表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RE.D PAST  作者: 加藤けるる
七瀬編
17/36

重い後悔(前編)

「……僕が中学の頃に、いじめられていた子がいた。それが、広瀬さん。

僕は、彼女のいじめから、ずーっと目を背けてた(・・・・・・)んだよ」


彼は、複雑そうな表情をしていた。

真っ黒な罪を、これまで抱えてきたように。





学校図書館で、神崎くんと二人きりの状況。

広瀬さんという人とはどういう関係なのか、と質問をした時だった。


……広瀬さんのいじめから、目を背けた?


「___それって、どういう意味?」

「あのね…僕は中学時代、ずっと友達がいなくて。

元々広瀬さんって子とはその時、唯一の仲だったんだ」


中学時代の唯一の仲が、広瀬さん?

神崎くんは、さっきの話の続きを話してくれた。


「最初に会った頃の広瀬さんは、赤い髪がボサボサで、誰もいない廊下の隅で体育座りしてた。

全身アザだらけだったから『どうかしたの?』って話しかけたんだけど、最初は『部活中に転んだ』としか返してくれなくて…」


私の思っていた広瀬さんの印象とは、だいぶかけ離れていた。

まるで……大人しく内気な感じ。今まで見てきたあの狂った笑顔は、彼女の全てではないと思い知らされた。


「それから一緒に話して打ち解けてくれるようになった頃、広瀬さんは僕に全て打ち明けてくれた。自分は、日常的に……そういうことだった、って」

「か、神崎くん。こんな事訊くのもあれだけど、念のため。……どうして、目を背けたの?」

「____うん。怖かったんだ」



「怖かった」。……やっぱり。

実際それを知ったからって、中学時代の神崎くんは、どう行動すればいいのか分からなかったんだと思う。


「広瀬さんと仲良くなってしばらく経つと、いじめていた生徒たちが僕の存在に気づいた。

やがて僕もその対象者(・・・)になって…これ以上、自分まで被害に遭いたくなかった」


一層、深く後悔しているような面持ちに変化した。

きっと、他にも何かできる事があったんじゃないかって、過去の自分を責めているのだと思う。


「え?それってつまり……」

「僕は親に、転校したいって言いだしたんだ。自分だけ(・・)逃げ出すために。僕まで被害に逢いたくなかった。彼女の事より、自分の事を優先したんだ」



それじゃあ神崎くんは、虐められていた広瀬さんの事を「見捨てた」ってこと……?

見捨てたと言えば、人聞き悪いかもしれない。


「だから、七瀬さん。僕は……きっと君が思っているような人間なんかじゃない」



真剣な目で、神崎くんは私のことを見ていた。

終始、彼は自分のした過去の過ちを、ずっと抱えている表情で___




____いや。


「……そんなことない。」

「___えっ?」



神崎くんはその言葉で、少し驚いたような表情を見せる。

私は、そんな彼の顔を見て言った。


「仕方なかったよ。確かにそんな事したら、自分を責めちゃうのも無理はないけど…

……私も神崎くんと立場が一緒なら、同じ事してたよ。心が未熟な頃だったら尚更だと思う」



しばらく経つと、神崎くんは下を見た後、目を伏せ、優しい声を漏らして微笑んだ。

あれ?なんか変なこと言ったかな。


「そうなんだ。七瀬さん、本当にごめんね。変な心配かけて」

「えっ?…う、ううん!全然…!えーっと。ごめんより、ありがとうって言ってほしいな」


神崎くんは私をじっと見て頷き、「ありがとう」と言ってくれた。

まあ、私がその言葉を促した訳だけど……それを聞いて少しほっとした。



「____あのさ。僕は…、明日、広瀬さんの家に会いに行こうと思ってる」

「えっ!広瀬さんの……家に?」

「…うん」


彼は頷く。


「僕は直接広瀬さんに謝罪して……少しでもいいから、自分の後悔に踏ん切りを付けたいと思ってる」



え、もしかして。

前にこの図書館で話した時も、神崎くんは『自分の後悔に踏ん切りをつけたい』って言っていた。

それってつまり、広瀬さんと会って謝罪するって意味だったんだ!


