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RE.D PAST  作者: 加藤けるる
七瀬編
18/36

重い後悔(後編)

□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□


「えー!これやばーい!」


横にいた、スマホをいじる若い女子二人が目につく。

テンプレートのような台詞を、また繰り返している。あの子たちにとっては一度目なのだろうけど。



交差点の赤信号の前。人混みに紛れ、二人で青になる時間を待っていた。

……この後すぐ、神崎くんは……


「……大丈夫、七瀬さん?」

「あっごめんなさい」


私の真横には神崎くんがいて、心配そうにこちらを見ている。

細い目のクールな眼差しは、少しドキッとしてしまった。


……あ、久々にドキッと。



いや、ダメダメ!!集中しなきゃ。

なんせ神崎くんの命がかかってるし、こんな動揺した気持ちで望んではならない。集中しなきゃ……。

えーと。確かこの後、銀色の高級車が……



ブゥゥウウ───ン!


銀色の高級車が、道路の向こう側を勢いよく走る。



三度目だった。けど。

その音の大きさにビビる事は、何としても回避できなかった……!恐ろしい。これも運命なのかも。


いいや、だとしても。少しの可能性があるのなら、神崎くんの命を救う事は諦めない。

よし、今かもしれない。私はそう思って、彼の方を向いた。



「_____七瀬さん」


真剣そうな顔をしていた神崎くんが、低いトーンの声で話しかけてくる。

私は意を決して……視線で返事をする。じっと見つめて、話の続きを施した。



「もし。もしこの件で僕が、踏ん切りをつけられたら__」

「後ろ」

「………え?」


神崎くんの背後にある、「黒い両手」がピタッと止める。

そして、私の目線を追って神崎くんは、自分の背後に振り返る。


じっと見てみると、米塚さんが驚いた表情で立ち止まっていた。



「……え、米塚……さん?」


その正体を知った神崎くんは、唖然とする。

あっ。前までは彼の表情は、私だけに見えていた。



「………ご…ご…ごめん、なざい……!!」


直後に米塚さんは涙を流し、足を崩す。辺りの人混みは、その状況に騒然としていた。

もしかして……少しだけ、未来が変わった?


─────────────────────────────────


ひとまず近くのベンチに座り、三人で話し合う。私は真ん中の方に座り、神崎くんはその隣にいた。

取り敢えず、神崎くんが交差点から移動してくれて良かった。けれど、死がいつどこに潜んでいるかも分からないし、油断は大敵。


「米塚さん。久しぶり。……どうして僕の背中を押そうと……?」


神崎くんは私越しに、フードを外した米塚さんを見て、そう問いかける。


「……広瀬さんに指示された」

「あぁそうだよ………って、お前どうしてそれ知ってんだよ?」

「あっ。そ、その、なんとなく答えてみただけです…。」


代わりに私が説明してしまった。

なんで知ってるかに関しては、嘘で誤魔化した。ちょっとわざとらしかったけど…



「……悪かった、神崎。俺はさ、あの頃からずっと頭が変だった。悔やんでも悔やみ切れない」

「ううん、僕はとっくに許してるから。僕に謝らなくても平気だよ」


そう言って神崎くんは首を振る。

米塚さんは驚いた後、そんな彼に向けて微笑んだ。



「ありがと。その言葉聞いてホッとした」


わたしもなんだか、つられて嬉しくなった。

神崎くん、米塚さん。二人とも互いに話し合って、落ち着いたかな。


「でも……」

「広瀬さんに指示されたって、どういう事?」

「そうなんだよ____それはな……」


米塚さんは神崎くんに、これまであったことについて全て説明してくれた。

私が前に聞いたものと、一語一句違わなかった。それを聞いている時の神崎くんは、やっぱり真剣そうな目だった。




「この服着て、神崎を脅かしてこい(・・・・・・)って、訳の分かんない交換条件を言われた……」

「……そうだったんだ」


全てを聞き終えた神崎くんは、放心状態だった。


「正直、広瀬さんがそんな事する人間なんて思わなかった」

「なあ、神崎。だから、アイツにもし会っても、絶対に関わらない方が……___」

「___でも、僕にも十分責任はある」


えっ!?ど、どうしてそうなるの!?!?

