、今日蓮木くん来なかったからさっ。
だから実花ちゃんと学校行こうかなーと思ってたんだけど…、ここにいたんだね!」
そう説明した直後、満面の笑みを浮かべるりんちゃん。
中島くんはその笑顔を見た直後、横を向いてため息をついた。
あれ、普段から中島くんとりんちゃんは、同じ通学路なのかな?
私たち三人で、学校に向かう。
すると中島くんはあっという間に、前の方に離れてしまった。
「…ねぇ実花ちゃん。今日の夕方、女子会あるの知ってる?」
「__え!?女子会!?」
初耳だった。
そうなの!?りんちゃんだけ、どうして女子会があるって知ってるんだろう。
彼女はその場で立ち止まって、私の方に体を向けた。
つられて、私もりんちゃんの方を向いて立ち止まる。
「昨日私、穂花ちゃんに誘われて。ついでに実花ちゃんも誘ってきてって言われてさ」
「あ、そうだったんだ…!てっきり仲間外れにされたのかと」
穂花ちゃん…って、長野ちゃんのことだっけ。
「実花ちゃんも…行く?」
「__うん!行く!」
りんちゃんにそう誘われて、私は即答した。
「…おい、早くこっち来いよ」
そう言って口で急かす中島くん。私たちは、その声のした方を向く。
……かなり、距離がある場所にいた。中島くん足早すぎ…!
そんなこんなで、私たちは学校へと向かった。