「……よかったら七瀬さんも、一緒に行く?」


すると再び神崎くんに、そう誘われる。

だけど私は、こう提案をしてみた。


「えーと……神崎くん。それって明日じゃなきゃ、ダメなの……?」

「ん?どういう意味?」


11月3日。

明日神崎くんは、謝罪するはずの広瀬さんに、殺される。

そんな事が起こってしまう未来を、私は知っているけど……


そうだ。神崎くんに、過去に戻った事を話すべきかな。



『あのね、神崎くん……!私実は、過去に戻れるんだ!』

『え?急に何言ってるの七瀬さん?タイムリープは現実においてあり得ないよ。非科学的だし、現実で証明されていないものしか信用できないんだ。まあ今すぐ証明できるなら話は別だけどね』

『……ぁ……ご、ごめんナサイ……』


……いやいや!


ダメだよね。昔から、私が変なことを言っても、あんまり人には信用してはもらえない。

ましてや、真面目で性格の神崎くんには、首を傾げられるだけだよね……というか、私の妄想(なか)の神崎くんって、こんなに早口なんだ…。



「……で、でも!せめて明後日とか、しあさってとか!」

「___悪いけど、どうしても明日じゃなきゃダメ。僕の予定がなくて。もしかして明日、予定あった?」

「ううん。でも、そっか……うーん」


私は首を振った。唸りながら考え込む。

つまり、「死の運命」はそう簡単に回避できないってことかぁ……



「……私も行くよ、神崎くん」

「そう?ごめんね。あ、違うか。……ありがとう、本当に」


やっと、神崎くんの事が知れた気がした。きっと、ほんの少しだけだけど。だから今度こそ明日、神崎くんを救ってみせる。

それにしても。私なんかを、どうして誘ってくれたんだろう。何にせよ、そんな大事な瞬間に誘ってくれた事は嬉しかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして戦い当日。11月3日の朝、人気のある街の道路。

横の歩道で、私は神崎くんと隣同士で歩いていた。緊張感が漂う中、横の道路を走る、自動車の音だけが響く。


こう見えて私は、足が速いのが取り柄。

この日の為に運動シューズも履いてきた。少しでも早く犯人に追いつくため。それに応じて洋服も、軽い服装で挑んでみた。



やがて、神崎くんが事故に遭う、交差点の赤信号の前に着く。人混みに紛れながら、私はその瞬間を伺う。あたりをキョロキョロと警戒して見渡す。

……私が見る限り、広瀬さんの気配はまだない。


もちろん、ちゃんと考えはある。成功するかはどうかは分かんないけど、やってみるしかない。



「えー!これやばーい!」


ふと真横に、スマホを見ている若い女子二人がいた。さっき(・・・)と同じ状況だった。


「……大丈夫、七瀬さん?辺りキョロキョロしてるけど」

「あ、ごめん!気にしないで」


警戒して、あたりを見渡してたとこを気づかれてしまった。

変に神崎くんの心を緊張させるのも、あんまり良くないかも知れない。もしかしたらバタフライエフェクト(?)的なのも存在してるかも知れないし。


ブゥゥウウ───ン!


銀色の高級車が、道路の向こう側を勢いよく走る。

二度目だけど、つい驚いてしまう。やっぱり……今起こっていることが、前とまったく同じ。


……次は、神崎くんだ。



「_____七瀬さん」


いつもよりトーンを下げた声。神崎くんが話しかけてくる。

私は「なに?」と返事をし、彼の方を向くと、やっぱり真剣そうな顔で、こっちを見ていた。


「もし。もしこの件で僕が、踏ん切りをつけられたら……_____」



はっ……!!


一瞬の事だったけど、私は予想が出来ていた。うん、それもそう。二度目だから。

直ぐに気づき、神崎くんの背後に迫っていた黒い両手を掴む。



よし、捕まえた!