私は神崎くんを見て、疑問を抱く。



「か、神崎くん、自分の命狙われてるんだよ!?どうしてそんなこと言えるの!?」

「だって僕は、彼女の事を見捨てたんだ。そんなの当然___」

「……当然なんかじゃない…!」


私は両手の拳を握って、ベンチから勢いよく立ち上がり、強い眼差しを向ける。

気がつけば唇も噛みしめ、私は、悔しさ(・・・)を露わにしていた。



「……七瀬さん?」


神崎くんは私を見上げ、不思議そうな顔で見つめていた。



悔しさ。神崎くんが自分を殺そうとしている広瀬さんに惹きつけられているから、心配になっている……とは、違った。

何でか分からない。分からない、けど。猛烈な悔しさが、心にあって……。


その時、私の中に一つの可能性が浮かんだ……認めたくない。でも。

広瀬さんは容姿もキレイだし、性格も彼と似ていそうだし……。

何より、自分は彼女に殺されてもいいって。まるで二人は、同じ世界にいたような気がした。そこに私なんて居なくて、除け者にされていた。



これは、嫉妬なんだ。



「_____ずいぶんと騒がしい」

「……!?」


その途端、横から野次るような声が聞こえた。

可愛らしくハスキーな女声は、低いトーンで震えていた。



赤い髪の少女。

……それは、黒いコートをつけた広瀬さんだった。

広瀬さんは私たちから10メートルくらい先に立っていて、完全に怒っていると一眼で分かった。


「お、おい、広瀬……!?こ、これは……その……!!」

「言い訳はいい。……この無能が_____ッ!!!!」


豹変したように叫び出し、鋭い目つきで米塚さんを睨む。

上着の中に隠し持っていたサバイバルナイフを素振りして、片手で構える。


しかし、この辺りに人は少なく、助けを呼んでも意味はあるか分からない。

たまたま通りかかった通行人も、そこで騒ぎながら、携帯を構えて通報する事しか出来なかった。

一般人を無闇に巻き込むのも悪いし、ひとまず最後の手段に考えておく。



私は正面の広瀬さんに視線を戻す。彼女は……パニックを起こしていた。

今にも殺しそうな勢いで、近寄る事も刺激する事も出来ない。


「あなたのせいで………私は、私はッ…!!この目を失ったの!!」


息切れを起こしながら、ナイフの先で、自分の左眼を指す。

……右目と比べれば、見るからに白っぽい。



神崎くんを横目に見ると、困惑した表情だった。


「……え?ど、どういう事……?」

「私はね……コイツにいじめられてた頃、左眼を蹴られて失明したの」


神崎くんはそれに心当たりが無かった。じゃあ、広瀬さんはずっと左側が見えてなかったってこと……?

次に広瀬さんは、そのナイフを米塚さんに向ける。



「コイツのことも恨んでる。

けど……一番恨んでるのは、私の気持ちも何も知らずに生きてた……あなた」


すると今度は、神崎くんにナイフの先を向けた。

……これまで以上と言っていいほど、彼を恨むように目を見開き、睨んでいる。


「ずっとずっと、アナタの事を捜してた。ようやく……殺せる。

……死ねッ……!!死んで詫びろ!!」


広瀬さんは理不尽な感情のまま、サバイバルナイフの柄を両手で握りしめて腹に当て、そのまま彼女は、神崎くんに向かって走る。

助けを呼ぶには、あまりにも短い一瞬だった。




私は彼の前に来て、手を広げて守る。

広瀬さんはそれを察知し、私の目の前で立ち止まった。

不自然な動きだった。感情のままに行動していたのなら、このままナイフを私の腹に刺していたのに。


「……どきなさい……!!」

「嫌です……っ!!」


冷静な表情。だけど、声は少し焦りを帯びていた。


シュッ!!