黒いコートを着て、フードで顔を隠している。けれどこの人はきっと……

その人は驚いた様に私の方を向き、表情が私の方だけに露わになる。


広瀬さんじゃなくて、「米塚さん」の方だった。

直後、黒いフードの米塚さんは、人混みを抜けて走り去っていった。



しかし今度は、追わない。

もちろん、神崎くんの安全を確保するため。この場を去ってしまえば、本当に命が危うくなるから。


「大丈夫?神崎くん」

「う、うん。僕は大丈夫…だけど……」


神崎くんはその場に立ったまま、目を白黒させていた。

何せ、自分の背中を押そうとした怪しげな人がいたもんね。


「___神崎くん。今日は危ないから帰ろう」

「えっ?……それは…ごめん。しばらく今日しか予定が空いてないんだ」


突然の提案だったものの、まごまごとした後に返事をされてしまった。



「その予定、どうにか空けられないの…?

……今から会いに行くっていう広瀬さんは……悪魔だよ?だからそんな人に構ってる場合じゃ___」

「七瀬さんは……彼女の何を知ってるの」


その時。神崎くんの顔色は真剣さを帯びて、私の言葉を途中で切った。


向けられたその眼は、とても……

……思わず、言葉が詰まってしまった。



「七瀬さんはあの子の事、何も知らないよね?

君は広瀬さんを知ってる風に言うけど、少なくとも彼女は…君が思っているような人間じゃない」

「………っ、か、神崎…くん?」


広瀬さんの件になると、神崎くんはいつにも増して真剣そうだった。

怒っている……というより、警戒しているという事だけが、ひしひしと伝わってきた。


……こんな神崎くんの一面、見たことがなかった。



思わず悔しくて、ちょっとだけ涙が出てくる。


「……っ、そんな事分かんないじゃん、神崎くんも…!もしかしたら今会ったら全く別人かもしれないし……!」

「違う、広瀬さんはあの頃からずっと、内気で大人しくて、でも_____」


広瀬さんを、熱烈に語っているその表情を見て、私はそんな考えが頭によぎり、つい笑ってしまう。

言いたくなかった。でも、気が付けば、言ってしまっていた。




「____そういう、事だったんだ」

「え?」

「やっぱり……好きな子なの?」


神崎くんは聞いた直後、さらに唖然とした表情を浮かべた。

……正直、そんな図星な反応を見たくなかった。知らなければよかった。



「神崎くん。そこまで熱く語れるぐらい、広瀬さんのことが好きなんだね」

「……っそ、それは…」


感情に任せて追い討ちをしてしまった自分が、後になって恥ずかしくなる。

神崎くんは、黙り込んでしまった。その空気は重く、彼から目を逸らして袖で涙をそっと拭く。



「私の告白を断った理由だって、本当は」


心に潜めるべき言葉が溢れすぎたと意識し、言いかけて止めた。

もう既に、取り返しのつかない状況だったけど。


正直、悔しかった。私なんか、初めから神崎くんとは付き合えなかったんだ。




「____っあ゛……!?」



その時。

神崎くんが、声を出す。


直ぐに、斜め下に向けていた視線を、首と同時に彼の方へと向ける。

黒いフードをつけた人が、背中に密着していた。神崎くんの体はしばらく立ったまま硬直していた。



彼の背中からは、血が流れ出ている。


背中が血に染まった神崎くんは、その歩道に倒れ込む。

その状況を辺りの人が見かけ、突如としてざわめきだす。


「神崎……くん……!?」


肝心の私は何も出来ず、呆然と立ち尽くすしかなかった。

救うはずだった命を、油断して奪わせてしまった。



同時に目についたのは、黒いフードの人が腹に当てて持っていた、真っ赤なサバイバルナイフ。

その黒いコートの腹部には、真っ赤な返り血を浴びていた。


「ふふっ」


ざわざわ騒ぐ人混みを無視し、奇妙に微笑む。その人は、私と同じ身長(・・・・)

倒れ込んだ神崎くんを見て、見下すように笑っていた。



……間違いない。広瀬さんだった。

どうして……!?たしか本来、車に轢かれるはずじゃ………?


そういえば。過去に戻る前、広瀬さんの大きな(かばん)の中には、使われていないサバイバルナイフがあった。

という事は……運命が、少しだけ変わった?



でも、彼が死んだ事に変わりはなかった。

私はただその横で、じっとしている事しかできなかった……。


─────────────────────────────────


自宅の帰り道に、人気の少ない住宅街の道を歩く。


警察官の事情聴取を受けた後で、もう夕方だった。

広瀬さんは現在逃走中で、指名手配されているそう。


赤い夕日が、私の体を暖かく照らす。




……いろいろと、疲れた。

頭の中がぼんやりとしていて、足取りも重い。


「………。」


すると突然目の前に人が現れ、私はとっさにその足を止めた。

黒いガスマスクをつけた人。……もしかしてまた、過去に戻るの?


「もう出来ません」

「……訳を訊こうか」

「こんな事しても、自分がみじめになるだけだからです」

「___逃げるか?」

「そうですよっ…!!もう、辛い…!私は、神崎くんを知ろうとして、知りすぎてしまって……!

っ、だから、私が過去に戻っても……何も得られない、というか……何も、変わらないんです……」



感情的になって俯き、片足を地面に叩きつける。


……まただ。私の悪い癖。

他人の苦しみと比べれば、大した事でもないはずなのに、勝手に苦しくなって感情的になってしまう。


挙げ句の果て、訳の分からない事や、根拠の無いことすら思ってしまって。それを言ってしまう。

神崎くんに告白を断られた直後だって、そうだった。変な被害妄想が働いて、傷付けるような事を言った。



「……本気だと言うなら、お前を止めない。だがこのままでいいのか?曖昧な心で救える命から逃れるのなら、一生後悔することになるぞ」


この人、正論すぎる。思わず見上げて顔を見た。

確かに神崎くんが死んだ状況を見て、それで諦めるというのも、心がもやもやする。



私はガスマスク越しの賢そうな人に、こう聞いた。


「あの…、どうして神崎くんはナイフで刺されて死んだんですか?本来だったら、交通事故に遭ったはずなのに。」

「………過去は、少しの変化すら許さないものだ」

「え?」


少しの変化すら、許さない?もしかして。



「俗に言う、バタフライ効果の様なものだ。一人の人間が及ぼす影響は、多からず少なからずある。

お前の行動次第で、この世にも影響を与え、変化するということだ」


ガスマスクの人は、私に向かって指をさす。

あ……バタフライエフェクト!本当に存在していたんだ。てっきり、物語の世界だけかと思ったけど。


バタフライ効果……。

じゃああの時、黒いコートの米塚さんを追いかけなかったから。私の行動が変化した(・・・・)から、広瀬さんの行動も変化した?



「……だったら、私なんかがちょっかいを出すものなんかでは……」

「どういう意味だ?」

「私が余計に過去をいじって…もしかしたら、もっと最悪の結末に陥る可能性もあるって事ですよね……?」


私はパニック状態になる。

しかし、ガスマスクの人は、ぴくりとも動かない。


「……怖いか?」

「怖いに決まってます……!だって私、只の女子高生ですし……!」

「お前が只の(・・)女子高生かどうかは別として。なら命を、見捨てるのか?」


っ……!!


そ、そんなこと、言われても……!!



「じゃ、じゃああなたが、過去に戻ることはできないんですか?」

「私には出来ない」

「どうしてですか…!?」

「これを使える権利(・・)があるのはお前だけだ」


権利……?訳の分からない言葉に、頭が困惑する。


「神崎という人間は、お前の事を誰よりも信頼している」

「うそ…?で、でも、神崎くんは私なんかより、広瀬さんの方が……」

「本人に確認したか」

「えっ。それってどういう……___」


するとガスマスクの人は、私にスピナーを差し出す。



「……運命を変えた後、彼の本心を聞くといい。」


私の右手が、黒い手袋のつけた両手で掴まれ、無理やりスピナーを握らされる。



「あの、あなたって、一体_____」


私が話そうとした隙に、ガスマスクの人は走り去っていった。

うう……これぞミステリアス。っていうか、本当に何者なの??



……神崎くんは、私の事を誰よりも信頼している。

そう言われたけれど、あんまり信用できなかった。けど……


握っていた右手を開き、スピナーを見る。



私はまだ、彼の本心を訊いていない。

本当に、広瀬さんのことを好きなのか。それを知った私は、どう行動するか。

それを訊くには、まず彼を救う。見捨てれば、絶対に後悔する。



だって。私はどんな神崎くんでも、やっぱり好きだから。ちょっとやそっとの事では、諦めたくないから。


それに、現にあの人にも説得された。

しょうがない。こうなったら、最後の最後まで粘ってみる……!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