その時、広瀬さんは私に、サバイバルナイフを振り払う。

それは私の右肩を掠り、洋服も切れた傷跡から、赤い血がじんじん滲み出てくる。



「な……七瀬さんっ……!!」


心配の声が、背後から漏れる。でも、そこを退く事は、どうしても出来なかった。

私の中には嫉妬の感情があったかも知れない。神崎くんは、広瀬さんに殺されてもいいと望んでいるから。

もしかしたら心配に聞こえた声も、本当はこうやって妨害した私が邪魔なだけかもしれない。けど……。


例えどんな思いが混じってても。

目の前の大切な人を、見殺しにするような人間じゃないよ、私。



彼女は再び、持っているナイフの先を、私の胸に向けた。

……怖い。下手すれば私も死んじゃうんじゃないかと、考えが頭によぎる。


けれど……この際、最後まで抵抗するしかなかった。

死の恐怖を押し殺し、正面の広瀬さんを見据える。逸らすことなんで、絶対にしない。できないって、使命感があった。


彼女を見ていると、あまりにも理不尽過ぎた。だって、神崎くんは……。



「神崎くんは………ずっと、ずっと。『重い後悔』を抱えて生きてきたんだよ!?」


ふと、心の中で思っていたことが漏れ出す。



「広瀬さんは何も考えてないって思ってるかもしれないけど、彼は彼なりに、ずっと思い悩んできたんだよ……っ!」

「……どういう意味……!?」


神崎くんの思いなんて、わたしには分からない。

もしかしたらそんなに大して、思い悩んでないのかもしれない。


……少なくとも、これだけは言える。


「っ____!?!?」


私は、ナイフを掴んでいた広瀬さんの両手を掴む。

どうにか、自分の胸に刺さらないように。神崎くんが好きな彼女を、殺人者(・・・)にしてしまわないように。



「……私、広瀬さんに、こんな事してほしくなかった。」


広瀬さんは、放心状態になっている。そんな彼女の目を、私は真剣に見つめ続けた。

きっとこの子も本当の性格は、私みたいな普通の女の子のはずだって、信じ込んでしまっていた。



「うるさい…ッ!!」


彼女は私たちに、ナイフを振って威嚇する。

けれどその感情は、さっきまでとは大きく異なっていた。



「……なんで…なんでこうなるの……?私は誰からも愛されず育ってきた。

私にあなたを殺せなかったら…もう私には…、何も残ってないのっ…!」


しかし直後、そのナイフを持っていた手を下ろし、膝を崩した。

一人の赤い少女が俯いて涙を落としているのを、私たち三人はただただ見ていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日。雨が降った。

日曜日のニュース番組を見ても、広瀬さんの件は報道されていない。


……なにせ、誰も彼女の事を通報していなかったから。


「大丈夫か、実花」

「……ん?」

「傷跡の方だ。病院に行った方がいいんじゃないか」


ダイニングで朝ご飯を食べていた時、お父さんにそう心配される。

私はそのテレビから、お父さんに目線を変えた。


「……ううん。誰にだって間違いは、あるんだから」


意味深な説明だけど、お父さんは首を傾げもしなかった。何の深掘りもせず黙々と、テーブル上の朝ご飯に目線を戻す。



あの後、広瀬さんと神崎くんがどうなったかは知らない。通報しようとしていた一般人に、上手い言い訳をしていたかも。「演劇の練習中だったんです」……とか?


その後に二人と米塚さん、何とかその三人で色々と話したみたいだけど……みんな、落ち着いていたみたい。

私はお邪魔かに思えたので、安全を確認し、空気を読んでその場を離れた。




食器を片付けて部屋に戻ると、スマホの着信音が鳴る。

あれ?蒼ちゃんだ。どうかしたのかな。


私は通話に出てみた。こんな休日に電話なんて、珍しい。


「もしもし?」

『あ、実花ちゃん!よかった、出てくれて。』

「りんちゃんどうかしたの?」


それにいつもは夜中、電話でガールズトーク的なことしてるんだけど……。

声色は普段通り。少なくとも何かしらの事件ではないし、ホッとすべきなんだろうな。



『あ、あのね?今から代わってもいい?』

「え?うん、いいよ」


しばらく経つと、電話の声が他の人に変わった。



『……七瀬さん』

「…か、神崎くん?」


うう。声を聞いて少し緊張してしまう。けど、無事で何より。

あれ…!そういえば、神崎くんって私の連絡先、知らないっけ……。



「どうかしたの?」

『ご、ごめんね急に。……あ、あの。二人きりで、話せないかなって』



えっ?二人きりで……?


「……神崎くん、予定とかないの?」

『忙しいけど……数分だけ時間を空けた。この件に関しては、十分に話し合いたいと思って』

「そ、そうなんだ」


神崎くんが真面目なのは、相変わらずだね……。

それにしても、「この件」……って、何だろう。


いやいや。あんまり期待しない方がいいかも。

もしかしたら、大して大事な話じゃないかもしれないし。え?待って。



神崎くんと広瀬さんが、付き合った……とか?

だ、ダメだ!また私の中で、変な推測が働いた。でも、声のトーンからしても辻褄(つじつま)が合う、かも。


私たちは今日、公園で待ち合わせの約束を交わした。

電話を切って自分の思考にため息を吐くと、すぐに出かける準備をした。


─────────────────────────────────


雨だったので、ピンク色の傘を差して公園に着く。傘を動かして見上げた曇り空は、不穏な予感を彷彿とさせる。

神崎くんはまだいなかった。濡れたベンチに座るのも何だし、立ったまま彼を待つ。


暇つぶしがてら、あたりを見渡すけど……この雨の公園には、ほとんど人がいない。

やっぱり生憎の天気だから、通行する人もいつもより減るんだもんね。少し経ったら、ゴミ収集車が公園の外の道路を走っていった。



すると遠くから、神崎くんがビニール傘を差した姿でやってくる。


私の目の前に来て、そこで立ち止まる。

息切れをしているみたいだし、どうやら遠くから急いで来たみたい。


約160センチ。それ以上の距離は、埋まりそうにない。

しばらく沈黙していると、神崎くんの方から口を開いた。



「……ごめんなさい」


唐突な謝罪。



いやいや!!何を謝ってるの!?!?

うう、もうちょっとだけ、謝罪の原因を説明してもらわないと……


「……あ、あの、調子どう?広瀬さんは」

「____えっ?あー……まあまあいい方だよ、多分。何とか三人で話し合ったら、広瀬さんの心も晴れたみたいだし。やっぱり、本当は優しい子だったんだよ」

「……そ、そっか……」

「…………えーと……」


沈黙。ただただ沈黙。

話したいことなんて、山ほどあったはずなのに。それすら忘れてしまった。



「……神崎くんって広瀬さんの事……好きなの」

「………!!」


思い切って勇気を出して、唐突に切り出してみた。

単刀直入すぎたのを自覚した時には遅かった。聞いた直後、神崎くんはとても、ぽかんとした表情を浮かべた。


その図星な反応、やっぱり辛い。

私はその表情から目を背けようと、拳を握って地面を見る。



「………うん。実は広瀬さんが、僕の初恋の子だった」


それが、神崎くんの言った答えだった。


「そ、そんな正直に……言わなくてもいいじゃん……!!」

「____えっ」


ついつい、思っていることが漏れてしまった。

自分から質問しておいて炸裂する、理不尽な女心。けれど、どうしても抑え切れなかった。



「私、つらい…!神崎くんは私なんかより、あの子のことが好きなんじゃないかって!二年生になった頃から神崎くんに一目惚れしてた。けど、そんな想いじゃ甘いんじゃないかって。

過去の初恋の人なんて、そんなの、叶う訳ないじゃん!!」


顔を上げて、神崎くんの顔に強い眼差しを向けた。

本来なら「いや、そうは言われても……」と口を(つぐ)むと思っていた。けど、神崎くんの反応は、少し必死そうだった。



「甘くなんてないよ…!七瀬さんは七瀬さんなりに良い所がたくさんあるし……」

「ちがっ…違うっ!!私は……神崎くんの、一番になりたいのっ!!」


神崎くんはその言葉に対し、さらに驚く。



「か、神崎くんは………っ…!!人でなし……です……っ!」


そう叫ぶと、いつの間に傘を落としてしまった。

雨のせいで、私の洋服や髪の毛は、びちょびちょになってしまった。




次の瞬間。

冷えた身体の周りに、ホッとするような温かい感覚を感じた。


神崎くんは、私の体を……ぎゅっと抱きしめていた。

彼の手には傘がなく、神崎くんの服や髪までもびしょ濡れになる。



「七瀬さん……傷付けてごめん。確かに広瀬さんは初恋の相手だけど、今は良き友達だから」

「……う、うそ。本当に?」

「本当。だから七瀬さんは、ずっとそのままでいいから。僕は、そんな七瀬さんが、好きだから……!」


感情的な声で、神崎くんは、さらに私をぎゅっと抱きしめる。

冷たい雨水と紛れて、その涙は私の肩にぽつぽつと落ちる。


……私まで、涙が溢れ出てきてしまった。



「……ごめん。いや、ありがとうだよね。本当にありがとう。庇ってくれてありがとう。

七瀬さんは出会って間もないけど、一言では言い表せないほど、僕に楽しい思い出をくれたから」


公園の真ん中。私の中に秘めていた辛いもやもやが、すーっと抜けていったような気がした。

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